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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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未来への展望

 洞窟衆の対部族民班と、それに新領地対策班も多忙を極めていた。

 前者は部族民たちと直接交渉にあたる人員、後者は新領地に対する通信タグ架設や部族民の領地の情報を統合し、整理するための人員である。

 その活動からいっても両者は密接に連絡を取り合っていたわけだが、これに数日前からバツキヤが加わった。バツキヤは部族民軍の中枢近くにいた人間であるが、もともと洞窟衆には前歴を問わない風潮があったため、そのことを詳しく詮索しようとする者もいなかった。

 なにより、バツキヤがもたらす知識は膨大かつ正確。なんといっても役にたった。

 もともと洞窟衆や王国側の人間がほとんど知識らしい知識を持っていなかったことも手伝って、疑問を口にすれば間髪をおかずに通信で答えが返ってくるバツキヤの存在は、洞窟衆の関係者間でもすぐになくてはならぬ存在と評価された。

 当のバツキヤはといえば、自分の知識に間隙が多いことに気づいて愕然としているところだった。


 以前、ハザマに、

「地図はないのか?」

 と問われ、

「まともな地図はない」

 と答えたときから、バツキヤの脳裏には「自分の知識の不完全さに対する認識」が、次第に重くのしかかってきていた。

 知らなくて当たり前。

 そう教えられ、そのまま放置してきた事物が、いかに多いことか。

 そのときだけではなく、洞窟衆から知識を求められて即答できない場面が何度かあった。

 たとえば、

「虫の殻をうまく加工できる職人に繋ぎを取るにはどうしたらいいのか?」

 と問われたことがあった。

 ルシアナの殻を始末するための質問であったが、そうした職人と接触をする機会に恵まれなかったバツキヤは、まともに答えることができなかった。

 結局、そのときの質問にはその手のことに詳しくコネも持っていたガグラダ族のアジャスが答えたのだが、とにかく、バツキヤは予想外の場面で自分の持つ知識に間隙があることを思い知らさせる場面が多く、人知れず落胆もしていた。

 持っている知識を除いたら、自分の価値などほとんどない。

 バツキヤは自身をそのように評価していたのだ。


「……そんなこと、別に、気にしなくてもいいんじゃないのかなあ」

 目敏くバツキヤが落ち込んでいることを察したのは、獣繰りのマニュルであった。

 普段から多くの動物と触れているからなのか、マニュルは、これでなかなか他人の気分の移り変わりを敏感に察知する。

 昨日からマニュルは撤退する部族民のために運搬用の家畜を調達する仕事に従事しており、その成果を伝える過程でバツキヤが沈み込んでいることに気づいて声をかけにきた。

 チュシャ猫を持つマニュルは、もともと神出鬼没である。

「バツキヤ、今のままでも、十分に役に立っているし。頼りにもされているし」

 むしろ、わずかここ数日間だけで、洞窟衆という集団にこれほど馴染んでいるだけでも、十分驚嘆に値することなのではないか、と、マニュルは思った。

 洞窟衆があまり深く考えずに新参者を受け入れる体質を持っていたにせよ、バツキヤの存在はあっという間に知れ渡り、「部族民関連の専門家」と目された様子をマニュルは間近に目撃している。


