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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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軍事利用の可能性

「……あたしたち、いつまでここで待たされるのぉ?」

 マニュルが、誰に問いかけるということもなく、疑問の声をあげる。

 マニュルとバツキヤ、それに先に呼び出されていたルアは、王国側が用意した控え場所で待機を命じられていた。

 ハメラダス師が例によってどこからか料理を調達してきて、マニュルたちに出してくれたので、待遇が悪いということもなかった。

 ハメラダス師自身は、やはりどこからか調達してきた酒瓶を片手にしきりに葉巻をふかしている。

 この老人も、なにを考えて行動しているのか、少なくともマニュルにはよくわからなかった。

「おそらくは……王国は、アリョーシャ様が強硬な態度に出てきたときにわたしたちの姿を見せて威嚇するつもりでここまで連れてきたのだと思います」

 バツキヤが、淡々と答える。

「ルシアナ……ルアとわたしの二人が顔を出せば、連合の状況はかなり詳細に王国側に筒抜けになったと判断されるでしょう。

 ただ、中央委員も状況が見えていないわけではないでしょうから、今の状況で王国側に強気に出てくるとも思えません。

 だから、わたしたちの出番はないかも知れません。

 中央委員にしてみれば、今は、強気に出ることよりも、対外的には弱気になっているように見えない態度を維持することの方が大事でしょうから……」

「その二つは、同じことではないのか?」

 監視役としてこの場に残っていたヒナアラウス公子が、口を挟んできた。

「強気であるということと、弱気になっているようにみえないようにするということは……」

「この場合は、まるで違います」

 バツキヤは、ゆっくりと首を振りながら解説してくれる。

「この場で連合側が強気に出るということは、連合側が今後も武力に訴えると示すことです。

 今の状況でそんなことをしても、王国をはじめとして近隣の諸外国を無駄に刺激するだけで、連合にとっても意味はありません。

 そして、今の状況下で弱味をみせないということは、ルシアナが没した現在でも連合の体制が健在であることを外部に示すことです。

 具体的にいうと、王国側が提示した過酷な条件をすべて呑み、ルシアナ亡きあとも連合は揺るぎなく存在する。そう、対外的に示すことです。

 今の時点で連合が近隣の諸外国を無用に刺激しても、なんの益もありません。

 事実、ルシアナが没したとしても、連合の国力そのものが衰退したわけではないですし。

 輸送能力こそ奪われたものの、豊富な鉱物資源とその加工技術、動物の毛皮や骨、肉や乳を加工した製品など、外貨を得るために必要な物産には事欠きません。

 資源の多さと多種多様な部族が混在することによる文化的多様性が連合の強みですし、ルシアナ亡き今もその強みが損なわれたわけではありません」

「……しかし、今度は多種多様な部族民たちを食わせていくのが難しくなってきている」

 ヒナアラウス公子は皮肉な口調で指摘した。

「なにしろ、増えすぎているからね。

 現在の部族連合の総人口は、山地本来の食糧生産力を遙かに上回っている。

 これまでは主に軍事的な略奪という手段によりその欠損分を補ってきていたわけだが、ルシアナの影響がない今、効率的な輸送手段もなく大規模な軍事行動に出ることは不可能になる。

 かといって、交易によって食糧を得ようとしようとしても、山脈を囲んでいる国々はこれまで連合によって何度も略奪を受けてきた被害国だ。

 なんにつけ、売り渋られるのは当然だし、よくても、ここぞとばかりに高値をふっかけてくるだろう」

「……通常ならば、そうなるでしょうね」

 バツキヤは、冷静な口調で答える。

「通常ならば……つまり、従来の勢力だけならば。

 しかし、今は……既存のどの勢力に属さない、まるで動きが読めない集団が存在します。

 彼らがなにを考え、今後どう動くのか……」

「……それって、あのトカゲ男のこと?」

 マニュルが、眉根を寄せる。

 マニュルは洞窟衆のことを、トカゲ男ことハザマの私兵だと認識している。

「あのトカゲ男のことは、どうにも読めません」

 バツキヤは、また首を振る。

「なにに重きを置き、どういう動機で動く男なのか……」

 一応面識はあったが、バツキヤはハザマのなにがしかを知ることができるほど、長くは接していない。

「あれはねえ……」

 ルアはそっとため息をついた。

「……あまり大袈裟に考えない方が、いいと思うけど。

 案外、出たとこまかせでなにも考えていないように見えるけど……」


『……ちょっと!』

『なにを考えてるんですか!』

『そんな重要な情報をむざむざと公開してしまうとは……』

『そうですよ!

