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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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魔法の判子

 石灰は肥料として使用されることがあるので、近隣の村から買い集めて取り寄せることができた。貝殻も粉にして畑に蒔くことがあるので、同じように近隣の村から備蓄分を買い取ってきたらしい。

 ハザマによると、これと糊を混ぜて整形し、何時間か焼いて固めればチョークとやらができるらしい。

 材料となるものが届いてからこっち、手分けして試作班は貝殻を砕いて石臼にかけたり、それと石灰や糊と混ぜたりしとそれなりに忙しかった。

 几帳面なコキリが石灰と貝殻粉、糊の重量などをいちいち記録していく。

 どういう配合比にすれば一番うまくいくのかわからないので、分量を微妙に変えながら何パターンか作ってみて、あとは焼きあげた結果を待つより他ない。


 クデルはこの実験のため、石や日干し煉瓦などを集め、ありあわせの材料で小さな窯を作った。

 クデルの実家は炭焼きのかたわら、たまに窯業などにも手を出していたので、材料さえあれば小さな窯なら半日も要せずに作ることができる。

 できあがった窯の中に実験試料であるチョークの試作品と燃料を入れ、火をつけ、あとはクデル自身が火加減を見ながらの窯番となる。

 チョークとやらを焼くのはこれがはじめてになるからどれくらい焼きを入れればいいのか判断がつかなかったのだが、一晩焼いておけばなんとかなるのではないかな? とあたりをつけていた。

 試作ということは、失敗も十分にあり得る。

 試作班内部ではそういう意識が徹底されていたので、気は楽だった。


 コキリはなんとか製法が確立したリバーシの資料と完成した試作品をまとめ、早速、工場村へと送り出した。

 資料とは、この場合、製造法や材料、駒を作るための木型、盤面を印刷するための版木、コストや理想的な売価の計算などを記したもの……などすべてをひっくるめている。

 この野営地でも人手を確保して継続して製造を続けるつもりではあったが、王国内部への普及する分までこちらで作っていては効率が悪いからだった。あるいは、各種の職人を集めた工場村であったら、自分たちが考えたのよりも効率よく、安価に製造する方法を独自に開発するのかも知れなかったが、それならそれでもよかった。

 試作班の役割は、実用化と量産化の道筋を作るところまであって、それ以降の工程はもっと熟練した人たちにやって貰った方がいい、とさえ考えている。

 工場村での量産とは別に、この野営地でも生産ラインを整えるべく人も集めていた。

 最近増えた部族民たちを中心に、その他に軽作業程度は問題なくできる負傷者なども集めて駒の製造をやらせている。木型で成形した粘土を乾燥させる工程があるので、他の工程よりも先行させておいた方が効率がいいのだった。


