試作品のあれこれ
ハザマは鋼鉄のトンファーを構え、無造作に青銅の塊に打ちおろす。
轟音がして、鋼鉄の棒はあっさりと青銅を破砕し、ハザマは完全に腕を振りきった。
「よし」
ハザマが、小さく呟く。
「なかなか、いい調子じゃないか」
それからハザマは少し移動し、別の青銅の塊にむきあった。
ここは、街道の上に放置されていたトウテツを移動し、山積みにしていた場所である。
「こいつら、本当に全部ぶち壊しちまってもいいんだな?」
「鋳つぶして使うしかないそうですから、そうしてもらえればかえって手間が省けると思います」
少し離れていたところに待機していたリンザが答える。
「なんでも、ベレンティア公とブシャラヒム卿の銅像の材料にするとかいうことですが」
「……あの二人の銅像ねえ」
ハザマは難しい顔になった。
内心で、
「悪趣味なことだ」
と思っていたのだが、対外的な印象もあるのでそんなことは公言できやしない。
あの二人の最後の行動は、ハザマにいわせれば「錯乱」とか「乱心」ともいうべき心理の結果であるのだが、諸々の政治的な思惑により、公的には「愛国心の発露」として扱われようとしている。
故人たちがそのことを知ったら、どう思うんだろうな……と、ハザマは皮肉な想像をした。
とはいえ、ハザマ自身もその二人について、とやかくいえるほど深くは知らないのであったが。
「……どうだ? そいつの調子は?」
様子をみていたドワーフのムススム親方が、声をかけてくる。
このトンファーを作り上げたあと、ハザマが試用する場面も直に見たいといってついてきたのだった。
「ああ、今のところ、大丈夫そうですね」
ハザマはそういって再びトンファーを構える。
「今度は、正面突きをしてみます」
そして、朧気な記憶に従って空手の正面突きのような構えをしたあと、ハザマは渾身の力で右手を突きだし……そのまま、うしろにすっ飛んでいった。
「ハザマさん!」
「……大丈夫か? 洞窟衆の?」
クリフとムススムが、地面に倒れたハザマの方に駆け寄ってきた。
「大丈夫、大丈夫」
そういって、ハザマはその場で跳ね起きる。
「自分の力で、吹っ飛んだだけだし……。
しかし……そうか。
作用と反作用か……」
ハザマが正面突きを繰り出したトウテツの死体は、見事に破壊されていた。
しかし、質量的にはそのトウテツの死体を積みあげたものの方が、ハザマ自身の体重の何倍か何十倍か、というオーダーになる。
当然、強い力で押せば、吹き飛ばされるのは、より軽いハザマ自身の体の方だ。
「……力が強いとはいっても、使いようは考えないといけねーなあ……」
そんな風に、ハザマはぼやいた。
レベルアップして各種パラメーターが大きくなれば、そのパラメーターに応じた使い方をしなければ自分に跳ね返ってくる、ということだった。
今、ハザマが身を置いている環境は、攻撃力が都合よく指定した敵にしか作用しないゲームなどとは違うのだった。
「だけど、凄い破壊力ですね!」
クリフが、損壊したトウテツの死体をみながら感嘆の声をあげた。
ハザマが視線をやると、確かに、ハザマのトンファーが追突した場所を中心に、半径三メートルほどの窪地ができている。積みあげられたトウテツの死体のうち、一体が完全に破壊されていた。
形を失っていない部分にも細かい罅が入っていたらしく、上に乗ったトウテツの重量を支えきれなくなったのか、ハザマたちの見守る前で半ば破壊されたトウテツはそのままひしゃげ、ドオゥンッ! と音をたてて潰れた。
もうもうと土埃が起こり、あたりに舞う。
「それで、トンファーの様子はどうだ?」
ムススム親方が、ハザマに訊ねてきた。
「おう」
ハザマは、手にしていたトンファーに視線を落とす。
「どうやら……無事のようですね」
あれだけの衝撃を与えたのにも関わらず、トンファーに破損は見られない。
呆れた頑丈さだった。
「そうか、そうか」
ムススム親方は髭だらけの口元を弛めた。
「おぬしのいうとおり、極限まで頑丈に作っておいたからな。
その甲斐があろうというものだ」
「これと同じものを、あと二、三個作っておいてください」
ハザマはそういった。