 せめて、その価値に相応しい対価をつけて、ですね……』

 その頃、ハザマは、心話通信でフルぼっこにされている最中だった。

『いや……その程度のこと、誰でも知っていると思ってた』

 火薬の成分について、ハザマが断片的な知識を披露したことが、非難の的になっていた。

 現在、各国の公使たちはハザマがもたらした情報を本国に伝えようとしてかなり慌ただしい様子になっている。

 ハザマが一見ぼーっとつっ立ってていても、不審に思う余裕がある者はいなかった。


『……地の癖が強すぎてうっかり忘れるところだったが、そういえばこのうつけは異邦人であったな』

 そういってきたのは、エルフのエルシムであった。

『今後、このうつけの知識は、心して取り扱わなければなるまい』

『……おれ、そんなに物知りってわけでもないぞ』

 ハザマは憮然とした顔で応じた。

 ハザマが元いた世界では、ごく普通の学生とかサラリーマン、無職などがいきなり別の世界へ飛ばされて、進んだ知識を使って金銭を稼いだり出世したりするフィクションがあるのだが、ああいうのに触れるたびにハザマは、

「そんなにうまくはいくもんかい」

 と思ったものだ。

 中、高校生が触れることができる程度の情報は所詮原理、原則の域をでず、現実面で応用することは、実際には難しいだろう。

 知識さえあればなんとかなると思うのは所詮素人考えに過ぎず、そんなことが実際に可能ならば、大学の研究職出身の起業家はもっと溢れているはずなのだ。

 だが、現実にはそうなっていない。

 だから、「知識を使って新天地で無双状態になる」というある種のフィクションの型に対しては、ハザマはかなり懐疑的に思っていた。

 そういうこともあって、これまでハザマは自分の知識を必要以上に重要なものとは扱っていなかったわけなのだが……。

『……もう少し、慎重に動くべきだったのかな?』

 まだ、語尾が疑問形だった。

『慎重になるべきであったな』

 今度はファンタルが、念を押してきた。

『おぬしも洞窟衆も、以前と比べれば格段と注目を浴びる存在となってきてている。

 今後はそのつもりで言動に注意をすべきだろう』

『具体的にいえば……そうさな』

 エルシムはそういった。

『今後は、外部の者になにかいう前に、洞窟衆の他の者で開示して反応を伺った方がいいだろうな』

 この二人は、なんだかんだいってハザマを諭すことができる数少ない人材なのであった。

 いや、洞窟衆の中にあってハザマに対していいたいことをいう者は少なくはないのだが、この二人以外の言葉は軽視する傾向が、ハザマにはある。

 とりあえず、このままこの場に留まっても注目を浴びるだけだろうし……。

『……ここからフケちゃっても、いいのかな?』

『大丈夫じゃないのか?』

『呼び出された用件は、もう済んでいるはずだし』

 確かに中央委員のアリョーシャとの会見、という用件は済んでいるし、ハザマにとってはこれ以上、この場にいる意味もあまりない。

 各国のお偉いさんたちはハザマどころではなくなってきたようだし、ハザマはさっさとその場を辞去することにした。

 帰り際、ハザマの顔を見てなにかいいたそうな表情をした者がいないわけでもなかったが、誰もハザマに声をかけてくる者はいなかった。それをいいことにハザマはそのまま軽く手を振り、足早にその場を去る。


 昼餐会とその周辺で様々な動きがあるなか、それらとはあまり関係がなく忙しなく働いている人々もいた。

 いうまでもなく、医療に従事する人々だった。

 ただでさえ多忙だったところに昨夜の王国軍野営地襲撃を受け、手も医薬品も足りなくなってきて、それでもどうにか工夫をして凌いでいる状態である。

 とりあえず今日から、新領地に残っていた自力で歩ける程度の負傷者は、川を越えて野営地側へ移動することになっていた。

 今、王国軍野営地では人手が余っている状態だったし、停戦交渉が本格化した今、これ以上の襲撃があるとも思えず、なにをするにせよ、負傷者は負傷者で一カ所に集めておいた方が効率的に管理できた。

