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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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未知との遭遇

「……これが二つあると、双方で即時通話が可能になるのか?」 

 エルシムは、スマホをひっくり返したりしながらしげしげと眺める。

「中継器とかがないとやっぱ無用の長物だから、別にそれだけってわけでもないんだけどな」

 ハザマはごく簡単に説明した。

 現代社会のインフラについて詳細に説明したところで、とてもではないが理解してくれるものとは期待できない。

「とにかく……こう、リアルタイムで通信できる魔法とか……。

 うーん。

 ないのかぁ……」

「……なくて悪かったな……」

 ハザマの嘆息を目の当たりにしたエルシムは、露骨にむっとした顔をした。

「そうした機能を持つ、既存の魔法は知らないというだけだ。

 なければ、作ればいい」

「……作れるの?」

 ハザマが、飛びつく。

「離れたところでも話せるようになれば、チョー便利なんだけど」

「便利なのは、わかった」

 エルシムが、うなずく。

「最初から術式を組まなければならないから、多少時間はかかるが……。

 ひとつ、工夫を重ねてなんとかしてみよう」

「頼みます」

 素直に、ハザマは頭を下げる。


 十分な準備が整うまで、さらに数日の時間が必要だった。

 犬頭人は何組かにわけて、先行して出発させている。具体的には、新たに武装を整えた者から順次送り出す形となる。

 今回は犬頭人だけでも総勢で百匹以上の大軍となるため、一斉に動くよりもいくつかの班に分けた方が小回りが利くと判断されたためだ。各班、食料は森の中で現地調達をさせる関係からいっても、広範囲に散らばって移動する方がなにかと都合がいい。

 それに、途中の目標となる村の周辺に犬頭人たちを潜ませておいた方が、異変が起こったときに素早い対応ができるということもあった。

 先行させた犬頭人たちには、村や人が襲われる場面に遭遇したら、体を張ってでも助けろと命じてあった。

 先発隊と前後して、ハザマが心中で「不機嫌な女たち」と呼ぶ一団が出発する。案内役は、ファンタルにお願いした。

 彼女たちは犬頭人と直接接触することを好まなかったため、自分の足で移動することになる。それだけ時間がかかるのだが、女たちが犬頭人に運ばれることを頑として承知しなかったので、仕方がない。せめて、彼女らの食料や武装などを後から犬頭人たちに運ばせて、身軽な形で移動させることくらいしか出来なかった。

 最後に、ハザマやリンザ、タマル、ハヌン、トエスらと、出身の村に送り出される十数名が出発する。このうち、リンザはハザマ個人のつき人として、ハヌンとトエスは、タマルに師事する行商人の見習いとしての同行であった。自分の村から帰還してからこっち、彼女たちもそれなりに思うところがあったようである。

 最後に出発はしたが、必要な荷物は前後して別の犬頭人たちに送らせているため、こちらも身軽といえば身軽である。

 この最後発組は、途中途中で待機していた犬頭人たちにリレーされる形で、すぐにファンタルを頭領とする女たちを追い越し、最初の目標の村へと到着した。

 後は、最初の村でおこなった手順を繰り返すだけだった。

 まず、村から拐かされた女たちに相応の財貨を持たせて送り出す。そして、一晩置いてから村はずれに姿を現して、交渉を開始する。

 ハヌンのような村長の娘がいなかったので、最初の村とまるっきり同じというわけにはいかなかったが、その二番目に交渉をおこなった村では、かえって最初の村よりスムーズに取引が成立した。

 ほとんどの女たちは、やはり、家族と別れを告げて洞窟へ戻ることとなったが、村長をはじめとした村人たちはハザマたちを必要以上に警戒することがなく、紙や薬品を意外に高値で買い取ったり不要品を売ったりしてくれる。

 聞けば、エルフの製法によりもたらされる紙や薬物は、このあたりでは珍重されるという事だった。


 買い取った品や洞窟に帰る女たちを送り出し、さて次の目的地へ進もうかとした、まさにその時。

 血まみれになった犬頭人が、ハザマの元に到着した。


 エルシムにエンチャントして貰った宝石のおかげで、ハザマは日常会話には困らなくなった。

 しかし、その宝石もあまり万能とはいえない。例えば、どうやら人間よりもはるかに低い知能しか持たないらしい犬頭人たちとは、あまりよく意志の疎通ができないのだ。

 犬頭人たちの方は宝石の力を借りずとも人間の言葉を理解できるようなのだが、人間の方は彼らの言葉を理解できない。宝石の力を借りたとしても、漠然とした感情がなんとなく理解できるていどで、こみいったところまでは把握できないのであった。