「これらは予備ですから、急ぐ必要はありません」
「承知した」
ムススム親方はあっさりと頷いた。
「今回で作り方は固まったからな。
弟子たちの腕をあげるための仕事に、ちょうどいい。
他になにか作る物はあるか?」
「えーっ、と……いろいろとあるにはあるんですが……」
ハザマは、視線を上にさまよわせる。
「さて、どれから行こうかなあ、っと……」
「……そんなにあるのか?」
ムススム親方は訝しげな表情になった。
「いろいろ、必要が生じましてね」
ハザマは、クリフに合図をしてペンと紙を用意させ、例によって略図を描いて説明をしはじめる。
「まず……ローラーですね。
取っ手に、こういう風に円筒形の、コロコロを回転する部分をつけて、ですね。
ここに、布か海綿体状の物質を巻きます。そこに塗料を含ませて転がし、面で塗料を押しつける……という道具なんですが……」
「ここの部分が、うまく転がるように作らねばならんということなんだな?」
ムススム親方はそう訊き返し、ハザマが頷いたのを確認してから、続ける。
「大きさはどうする?」
「ええっと……たぶん、ローラーがこの程度の幅であれば十分だと思うのですが……詳しい条件については、うちの試作班にお訊ねください」
「幅は、一ヒロといったところか」
頷いて、ムススム親方は先を続ける。
ちなみに「ヒロ」とは、この世界での長さの単位であり、ハザマの体感によればたいだい三十センチほどになる。
昔日本で使っていた「一尺」、あるいはアメリカなどで使用していた「一フィート」もだいたい三十センチに近い長さだったそうだから、メートル法のような地球のサイズを基準としない場合は、だいたいこの程度の長さが人間には実感しやすいのかも知れない。
……ムススム親方のようなドワーフにも、その感覚が当てはまるのかどうかまではわからないが。
「あとで試作班にも確認しよう。
そのローラーとやらはそれとして、他には……」
「次は、調理器具ですね。
こういう形状の鍋と、こういうのと……」
「平鍋はともかく……こっちのはなんに使うんだ?」
「攪拌……材料を、かき混ぜるんですよ」
ハザマは真面目な表情をしてそういった。
「大量の蜂蜜が手には入りましたからね。
それと山羊のミルクとで、アイスクリームを作るんです」
「……アイス……クリーム?」
ムススム親方は怪訝な顔になった。
「なんだ、それは?」
「ひとくちには説明できませんので、できあがったら鍛冶の方にもお裾分けにいきますよ」
「……煤と膠を混ぜて、固めて……。
本当にこんなのでインクの代わりになるのもが作れるの?」
「知らないよ!」
「少なくともハザマっちはできるといってるけどね!」
その頃、試作班の手があいている者たちは、総出で「煤集め」をしていた。
「膠は作らせればいいけど……煤っていうのがなあ」
「いざ集めようとすると……」
「ハザマっちは、細かくすり潰した木炭でも代用できるかも……とかいっていたけど……」
「できるかも知れないけど、できないかも知れない」
コキリは冷静な声でそう指摘した。
「いずれにせよ、最初は煤で作ったものと木炭の粉で作ったものをちゃんと比較したい。
どのみち、煤は必要になるんだよ」
試作班の面々は「はーい」と声をそろえ、煤集めに邁進した。
「インクの自前調達、か」
試作班の面々がハザマに相談をしたのは、昨日のことであった。
筆や刷毛に代わる新しい道具については、ハザマはその場で略図を描いて説明をしてくれた。
その「ローラー」という代物であれば、面で塗料を塗ることができるし、使う際にも熟練度を必要としない。
確かに、便利そうだった。
問題は、もう一方のインクの方で……。
「……インクの代わりになりそうなもんっていったら……おれが思いつくのは、ひとつしかないなあ」
しばらく考え込んだあと、ハザマはそういった。
「おそらく、それでできるはず……と思うんだけどな。
おれの記憶が確かなら」
そういって説明してくれたのが、煤と膠を混ぜて固めて、それを水で擦る……という方法だった。
「はじめっから液体の、墨汁ってのもあるんだが……そちらの作り方については、おれは知らない。
