朝の珍客
「山岳方面の食料およびその他の商品を輸出することはこれからも続けたいところです。
でもこれには、輸送関係をどうにかして解決しないと、末端での売値が高額になりすぎて商売としてのうま味がなくなる、という問題点があります」
「輸送? 今までは、どうしていたの?」
「山岳民自身が運んでいましたよ。
ルシアナによって飼い慣らされていた獣を使って」
「……ああ。
その手は、もう使えないから……」
「今となっては、完全に人力に頼るか、馬やロバとかいう扱いやすい、しかし非力であまり多くの荷物を積めない家畜を使うしかありません。
おまけに、山岳方面は傾斜がきつい坂道が多く、馬車も使えません」
「つまり、多くの荷物を運ぶためにはなんかうまい手を新たに考えなくちゃあならないってわけだな?」
「そうなりますね。
一応、全部を人力で賄うことを前提として一度試算もしてみたんですが……たいていの商品の元値よりも輸送費の方が何倍も高くなることがわかりました。
お金に糸目をつけずに欲しがる人がいるような高級な嗜好品ならばそれでも問題はないでしょうが、それ以外の日常的な雑貨や普段から口にする食料となると……」
「売れないか?」
「それどころか、不当に値段を釣りあげているとかいわれて、袋叩きにあっても不思議ではありません。
旅先の商人というのは、これでなかなか心細い存在ですから……」
「自衛の手段も限られるしな。
……それについては、あとでまた考え直そう。
他には?」
「このいくさが終わると、かなり大勢の傭兵が仕事にあぶれることになります。
そのまま放置しておいても治安が悪くなるばかりなので、うちの方で仕事を世話してもいいかと。
幸い、ドン・デラではじめた職工部門の口入れ屋はうまいこといっているようですし……」
「口入れ屋。一種の人材派遣だったな。
でも……傭兵の仕事なんかそこいらに転がっているのか?」
「それなんですが……通信網を生かした盗賊退治を、緑の街道以外の地域でもやってみてはどうかと」
「ああ、なる」
ハザマは、頷く。
「あれなあ。
確かに、需要はあるだろうが……それをやる場合、誰がスポンサーになるの?」
「大手の商会や領主に直接声をかけてもいいですし、それ以外に個別に隊商の護衛などの仕事も紹介できるかと。
なにせ、ハザマ商会の馬車が行き来するようになってから、緑の街道にあれほど跋扈していた盗賊たちがピタリと動きを止めたとか噂になっていますから、一般的な洞窟衆のイメージはかなりいいわけです」
そう耳にして、ハザマは複雑な気持ちになる。
確かに緑の街道の盗賊が壊滅したのは洞窟衆の働きがあってこそであり、その事実は変わらないわけだが、その前に洞窟衆が率先して軍の輸送隊を襲い、物資の搬送をせき止めていた事実もあるからだ。
「まあ、それで仕事を得るやつがいるんなら、やってもいいだろう」
ハザマとしては、そういうしかなかった。
「その件は、そちらに任せる」
「では、そのように手配します。
次に、街道沿いに一定の距離を置いて井戸を敷設した件ですが……」
「待て。
その件については、おれは初耳だぞ」
「そうですか?
