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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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カバとの邂逅

 ようやく書類仕事から解放されたハザマは、

「運搬用の動物を調達してくる」

 という名目でしばらく外出することにした。

 実のところ、洞窟衆で行っている事業のほとんどはハザマ抜きでも問題がなく回せる体制になっている。権利とか契約関係で、ハザマの署名が必要となる場合を除いて、であるが。

 なにかあれば通信術式で連絡が来るはずだし、まずは森に入ってルシアナから略奪した「魅了」の能力を試してみるつもりだった。

 ハザマの背後には、リンザとクリフがついてきた。

 森の中に入るつもりではあったが、ハザマとリンザが揃っていれば、まず問題はないだろうと判断し、ハザマもクリフの同行を許可した。


 川を渡って新領地に入り、そこから森に入る。

 名を知らない洞窟衆の娘が案内役として先導していくれた。

 今や、この森の中はかなり広い範囲に渡って罠だらけであり、案内抜きに入るとかなり高い確率で「困った事態」になるという。

「……今も、あちこちから木を伐っている物音が響いているんだが……」

 ハザマは浮かんできた疑問を口にした。

「あの木こりたちは、もううちの符丁をおぼえていますから、罠にかかることはまずありません」

 セイスと名乗ったその娘は説明してくれた。

 そのセイスによると、木の枝や草になんらかの印をつけて、行ってはいけない場所についての標識にしているらしかった。

「そのサインを無視していくと、まず確実に罠にかかります」

 これらの罠は侵入者を阻むためのものであるのと同時に、森の中の野生動物を狩るためのものでもあった。

 一日に一度か二度、罠をしかけた場所を交代で巡回して、獲物のかかり具合を確認しているのだという。

「そういう巡回の人以外に、木の切り出しとかを担当する人たちが森の中に入っていきますね。

 エルフの方々に指導して貰って、間引いた方がいい木を選んで伐っているわけですが、薪にせよ建材にせよ、まだまだ需要はありますから……」

 その伐採組も、今、順次人数を増やしているらしかった。

 一カ所からあまり重点的に木を伐り出すと今度は山崩れを起こすおそれがあるので、乱伐にならないように見極めながら木を伐っていく必要があるという。

「その伐採中の地帯よりも罠を仕掛けた場所の方がずっと大きい状態ですね」

 この新領地を新たにテリトリーとして組み入れた王国側は、人間側の都合以外に野生の領域でもその地域が自分たちの物であること証明する必要に迫られている。

「実際、狩っても狩っても次々と現れますからね。森の動物というやつは」

「森の逞しさについては、今さら説明して貰う必要はないなあ」

 げんなりとした口調でハザマは応じた。

「おれ、前に五十日くらい、森の中でサバイバル生活したことがあるんだよ」

「……とにかく、罠にかかることがないようにしっかりついてきてくださいね」

 セイスはうねうねと複雑に曲がりながら森の中を進んでいく。ハザマたちはそのあとをついて行く。

「はーい」

「はーい」

「はーい」

 ハザマたちは声を揃えて答えた。


「ここから先はまだ罠を設置していません」

 セイスはいった。

「本当に、ここまででいいんですか?」

「ああ」

 ハザマは頷く。

「ここからは、別の案内が居るから。

 っと。

 さっそく来たか」

 その言葉が終わる前に、数体の犬頭人がハザマたちの前に姿を現した。

「クリフはこいつらに背負って貰って。

 罠がないんなら、少し急ぐ」

「これ……」

 クリフは、そばに来た犬頭人の灰色の毛皮を見つめる。

「……ノミとかいませんかね?」

「……いるかも知れない」

 ハザマはぼつりといった。

 これまで犬頭人たちに衛生上の注意をしたことは、特になかった。

「えええっ!」

 クリフは悲鳴をあげながらも、こわごわと犬頭人の背に乗った。

 ハザマとリンザが犬頭人の背に乗らないのは、この二人は今では森の中の足場が悪い場所でも犬頭人たちと同等の速度で移動できるようになっていたからである。

 ハザマたちは犬頭人に先導される形で、高速でその場から離れていった。