いや、あれは化学的な方法で作っていたはずだから、仮におれが製造法を知っていたとしても、こちらの世界では容易に再現はできないと思う」
「……平たい石の上で水と一緒に擦ることで、インクができる棒って……」
「携帯性はよさそうだけどね」
「でも、使うたびにそんな工程を踏まなければいけないってのは、かなり手間じゃない?」
「それもこれも、まずは試作品を作ってからのことでしょう」
コキリは試作班の面々を叱責する。
「試作品を作って、原理とかを理解できれば改良すべき点も指摘できるはずです。
まずは、実物の製造に成功しないことには……」
試作班の面々は、また、「はーい」と声を重ねた。
幸い、膠……つまり、動物性の油脂を利用した接着剤はこの世界でも古くから製造されていた。特に狩猟や牧畜の歴史が古い部族民の中には膠の製造に通じていた者も少なくはなかったので、そういう人材を集めて作らせるよう手配をした。
あと必要となるのは、「一定量以上の煤」である。
そんなわけで、試作班の面々は野営地中を飛び回って、煤集めに邁進していた。
トンファーの試用から帰ると、グゲララ族の部族長、バジャスが待っていた。
グゲララ族は総出で回復魔法や製薬などの医療関係、あるいは、兵士へ支給する食事の手配などに従事している洞窟衆の捕虜である。
このグゲララ族は、二千人前後という大人数の捕虜であったが、意外と従順に仕事をこなしてこれまでに問題らしい問題を起こしたことがない、実に扱いやすい捕虜であった。いや、洞窟衆に従っていさえすれば、当面、食うのには困らないし、帰ってからも使いようがある、実用的な知識を得られるし……で、反抗すべき理由がないだけなのかも知れないが。
扱いやすい捕虜だけあって、グゲララ族のバジャスがこれまでハザマに面談に来ることはなかった。
「どうしたんだ? 珍しいな」
待っていたバジャスにむかって、ハザマはそう声をかけた。
「なにか問題でも起きたのか?」
「わしらグゲララ族にとってはむしろ喜ばしいことであるが、おぬしらにとってはどうなるのか」
バジャスはそう前置きをして、一気に説明した。
「昼餐会でな。
両軍の捕虜を交換することが決定した。その決定に従うのなら、われらもこの場から去らねばならん」
「……おや、まあ」
まるで想定をしていなかった事態だったので、ハザマはそんな間の抜けた声を出した。
「でも……あんたらは、おれたち洞窟衆の捕虜ってことだったろ?
それを、王国とか中央委員が勝手に動かすことができるもんなの?」
この世界では、捕虜や奴隷の扱いは人間というよりは、生きた資源、すなわち動産に近い。
確か、たとえ目上の者であっても、部下の捕虜を勝手に処分してはいけないと、少なくともハザマはそう聞いていたのであるが……。
「身代金相当の金銭を、賠償金に上乗せする形で中央委員が支払うそうだ」
バジャスは、そう説明してくれた。
「……料金後払いで捕虜を解放してくれ、ねえ……」
虫のいいはなしだ、と、ハザマは思う。
「大方、交換条件にむこうで捕まった王国側の捕虜を解放するとかいう条件つきなんだろうがな……」
そういう風にぼやきながら、ハザマは通信で、
「グゲララ族が抜けた場合、それまでグゲララ族が担当していた業務を今の洞窟衆が引き継ぐことは可能なのか?」
検証をしろ、と指示を出す。
「……それで、いつ出発することになる?」
「そこまでは、わからん。
まだ捕虜の交換が決まったばかりだ」
バジャスも憮然とした表情をしていた。
「だが……まあ、数日中には、出ることになろうな」
「おれたちにとっては、ともかく……そちらにしてみれば、朗報ではないのか?」
かえってハザマの方が、怪訝な表情になった。
「通常であれば、な」
バジャスは渋い顔をしながら、そうこぼした。
「これから寒くなる一方のこの時期に、ろくな備えもしていない郷里に帰ったところで、いいことなどひとつもない。
それに、ムムリム殿の医術もまだ修めていない。
見所のある若い者を何名か、当地に残しておきたいのであるが……洞窟衆で世話をして貰えないだろうか?」




