洞窟衆の対策班
「……なんてややこしい……」
上から与えられた洞窟衆の資料に一通り目を通したオルダルト・クロオルデルは、自分でこめかみを揉みほぐしながら、そう所感を述べた。
同じ資料を同室している部下たちに読む端から手渡して回し読みをしていたのだが、誰もが難しい顔をしていた。
「……やつら、かなりやばい橋を渡っているんじゃないか?」
オルダルトと同じ下宿からついてきたガズワスが、その不安を明確に口に出した。
「やつらが目指すところを見ると、徴税権の否定とも解釈もできる。保守的な、口うるさい貴族様なら、それだけでも危険思想と見なしかねない」
「かといって、やつらが希望する通りに爵位や領地を与えないでおくと、今度は洞窟衆は部族民に取り込まれたとみなされてしまう」
同じく下宿からついてきたズワイスはそう指摘した。
「それはそれで、王国上層部にしてみれば目障りだろうよ」
「こいつは確かに、お偉い方々が放り出したくなるような案件だなあ」
やはり下宿からついてきたダミドスは、皮肉な口調でそういった。
「この先どう転んでも、この洞窟衆とやらは将来的に微妙な扱いになる。一歩踏み外せば失脚確実な地雷となるし、うまくいったとしても、靴の中の小石みたいなもんだろう。王国上層部にしてみれば、鬱陶しいことこの上ない。
オルダルト。
お前、貧乏籤を掴まされたんじゃないのか?」
彼ら、安下宿からついてきた者たちは、オルダルトと同じように官吏試験の受験生であった者たちだ。何度か試験に落ちて、今後の進退を考える必要がある時期にオルダルトに声をかけられ、
「いつ合格できるのかわからない未来に託すよりは」
と、オルダルトの麾下にはいることを選択した者たちだった。
何年か受験生をやっているだけあって、実務に必要な能力が備わっていることを確認できているのと、それに、オルダルトにしてみれば気安く使える人材でもあるので、こうして早速忌憚のない意見をいってくれることはありがたかった。
「貧乏籤なら貧乏籤でも構わないんだがな」
不安に駆られた意見に対し、オルダルトはそう応じた。
「おれは出世したくて官吏試験を受けたわけでもないし、こうして試験に合格して役職を得ただけでも、十二分に上出来ってもんだ」
役職を得て、こうして働き出しただけでも、オルダルトにしてみれば過分に思える俸禄と年金が保証されるのである。
新たな部下たちがいうように、仮にすぐにこの仕事が失敗して首を切られたとしても、オルダルトにしてみれば「上出来」の部類に入る。
「……仮に失敗したとしても、これ以上に落ちぶれることはないから、気楽に行こうや」
オルダルトがそう続けると、下宿からついてきた連中はこぞって俯き、一斉に深いため息をついた。
「……いや、お前……オルダルトなあ……」
ズワイスが首をゆっくり振りながら、ため息混じりにそういった。
「……そういうことは思っていても、口に出すんじゃねーよ。縁起でもない」
「うちの下宿の中では出世頭なんだぞ、お前は」
ガズワスは心持ちひきつった顔をして、オルダルトを睨んだ。
「やる前から、そういう情けないことをいわないでくれよ」
「楽観も悲観もしないその態度は、公正といえば公正なんだけどな」
ダミドスは皮肉げに口の端を歪めながら、そういう。
「今となってはおれたちの将来もお前の判断にかかってくるんだからよ。
ここは虚勢を張ってでも景気のいいことをいってだな、おれたちを鼓舞する場面ではないのか?
