戸惑いの質疑応答
なんなんだ、この状況は……と、バツキヤは思う。
こちらではハザマがメキャムリム姫に「通信術式」について詳しい説明をしていて、あちらではハメラダス師がアズラウスト公子になにやら難解な魔法の専門用語を多用して「すまほ」とかいう板を使えるようにする技を伝えている。
ついでにいえば、地面の上ではマニュルのチュシャ猫とハザマが連れていたトカゲとが、洞窟衆の持ってきた桶いっぱいの生肉を競うようにして平らげている。
バツキヤの思考は、先ほどからのはなしの流れから半ば脱落しかかっていたところだったから、今の小休止状態はむしろ歓迎したいところだった。次から次へとバツキヤにとって耳新しい事実が明らかにされ、耳に入った情報がなかなか整理できない状態だった。特に、現在、ハザマが行っている「通信術式」についての解説はバツキヤにとっても完全に初耳であり、「洞窟衆はそんな便利な術式を常用していたのか!」と改めて驚いた。
どうやら洞窟衆とは、ハザマという個人の能力や資質にのみ依存する組織ではないらしい、という認識を新たに持った。
そしてここまでの流れをみて、バツキヤはこの王国内で現在、洞窟衆が置かれている位置というものをはじめて正確に把握したような気がする。
それに、ハザマという男の特異性も、改めて認識した。
ハザマが異邦人らしい……という噂は部族連合に居た当時から耳にしていたのだが、そのことが実際にどういうことを意味するのか、以前はよく想像できなかった。
しかし、今、たて続きに斬新な構想を、おそらくはところどころでその場ででっちあげたような思いつきも交えて滔々と語り出したハザマという男は、その発想からして根本的に「こちら」の住人とは異なっていたような気がする。
貴族を貴族と思わず、王国の権威をものともせず、もちろん、部族連合の武威も恐れず、ただひたすらに自らが欲するところに忠実な自説を披露する精神は、やはり「この世のものではない」。
これが、「異邦人」か……と、バツキヤは思う。
こうして目の当たりにして、バツキヤはその意味をはじめて理解した気がした。
「……その、通信術式の概要はおおむね理解できたと思います」
ひととおりの説明を受けたあと、メキャムリム姫はハザマに対してそういった。
「ですが、どうしても理解できないことが、ひとつ。
なぜにハザマ様は、そのような構想をこの場で口にしたのでしょうか?
黙って計画して実行に移せば、ギリギリまで部外者に対してはそのことを知られないでいられたでしょうに……」
それ!
と、少し離れたところで聞いていたバツキヤも心中で大きく頷く。
その点については、バツキヤも大きく疑問に思っていたのだ。
洞窟衆という組織の長が、どうして秘密と利益を独占しようと考えなかったのか!
「……あー……」
ハザマは、決まり悪そうな顔つきになって、こめかみの横を指先で掻きはじめた。
「それは、ですねえ。
いくつか理由はあるのですが……。
ひとつは、厳密にいうと、この通信術式の基本的な原理とかは、もう洞窟衆が独占していないからです。
そちらのアズラウスト公子と、それにハメラダス師が一瞥して術理を見破り、すぐに自分たちでも使用しはじめました。
おれは魔法には詳しくないのですが、もともと、その通信術式は既存の魔法を組み合わせたもので、模倣も容易だということです。
すでにネタが割れている以上、先ほどおれが説明したような構想もいずれは誰かが思いつくと思います。
それは、アズラウスト公子かも知れないし、他の誰かかも知れない。
だから、後生大事に秘密にしておくようなご大層な構想ではないことは確かですね」
「でも、ぼくは通信術式を軍事用途にすることしか考えていませんでしたけどね」
魔法でスマホに充電をしながら、アズラウスト公子は軽く肩をすくめた。
「確かに、民間でもそれなりに需要があったと思うし、うまくやればお金になるのかも知れないけど……」
「……お兄様は、お金には興味が持てなかったと」
メキャムリム姫の目が、すぅっと細まる。
気のせいか、「お金に」のところに重いアクセントが置かれていたような気がした。
「そ、そういうわけではないんだけど……」
アズラウスト公子は、露骨にメキャムリム姫から視線を逸らした。
「……なにぶん、ぼくにも立場というものがあるから……。
これでも、王国八大貴族の世継ぎだよ?