 ザイスは新しい盤面のための版木を彫っているところだった。

 以前のもとのまったく同じものを彫ることになったわけだが、もともと単純な、枠線だけの版木であり、ありあわせの小刀でも特に問題はなく作業ができた。

 今日紹介された鍛冶屋たちが彫刻刀を作ってくれるといっていたから、それができあがったらもっと微細な細工も可能になるだろう。

 そうなれば、ハクカが図面を起こしてくれたチェスの駒を彫る予定であった。

 それから、この版画だか印刷だかいうものについても、もっと詳しいことをあとでハザマに問いただしておかなければならない、と、ザイスは思った。

 売り薬を入れるため、具体的な服用方法など短い説明文を入れた袋を多数用意する必要があり、それを印刷でできないか、といわれているのだった。

 枠線だけなら問題はないが、文字をそのまま版画で作ろうとすると左右が反転した奇妙なものが刷りあがることが、これまでの実験の結果わかっていた。

 ハザマなら、これについてのなにかいい解決方法を知っているかも知れない。

 ……などと思っているところに、そのハザマがやってきた。


「よう、こっちの様子はどうだ?」

 やって来る早々、ハザマは脳天気な挨拶をして来る。

「リバーシが量産の目処がたって、その他は準備中。

 チョークについては、最初の焼きあげ作業をこれからするところです」

 試作班を代表して、コキリが冷静な声で告げた。

「他はともかく、リバーシ、もう量産に入るのか」

 ハザマは目を見開いて驚いていた。

「仕事が早いもんだなあ」

「試作班でも早く収益を生みたいですからね」

 コキリは淡々と答える。

「それなりに必死ですよ、こっちも」

 基本的に試作班は金食い虫なので、商品化をどんどん急がないと肩身が狭くなる一方なのだった。

「ま、それはそれとして……」

 ハザマは鷹揚な態度でコキリの言葉を聞き流す。

「……新しく作って貰いたいものがあるんだが……。

 それも、早急に」

「またですか?」

 コキリは、軽く眉をひそめた。

「一応、おはなしは伺っておきましょう」

 どうせまた突拍子もないアイデアを聞かされるに決まっているので、コキリは内心で身構えていた。

「判子だ判子。

 署名の代わりになるような、印鑑が欲しい。

 できるだけ早く、だ」

 ハザマはそう前置きして、詳しい説明をしはじめた。

「……契約魔法が成立するような印鑑、ですか?」

 一通り聞いたあと、コキリは首を傾げる。

「前にもちらっとそんな要望を聞いたような気がしますが……そういうのを作るのには、今の試作班の人員だけでは無理です。

 その手の魔法に詳しい人がいないと、手のつけようがありません」

「ああ、そうだったな」

 ハザマはあっさりと頷いた。

「それは、今呼ぶ」

 そういって、すぐにどこかと通信をしだした。

「おい、ゼスチャラ。

 今すぐ起きてとっととここまで来い。

 その声の調子じゃあ、どうせ酒でも食らって寝とぼけていたんだろう。

 約束通り、酒と女を世話したんだ。また働いて貰うぞ。

 確認しておくが、あんた、契約魔法についてもそれなりに知っているよな?」


「……契約魔法?」

 欠伸をかみ殺しつつ、目を擦りながら、ゼスチャラは不明瞭な声を出す。

「まあ、その手の知識もなけりゃあ、町中で魔法使いの看板はあげられんからなあ。

 一通りの知識は持っているつもりだが……。

 今度はなにをやろうそうってんだ?」

『どうせ停戦中で暇してるんだろう?