なんといっても、この洞窟衆対策本部の旗揚げ日なんだからよ」
そういってドミダスは、両手を広げて周囲を見渡した。
さほど広くない室内には、運び込んだばかりの机や椅子、書棚などが適当に配置されていたのだが、それらはまだほとんど使用されていないので、気のせいか寒々とした印象を受けた。
王宮の近くにある石造りの建物の四階部分を、オルダルトたち対策本部が借り受けた形だった。
基本、王国各省庁の執務室は王宮内部にあるのだが、複数の省庁との協調が必要となる職務とか新設された部署などについては、王宮外部の不動産を借りて執務を行うことも珍しくはない。
オルダルトの対策本部は、その「複数の省庁にまたがる職務」と「新設された部署」の二つの要件を兼ね備えていた。
「しかし、古い建物だよな」
「以前は、どこぞの小さな領主が公館を構えていたそうだ」
王宮周辺は、各地領主や高級官僚が居を構える公館街だ。公館とは、住居と公的な政務を行う場所であり、各領主の公館といえば、現代風にいうのなら大使館的な役割を果たす。
とはいえ、公館として大きな邸宅を維持できるほど裕福な領地ばかりでもなく……。
「財政難で家賃が払えなくなり、もっと家賃が安いところに移っていったそうだが」
貴族だ領主だといっても、必ずしも裕福ともいえない例も少なくはなかった。
「……世知辛いもんだな」
「それで空いたあとを、おれたちが借り受けたってわけか」
「上から斡旋されたんでな。
王宮に近い割には、家賃もそこそこだったし……」
「そりゃ、これだけ古い上に、四階だぜ四階。
ここまであがってくるだけでも一苦労だ」
「あとで使用人も雇わなくちゃな。
掃除とか簡単な炊事までおれたちがやりたくはないし……」
「桶にいっぱいの水をくんでくるだけでも、あの階段を往復するわけだからなあ。
そりゃ、使用人ぐらい雇わなけりゃやりきれんわ」
そんな雑談をしているところに、唐突に、室内にみっつの人影が出現した。
総菜を買い出しにいっていた、魔法使いたちだった。
結局オルダルトは、魔法省から紹介された三人の魔法使いを全員、雇うことにした。
オルダルトたち官吏試験の受験生よりも王都周辺の事情に詳しく、それに転移魔法を使えるので彼ら魔法使いに買い出しにいって貰っていたのだ。
「やあやあ、どうも。
みなさん、お待たせしました」
愛想のいい声でそういいながら、大きな買い物籠の中から総菜を取り出し、次々と事務机の上に並べはじめたのは、顔に包帯を巻いていた魔法使いであった。
「……川魚のパイに、焼き栗に、イモの煮付け……。
どれも下町の総菜屋からできたてのものばかりを買ってきました。
冷めないうちに頂きましょう」
この包帯男の名は、グスネスといった。
なんでも、以前に実験中の事故で顔に怪我を負ったとかで、その事故以来、普段からそうして包帯で顔を隠しているということだった。
外見的にはかなり怪しかったが、その印象に反して奇妙に愛想がいい。
「なにはともあれ、酒だ酒」
赤ら顔の老人が大きな瓶を机の上に置き、陶器の杯をその場にいる全員に配りはじめる。
「門出に際して飲まずにいられるものか」
この老人の名は、ハンガス。
グスネスがオルダルトにこっそりと耳打ちしてくれたところによると、以前はそれなりに将来を嘱望された魔法使いだったが、昔、なにやら職務上で大きなへまをしてこれまで魔法省でも重要な職務にありつけず、飼い殺し同然の待遇にあったという。
酒癖はかなり悪いということだったが、魔法使いとしての腕と知識は第一級のものだとグスネスは保証してくれた。
「串焼き、ここに置きます」
静かな声でそういいいながらやはり机の上に木桶に盛った串焼きを置いたのは、ネリアスという女性の魔法使いであった。
年齢は三十才前後であろうか。痩せすぎで、眠たげな目をしている。
包帯男のグスネスによると、このネリアスもただ女性だというだけで魔法省では若干蔑視されているという。
「特に規定があるわけではないですが、魔法省の魔法使いは、基本的に男性社会ですから……」
要するに、おいしい役職を紹介してくれるような師匠や上役に恵まれなかったから、人材としてこれまで埋もれていた……ということらしかった。
そういえば、国家官吏の受験生も、特に性別に関する規定があるわけでもないのだが、ほとんどが男性で占められている。たまにいる女性の受験生も、大抵はそれなりの家柄の貴族と縁続きであり、すでに官僚社会の中でそれなりの縁故がある身の上だったりする。
これは、国家官吏が激務であるから体力的に不利な女性の方が二の足を踏むということと、それに、仮に試験を通過したとしても、そのあとでうまく世渡りをする自信がなかったり……といった理由が原因になっているようだった。
国家官吏試験は、制度上は、性別はおろか、身分によっても受験生を差別せず、有意な人材を登用するためのものである……という、建前になっている。
そのはずなのだが、現実には有形無形の様々なしがらみが絡んでくる。
なにより、この王国が歴然とした貴族社会である以上、完全に平等ということはありえないのであった。
「それじゃあ、準備が整ったようですので……」
気心の知れた下宿生たちと、それに、どうやら癖が強そうな魔法使いたちを見渡して、オルダルトは杯を掲げた。
「全員に、酒は行き渡りましたか?
