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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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文明の光

 日が暮れる前後に、ルア、バツキヤ、マニュルなどが帰ってきた。おまけに、そのうしろにはハメラダス師までがついてきている。

 このうちマニュルは今のところ洞窟衆には無関係な者であるはずだから、「帰ってきた」という表現はおかしいわけだが、ハメラダスという老人から、「マニュルはバツキヤという少女についてくる公算が高い」といった意味のことをいわれていたハザマは、特に違和感をおぼえずに一同を出迎え、会議室に通した。


「……さて」

 その面子を見渡して、ハザマは軽くため息をついた。

「……どっから訊いたもんかなあ……」

 バツキヤの尋問をはじめる前に、ヒナアラウス公子とかいう貴族のお偉いさんがバツキヤの身柄を押さえていったため、いまだにこの少女からはろくなことを訊いていなかった。

 そのバツキヤについてきたマニュルという少女については、さらに輪をかけてわからない。

「……訊きたいことがあるのならば、今さら隠すまでもない、なんでもお答えするつもりですが……」

 バツキヤは、卓上に広がっていたメモなどが気にかかるようで、この部屋に通されたときからチラチラと視線を送っている。

「……その前に、これはいったいなんなのか、お教え願いませんでしょうか?」

 そういってバツキヤが指さしたのは、さきほどリンザやクリフたちに活版印刷のことを説明するために使用した図だった。あくまで原理などを説明するための走り書きで、説明がなければ落書きに見えない代物である。

「ああ、それは、活版印刷をいうもので……」

 うんうん、と、ハザマは軽く説明をしはじめる。

 つい先ほど、一度した説明を繰り返しているわけだから、前のときよりスムーズに説明をすることができた。

 なにより、以前の聴衆よりも今度の聴衆の方が熱心であり、バツキヤなどは身を乗り出さんばかりの食いつきようである。ルアとハメラダス師も、バツキヤほどではないにせよ、興味を持ったようだった。マニュルはこの手の話題にあまり興味がないのか、涼しい顔をしてクリフが持ってきた香草茶を喫している。

 ときおりバツキヤやハメラダス師から質問が飛び、それに答えながらなんとか説明を終える。

「……こんなことを考え、実現しようとする人がいるなんて……」

 するとバツキヤは、深いため息をついた。

「これでは、いくさに負けるのも道理です。

 民の素養が、土台からして違いすぎる」

「文弱の国」、部族民連合で軍師をしていた少女は、感慨深げにそう呟いた。

「いや、おれ、別にこの国の人ではないんだが……」

 ハザマは、戸惑ったようにいった。

「……そうなんですか?」

 バツキヤは、何度か瞬きをする。

「そうなんだよ」

 ハザマは頷く。

「一口には説明しようがないほど遠い場所から来た者だ」

「……一体、なにをしに?」

「さあなあ」

 ハザマは、天井に顔をむける。

「気づいたらここにいた、という感じだから、別に特別な目的があってここに来たわけでもない。

 ただ、どうも帰るあてもないようだし、だったらせめておれがいるこの場をいくらかでも居心地がよい場所にしていこうとは思っている」

「……それで、ルシアナを討伐したのですか?」

 バツキヤは上目遣いになった。

「気にくわないから、とかいう理由で」

「まあ、そうなるな」

 ハザマは、あっさりと頷いた。

「聞けばこの男は、異邦人であるというからな」

 ハメラダス師が、口を挟んできた。

「わしは、そのような噂を耳にした」

 あ。そういう風に説明すればいいのか、と、ハザマは納得をする。

「ときにハザマとやら。

 なにか、自分の国から持ってきた珍しい物などないものだろうか?」

「……珍しい、といっても……」

 ……この世界に来たとき持ってきたものは、どうしたっけか?