 動物のことは動物に聞け。

 ハザマは、森の深部の案内を犬頭人に任せることにしていた。

 また、「魅了」の能力を本格に試すためにも、人目がつかない場所に出る方が都合がよかった。  

「……というわけで、山地でも重い荷物を運びながら高速で移動できるような動物がたくさん居る場所まで案内して貰いたい」

 ハザマは希望する条件を犬頭人たちに伝えた。

 犬頭人がどこまで複雑な概念を理解することができるのか、ハザマは知らないのだが、一応、意図するところは心話の魔法によって伝わっているはずである。

 犬頭人たちは速度を緩めずに、森の中を疾走する。周囲の風景が流線と化して背後に流れていく。

 ハザマとリンザはそのあとをついて行く。


 しばらくそうして移動したあと、唐突に犬頭人たちが足を止めた。

『アソコ』

 ハザマの頭の中に声が響く。

『強キ者タチ、居ル。ワレラデハ、適ワナイ。

 主ナラバ、問題ナイ』

 先頭に立っている、一回り大きな体格をした犬頭人が、前を指さして

 その犬頭人の「声」らしかった。

 ……そういえば、「はなしをできる」ということは知っていたけど、こいつらと直に会話をするのはこれが初めてになるな、と、ハザマは思った。

 これまでは、一方的にアレコレと指示や命令をするだけだった。

「……大丈夫ですかね?」

 リンザが弓を取り出しながらいった。

 ハザマ自身は、自分用の武装として短めの歩兵槍を持ってきていた。それと、腰には剣も帯びている。

 犬頭人のいう「強キ者タチ」という部分に反応したようだった。

「バジルが居るからなあ」

 ハザマは呟く。

「まず心配はいらないと思うけど、クリフはここで待機。

 犬頭人たちはこの場でクリフを守れ」

 そのあとに、そう指示を出す。

「それで、強き者たち、ってのは、具体的にどういう種族なんだ?」

 ハザマは、犬頭人に訊ねてみた。

『ワカラヌ』

 犬頭人は即答する。

『不穏ナ匂イガスルノデ、ワレラハ近寄ラヌ』

「……そうか、そうか」

 実に役に立たない回答だった。

 ま、なんとかなるさ……と思いながら、ハザマはリンザを背後に従えながら、犬頭人が指さした方向へと歩いていく。


「不穏な匂い、不穏な匂いねえ……」

 以前、木登りワニの大群とやりあった時も、犬頭人たちは怯んだりはしていなかった。

 匂いだけで近寄りたくもない、というのは、それは相当なもんなのかなあ……とか思いつつ、ハザマは先へ進んでいく。

 歩いていくうちに、「虫が多いな」と思い、ハザマはバジルの能力を解放する。

 すると、ハザマの周囲で雨のように虫や鳥などがボトボトと落下してきた。

 流石は森の中、動物の数も多い。ここしばらく人の中で暮らしていたハザマは、自分が森の中の生命力の過剰さを忘れていたことに気づいた。

 そうそう。

 ここ、森の中というのは、いっぱい動物が生まれていっぱい食ったり食われたりする、そんな場所なんだよな、と、以前、たった一人で、いや、バジルとともにサバイバル生活を続けていた往事の感覚を思いだそうとする。

 バジルがいるとはいえ、常時神経を尖らせて周囲の様子を伺っていたあのときの感覚を思い出すのは骨が折れた。

 そうして神経を尖らせながらさらに先に進む。

 途中、猪とか猿、蛇などがバジルの能力に巻き込まれて硬直化していたが、それらが荷物の運搬に役に立つとも思えなかったから、構わずに先へと進んだ。

 そうこうするうちに、前方から水音が聞こえてきたが、やはり構わずに構わずに前へと進む。

 唐突に視界が開けて、ハザマの前方に大きな泉が広がっていた。

「……ふむ」

 ハザマは、水面に浮かんでいた動物を見て、そういった。

「あいつらは……使えるのかな?」

 三十頭くらいだろうか? その泉には、かなり大きなカバの群れがいた。

 力はありそうなんだが……。

 ハザマはバジルの能力を解除して、今度は「魅了」の能力を意識して使ってみる。

 そうしながら、泉に入りカバの群れに近づいていった。

 念のため、リンザは岸に残して待機させておく。

 ハザマが近づいても、カバたちは特に注意をむける様子がなかった。あんまり脅威的な存在だとは思われなかったのかな、と、ハザマは思う。

 以前聞いた俗説に寄れば、興奮したカバはライオンなどの肉食獣さえ難なく殺す動物だという。その俗説がどこまで信憑性があるものなのかは知らないが、あの巨体で暴れられたら確かにそれなりに強かろう。