大貴族の一角が大々的にそんな事業をはじめたら、それこそ他の公爵家たちが黙っていないんじゃないかなー……って」
「……いわれてみれば、そうですわね」
その言葉に、メキャムリム姫も、あっさりと頷く。
貴族社会も、いろいろあるらしかった。
「これだけの可能性を秘めた事業となれば、うまく成長すれば一大利権になるわけですし……それを公爵家のひとつが独占ともなれば……」
「……あちこちから難癖をつけられるし、下手をすれば事業すべてを王家に取り上げられて、国営化を強制されるのが落ちだよ」
アズラウスト公子が、メキャムリム姫の言葉を引き継ぐ。
「公平と国益の名の下に、ね。
その点、新興勢力の洞窟衆が勝手にやる分には、お上も手を出す口実をつけようがないだろうし……。
ま、ぼくとしては、大規模にやるつもりなら、ことが公然のものになるまではひっそりと水面かでやることを推奨したいところだけど……」
「……それです。
もうひとつの、この場でこの構想を公にした理由」
ハザマは、そういった。
「今の時点では、通信術式に必要となる中継用のタグは森の中とこの周辺、それに緑の街道沿いのごく一部にしか設置していません。
しかし、これ以上大々的に通信網を広めるとなると、どのみちそうした中継点の設置作業はどうしたって大勢の人たちに目撃されてしまうだろうし……。
秘密裏に広める、というのが、そろそろ無理になってきているんですよ。
そんなら、その土地と土地の領主様にちゃんと筋を通して中継点設置の許可をいただいた方が、現実的かなあ、と……」
「それで、まず最初にぼくたちに披露した、と?」
アズラウスト公子の表情が、心持ち引き締まった。
「なぜ最初に、ブラズニア家なのですか?」
「ぶっちゃけ、ブラズニア家であることに大きな意味はありません」
ハザマは、あっさりと認めた。
「どのみち、このことについては八大貴族の方々には順番に許可を取るつもりでしたし……。
たまたま、今夜、お二方の方からこちらに来てくださったのだから、こちらの考えを述べて反応を伺ってみるのもいいかな、と」
正式な許可のお願いは、あとでまたしかるべき手順を踏んでやらせていただくつもりです……と、ハザマは続ける。
アズラウスト公子とメキャムリム姫は、なんともいえない表情をして顔を見合わせた。
衝動的と思えば計算づく。
どこまでが本音で、どこからが虚勢なのか……。
バツキヤは、ハザマという男がまずます理解できなくなった。
「まず、財政的な問題点を指摘させていただきます」
まずメキャムリム姫が、そう指摘した。
「王国内の各地に通信拠点を作るとなると、建築費並びに維持費の方もそれなりなものになります。
それを洞窟衆の財政だけで賄えるかどうか?」
「その点については、一気に手を広げるつもりはありません、とだけお答えしておきましょう」
ハザマは、冷静な声で答える。
「そうですね。
まずはここから王都まで、緑の街道沿いをずーっと通信網で覆います。
それとほぼ同時に、ここから部族連合の領地内へも通信網を広げていくつもりです。
先ほど説明した街道沿いの休憩所、その一角に通信窓口を設置し、それから街道からさほど離れていない村や都市へも同じように窓口を置きます。
まずは通信網を体験し、使ってみて、その便利さを潜在的な顧客に広くアピールしていく必要もありますし……」
「その窓口というのは、洞窟衆、いや、ハザマ商会の支店も兼ねるわけですか?」
今度はアズラウスト公子が、ハザマに対して問いかけてきた。
「都市部では、おそらくそうなるかと」
ハザマは、頷く。
「この戦争のおかげで、ハザマ商会も、ドン・デラとこの戦場の往復ばかりを重点的に行ってきました。
それ以外の地域に販路を広げる余裕がなかったのです。
しかし、戦争が終わるとなりますと、王国の他の地域へも販路を広げることになりましょう。