 確か、ボールペンはタマルにくれてやって、あとの物は……。

「ちゃんと保管してありますが」

 リンザが、そういってくれる。

「ここに持ってきますか?」

「……おう。

 そうしてくれ」

 ハザマは、頷く。


「……この布きれは、なにか特別な意味でもあるのか?」

 ボロボロになったネクタイを持ちあげて、ハメラダス師がハザマにといかける。

「それはネクタイといって、身分を公示するために首に巻く装飾品です」

「……身分とな?」

「社畜といいましてね。

 これはまあ、雇用契約の一種になると思うのですが、ある職場に長期間専属し、拘束されることを誓った者であることを証す。そのための装飾品です。

 もちろん、そのような契約を結ぶからには、見返りとしてそれ相応の待遇が約束されているわけですが……」

「……ふむ。

 奴隷の一種みたいなもんか?」

「ええ、まあ」

 自分の世界についてのハザマの説明は、超適当であった。

 なにしろ自分自身以外、正誤を判断できる者がいない。

「……この板は?」

「そいつは、スマホ。

 ええっと……然るべき方法で充電を、その、電気、雷の力をその中に蓄えれば、その、いろいろなことができるのですが……。

 今では、その充電を行う方法がないので、こうして死蔵しているわけでして」

「……然るべき方法、か?

 それは、雷の圧であるか? それとも流れか?」

 ハメラダス師は、矢継ぎ早に質問をしてきた。

「その雷を、どこに流せばいいのか?」

「……えっと……」

 まさか、この老人は……電流とか電圧といった概念を理解している?

 と、ハザマは驚いた。

 そしてすぐに、この老人が魔法使いであったことを思い出す。

 年期のはいった魔法使いであるのならば、そうした現象について一般よりも詳しくなっていてもおかしくはない。

「……充電を行うのは、ここからになります。

 えっと、電流とか電圧とかは、機械任せにしていたのでおれ自身は詳しい知識を持ちません。

 ただ、微弱な所から徐々にあげていって、その板が反応したところで固定してもらえば、原理的には充電が可能になるはずです」

 ハザマは、思い切って、そういってみた。

 駄目で元々。失敗をしても、失う物はない。そう、判断した。

「……ふむ。

 なるほどのお。そのようなものか」

 ハメラダス師は何度か頷いてからスマホを取り上げ、充電口に手をかざす。

「どれ、ひとつ。

 試してみるかのう」

 スマホの充電口に、小さな火花が散った。

「……お………」

 ハザマが見守る中、スマホの画面が明るくなりはじめた。

「……充電、されてる……」

「では、この流れと圧でしばらく固定しておけばいいのだな」

 ハメラダス師は、こともなげにそういった。

 スマホの画面は完全に明るくなり、今や初期画面を表示している。

 こうして数十日ぶりに、ハザマのスマホは起動することになった。


「……その板は、ずいぶんと明るくなるものなのですね」

 ルアが、遠慮がちにそういった。

 その言葉通り、今のスマホの画面は、この世界に存在するどんな照明よりも明るい。


 その様子をみてハザマは、

「……おお」

 とか、

「ああ」

 とかいいながら、涙目になっている。

 久方ぶりに見る、文明の明かりだった。

 二度と見ることができないと思っていた、人工の光。

 それを実際に目の当たりにしてみると、ハザマの胸中になんともいえない感慨が溢れてきた。


「……これは、どれくらいこうしておけばいいのか?」

「ええっと……フル充電なら、一時間以上……とにかく、かなり長くなります」

「ふむ」

 ハメラダス師は、頷く。

「では、今、この場でそれを行う必要もなかろうな。

 この流れと圧については、詳しく書き出しておく。

 あとで必要なときには、それを渡して魔法使いでも雇ってその充電とやらをするように」

「……ああ。

 はい」

 ハザマは呆然として頷いた。

「……ってことは……あれ?

