帰還の前後
ひさしぶりの洞窟周辺は、それなりに様変わりしていた。
まず、建物が増えている。
掘っ建て小屋に毛が生えたような丸木小屋で、お世辞にも洗練されている造作ではない。
「当然だろう。
生木を蔦で括りつけているだけだからな」
出迎えてくれたエルシムが、なぜか薄い胸を張る。
その格好が気に入ったのかどうか、例によって裸ワイシャツのままだった。
「だいたいだな、どんな木も伐採してから半年以上乾燥させないと、まともな建材として使えないのだ。
それに、ここには専門の大工がいるわけでもない」
それで、丸木をくんで骨組みとし、枝や草を厚く張って壁や屋根代わりとした。
原始的だが、通気性がある割には雨露もそれなりに防ぎ、中に入れば見た目よりは快適だという。
ともあれ、ざっと見た感じでも秩序だって人が働いている様が見て取れる。数日離れていただけなのに総じて活気が出てきて、格段に集落っぽい雰囲気になっていた。
先に帰ってきていたファンタルには、挨拶をする前にいきなり抱きすくめられた。
そのまま押し倒されそうになったところを、慌てて引き剥がす。
「そういうのは、後だあと」
ハザマは両腕でファンタルの体を遠ざけながらそういった。
「まずは……お互いの報告からだな」
ハザマ、エルシム、ファンタル、それにタマルとで、焚き火を囲む。
ハザマに同行した女たちは、旅の疲れもあってかすでに休んでいるようだ。タマルも同行していたのだが、交易によって得られた成果を報告する役割は他の者には代えられないのでしかたがない。
まず、先に出発したファンタルの成果はといえば、
「やつら、意外に気前がよかったぞ」
ということだった。
「ま、ハザマへの歓心を買っておこうという、先行投資的な意味合いはあるんだろうけどな」
麦の袋を八十袋以上も持ち帰ったらしい。
その他に、女物の古着や炊事道具なんかも持ち帰ってきた。
「ちょっと質問がある」
ハザマが片手をあげた。
「気前がよすぎるってことか?」
ハザマの……というよりは、バジルの能力は、戦場においてはかなり有効だ。
誼を通じて、将来的には手を結ぼう、それが無理でも敵に回らないように懐柔しておこうという思考は、それなりに納得ができる。
「いや、そうじゃなくて……なんだって、傭兵が女物の服なんか持っているんだ?」
「ある程度以上の兵隊には、慰問用の女がつきものだろう?」
ファンタルはハザマにむかって淡々と説明しはじめる。
基本的に、ここの原則は弱肉強食。
飢饉や借金などが原因となった人身売買もあれば、略奪にあって村落ぐるみで商品に身を落とす場合もある。身分が高い者が人質になれば高額な身代金で買い戻されるし、そうでなければ単なる労働力でしかない……などなど。
「……そっか。
命が軽い世界なんだな、ここは……」
ハザマは、妙に納得した表情をしていた。
この分でいくと、この洞窟でおこなわれていた犬頭人の行為も、とりたてて残虐な例ではないのかも知れない。
「食料は、思ったよりも確保できませんでした」
次に、タマルが取り引きした目録をエルシムに引き渡す。
「それに、人も、減らすどころか一人増えました」
「そうか」
エルシムが、うなずく。
「予想してはいたが……そうなったか」
「なあなあ」
ハザマが、また口を挟む。
「せっかく生きて帰ってきたのに、そのまま追い返すってのも、ちょっと冷たくね?」
「とはいっても……村の者にしてみれば、異族に穢された者をわざわざ迎え入れるだけの度量もなかろう」