とにかく、そういうことをすでにやっています。
主として馬車の積み荷を減らし、搬送作業を効率化するため、井戸の他に飼料なんかも備蓄して休憩所兼水飲み場を確保しておいたわけですが、そうした施設をハザマ商会の関係者以外も使いたがっています」
サービスエリアみたいなもんか、と、ハザマは思う。
「使わせてやれよ、そんくらい。
水とか飼料を欲しがっているのなら有償でわけてやれ。休むだけならただで休ませてやれ。
街道沿いにそういう施設があって、たくさんの人がそこで休むようになれば、それだけでも治安はよくなる」
「そうですね。
では、そのように」
「あ、ちょっと待て。
それ、地主とかにはなしはつけているんだろうな?」
「森の中については公有地扱いですから、強いていえばその土地の領主様に……ということになるでしょうね。これについては、今やハザマさんの戦功は知れ渡っているわけですから、正面からはなしをつけにいけば問題はないはずです。
人里付近については井戸を掘ったりするときに、かなり広めに周辺の土地を使用する許可を取りつけた上で行っていますから、問題はありません」
「……そっか。そんなら、いい。
余裕があるようなら、その休憩所で食事とか出せばいいと思うぞ」
「食事……ですか?」
「積み荷を軽くするのが最初の目的だったろ。
馬用の飼料だけではなくて人間用の食事も提供するようになれば、買うやつは絶対にいる。それだけ荷物も減らせる。
定番の料理以外に、そこでしか食べられない名物料理とかが開発できれば、なおいい。旅している最中のメシは、単調になりがちだからな」
「ああ、なるほど。確かに。
そうなると新たに、多くの人を雇わなくてはいけなくなると思いますが……」
「採算割れになるか?」
「いえ、そんなこともないです。
奴隷を使ったり地元の人を雇ったりすれば、人件費はかなり安く押さえられますし……。
そうですね。
そのあたりは、一度計画を全体的に見直したあとにまた相談しましょう」
ヒナアラウス・グラゴラウス公子が何人かの友を連れて洞窟衆の天幕を訪れたのは、ハザマが朝食を終えてタマルから「戦後の事業計画」についてあれこれ相談を受けているところだった。
「……ヒナアラウス・グラゴラウス、って、誰?」
ハザマは、呟く。
「名前からいって、グラゴラウス家の関係者であることは確かね」
そばにいたカレニライナが、ハザマに答えた。
ハザマは、なにかいいたそうにカレニライナの目を見返す。
「……グラゴラウス家というのは、王国八大貴族のうちの一角よ」
「つまり、お偉い貴族様ってわけか」
ハザマは、頷いた。
「そんなら、通さないわけにはいかないだろうけど……その貴族様が、今どきこんなところになんの用かなあ?」
ベレンティア家、ブラズニア家、アルマヌニア家の三家はともかく、その他の大貴族ということになれば、やはり山岳民側との交渉のためにこの土地に来たとしか思えないのだった。
ハザマは気軽に中まで通すようにいい、クリフがその旨を伝えに走っていく。
クリフに案内されて入ってきたヒナアラウス・グラゴラウス公子は、なんのことはない。十代半ばくらいの少年だった。
年齢で相手を軽んじるつもりはハザマにはなかったのだが、いくらかは気が楽になった。
「こんなむさ苦しいところへ、わざわざどうも。
洞窟衆のハザマという者です」
ハザマは、一応丁重に挨拶をしておく。
「それで、このような場所に、どのようなご用件で?」
「こちらの洞窟衆がルシアナの関係者を捕らえていると聞いた」
ヒナアラウス公子はそういって胸を張った。
「速やかに、その者を引き渡して貰いたい」
ハザマは、少し考え込む。
「……ルシアナの関係者は、確かにこちらでは四名ほど預かっていますが……」
「ハザマさん。
もう一人、追加しているはずですよ。夜中に森で捕らえたとかいう……」
リンザが、ハザマの耳元に顔を寄せ、小声で囁く。
「ああ、そうか。
女の子を拾ったとかいう報告を貰ってたな」
ハザマは大きく頷いて、ヒナアラウス公子に確認してみる。
「それで、ルシアナの関係者は全部で五名だそうです。
その全員を、ご所望なのですか?」
「……そんなにいるとは、聞いていなかったぞ」
ヒナアラウス公子は、少し戸惑った表情になった。
「ええっと……どのような、ルシアナの関係者が欲しいわけですか?」
ハザマは、再度確認する。
「ルシアナのことに詳しい、ルシアナの関係者だ!」
ヒナアラウス公子は、少し声を大きくした。