いや、ここから先、対部族連合領域への進出ももちろん考えてはいるわけですが……」
通信網の拡充は、ハザマ商会の販路の開拓と同期して段階的に行われていく、ということだった。
「……商売のことに関しては締まり屋の部下が何人か居ますので、無理な出資や拡張はおれがやろうとしても止められると思います」
ハザマは、そう結んだ。
「もたもたしている間に競争相手が現れ、同じような通信網を作りはじめたらとうするのですか?」
メキャムリム姫が、続けて問いかけた。
「どうもしません」
ハザマは、あっさりと答えた。
「商売敵や競争相手の出現、結構なことではないですか。
先行している分、こちらもそれなりにノウハウを蓄積していますので、うしろを追ってきた同業他社に容易に抜かれるとも思いませんけど……。
だいたい、独占企業なんてのはどこかしらで歪んで来るもんです。
それに、この世界もまだまだ広いだろうし、そのすべてを自前の通信網で覆えるとも思えません。
こちはこちらで、マイペースで事業展開を続行するだけです。
そもそも、こちらの事業はその通信網だけでもありませんしね」
通信事業を独占するつもりもない、とハザマはあっさりと明言した。
欲がないのか、それとも過度に現実的なのか……と、バツキヤは少し戸惑う。
少し考えてから、「いや、その両方なのかな」、と思い直した。
飛躍した発想と現実的な判断力が、奇妙に同居している。
バツキヤはこれまでのやり取りを見聞して、ハザマのことをそのように理解しはじめていた。
また、そのような奇怪な人物でなければ、「ルシアナの討伐」などということを思いたち、実行し、実現させることは不可能だったろう。
不可解。
この時点でバツキヤのハザマに対する印象は、この一言につきた。
「その通信事業に対して、ブラズニア家が出資したい……といったら、どうします?」
笑みを浮かべて、アズラウスト公子がそんなことをいってきた。
「……お兄様!」
メキャムリム姫がなにかいおうとするのを、アズラウスト公子は手で制する。
「申し出自体はありがたく思いますが、謹んでお断りさせていただきます」
ハザマは即答した。
「……その理由を聞かせていただいてもいいかな?」
「今のところ、うちは無借金経営でやってこれていますので」
ハザマはあっけらかんとした口調でそういった。
「現状で特に困っているわけでもないのに、余所から資金を受け取らねばならない理由もないでしょう」
「大貴族には貸しを作りたくはない、というわけですか?」
アズラウスト公子は口に出してそういった。
「そういうわけでもないんですけどね」
ハザマは、特に感情を込めずに答える。
「そもそもおれは余所者で、こちらの風習や社会状況に詳しくはありません。
貴族制度についても、実のところ、完全に理解できているか、かなり怪しいくらいです。
これでも今となっては結構な人数を抱え込んでいますので、この先既存の勢力を頼ろうとするのなら、慎重に考えた末で頼ることになるでしょう。
このままどこにも頼らないで進めれば、おそらくはそれが一番安全だとは思いますが」
そうした言葉が、ハザマの口から遅滞なく出てきた。
おそらくその発言は、ハザマの本心に近いものだったはずだ。
「それでは、出資の件は一度置くことにして……。
まずはその通信施設、ブラズニア家の領地内から広げてみてはいかがですか?」
アズラウスト公子は、今度はそんなことをいいはじめる。
「なにより、わが領地内のドン・デラにはハザマ商会の本拠地があるわけですし、最初に手を着けるには手頃であると思うのですが」
「考えておきます」
ハザマは、結論を明言するすることを避けた。
「緑の街道沿いの整備が一段落したあとなら、ブラズニア家の領地が有力な候補地になるとは思いますが」




