↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

154/1089

二人の戦死者

 ザメラシュの軍の前進が止まったのは、いうまでもなくハザマの能力により前に居た者たちが不動の状態になったからだ。その動きを停止した者たちが行く手を遮っているので、それ以上進むことができない。

 かといって、後続の者もいるからすぐに引き返すこともできず……結果、彼らは街道からはみ出て左右に広がるしかなかった。

 しかし、すぐにハザマが迫り、その街道からはみ出た者たちも大半が動きを止めていく。

 若干、バジルの能力の効果が及ばない場所まで移動した者たちも居たのだが、全体数からみれば問題にならないくらいの少数だった。

 ハザマが走る速度は速かった。

 ザメラシュの軍が進む方向とは真逆に走ってきていたので、山岳民兵たちはあっという間にハザマの能力の範囲内に取り込まれていく。


 例外的に異変を素早く察知して、ハザマの能力から逃れようとした者たちもいた。

 しんがり付近にいた兵たちは、前に居た兵の様子がおかしいと気づき、その場で馬首を返して反転する事にした。

 そのまま進んでも王国軍の野営地に行くだけなのだが、そこまで進まなくても、直前まで迫った異変に巻き込まれるよりはマシだと、そのように判断したのだった。

 そして、反転した先には……ヴァンクレスとベレンティア公の二騎が存在した。


「逃げろ、爺さん!」

 ヴァンクレスは叫んだ。

 迫撃するのと、こちらにむかって進んでくる敵と相対するのとでは、まるで違う。

 ましてや……敵の兵数の方が、圧倒的に多数であり、しかも騎射が得意と来ている。

 不利なんてものではなかった。

 騎兵としての装備を用いていないベレンティア公は、この場では圧倒的な窮地にあるといえた。

 ヴァンクレス自身はそれなりに武装しているし、スセリセスの援護もある。

 なにより、場馴れしていた。

「そうはいうがな、お若いの」

 ベレンティア公はこのような場で晴れ晴れとした笑顔をみせた。

「このような場で戦友を見捨てるのも気まずかろう。

 それに、年の順からいえばわしの方が……」

「邪魔だっていってんだよ!」

 ヴァンクレスが、叫ぶ。

「おれの近くにいると……巻き込まれるぞ!」

 そういったヴァンクレスの眼底が、赤く光りはじめた。

「……いくぞ、バンガス!

 振り落とされるなよ、スセリセス!」

 ヴァンクレスはベレンティア公の馬から距離を取り、「狂化」の能力をいつもより大きく解放する。

 ヴァンクレスの乗馬が、赤い燐光を放ちはじめた。

 その馬の搭乗者から一時的に理性をなくす代わりにより大きな力を引き出す能力「狂化」には、いくつかの発動条件が存在した。

 搭乗者に適性があること。

 搭乗者が畏怖の対象となっていること。

 そして、搭乗者がその「力」に酔っていること。

 ヴァンクレスの馬が、いつもより早足に敵の中に突っ込んでいく。

 スセリセスは、振り落とされないようにヴァンクレスの背中にしがみつくのが精一杯で、魔法を使う余裕など失われてしまった。

 このときのヴァンクレスは、大槌を軽々と振り回して片っ端から敵兵を粉砕し、スセリセスによる付与魔法や攻撃魔法による援護もなしに、いつも以上の戦果をあげていった。

 それどころではなく……。

「……うぉおぉぉぉぉぉ!」

 絶叫しながら、ヴァンクレスは巧みに馬を駆り、左右の敵を粉砕していく。

 人馬ともに、尋常な状態ではなかった。

 何者よりも、速く、強く……敵兵が怯む間もなく、後退する隙すらも与えずに間合いを詰めたかと思うと大槌を食らわせている。

 ヴァンクレスの大槌は朱に染まり、次から次へと犠牲者を量産していく。

 明らかに、普段以上の戦果をあげていく。


「……黒鬼だ!」

 山岳兵の中から、そんな声が囁かれはじめた。

「黒鬼の、ヴァンクレスだっ!」

 ヴァンクレスの名は、それまでの戦いによって山岳民たちの間で有名になっていた。

 山岳民兵たちは雪崩をうつようにヴァンクレスから遠ざかろうとしたが、「狂化」により理性を失っていたヴァンクレスはなおも彼らに追いすがって攻撃を続ける。

「ヴァンクレスさん! ヴァンクレスさん!」

 必死になってヴァンクレスの背中にしがみつきながら、スセリセスはヴァンクレスに呼びかけ続ける。

「もういいんです! 大丈夫ですよ!