 そういうこともあって、よほどの相手でもなければ、こいつらは警戒心が沸かないのかも知れないな、と、ハザマは思った。

「魅了」の能力を全開にしつつ、ハザマは、そばのカバに、

「ちょっと、こっちに来い」

 とはなしかけてみる。

 そのカバは目を開けてハザマを一瞥し、

『何ノ用ダ』

 と思念を送ってきた。

 どうやら心話の魔法は通用するらしいし、こちらのいっていることを理解する程度の知能もあるらしい、と、ハザマは判断する。

「お前らの群れにやってもらいたい仕事がある」

 ハザマは、自分の思念を明確にするため、あえて声に出してそういった。

『……続ケロ』

 眠そうに目をしばたきながら、そのカバはハザマに先を即した。

『ドンナ仕事カ?』

「荷物を運ぶ仕事だ」

 これで「魅了」の効果は発動しているんだろうな? と疑問に思いながら、ハザマは続ける。

 動物とはなしをして仕事の条件を決めようとしている自分の姿を想像して、ハザマは自分が急に滑稽なことをやっている気分になった。

『報酬ハ?』

「……仕事をしてくれれば、十分な食料を用意しよう」

 カバって確か、草食だったよな、と、ハザマは思う。

 だとすれば、馬用の飼料でも間に合うはずだ。

「それから、外敵からも守ってやる」

『……フン』

 そのカバは大きく口を開けて欠伸をした。

『ワレラニ敵ハナイ。

 守ッテ貰ウ必要ハナイ』

「それじゃあ……甘い果実とかもつけよう」

『果実?』

 カバの耳が動いた。

『甘イノカ?』

「毎日というのは難しいが、一仕事終えるたびにたっぷりとくれてやる」

『……デキレバ、水路ヲ頼ム』

 そのカバは、そういった。

『ワレラハホトンド、水中デスゴス』

「……水路、か……」

 その言葉には、何事かハザマを触発するものがあった。

「そうだな。

 重量物を運ぶのなら、陸路よりも水路の方が……」

 詳しいことは、今度来たときにはなす……といいつつ、ハザマはカバの群れから離れた。

 好感触とはいわないが、少なくとも敵対的な態度ではなかったから、「魅了」の能力もそれなりに効果を発揮している……の、だろう。

 ハザマはそう判断した。


「……どうでした?」

 弓を手にしていつでも応戦できる体制で待っていたリンザが、ハザマに声をかける。

「決まりではないが、なかなかいい感触だった」

 岸にあがりながら、ハザマはそう答える。

「それよりも、一度帰るぞ」

「え?」

 リンザは、虚を突かれた顔になる。

「まだ、日も高いですよ?」

「魅了を試すのは、次の機会にする」

 ハザマはきっぱりとそういった。

「それよりも、確認したいことができた」

 こうしてハザマの一行は、特に成果をあげることもなく野営地へと引き返した。


「……バツキヤを呼んでくれ」

 洞窟衆の天幕に入るそうそう、ハザマはそういった。

「確かめたいことがある」


「……川、ですか?」

 ハザマに問われたバツキヤは、そういって目をしばたいた。

「そう、川だ」

 勢い込んで、ハザマはいった。

「あんだけ緑があるんだ。

 水源は、それなりに豊富な場所なんだろう?」

「部族連合の領地に、川は、確かに多く流れていますが……」

 バツキヤは複雑な表情になる。

「その多くは急流で、そのまま水路としては使用できません。

 また、雪解けの時期にはしばしば氾濫して、水辺は大変に危険です」

「水妖使いが居ても?」

 ハザマは、さらに条件をつけて問い返してみた。

「それ以外に、カバやワニを操れるとしてもか?」

「……カバやワニ……ですか?」

 バツキヤは難しい顔になった。

「それだけでは、崖などは越えられないと思いますが……」

「高低差とかが厳しい場所は、人手を割いて移動させる」

 ハザマはそういう。

「そういう前提で、交通路を考え直してみてくれないか?

 水上輸送が可能になれば、重量物も楽に運べるし、陸路よりも日程が遙かに短縮できる」

「……詳しく検討してみます」

 ハザマの勢いに押し切られる形で、バツキヤは応じた。

「少し、時間をください」

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