一度拐かされたということが肝心なのであって、拐かされた先で実際にどういう目にあったのかは、あまり関係ない……といった意味のことを、エルシムは説明する。
「……差別意識ってやつか……」
ハザマは、ぼやいた。
こちらの人間の価値観は、別段、理解したくもないのだが……。
「では、このまま……人は減らないと思っていた方がいいのか?」
「少なくとも、元いた場所へ帰すのは、難しかろう」
ハザマの問いに、エルシムもうなずいた。
「中には引き受けてくれる家族もいるかも知れぬが……大部分は、帰されるものと想定していた方がいい」
「なに、人を減らしたいのであれば、元気になった者から、別のところに売って回るという手もある」
そういったのは、ファンタルだった。
「幸い、女手の需要はそれなりにある」
「当人が承諾すれば、そういう手もありだろうな」
ハザマは苦々しい顔でうなずいた。
このまま未開人同然の暮らしをするよりは、人里で生活できるようにした方が、いくらかは人道的だという気もする。
「だけど……それを考えるのは、もう少し先のことだ。
今は……ああっと、エルシムさん。
今の食料だと……」
「これ以上、食わせる口が極端に増えなければ、倹約しなくても二、三ヶ月間は十分に間にあうな」
エルシムは即答する。
「実際には、もっといけるだろう」
「……すぐに飢え死って線はなくなった、か……」
「それで、どうする? お前様よ」
「どうするったって……希望者に関しては、別の村へも送り届けるよ。予定通り。
ただ、食料に余裕が出てきた分、こちらの緊急性がなくなってきたってだけで……」
「ふむ。
無駄足になっても……か?」
「無駄足になるかどうかは、実際にやってみなくちゃわからねーだろ。
それに、実際に帰らせてみて、自分で帰る場所がないと納得するのとそうでないのとでは、本人の意識が違ってくるわけだし……」
「やはり、お前様は面白い考え方をするな」
そういって、エルシムは笑い声をたてた。
「財物も女も、そのすべて手に入れても文句をいわれぬ立場であろうに……」
「人身売買なんてない世界から来たもんでな」
ハザマは憮然とした表情で答えた。
「そうそう素早く割り切れるもんでもないさ。
こっちでは……人権って概念も、ないんだろうなぁ……」
それ意外の詳しい話し合いは明朝以降、ということにして、解散となった。
それからハザマは、すぐに水場へと直行した。毎日汗を流す習慣があったハザマとしては、すぐにでも体を洗いたかった。
日が落ちてからかなりたっていたこともあり、周囲に人影はない。
手早く服を脱いで泉に飛び込み、手で体中の皮膚をこする。髪を指でかきむしる。
石鹸やシャンプーが欲しいところだが、どちらもこの世界にはないようだ。石鹸については、「原料として油を使う」ということまでは知っているものの、それをどのように加工すればいいのか、という知識がない。
とりあえずは、小まめに水で洗い流しておくより他に方法はなかった。
水からあがると、ファンタルが乾いた布を投げてきた。
それで拭けということらしい。
「今夜の寝床はどうする?」
「また、洞窟の中ででも寝るかな?」
ここの周辺では、犬頭人を除けば圧倒的に女性の方が多い。
ハザマにしてみれば、どこかの小屋にでも入って雑魚寝する、という気軽さは望めないのであった。
「洞窟の中は、駄目だ。
今、そこは、混血児たちの巣窟になっている」
ファンタルのはなしでは、次々と生まれてくる混血児たちはすぐに母体から離されて、あの洞窟に放り込まれているということだった。毎日餌は十分に放り込んでいるそうだが……。
「そんなんで、大丈夫なのか?