「それはそれでいいんだけど……」

 それでも、バツキヤはさらにいい募った。

「……指摘されるまで、自分が知らないことがいかに多いのか気づかなかった。

 そのことが、ちょっとショックでね」

 結局、自分の知識は周囲に与えられた、書面上のものでしかない。

 自分で望んで得た知識でもなければ、体を張って経験を積んだ末、苦労して獲得したものでもない。

 そのことに気づいて、バツキヤは愕然としているのだった。

「なんだかよくわからないだけどけど……」

 マニュルは、そういう。

「……流石はバツキヤ。

 難しい悩みなんだね」

 脳天気なマニュルの口調が、バツキヤの心をいくらか軽くした。


 バツキヤの心情はよそに、洞窟衆の活動は続いている。

 特に対部族民班と新領地対策班は、ここ数日活発に動いていた。

 前者は洞窟衆との取引を望む各部族と緊密に連絡を取り合い、できるだけ要望に応えるように動いている。

 後者はできたばかりの暗号つき通信タグを犬頭人たちに持たせ、主要な道に沿ってできるだけ遠くまで架設していく作業を開始していた。

 じきに両者混合でこの地から退去していく部族民に便乗して、隊商を組んで同行していく手はずになっており、そのために荷を用意したり班編成をする作業も佳境に入っている。この二つの班の人員以外にも、この地で雇い入れた者たちや犬頭人も組み入れ、さらに多数の運搬用の家畜で構成される隊商であった。

 ひとつの部族につき従うのはせいぜい数名から数十名であったが、洞窟衆と取引を望んでいる部族の数が多いため、総勢ではかなりの人数となる。

 本格的に部族民の退却が開始されれば、この場にいる洞窟衆から一気に大人数が抜けてしまう形になる予定であった。


「……それでも、人数的には毎日増えているからなあ。

 それこそ、数百人単位で……」

 せっせと書類に署名をしながら、ハザマはぼやく。

 部族民たちとともに旅立つ連中については、ハザマはさほど心配していなかった。

 これら、古参の洞窟衆はこれまでにも修羅場をくぐってきて度胸が据わっているし、なにより、バジルの影響下にあり、常人に数倍する体力、膂力に恵まれている。

 それに、通信網の架設もいずれ追いつくだろうから、直に他の洞窟衆と連絡が取れるようになる。

 仮に女性だからといって侮る者がいたとしたら、実際に被害を受けるのはそちらの方だろう。

「……ただ、こっちに残る連中の方がなあ……」

 それが若干、不安でもあった。

 新人たちの多くは、古参の洞窟衆と比較すると、ごく普通の人間でしかない。

『その辺は、運用をする側で加減をするしかないだろう』

 ファンタルは、通信でそう告げてきた。

『数だけは多いんだから、今はせいぜいこき使ってやればよい』

 荷物のあげおろし、木の伐採、それに、近くはじまるとかいう、各国居留地の普請……など、この地でも人手を要する仕事は、それなりにあるのであった。

 それから……。

『ブラズニア領内の盗賊退治の件な、本格的に決まりそうだ』

 ファンタルは、そう続ける。

『いくさに気を取られて領内が手薄になると、途端に威勢がよくなる連中がいるらしいな。

 ブラズニアだけではなく、このいくさに参加した三公爵の領地内のそこここに、群盗が出没しはじめているらしい。

 ここで成功例を作っておけば、他からも引き合いが来るかも知れんぞ』

「……人員の手配の方は?」

『イリーナらを中心とした古参の連中を指揮に回し、ここ数日でちょっとは動けるようになった連中で何隊か作っておいた。

 そちらの編成もすでに終わり、いつでも出発ができる状態だ』

「そちらの砦から人が抜けても大丈夫なんで?」

『このまま停戦になれば、この砦も形だけのものになるからな』

 ファンタルは続ける。

『これがなくても、いずれは王国側の連中と入れ替わることになるだろうし……そもそも洞窟衆の本拠地は森の中にある』

 その新領地の森の中は、現在、本格的に洞窟衆の浸透が開始されていた。

 罠や通信網の設置はもちろんのこと、多数の犬頭人が四方に展開して、役に立ちそうな動物を見つけたらハザマに報告する手筈となっている。その犬頭人自体も、新しい群れをみつけ次第取り込んで、ハザマが知らぬ間にその数を増やしつつあるらしい。

 部族民からみても辺地であるその周辺には人の村落がなく、犬頭人による被害者はいないようで、当面、そちらのフォローを考える必要はないらしい。王国側が「新領地」と呼んでいる地域は部族民の側からすると、ろくに人も住んでいない辺地であるらしかった。


