公子のレクチャー
アズラウスト公子が持参した酒瓶はガラスでできていた。以前、ハザマはリンザから、この世界ではまだまだカラス製品は高級品であると聞いている。ガラスの原料となる珪砂はそこいら中にあるありふれた物質であるはずだから、やはり加工法がネックになっているのだろうな、と、ハザマは思う。ハザマのあやふやな知識では、確か、珪砂をガラスに変えるためには、かなりの高温を必要とするはずだった。そうした加工技術がまだまだ未熟なのだろう。
などと他愛ないことを考えているうちに、リンザやクリフ、カレニライナなどがてきぱきと動いて酒肴やグラスなどを準備しだした。ただし、クリフやカレニライナなどの若年者の分は流石にグラスではなく茶器が用意されていたが。
「……そういや、こっちでは何歳くらいから成人扱いになるんだ?」
ぽつりと、ハザマが素朴な疑問を口にする。
「成人扱いというのがどういうことを意味するのかによりますが、貴族階級では大体十六歳で元服になりますね」
アズラウスト公子が即答する。
「貴族以外の階級には、元服とかは関係ないです」
リンザが、そっとハザマに耳打ちする。
「そんなことをいうよりも前に、一定以上の年齢になったらみんなで働かないとやっていけませんから」
まあ、貴族とその他の庶民とではその辺の感覚も異なるだろうな、と、ハザマは納得をする。
「酒なんかは、何歳から飲んでいいとされているんだ?」
今度は、質問の切り口を変えてみた。
「やはりあまり若いうちは体によくない、とされていますね」
今度は、バツキヤが答えてくれる。
「個人差もありますし、特に何歳からとは決まっているわけではありませんが、目安として十五、六歳くらいくらいから飲めるようになる感じでしょうか?」
「……なるほどなあ」
ハザマは頷く。
「ハザマくんはいける口ですか?」
アズラウスト公子が訊ねてくる。
「いけるというほど量が飲めるわけではありませんが、それなりに飲むことはできます」
ハザマは無難に答えておいた。
実際、強い、というほど飲めるわけでもない。日本人としてはまず標準的だと思うのだが、こちらの世界の基準ではどうなんだろうか? まあ、つきあい程度で嗜むことに差し支えがなければ、それで問題はないとは思うのだが。
「それでは、改めて」
アズラウスト公子がグラスを掲げる。
「洞窟衆の未来に」
どうやら、乾杯の音頭を取ろうとしているらしかった。
もともとアズラウスト公子は貴公子然とした風貌をしているから、そうした挙動が様になる。
「洞窟衆の未来に」
釈然としないものを感じながらも、ハザマはそれに唱和する。
他の人たちも、それに続いた。
「どころで、アズラウスト公子。
なんだってこんな場所においでになったのですか?」
ハザマは、気になってきたことを訊ねてみた。
「こんな場所、などと卑下するものではないよ、ハザマくん」
アズラウスト公子は笑みを浮かべながら答えてくれる。
「これからこの洞窟衆は、おそらくかなりの注目を浴びる存在になると思う。
それを見越して先に、正式にご挨拶をしておきたいと思ってね。
なにしろわが家は、こちらの妹もなにかと世話になっているし、ぼく自身も昨夜大きな借りを作ってしまっている」
「……商談以外の用事でこちらにお邪魔したのは、今回がはじめてのはずですが」
アズラウスト公子の妹、メキャムリム・ブラズニアは戸惑ったような表情を浮かべている。
「お兄様、なぜわたくしもこの場に同伴しているのでございましょうか?」
どうやら、メキャムリム自身も理由を聞かされずに、アズラウスト公子に強引に連れてこられた様子だった。
これについてアズラウスト公子は、
「今、説明した以上の理由はないのだけどね」
とのみ、答えた。
「うちの、洞窟衆が、そんなに注目を浴びる要素があるもんですかね?」
ハザマは、首を捻る。
「王国の階級社会の中では、外様もいいところだと思いますけど」
なにしろ、犬頭人の被害者である女性たちとか狩りで集めた盗賊、口封じに仲間に引き入れた軍の輸送隊の連中……などが混合してできた集団だ。
人数的にはともかく、階級的にみたら最下層もいいところだろう。
「だが、十分以上の実力を示してしまっている。
王国もその他の勢力も、今となっては君たちを無視できないし、それどころかこれからは競って取り込んだり取り入ったりしてくるだろうね」
アズラウスト公子は、そう指摘する。
「まず今日、先鞭をつけて中央委員のアリョーシャが部族認定をしたわけだけど……公然とああいう真似をされたら、王国だって黙っていられるわけがない。
おそらくは今頃、王都ではしかるべき爵位を……それに、ことによったら領地も、君のために用意していると思うよ」
「……爵位に領地、ですか?」
ハザマは、ぽつりと呟いた。
実感が沸かないので、この場でどのように反応するのが正しいのか判断がつかなかった。
「なんだって、そんなものを……」
ここにいるクリフや陣借衆のように、「爵位はあれども治めるべき領地を持たない」あぶれ貴族は意外と多い、と聞いている。
順番からいうのなら、ぱっと出のハザマたちなんかよりも、そうした既存の貴族連中をどうにかするべきなのではないだろうか?