 仕事だ仕事』

 ハザマの声が二日酔いの頭に響く。

『契約魔法が有効になるような署名印鑑を作ることになった。

 いや、印鑑を作るところはこっちで手配した者が行うから、契約魔法関連のことをお前にやって貰いたい』

 そういってハザマは、契約書にまみれている自分の現状を説明してくる。

「……お、おう。

 そういうことなら、役に立てるとは思う」

 その説明が一区切りついたところで、ゼスチャラは口を挟んだ。

「その代わり、報酬の方は気前よく頼むな」

 なんだかんだいって、これで洞窟衆は気前がいい。

 断るよりも仕事を受けた方が、おいしい思いができるのだった。


「……魔法使いは、すぐこっちにむかうそうだ」

 通信を終えたハザマは、コキリにむき直ってそういった。

「こっちでも準備をしていてやってくれ」

「ちょっと、いい?」

 ちょうど、リバーシの盤面用の版木を彫り終えたザイスが片手をあげる。

「その印鑑とも関連すると思うんだけど、版画のことでわからないことがあるんだけど……」

 ザイスは先ほどの、

「版画にすると、文字の左右が反転して印刷される」

 という問題をハザマに説明した。

「ハザマっちの国では、こういうのどう対処していたの?」

「……ああ、これな」

 一通りザイスの説明を聞いたあと、ハザマは背後に控えていたリンザから一枚の紙を貰い、それにかなり大きな文字で署名をした。

 そして、その紙を裏返しにして、目の前の卓上に置く。

「こういう裏返しにした状態で、彫ればいい。

 表面に書いた文字が裏に映るような薄い紙を用意すれば、より、やりやすいか」

「……ああ。

 なるほど」

 ザイスは目を見開いた。

「こう、紙を押しつけて刷るわけだから……こういうむきの形で、版木を彫ればいいわけか……」

「難しく考えすぎなんだよな」

 ハザマはそんないい方をした。

「でもこれだと……元の原稿を裏返しにしさえすれば、いくらでも版木が複製できるってことなんじゃないの?」

「複製できるなあ、原理的には」

 ザイスの問いかけに、ハザマは頷く。

「ただ、そんなに需要がある原本というのもそんなにないだろう。

 今のところは、それで別に問題はないと思うが」

 なにせ、著作権もなにもない世界だしな、と、ハザマは内心でつけ加える。

「……この版画の作り方や原理も、しばらく秘密にしておいた方がいいかな?」

 ザイスはそんなことをいいだした。

「その辺のことは、お前らに任せる」

 ハザマはあっさりといい放った。

「まあ、仮に秘密にしようとしたとしても、そう長くは保たないとは思うけどな」

「時間稼ぎ程度のことしかできない、と?」

「そうそう」

 ハザマはそういって、両腕を広げて、すぐそばでリバーシの駒を作っている連中を示した。

「だって、急造の試作班でもこれだけの人数を動員しているんだぜ。

 この中で秘密を守ろうとしても、完全にはいかんだろう。

 そんなことに労力を割くよりは、もっと別の、建設的なところに力を入れた方がいい。

 まだまだお前らには、作って貰いたいものがいくらでもあるんだから……」


 そんなやり取りをするうちに、かなり眠たげな顔をしたゼスチャラが到着した。

「……この弛んだおっさんが、魔法使いのゼスチャラだ」

 ハザマはゼスチャラのことを、そう紹介した。

「酒と女に目がない、見た目通りのおっさんだ。せいぜいこき使ってやってくれ。

 尻のひとつも触られるかも知れないが、そんときは実力行使で反撃しても構わないからな」

「……脅かすなよ、おい」

 その説明を聞いて、ゼスチャラは顔をしかめた。

「洞窟衆の女相手にそんな無茶な真似をしたら、命がいくらあっても足りやしない」

 ルシアナ討伐にも同行したゼスチャラは、洞窟衆の女たちが見かけ通りの小娘ではないということをいやというほど思い知らされている。

 正直なところ、報復が怖いので、下手なちょっかいや手出しをするつもりは、毛頭なかった。

「まあ、魔法についての知識とかが欲しかったら、いつでも相談してくれや」

 ゼスチャラ自身は、試作班にむけてそんな自己紹介をした。

「あんまり高度な魔法は使えないが、広く浅く……町中で必要とされる程度の魔法なら、だいたい使えるつもりだ」

「……それでは早速、契約魔法についてお聞きしたいのですが……」

 試作班を代表して、コキリが要件を切り出した。

 ゼスチャラとコキリが打ち合わせをしている間に、ハクカに乞われたので、ハザマは大きさを変え、紙に幾つかの署名を書いてハクカに渡しておいた。

 印鑑の原本になるはずの署名だった。


「……タマルさんが、また書類が溜まっているといってきています」

 リンザがそういったのを機に、ハザマは腰をあげ、

「それじゃあ、あとは頼むわ」

 といい残して、会議室がある天幕へと歩き出す。

「あれは……書類仕事に嫌気がさして、逃げ出してきたんじゃない?」

「……多分、そう」

 そのうしろ姿をみながら、ザイスとハクカはそんなことをいいあって頷きあった。


 会議室に帰ると、書類の山がまた増えていた。

「こりゃ……今日中に終わるかなあ」

 げんなりした口調で、ハザマはぼやく。

「今日中に終わらなかったら、明日に持ち越すだけです」

 タマルはそういって、またドサリと書類の束を卓上に置く。

「明日はもっと増える予定です」

「魔法の判子、おれが過労死する前に完成してくれよぉ……」

 ハザマは情けない声を出した。

「この程度で過労死するタマでもないでしょう」

「過労死はないかも知れないが、腱鞘炎にはなりそうだな。こんなのが続くと……」

 ぶつくさいいながら、ハザマは手近な書類の束を引き寄せて、上から署名を書きはじめる。

「……まったくもう、どうせおれにはなにが書いてあるのか読めもしないってのに……」


 延々と署名をしていたらいつの間にか日が暮れた。

 そして、日が暮れるのと前後して、試作班から待望の魔法の印鑑が届いた。

「本当はもっと硬くて損耗しにくい素材で作った方がいいのでしょうが、とりあず、手元にあった木材で作ってみました」

 コキリはそういって、みっつの印鑑をハザマの前に置く。

「もっといい材料を入手したらまた作り直しますので、それまでこれで我慢してください」

「いやいや、これで十分」

 そのひとつを手に取り、ハザマはひとりでにやついた。

「いやー、これで、書類の山から解放されるわー」

「そのままですと、印鑑としては使えても契約魔法は有効にならないのでご留意ください」

 コキリが、早口に注意事項を説明しだした。

「誰にでも使えるとなると不正に使用されることも考えられますので、特定の儀式をして使用者を登録しなければ、契約魔法は有効にはならない仕様になっています」

「……その程度の用心は必要か」

 頷いてから、ハザマは聞き返した。

「それで、その登録儀式っていうのは?」

 紙片を取り出したコキリに説明をされるまま、ハザマはその場にいたリンザ、クリフ、カレニライナにその判子を託す。

 その登録儀式とは、指に滲ませた血を数滴、判子に擦りつけながら教えられた通りの呪文を詠唱したり、といった、かなりベタなものだった。


「……いやー。

 これでおれも、単調な仕事から解放される……」

 安堵のため息混じりにハザマがそういったとき、

「それでは、空いた時間を読み書きの勉強に使いましょう」

 いつの間にかハザマの背後の立っていたルアが、ハザマの肩に手をかけてそういった。

「各方面から、急いでくれと要望が寄せられていますもので……」


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