 部族民領内に進む者、ブラズニア領に進む者……この場に滞在していた多くの洞窟衆が移動を開始する時期が、すぐ間近に迫っていた。

 当然、洞窟衆の人々ともその準備に追われることになる。

 荷捌き所にはひっきりなしに馬車が着き、荷の積みおろしをしては去っていく。ごく最近までここから搬出する荷物はほとんどなかったが、ここ数日は部族民たちから受け取った荷物が増加する傾向にあった。武器や防具などの金属、皮革加工品の加工技術と品質は、王国よりも部族民側の方が数段高く、使い古しの中古品であってもそれなりの値で売れるのだった。

 洞窟衆としては、戦時中よりも停戦交渉がはじまってからの方が忙しい状態になっているのかも知れない。

 例の「ザメラシュの吶喊」で捕縛された馬も王国側から打診を受け、即座に払い下げて貰った上で、輸送用に回しているというし、馬車の数もいつの間にか増えている。

 洞窟衆では、街道沿いに多数ある休憩所で馬と交換し御者も交代させることによって、最速で荷を運び続けていた。

 その休憩所に関しても、早いところでは厨房などの改装が完了し、食堂としての営業を開始しはじめている。準備期間がほとんどなかったため、今の時点ではメニュー数も少ないのだが、いつでもできたての料理が出てくるというだけで、かなりの客足を集めているという。

 食堂だけではなく、休憩所の改装については今後も継続して行う予定であり、食堂の設置が一段落したところから、洞窟衆産の製品や地元の特産物を売るための売店を作りはじめている。

 これについては、「利用する旅人たちにより快適な体験をして貰う方向性で」と、ハザマはかなり漠然とした指示をしているだけだった。

 かなり漠然とした注文ではあったが、各休憩所の収益はそのままダイレクトに従業員たちの収入にも反映させる契約にしていたため、各自に工夫を凝らしてているようだった。それが現実に反映されるまでには、まだ相応の時間を必要とするのだろうが。


 ハザマは大量の書類に署名をしながら、そうした報告を順番に聞いていた。大抵は適当に聞き流すだけだったが、場合によってはボソリと意見をいったりする。

 なにしろ現在の洞窟衆は急速に構成員を増やしているし、また、着手する事業も多様化してきている。真面目にそのすべてに対して報告を聞き、口を挟んでいたらいくら時間があっても足りないくらいだった。

 気性としてデスクワークをあまり好まないハザマとしては悲鳴をあげたいところではあったが、ハザマの判断や許可を必要とする案件はそれこそ無数にあり、そうした決済を必要とする事項が、これまで戦争で滞っていた分も含めてどっと押し寄せてきた感があった。

 我慢でできなくなったハザマは、直属試作班のコキリを呼び出して、例の判子のアイデアを相談してみた。

 相談というよりも、実際には、

「速やかに、作ってくれ!」

 という懇願に近かったが。

「そうしてくれないと、近いうちにおれは腱鞘炎になるぞ」

 などと脅しだか泣き落としだかわからないことをいった。

「……今いる人員だけでは、ちょっと無理ですね」

 コキリの返答は、淡々としたものだった。

「うちに、契約魔法とか専門家はいませんから」

「ゼスチャラでも呼びつけろ」

 ハザマはそう返す。

「あいつ、スケベだから女の子から呼び出しを受けたらホイホイでてくるぞ」

 セクハラ行為をされるかも知れないが……ということはあえて口には出さなかった。

「その人へ払う報酬なんかも、経費扱いでいいですか?」

 特に疑う様子もなく、コキリはそう確認してくる。

「ああ、いいぞ」

 ハザマはあっさりと頷いた。

「とにかく、早く作ってくれ」

「あ、それから、ついさっき、チョークの材料が届きました」

 コキリはハザマの言葉に頷き、そのあと唐突に話題を変えた。

「すぐに制作に取りかかっています。

 早ければ明日には試作品をお見せできるかと。

 それから、とりあえずリバーシは量産化の目処がつきました。

 将棋とチェスについてはもう少し、お待ちください」

 試作班も、それなりに成果を出しはじめているようだった。

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