 とはいえ……血にまみれた有様をみれば、この先で変事が起こったことは、誰にでも理解できる。

 ハザマはまず、手が空いている者に負傷した犬頭人の手当をするように指示をとばす。この犬頭人には、この先の案内もして貰わなければならないのだ。酷なようだが、こんなところで息絶えて貰っては困る。

 次に、ファンタルとエルシムにあてた手紙をタマルに書かせて、書き上がり次第、別々の犬頭人たちに持たせて出発させるよう命じ、自分自身はこの村の村長の家へと向かった。


「今度はなんのご用ですかな? お客人」

 この村の村長は、最初の村の村長よりもかなり年老いていたが、それだけに老練な印象があった。

 ハザマのいうことにもよく耳を傾けてくれ、その意味では感謝もしているのだが、この先にある村へまで救援を即座に約束してくれるかというと……かなり、あやしいところだ。

「北へ先行させておいた仲間が、強大な敵と遭遇したようです。

 われわれはこれから主力をそちらに向かわせて対処しますが、この村でも警戒を強めておいてください」

「強大な敵……。

 賊、ですかな?」

 組織だった略奪者の集団は、定期的にこうした村を襲ってくる。

 この村長が、まずそのことを警戒するのも無理はなかった。

「では、ないようですね。

 刀剣や矢による傷ではなく、牙や爪による負傷でした。

 それも、かなりの大群であると予測されます。

 われわれだけでくい止められればいいのですが……」

「剣呑な、獣の群……か。

 それはまた、難儀な……。

 北というと……この先にも、同じような村があるのだが……」

「そちらの村の様子も、今の時点では未確認です。

 わかり次第、こちらに文を届けましょう」

「そうしていただければ、有り難い」

 村長は、重々しくうなじた。

「この村の防備を固める。

 その他に、望むとことは?」

「そう……ですね」

 ハザマ、少しの間、考え込んだ。

「将来、怪我人や難民が発生することがあったら、可能な限り受け入れてあげてください」


 ハザマたちは慌ただしく、さらに北へと進んだ。

 リンザ、タマル、ハヌン、トエスらも、引き続き同行している。

 未知の敵と衝突をうまく切り抜ければ、そのまま次の村とも交渉を開始するつもりだったし、手紙一つをことづけるにしても、こちらの文章を書けないハザマ一人ではどうにもならないからだ。彼女らは本格的な戦闘訓練を受けていなかったが、そのかわり周囲は十分な数の犬頭人で固めている。

 当面はその程度の安全で、我慢して貰うしかないだろう。


 村を出て一日もしないうちに、犬頭人の死体と遭遇するようになった。

 死体……というよりは、残骸だ。

 食い荒らされた様子で、体の一部があちこちに散在している。

 たとえ一部分であろうとも、死体が残っているという事は、未知の敵との衝突が起こってからさほど時間が経過していない、ということなのだろう。この森は、どんな死体であっても、しばらく放置すれば死骸喰いが集まってすぐになくなってしまう。

 死んでからあまり時間が経っていないのか……それも、生産された死骸の量が多すぎて、森の自浄作用のキャパシティを越えているかだ。

 不可解なのは……犬頭人の死体を見つけることはあっても、犬頭人が戦った敵の姿がまるで残っていないことだ。

 嗅覚に優れ、敏捷性も秀でている武装した犬頭人たちが、一方的にやられる存在……というものが、ハザマには思いつかなかった。


 未知の敵を見つけられないまま夜になり、仲間の体力の損耗を危惧したハザマは、早々に野営の準備をはじめさせた。

 念には念をいれて、犬頭人たちだけではなく、人間の不寝番も交代でたてることにする。

 やはり命は惜しいのか、不寝番をたてることに異議を唱えるものはいなかった。

 犬頭人たちに枯れ木を拾い集めさせ、火を起こし、犬頭人たちが狩ってきた獣肉を焼いて食べる。一応、日持ちのする食料も持参しては来たが、そちらはなにかあったときの保険として手を着けないことにしていた。

 持参した水を温め、火を囲んでお湯で喉の乾きを潤す。

 そうして一息吐いていた時……。


 唐突に、未知の敵が降ってきた。

 そう。

 文字通り、「降ってきた」のだ。


 そいつが無様に落下してきた時、周囲の女たちは大声で悲鳴をあげた。

「なんだ、こりゃぁっ!」

 ハザマが、叫ぶ。

 それとほぼ同時に、落ちてきた巨体に向かって、武器を抜いた犬頭人たちが殺到した。

「犬頭どもぉ!」

 敵意に反応するバジルの能力だ、と直感したハザマは、大声で周囲の犬頭人たちを呼び集めた。

「やつらは上……樹の上を移動する!

 上に気をつけろ!

