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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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交渉開始の朝

 蔓草が、いや、蔓草にみえる「なにか」が、一直線に並んでいる。

「まあ、一種の結界術式だわな」

 ハメラダス・ドダメス老師がマニュルに説明してくれた。

「獲物が近寄ると捕らえて、その獲物から精力を吸いあげて魔力に変換し、活動するための資源とする。

 ちょいと複雑だが、わしのようなか弱い年寄りには似合いの省エネ術式よ」

 そんな風にうそぶくハメラダス師は、先ほどからしきりに葉巻をふかし、火酒を煽っている。

 マニュルにも、「宮廷料理人が作ったまかないをちょろまかしてきた」とかいって、わざわざ軽食を用意してくれた。チュシャ猫の前にも、適当に捕らえたいたちとかカマキリの死体を持ってきて与えている。

 決して粗略に扱っているわけではなく、むしろその逆に、待遇がよすぎるくらいなのだが……。

「……とにかく、あたしが見たのはそこまでです」

 マニュルはそういって、短い報告を終えた。

 先ほどの事件は時間にしてわずか数秒間の出来事だったし、マニュルが目撃できたことはあまりにも少ない。

 口頭での説明は、いくらもかからずに説明し終えることができた。

「ふむ。

 そりゃあ……おそらく、ブラズニア家の連中だな。

 あそこの長男が確か、そんなような研究をしているという噂があった」

 そういってハメラダス師は、深々と吸い込んだ紫煙を吐き出す。

 基本的にマニュルは、煙草の匂いが嫌いなのだが、この葉巻の煙に関しては、不思議とそのような嫌悪感が沸かなかった。

 高級品だからだろうか?

「しかしまあ、思い切ったことをするもんだ。

 転移魔法を使えるほど高位の魔法使いといえば、どこにいっても引く手もあまたであろうに……。

 それを、暗殺屋風情に仕立て上げるとはねえ。

 もったいないというか、なんというか……」

 ハメラダス師は、呟く。

 それほどの高位の魔法使いは、よほどの事情がなければ戦場などへは赴かない。

 もっと割のいい稼ぎ先が、他にいくらでもあるからだ。

 その高位の魔法使いをそれだけ揃えたということは、ブラズニア家の長男は採算度外視で高禄を保証した上で人員を確保しているのか、それともかなり前から子飼いにして洗脳に近い形で服従を誓わせているのか、まあ、おそらく両方なんだろうな……と、ハメラダス師は考える。

 もちろん、そんな生き方が魔法使いの本道であるわけがないわけだが、ブラズニア家の長男に限らず、いつかは誰かがそんな部隊を創設するだろうな、ということは想像に難くない。

 基本的に軍人というやつは、勝つためにはどんな迂遠な回り道でも忌避しない連中なのである。魔法に関することだけ、殊勝なな態度で遠慮をするとも思えなかった。

 いずれにせよ、ご苦労なことだ。

 そう、ハメラダス師は思う。

「……それで、嬢ちゃんは、これからどうすんだ?」

 ハメラダス師は、今度はマニュル自身のことに話題を転じた。

「むこうに帰りたかったら、わしの方でもそのように手配をしてやるが」

「……あたしは、獣繰りのマニュルなんだけど」

「さっき聞いたな」

「今、王国軍を騒がせている獣害も、全部あたしのせいなんだけど」

「らしいな」

「……それ、止めなくていいの?」

「止めたいのか? 嬢ちゃんは」

「特に、別に」

「ま、好きにするこった。

 王国軍のやつらも、無能揃いってわけでもねえ。

 嬢ちゃんがどうしようが、早晩この騒ぎにも収拾がつくこったろう」


 王国軍がマニュルの放った獣をおおかたのところ駆逐するまでには、それからまだしばらくの時間を必要とした。

 それでも時間を経るごとに大国軍側に兵士たちの間に余裕のようなものが出はじめ、日の出の前後には獣狩りに精を出す者よりもこの騒動によって発生した残骸や死体の始末に奔走する者の方が多くなったくらいだ。死傷者はむやみに多く、ムムリムを筆頭とする洞窟衆の医療班も忙殺された。

「あー、もう!