「こたびの交渉で優位に立つために、そやつが必要なのだ」
「ああ、なるほど」
ハザマは、ポン、と平手を打ち合わせる。
「そういう用件でしたら、おそらくルアのことでしょうな。
誰か、ルアをここに呼んできてくれ!」
ちょうど公子に香草茶をいれてきたクリフが、
「ぼくが行ってきます!」
といって、すぐにまた出て行った。
「よろしければ、どうぞ」
ハザマは、ヒナアラウス公子に香草茶を勧める。
「それ、ブラズニア家のお姫様から分けて貰った葉を使っております。
なかなかいけますよ」
『ファンタルさん、今、ちょっといいかな?』
クリフがルアを連れてくる時間を有効活用して、ハザマは心話通信でファンタルに新しい捕虜について確認する。
『新しい捕虜について訊きたいことがあるんだけど』
『やつなら、今は泣き疲れて寝ているな』
ファンタルが、即答してきた。
『なにかあったか?』
『大貴族の人が、ルシアナに詳しいやつを出せっていってきている。
そっちの捕虜は……』
『おそらく、ルシアナの子らの一員ではあろうが、まだ尋問の前でな。
能力とかこれまでに果たしていた役割などについて、詳しいことは一切わかっていない。
なにしろ、盛大に泣き声をあげるだけでまるで尋問にならんかった』
ファンタルには珍しく、弱音らしい発言をした。
『ああいうガキはどうにも手に負えない。
そちらで預かってくれるのなら、即刻叩き起こしてそちらに送るが』
あっさりとそういうのは、ファンタルから見てその新しい捕虜というのが、脅威らしい脅威になるとは思えないと、そのように判断したからだろう。
『……念のため、そうして貰いましょうか』
少し考えて、ハザマはそう答えた。
年端もいかない少女、ということなら、こっちにはそんなのがゴロゴロいる。
同じような年齢の子といっしょになっていた方が、その子の気もいくらかは休まるだろう。
クリフはいくらもしないうちにルアを従えて帰ってきた。
ルアは、いったいどこに連れて行かれるかとでも思っているのか、かなり露骨に不安げな表情になっていた。
ハザマは、
「この女が、ルシアナのことに一番詳しいやつです。
ついでにこれは、このルアから聞いたルシアナの子らにまとめたものになります」
とかいって、昨夜大いに活用されたはずの冊子をヒナアラウス公子に差し出した。
ハザマとしては、そのどちらも進呈するつもりでいたのだが、公子の背後について来た男の一人がその場で羊皮紙とペンを取りだし、さらさらと一枚の書状を書きあげた。
最後に、ヒナアラウス公子が署名をして、ハザマに差し出す。
ヒナアラウス公子は短く、
「借用書だ。
これは、確かに借り受ける」
とだけいった。
なるほど。
ハザマはといえば、奴隷も捕虜も、ここでは財産扱いになるのか、と、奇妙なところで感心した。
そのままハザマは、ルアに対して、
「この方についていくように」
と指示を出す。
「かなり偉い貴族の方だから、粗相がないように」
ルアはぎこちなく頷いた。
「ご協力に感謝する」
ヒナアラウス公子は硬い声でそういって踵を返し、おつきの人々とルアがそのあとに続く。
洞窟衆の天幕からかなり離れてから、
「今のが、たった十名であの大ルシアナを討伐した男か……」
と口にした。
「どんな豪傑かと思ったが、案外、普通の男だったな。
確かに、目や髪の色は変わっていたが、ただそれだけだ」
ハザマについてどんな想像をしていたのかわからないが、明らかに、安堵した表情だった。
「……そこここに、青銅の牛のようなものが転がっていますな」
公子のおつきの一人が、放置されたままのトウテツの死体を指さして、そんなことを言い出す。
「先ほどの男は、昨晩、あれらの首を素手でねじ切って回ったそうです」
「まさか、そんな……」
一笑に付そうとした瞬間、ヒナアラウス公子は明らかにそれらしい痕跡を留めるトウテツの胴体を目にし、顔色をなくした。
「……確かに、これは……。
捻り切ったように、みえるな……」
そのように首をなくしたトウテツの死体は一体だけではなく、よくみるとあちこちに散らばっている。
「見かけだけで人を見誤るべきではありませんな」
ヒナアラウス公子に忠言をした従者は、重々しくそんなことをいった。
「相手はたった十名でルシアナを討伐することを思い立ち、即座に実現してしまったような男です。
警戒をしておくことに越したことはありません」
その背後には、なんとも複雑な表情をして主従のやりとりを目撃しているルアがいた。