その、教育とか」
「ものを教えるにしても、もう少し育たなくてはな」
犬頭人の知能はもともとさほど高くはないそうだが、特に幼少期は理性が未発達な状態であるという。
「……そんなもんか」
門外漢で予備知識がまるでないハザマとしては、うなずくより他にない。
「寝る場所に困っているのなら、一緒にどうだ?」
ファンタルが意味ありげな微笑みを浮かべた。
「ちゃんと寝かしてくれるならな」
「ああ。
……この前の続きをしてからな」
その晩、ハザマはひさびさに女を抱いた。いや、ファンタルに抱かれた。
「なんか、思ったよりも普通だったな」
というのが、事が終わった後に、ファンタルのハザマに下した評価であった。
そもそも、性豪でもナンパ師でもなんでもないハザマとエルフのファンタルとでは、経験において数百倍からも差が存在する。
いいように翻弄されたとしても無理はないのだが……。
「……搾り取られた……」
というのが、ハザマの感想であった。
翌朝、なんとか起き出したハザマをリンザが目ざとく見つけだして、近寄ってくる。
「どこへいってたんですか!」
と、なかなか強い語気でいわれてしまった。
「いや、昨夜はファンタルさんのところでお世話になって……」
「どこで誰と仲良くなろうがどうでもいいですけど、最低限居場所はわかるようにしておいてください。
エルシムさんたちがお呼びです!」
ハザマはリンザに背を押されるようにして、エルシムたちが居る小屋へと運ばれる。
そこでハザマは、焼きたてのパンを渡された。一日何回か大量に焼かれて配られるものだという。たいらな円形で、あまり発酵させていないのか、硬めの食感だった。ハザマの知る食べ物の中では、パンというよりはナンの方に近い気がする。
とはいえ、焼きたてということもあって、駕籠の中に山積みになっていたそのパンをハザマは何枚も平らげた。
「それで、今後はどうするかね?」
会議は、例によってエルシムがまず口火を切った。
知識も経験もハザマよりもずっと豊富なのであろうに、このエルシムはなぜかハザマの意向を第一に考える。
「どうするもなにも、しばらくは元気になったやつから元いた村へ送り届ける。食料には少々余裕ができたとはいっても、その基本方針は変わらない。
たとえ人を減らすことができないにしても、通商ルートを複数開拓しておくことは、ここのためにもなると思うが」
ハザマが、答える。
「賛成です」
タマルも、うなずいた。
「今のままですと、ライフラインが脆弱にすぎますから……」
最初に交渉を持った村では、若干のアクシデントもあって想定外に金を使わなかった。
そのおかげもあって、資金はいまだ、潤沢なままである。
「ただ……遅かれ早かれ、お金を稼ぐ方策は今のうちに考えておくべきだとは思いますが」
財政を預かる立場としての意見だった。
「金、か。
使えばなくなるものだしの」
エルシムは、頭を掻く。
「まだまだ回復に時間がかかりそうな者も多いし、長期戦になることを覚悟せねばならんか」
助けられる者は助ける。
ハザマがそのような基本方針を示した以上、この場を拠点とすることははずせないのであった。
「その、金儲けについてなんだが……」
ハザマは、村に向かう最中に思いついた案を出してみた。
「この森、な。
こいつの中を移動するには、人の足では時間がかかりすぎる。
でも、犬頭人を使えば、その移動時間は半分以下に短縮できる。
それって、金にならないか?」
「運送業ですか?」
こと、金儲けの手段に関しては、タマルは理解が早い。
「いけそうな気がしますが……大きなネックが存在します」
近隣の村は、みな似たような開拓村であり、これといった特産品もない。
したがって……。
「……余所に持っていって売買するような品がない、か……」
「基本、ほとんどの物資を自給自足している村がほとんどですから」
少数の足りない物品に関しても、定期的に訪れる行商人がいれば事足りる、という。
「……つまり、村と村を横断して定期的に売買されるような商品があればいいのだな?」
エルシムも、この話題に興味を示した。
「なんか、あてがあるのか?」
「あてというか、ここ二、三日でようやく作れるようになったものなのだがな」
そういってエルシムは一度席をはずし、なにか平たい物体を両手で持ってくる。
「これは……紙か?」
ハザマが知る「紙」よりは分厚くてごわごわして、色もあまり白くはなかったが……一応、紙、だった。
「繊維質の多い樹を砕いて水に溶き、すいて、乾かして……とまあ、この辺にあるもので作れるものだったのでな」
エルフなら、誰でも製法を知っているし、普通に自給するものであるらしい。
「これは……すごい」
タマルは、目を輝かせている。
「羊皮紙よりもぜんぜん軽い」
タマルはこれまで、傭兵たちから分けて貰った羊皮紙を使用していた。
この紙ならば、近隣の村でも、もっと遠くの町へ持っていっても売り物になると、そううけおった。