 そんなわけで、日が高くなってきてからずっと、新領地と野営地を繋ぐ橋の上には手足に包帯を巻き、あるいは松葉杖をついた者たちでできた長蛇の列が形成されていた。


 その中に混ざって、松葉杖をついている巨漢の姿が見えた。

 ブシャラヒム・アルマヌニア。

 本来であれば、昼餐会に出席していてもおかしくはない出自を持つ者だったが、先日、戦場で負傷して以来、傷を癒すために養生をしている身である。ブシャラヒムは医師のいうことに逆らうことはなく、比較的規範的な患者として過ごしていたが、傷を負った当初、集中して回復魔法を受けたことが幸いして予後の経過は良好だった。

 本人の体力や回復力のせいもあったのだろうが、半日ほど横になっただけで医師が驚くほどの回復ぶりをみせていた。

 当初の診察では本来ならば半月前後は起きあがれないほどの重体とされていたが、現在、松葉杖をつきながらも自力で移動できるくらいにまで回復している。

 その回復力を訝しんだ医療関係者も少なくはなかったのだが、目下の所、そうした者たちは総じて多忙を極めており、疑問に思いつつもだからといって詳しく調べようという意欲と余裕を持てる医療関係者も現状では皆無だった。

 とにかく、ブシャラヒム・アルマヌニアは他の負傷者に混ざって王国軍野営地へとむかっていた。


『……ねえねえ、ハザマくん。

 さっき、いろいろと興味深いことをいっていたねえ』

 洞窟衆の天幕へ帰る途上、心話通信で語りかけてくる者がいた。

 洞窟衆の者ではない、若い男性の声。

 聞きおぼえがある。

 昨夜、聞いたばかりの……。

『……なんか用ですか?

 アズラウスト・ブラズニア様』

 ハザマは無難な応じ方をしておく。

 相手は大貴族の血族である。丁寧に応じておくに越したことはない。

『そう畏まらなくても構わないよ。

 いや、今、昼餐会の最中なんだけどさ。

 こっちはもう、退屈で退屈で……』

『その手の交渉事も、貴族様方の大事なお仕事でしょうに』

『……そうなんだけどね。

 だからといって、退屈なことには代わりはないし。

 これもお役目だと思って我慢しているけど、ぼく的には好きな魔法の研究にかまけている方がよっぽどか有効な時間の使い方だと思うよ』

『アズラウスト様は、わざわざ愚痴をいうためにおれに話しかけてきたわけでございますか?』

『いやいや、そうじゃなかった。

 この通信術式のことなんだけど、実に興味深いね。

 昨夜試してみたんだけど、これがあるのとないのとでは、兵の運用効率が段違いだ』

『そいつは、ようございました』

 ハザマの返答は素っ気なかった。

 心話通信の術式は、このアズラウストに半ば無理に無断コピーされたようなものであったから、ハザマの返答に感情が籠もらないのも無理はない。

 それから、ハザマは、

『そういえば、この術式。

 まだ王国の他の人たちには伝えていないようですね』

 という。

 司令部の人たちからも使節団の人たちからも、いまだにそれらしい反応がない。

 ということは、やはり、このアズラウストのところで情報が止まっている、とみるのが自然だった。

『そう。

 まずはそのことなんだけど……』

 アズラウスト・ブラズニアはそんなことをいい出した。

『この通信術式、しばらくは、王国軍までで留めておいてもいいかな?』

 留めておいてもいい、もなにも、ハザマや洞窟衆の側がこの術式について、自分から広めることはありえないのだが……。

『……その、王国軍ってのは、なんですか?』

『ああ。

 そういえば君は、異国の人だったね』

 アズラウストはハザマのために、懇切丁寧に説明してくれる。

『王国軍というのは、王家直属の親衛隊と実戦に備えて戦術や戦略を研究する部門と、二種類の組織に分かれている。

 現在ぼくが属しているのは後者になるわけなんだけど……』

 通信術式を、その王国軍で研究させてはくれないか、という申し出であった。

『魔法兵とはいわず、一般兵士たちの間でもこれを使わせて指令が時差なしに、円滑に伝わるようになれば……それだけでもう、画期的なことになると思うんだよね』


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