「なんで、って、ハザマくんと洞窟衆は十分な功績を出しているからね。これはもう、誰にも否定しようがない」
アズラウスト公子は、懇切丁寧に説明してくれる。
「ここまでがまあ、表面的な理由だ。
これ以外に、王都としては、君たち洞窟衆を部族連合やその他の勢力に取られたくはないと思っている。できれば、今後も王国のために働いて貰いたいと思っているわけだ。
そのためにはそれなりの地位と責任を押しつけて、王国内部の序列の中に組み込むのが一番手っ取り早い」
「その、王都の思惑ってのは、なんとなく理解できました」
ハザマは、アズラウスト公子の言葉に割り込んだ。
「でもその……王都の申し出ってやつを断ることは可能ですかね?」
「おや、まあ」
アズラウスト公子は、芝居がかった様子で目を見開く。
「爵位や領地を貰う前から返上するというのかい?
それが欲しくて欲しくてたまらないって人たちが、大勢いるっていうのに」
「これ以上の面倒に晒されるのは、勘弁して貰いたいなーってのが本音ですね」
ハザマは率直なところを口にした。
「……幸い、今のところ、洞窟衆の全員を食わせても余るほどの収益を得ていますし……。
第一、領地なんて貰ったら、気軽に身動きができなくなりそうだ」
「ふむ。
そういえばハザマくんは、異邦人だったね」
アズラウスト公子は、真顔になった。
「われわれとは異なる価値観を持っていても、不思議ではないのか。
まあ、欲しくはないっていう意思表示を行うのはアリ……だとは思います。
ただその場合、王国内での活動はかなり制限されると思いますし、最悪、洞窟衆に対して国外退去処分が下されることもあり得ます」
「そいつは困るな」
ハザマは、軽く顔をしかめる。
「再入植をしたばかりの村が、いくつもあるんだ。
他の事業はともかく、そういった村は丸ごと移動できるわけではないし……」
「それでは、爵位だろうが領地だろうが、遠慮なく受け取ればいい」
アズラウスト公子は、にやにや笑いを浮かべながら対処法を教えてくれた。
「王都に対しては何度か辞退した上で、せいぜい、もったいをつけた上でね。
相手は是非ともハザマくんに重石を与えたいと思っているんですから、その際に好きな条件を交渉してみればいい」
「好きな条件、ねえ」
ハザマは、微妙な表情になった。
「そういわれましても……そもそも、おれは領主とか貴族というものがどういう仕事なのか、ぜんぜん知りませんからねえ。
想像もつかないっていうか……」
「なにも難しいことではない」
アズラウスト公子はそう断言してくれる。
「基本的には、税を集めて、その半分を国庫に収めるだけの仕事ですよ。
残りの半分が領主の収入になるわけですが……かといってこのすべてがすぐに私財になるわけでもなく、そのほとんどは領地を経営するために費やさねばならない。それどころか、うまく立ち回らないと赤字が出ます」
「ざっくりと説明してくださるのはいいのですが、こうして聞いた限りでは、ずいぶんと複雑な職務に感じます」
ハザマは素直な感想を述べる。
「そういう細かい仕事をすぐにやれといわれても、うまくやれる自信がありません」
「なに、細かいことは全部、部下にやらせればいいんですよ。
領主の仕事は、大まかな方針を伝え、徹底させることです」
アズラウスト公子はさらに詳細な説明を続けた。
「新領主擁立ということになれば、官吏の志願者なんか国中から押し寄せてきます。
今回のハザマくんの場合は、それ以前に王都が、優秀な役人候補を推挙してくるでしょうが……」