 そんでもって、できるだけおれの方に近寄れ!」

 今、この周辺だけでも五十匹近い犬頭人がいるはずだった。

「ギャン!」とか、「ワォゥン!」とかいう悲鳴も聞こえてくるから無傷とはいかないようだったが、ガザガザ枝を振り分けながら大勢の犬頭人たちが移動してくる気配がする。

「バジルは……もう食べているか……」

 トカゲもどきのバジルは、すでに串刺しになって絶命した「未知の敵」に取りついて、盛大に食い散らかしている最中だった。

 エルシムの説明によれば、こいつは、強いやつを喰えば喰うほど強くなるという。

 女たちはといえば、あたふたと荷物の中から弓矢を取り出しているところだった。

 ……なにもやらないよりはマシ、程度のものだろう……。

「敵は、上から襲ってくる!

 上を警戒しろ!」

 ハザマはバジルが貪り喰らっている「未知の敵」の姿を確認しながら、焚き火の中から火がついた太めの枝を取り出す。

「……そらっ!」

 前に、その枝を放り投げた。

 枝についた火によって、黒光りする「未知の敵」の胴体が照らし出される。

「弓を持っている奴!

 とにかく放て!」

 叫びながら、ハザマは、焚き火の中からすぐに次の枝を取り出している。

「ほらっ!

 やつらは……樹の上を移動する、ワニだっ!」

「未知の敵」の正体は、枝を伝って樹の上を移動するように適応した、細身のワニだった。


 犬頭人たちが苦戦したのも、道理。

 犬頭人は、鋭敏な嗅覚を持つかわりに、視力はかなり悪い。

 つまり、近接戦闘は得意でも、弓矢などを使用した遠距離戦闘は不得手だった。

 それに……遙か頭上を移動する相手の臭いをたどることも、難しいだろう。


 ハザマが放りあげた火に照らされた「未知の敵」に、何本かの弓矢が刺さる。

 それをものともせずに樹の幹を伝って頭から落ちてくる、細身のワニ。

 しかし、犬頭人たちも今度は頭上を警戒していた。

 まず槍の穂先がいくつか、その巨体に突き立てられる。

 無傷で地上まで到達するものがあったとしても、すぐさま剣を手にした犬頭人たちが殺到した。

 犬頭人たちは、鳥目ではない。

 頭上に注意を向けるようになれば、「未知の敵」を迎撃することはむしろ容易であった。


 犬頭人たちに若干の被害を受けたものの、ハザマたちは夜明けまでに五十匹以上の「未知の敵」を仕留めた。

「未知の敵」は、夜が明けるのと同時に一斉に引き上げていき、戦闘の中に一夜を明かしたハザマたちは、緊張から解放されてその場に崩れ落ちる。


「どうにか……やりすごせたな」

 向こうから向かってくるやつらはどうにか倒せたが、遠巻きにして様子を伺っていたのもまだまだ残っていた。

 総勢でどれくらいの規模なのかは知らないが……これですべて終わり、というわけにはいかないようだ。

「疲れている所、悪いが……こいつらの特徴と対処法などをまとめて手紙に書き、近くの村とかエルシム、ファンタルに送ってくれ」

 掠れた声で、ハザマが指示を出す。

 それで、いくらかでも死人が減らせるのなら上等だ。

「了解しました」

 タマルが、しっかりした口調で返答し、すぐに紙とペンを取りだした。

「近くの村に伝えるとき、これの死体を一緒に送った方が効果的なのではない?」

 呼吸を整えつつ、ハヌンが提案してくる。

 このハヌンは、犬頭人たちに混ざって地上に降りた敵に向かって剣を振るったりしていたため、服にいくつかの血痕が残っている。

「ああ。いいな、その案」

 ハザマは、うなずく。

「実物を目にするのとしないのとでは、警戒心の強さも違ってくるだろう」

 リンザとトエスは、タマルが書いた見本を見ながら、手紙を書き写していた。

「後は……うん。

 腹ごしらえをして……交代で、眠ろう」

 あくびを噛み殺しながら、ハザマは、手近の「敵」の死骸に近寄り、剣でその前肢の根本に切りつける。

 腕自体は、細くて硬い。

 三本と二本の指が向かい合わせになっていて……これは、地上を這い回るよりも物を掴むのに適した形状であった。

 根本から切り離した前肢を大きく振ってざっと血を払う。

 硬い鱗に、苦労して剣の刃をガリガリと立てて取り除き、皮を剥いでからぶつ切りにして枝に刺し、火にかける。

 気づけば、周囲の犬頭人たちも「敵」の死骸に取りついて、その肉を喰らっていた。

 当然、バジルも飽くことなく食事を続けていることだろう。


「未知の敵」、こと、木登りワニの肉は、癖がなくてさっぱりしており、意外なことに美味だった。

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