 敵は逃げています!

 それよりも、ほら、ベレンティア公が……」

 スセリセスは、敵兵に囲まれて姿がみえなくなったベレンティア公がいた方向を目で追っていた。 


 ハザマが敵軍のしんがりまで到着すると、そこにはヴァンクレスと線の細い少年が居て、かがみ込んで街道に寝そべった老人をみていた。

「……遅かったな、大将」

 ハザマの姿に気づいたヴァンクレスは、この男にしては沈痛な声を出した。

「いいや、おれが馬鹿だったんだ。

 もう少し、よく考えて動いてりゃあ、この爺さんも……。

 誰だかは知らないが、気持ちのいい爺さんだった」

 その老人の顔をよくみて、ハザマも言葉を失った。

 なぜこの人が、こんな場所に……。

「……王国軍総司令官、ディグスデオドル・ベレンティア公爵……ですね」

 追いついてきたアズラウスト公子が、その老人の顔をみて、呟く。

「長年、国境を守りきった功労者です。

 このような死に様も……ある意味では、彼にとっても本望だったことでしょう」

「本望がなんだっていうんだ!」

 ヴァンクレスが、吼える。

「そんなもん、死んじまったらなんの意味がねーだろうが!」

 アズラウスト公子は、ヴァンクレスの言葉に反論ができなかった。


 こうして、のちに「ザメラシュの吶喊」と呼ばれることになる変事はあっけなく終息した。

 街道からそれて逃げ出した山岳民兵も若干残っていたのだが、それら残党も数日中に捕らえられるか自分から出頭するかしてきた。

 不案内な王国領内を独力で生き延びることは不可能と判断したのだろう。

 なにより、夜が明ける前に中央委員のアリョーシャが、その「ザメラシュの吶喊」に参加した兵すべてに対して国外追放処分にすることを発表したのが大きかった。これは、実質的に「一切の処分を王国側に任せる」という意思表示であり、彼らは部族連合にとって「不都合な存在」としてあっさりと切り捨てられたのであった。

 首謀者であるホマレシュ族のザメラシュも例外ではない。ザメラシュは国外追放に加え、正式にホマレシュ族次期族長の座から外されたと、内外に通達された。いわゆる、廃嫡処分であった。

 これによりザメラシュはもはや「ホマレシュ族のザメラシュ」と名乗ることさえ禁じられ、他の兵たちといっしょに王国軍の捕虜の一員でしかない身となった。

 母国へ帰還することも禁じられているとあっては、現実的にみて、奴隷になるしか前途がない捕虜ということになる。


「……やれやれ」

 誰も聞く者がいないのに、ハザマはあえてそう声に出した。

「なんていう夜だ……」

 今、ハザマは、ベレンティア公の死体の番をしている。

 アズラウスト公子は「このことを司令部に伝えに行く」といって、転移魔法を使って姿を消した。この場合、「このこと」とは、部族民の反動勢力を鎮圧したことと、それにベレンティア公が戦死したこと、その二つを含んでいるのだろう。

 ヴァンクレスは、この男にしては珍しく意気消沈した様子で、スセリセスと名乗った魔法使いの少年を伴って、二頭の馬を厩舎に返しにいった。

 まさかベレンティア公ほどの身分ある人の死体をこのまま放置するわけにもいかず、残ったハザマひとりが死体の番人役を押しつけられた形であった。

 アズラウスト公子は、「しばらく待てばベレンティア公を回収するための人員を派遣する」とはいっていたが、それもいつになることやら。

 王国軍は王国軍で、今もまだ、それなりに混乱しているだろうし……。

 などと思いながら、ハザマはベレンティア公の顔を見おろす。

 きれいな……安らかにさえみえる、表情をしていた。

 王国軍の総司令官であったベレンティア公について、ハザマは、初見の際に軍需物資の強奪疑惑をネタにして圧迫面接されたことを筆頭に、正直、あまりいい印象もなかったのだが……。