 これからはいつでも、こいつに充電ができるってことですか?」

「そうなるな」

 ハメラダス師は、平然と頷いた。

「ま、いっぱしの魔法使いがいれば、というのが前提になるが」

「……これは、これは」

 ハザマは、本気で頭をさげた。

「どのようにお礼をいったらいいのか……。

 感謝の言葉もございません」

 ハザマの、本心からの言葉だった。

「そうか、洞窟衆のハザマが礼を述べるか」

 ハメラダス師は、笑みを浮かべた。

「それではひとつ、こちらの頼みも聞いてもらえぬか?」

「それはもう」

 ハザマは、必死になって首を縦に振った。

「おれにかなえられることなら、なんでも……」

「そういって貰えるとありがたい。

 なに、そこのマニュルのことだがな。

 この洞窟衆で、雇ってもらいたい」

 ハメラダス師は、そう続けた。

「これもそれなりに特技がある者であるから、洞窟衆にとっても悪いはなしではなかろう。

 それからなあ、わし自身もここの出入りを許していただきたい。

 なかなかにここは、変化が多い場所であるらしい。

 この隠居の退屈しのぎには、ちょうどいい……」


 アズラウスト・ブラズニア公子は妹であるメキャムリム・ブラズニア姫とその侍女、リレイアを伴って騒然とした王国軍野営地を歩いていた。

 ブラズニア家の陣地から洞窟衆の天幕まではかなり距離があるのだが、現在の野営地は昨夜の片づけとか新領地から移されてきた負傷者の収容場所を作ったりとかで、かなり道が混雑している。

 あえて道を占有する馬や輿を使うのを遠慮した。

「……いい匂いですねえ」

 アズラウスト公子が、誰にともなく呟く。

 昼頃までにはまだま血の匂いが濃かったのだが、今では代わりに肉を煮炊きする香りがあちこちから漂ってくる。

 昨夜襲撃してきた獣の肉を調理しているのであった。どうにも癖があって人間の口に合わない肉は、洞窟衆の犬頭人たちがまとめて引き取っていったという。基本、王国をはじめとした平地民の中には犬頭人などの異族への差別感情が抜きがたく存在するわけだが、昨夜、洞窟衆の女たちが率いる犬頭人たちに救われた将兵は思いのほか多く、今ではなんとなくその存在を忌避する雰囲気が薄れてきているという。

 少なくとも、犬頭人の姿が見えたからといって石をもって追い返すような者は、現在のこの野営地にはいなくなっていた。


 雑然としている野営地の中を突っ切るよりはと、一行は少し遠回りになっても一度緑の街道へ出て、そこを経由して野営地のはずれにある洞窟衆の天幕を目指した。

 途中、街道を遮るように放置されていた、動物を模した青銅の物体が多数、転がっている箇所にさしかかる。

 昨晩、この青銅の物体は本物の動物さながらに俊敏に動き回っていたというが、ブラズニア家に縁のある三人はその光景を直接、目にしてはいなかった。

 そこでは犬頭人とか女たちが青銅の物体に綱をかけて、数人がかりで道の端まで動かしていた。

 なんとも力強い光景で、女たちの大半は年端も行かない少女のように見えたが、大の男以上の力で重たい荷を平然と動かしていた。

「……あの方たちも、洞窟衆だそうですよ」

 アズラウスト公子は傍らの連れにむかってそういいながら、作業を続ける者たちにむけ、軽く手を振った。

「昨夜、洞窟衆のハザマくんと少しだけはなす機会があったんだけど、なかなか興味深い人物だね。

 彼も」

 作業者たちはアズラウスト公子の正体まではわからないものの、その服装から身分の高い者だということくらいは察して、手を振り返したり会釈したりする。

「知ってます。

 彼女たちは、ここでは目立ちますから」

 メキャムリム姫は澄ました顔で、そう答えた。

「そうだった、そうだった」

 アズラウスト公子は笑みをこぼした。

「キャムの方がずっと、ここは長いんだったね。

 それじゃあ、洞窟衆のこともぼくより詳しいくらいなのかな?」

「あそことは取引があるので、何度か行き来をしておりますが」

 メキャムリム姫はそつのない答え方をした。

「……おかげさまで、当家の借財はかさむ一方でございます」

「ま、お金のことなら、いくさが終わりさえすれば王都から補償されるはずだから」

 アズラウスト公子は笑みを崩さずにそう続けた。

「そんなに深刻に考えなくてもいいと思うけどね。

 今回、かなり膨大な賠償金を請求して連合側もそれを呑む意向を示したそうだから、この手の国境紛争にしては珍しく黒字になるようだし……」

「それよりも、お兄様。

 今この時期に、わざわざ洞窟衆を訪ねるとは、どういった意図がおありなのでしょうか?」

「……どういった意図、といってもねえ」

 アズラウスト公子は、一見して無邪気にみえる笑みを崩さない。

「先にもいった通り、ぼくとしては、彼らのあり方に対して、単純に興味をおぼえているだけなんだけど……。

 それに、強いていえば、今のうちに彼らとの繋がりを強くしておいた方が先々安心できるかな、って計算も、ないこともないけど……」


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