それでは、ささやかではありますが、ここにわれら洞窟衆対策本部の発足を宣言します。
本格的な業務は明日からにして、今夜はとりあえず飲み食いしましょう。
……乾杯!」
明るいばかりの前途でもなかったが、とりあえずはこの場にいる者たちが、オルダルトの官吏生活を開始するにあたっての仲間である。
多少、怪しい部分があったとしても、前提として信用していかなければ仕事が回らない。
まずは初対面の下宿生組と魔法使い組を対面させ、多少なりとも意志の疎通を円滑にしておく必要もあり、オルダルトはこうした場を設けることにした。
どこかの料理屋を借りてもよかったのだが、なにしろここは王都の一級地。近くの店は貴族たちが各種接待に使用する高級店ばかりであり、現在のオルダルトの対策班の予算では、完全に場違いなのであった。そこでみなで相談した結果、こうして魔法使い組に買い出しに行って貰うことになった。
魔法省に勤める魔法使いたちは、魔法省の建物自体が王宮から離れた郊外にあることもあり、日常的に飲食のために転移魔法を使ってあちこちに足を延ばしているという。
確かに、こうして買ってきたものを実際に食べてみると、それなりに満足感が得られる逸品ばかりであった。
……まさか、魔法使いが食道楽揃いだとは思わなかった……。
と、オルダルトは意外の念に打たれていた。
これまで、長年に渡って倹約生活を続けてきた反動か、どうにも手が止まらない。
確認してみると、他の下宿生組も、似たようなものだった。
「うまいでしょう、これ」
包帯男のグスネスが、愛想良くそういう。
「王都には王国中から人が集まってきますからね。
料理も、様々な技法が入ってくるし、客の舌が肥えているから店の方もいい具合に淘汰される」
相変わらず、格好の怪しさと人懐っこい態度がちぐはぐな男だった。
「こっちは貧乏生活が長引いていたものでして、並以上の料理ならどんなものでもおいしくいただけます」
オルダルトは、とりあえず自嘲混じりにそう答えておく。
下宿で出される賄いと比較するのも馬鹿馬鹿しい。魔法使いたちが持参してきたのは、そう思ってしまえるほど、ちゃんとした料理だった。
「それはそれは」
グスネスはそんな風に応じた。
「下積みのつらさは、われら魔法使いも同じようなものですけどね」
魔法使いも、まともに実用的な魔法が使えるようになるまでには、膨大な知識の吸収と研鑽を必要とする。
モノになるかならないかわからない。それにも関わらず、長い年月をかけて自分の能力を鍛えあげる必要がある……という前提は、官吏志望者とたいして変わらないのであった。
「……その上、首尾よく資格を得たとしても、そのまま無事に栄達するものと決まっているわけでもない」
オルダルトは、そうつけ加えた。
左様ですなあ、と、グスネスも相槌を打ったあと、
「……それで、今回のお仕事はうまくいきそうですか?」
と訊いて来た。
「なにもをもってうまくいったというべきなのか、判断に困るところであるが……」
オルダルトは、そう答えておく。
「……どうも、お上の思惑とは別のところに落ち着きそうな気はするな」
与えられた資料を読み込んだ末、オルダルトは洞窟衆に対して、
「一筋縄ではいかない集団」
という評価を下している。
あくまでこの時点での評価ではあるのだが……どうも、特に首領であるハザマという男が考えていることが、読み切れない。
そのハザマが指向するところが、王国の貴族社会が規範とする論理に囚われていない。
そのことだけは、しかと了解できていた。
そのハザマと対峙して、どうにか双方が納得できる落とし所を見つけるのが、オルダルトの最初の仕事だった。
「……すべては明日、やつと直に対面してみてからのことになるだろう」
オルダルトは、自分自身にいい聞かせるように、そう呟いた。