「……それにしたって、死んじまうのはなあ……」

 司令官なら司令官らしく、安全な後方にでもふんぞり返って、偉そうに指示だけ出していりゃあよかったのに……と、思わないでもない。

「……とっとと誰か迎えにこーい……」


「王国軍総司令官、ディグスデオドル・ベレンティア公爵が……戦死?」

 使節団長のバグラニウス・グラウデウス公子は、その報告を聞いたあと、しばらく絶句したという。

「……なぜ、公爵が……前線などに……」

 総司令官の仕事は戦うことではなく、どのように戦うのか、その方法について知恵を絞ることだったはずだ。

 その地位からいっても、ベレンティア公が「戦死」する可能性はかなり低かったはずなのだが……。

「詳細は、まだ調べがついておりません」

 その報告を持ってきた文官は、殊勝な表情をして答える。

「今回の変事で、なにかとごたついておりましたので……」

「……公爵が自分から、敵兵にむかっていった……ということなのかな……」

 バグラニウス公は、小さな声で呟いた。

「それと……もうひとかた」

「……まだなにかあるのか?」

 バグラニウス公子が、軽く顔をしかめる。

「敵軍のただ中に突入して戦死した負傷兵がいまして……これがどうもブシャラヒム・アルマヌニア卿らしいと……。

 これもまだ、詳細は掴めていません。

 現在、確認中です」

「ブシャラヒム卿、か。

 確か、アルマヌニア家の三男坊だったな」

 バグラニウス公子が呟く。

「こういういい方もなんだが、ベレンティア公と比べると、衝撃が少ない。

 いや、あとでアルマヌニア家にはおくやみをいいにいかねばならないが……。

 それにしても、ベレンティア公とは……。

 王都がしばらく、騒がしいことになりそうな……」

 ディグスデオドル・ベレンティア公爵には身寄りがなく、世継ぎも決めていない状態だった。

 ベレンティア公の戦死は、現在のベレンティア領領主の座が空白になってしまったことを意味する。

 宮廷内では、この空白地帯を巡ってしばらく熾烈な闘争が繰り広げられることになるだろう。

 とはいえ……外交畑のバグラニウス公子にとっては、その闘争についても差し迫った関心は持てなかった。

 それよりも、バグラニウス公子は今回の停戦交渉についてのことで頭がいっぱいだった。

 もちろん、今回のザメラシュの暴走についても、遠慮なく交渉材料に使うつもりだった。


 結局、ハザマが洞窟衆の天幕に帰ったのは明け方近くになった。

 当然のことながら、メキャムリム姫やハメラダス師などの客人たちはすでに帰っていて、姿がみえなかった。

 昨日も徹夜だったから、これで丸二晩、貫徹したことになる。

 特に体調が悪くなったりすることもなく、不自由も感じていなかったが、健康のためにもぼちぼち寝ておかなけりゃな……とか、ハザマは思いはじめている。

「総司令部と、それから使節団から呼び出しが来ています」

 そんなハザマの顔をみるなり、リンザが告げてきた。

「どちらも、いつになってもいいので、とにかく早い時期に顔を出すようにと……」

「……はいはい」

 ハザマは仮眠することを諦めて、外出する支度をはじめた。


「うちのアズラウストから詳しい事情は聞きました」

 総司令部に出頭すると、ブラズニア公がそういってきた。

 三男のブシャラヒムを失ったアルマヌニア公は、今日は喪に服しているということだった。

「ベレンティア公を失って、司令部内もかなりの動揺があるのですが……。

 とりあえず、洞窟衆にはいましばらく、この地に止まって貰います。

 停戦交渉も予定以上に長引きそうですし、今、洞窟衆の戦力に手を引いて貰っては困ります」

「構いませんよ、別に」

 ハザマはあっさりと承諾した。

「戦争がらみがなくても、こっちには用事がありますし……」

 もともと、戦争関連がもう少し落ち着いて来たら、ハザマはなんとか輸送手段を確保して、本格的に部族連合領内の販路を開拓するつもりだった。

 そのためにはどのみち、この国境にしばらく居た方が都合がよかった。

「それと、使節団の方にはもう顔を出しましたか?」

「いいえ。こちらを先にしましたが」

「そうですか」

 ブラズニア公は感慨深げな表情を作って頷く。

「それでは、早めにそちらに行った方がよろしい」


「よくぞ来てくださいました」

 ハザマの顔をみるなり、バグラニウス公子は妙に愛想よく、そういった。

 昼餐会は、昨夜の騒ぎの影響で今日一日は中断することになったそうだ。

「あなたあてに、王都からの伝言がいくつかあるのですが……」

「……王都からの……ですか?」

 ハザマは、聞き返す。

 イヤな予感しかしない。

「ひとつは、ハザマ殿ならびに洞窟衆が行った度重なる戦功への報奨として、領地と爵位をくださる運びとなりました。

 これが、その内示ですね」

 そういってバグラニウス公子は、封書をハザマに手渡す。

 丸めた羊皮紙を蝋で封印したものだった。

「あとひとつは、洞窟衆で部族連合が王国に支払う賠償金の輸送を担当して貰えないだろうかという、そのような依頼です」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。