「……それは、王家の息がかかった人たちを送ってくる、という意味でしょうか?」
不意にハザマが、真剣な表情になった。
「そうか。
そういうことも含めて、重石なのか……」
「爵位や領地と同じで、くれるというものはありがたく頂いて……その上で、自分のやりたいことをやればいいんですよ」
アズラウスト公子は、意味ありげに笑う。
「これまで洞窟衆をまとめてきたハザマくんなら、おそらくはとてもユニークな統治をしてくれることと期待していますが……」
「期待されても、ねえ」
ハザマは、ゆっくりと首を振る。
「さっきもいったように、領主の仕事についてまるでイメージが沸かない状態ですから、なんともいえませんね。
第一、爵位だの称号だのはともかく、領主といわれても、どんな土地を与えられるのかわからなければ、経営のやりようも構想できませんし……」
「……え?」
アズラウスト公子は、驚いた顔つきになった。
「本当に思い当たりませんか?
その、王家から下賜されるはずの領地のこと」
「……お兄様!」
メキャムリム姫がアズラウスト公子をたしなめる。
「ハザマ様は、この手の思考に不慣れな身。
わからなくてもしかたがありません!」
「そう……ですね。
それでは、順を追って説明していきましょう」
アズラウスト公子は真顔になって、ハザマに語りかける。
「まず……王国内の土地はすべて、すでに領主が居る状態です。余っている土地というものはない。
これが、前提になります」
「そう……ですね」
ハザマも、頷く。
でなければ、クリフたちのような爵位だけの貴族が存在するわけがない。
「にもかかわらず、今回、ハザマくんには領地が下賜されるだろう、とぼくたちは予測しています。
本来であれば、ないはずの土地は与えることができない。
しかし……最近増えたばかりの、新しい領地がすぐそこにあるではありませんか!」
「……あっ!」
ハザマは、小さく声をあげる。
「……新領地……」
ここまで説明されて、ようやく思い当たった。
「……おそらくは、緑の街道周辺の土地は王家直轄地とされるでしょう。関税利権のこともありますが、その他の面倒を避けるためにも、王家直轄地にしておいた方がなにかと都合がいい。
それから、諸外国の居留地を造成する計画もある。これも、すでに各国に通達して合意を得ている以上、よほどのことがなければ覆ることはない。
だから……お金になる場所や宅地を造成しやすい場所は根こそぎ王家に取られて……残りの、森しかないようば場所や傾斜がきつくてあまり利用価値がない場所ばかりがハザマくんの領地として下賜されることになると思います」
アズラウスト公子は、淡々と説明を続ける。
「これは、ハザマくんや洞窟衆ばかりを優遇するなという声を予測した上での措置にもなります。
利用価値が低い、ということは、それだけ税収が見込めないということを意味します。
それだけではなく、その場所は部族連合と直に国境を接しているわけです。
今後もそれなりの頻度でなんらかの摩擦が起こる可能性が大きく、しかし、すでに部族民として認定されている洞窟衆ならば、なんとかしてくれるだろう……という期待も、あるのでしょう。
いや、これは、本来ならば国交レベルで解決しなければならない問題やリスクをハザマくんの洞窟衆に押しつけるための方便でもあるわけですが」
アズラウスト公子の説明を聞けば聞くほど、それ以外の選択肢がないような気がしてきた。
この王国の上層部の立場になってみれば、その場所をハザマに管理させておくのは、かなり好都合なのだった。