 なんだってこんなに、際限なく殺し合うんだろう!」

 ムムリムは幾度となくそう叫んだという。

「百歩譲って殺し合うのはいいことにしても、半端に怪我して来ないでよ!」

 致命傷でない限りは、治療を必要とする。

 それだけ医療班も手を必要とするということであり、ここ数日、休む間もなく働いている医療班としては愚痴のひとつもいいたくなるというものだった。

 このいくさで一番休みなく働いてきたのは、彼女ら、医療に従事する者たちであったのかも知れない。


 バグラニス・グラウデウス公子はいつもの時間、いつものようにすっきりとした気分で目ざめた。たとえ戦地にあって、多少騒がしい夜でも気にも止めずに熟睡するよう、普段から心がけている。それが、命がけで自分の身の安全を保障してくれる部下たちへ示す信頼の証であると、バグラニウス公子はそう思っている。

 自分一人の肩に多くの領民の未来がかかっていると意識しながらここまで長じてきたバグラニウス公子は、せめてよい貴族、よい領主であろうと心がけながらここまで育ってきた。

 容易なことでは普段の生活リズムを崩さない、ということも、自分に仕える者たちへの配慮でもあった。

 バグラニウス公子の起床時間が前後すれば、それだけおつきの者たちの段取りが狂ってしまうのだ。

 バグラニウス公子ほどの大身ともなれば、朝の身支度や朝食なども分刻みでスケジュールが設定されている。それを崩してしまうと、かなり大勢の人に迷惑がかかってしまう。

 その事情は、この戦場にあってもあまり代わり映えしなかった。随行する使用人の人数こそ制限されていたわけだが、だからといって気ままに振る舞ってよいわけではない。


 身支度を整えたあと、同じ大貴族の子弟である、マヌダルク・ニョルトト姫とヒナアラウス・グラゴラウス公子をともに朝食を囲む。

 マヌダルク姫はいつもと変わらない様子だったが、ヒナアラウス公子は少し顔色が優れないようだ。

「あまり、眠れませんでしたか?」

 バグラニウス公子は、ヒナアラウス公子に声をかける。

「ええ。

 その……外が、少々騒がしかったもので」

 ヒナアラウス公子は、控えめな物腰でそう答えた。

 使節団とはいえ、なにしろ戦場でのこと、宿舎は多少豪華であるとはいえ、実際には急造の天幕であった。

 つまり、遮音効果は、ないに等しい。

 獣の咆哮や兵の怒声、断末魔の叫びまでかなりはっきりと聞こえる環境であった。

「貴族なんて者の足下は、所詮、他者の血で舗装されているものですよ」

 マヌダルク姫は、ヒナアラウス公子にそう諭す。

「この程度のことで動揺して、なんとしますか」

 そのようにいうマヌダルク姫も、実際に戦場に立つのはこれがはじめてのはずであったが……ヒナアラウス公子との反応の違いは、心構えの差によるものか、それとも性格によるものか。

「小言はそれまでにしておきましょう」

 バグラニウス公子は、そう前置きをして本題に入る。

「本日より、いよいよ本格的な停戦交渉に入ります。

 まず、わが王国側の基本方針を確認しておきますが……」

 バグラニウス公子の手には、使節団に参加した文官たちから手渡された分厚い書面があった。

 自分たち大貴族は、無駄に使える時間などいくらもない。一分一秒が民のため、領地のために使うべき時間なのだ。浪費することは、許されなかった。

 少なくとも、バグラニウス公子は、そう思っている。


「誰ですか!

 こんなところに血塗れのおっきなハルバートを放置しているのは!」

 ブラズニア家陣屋に、メキャムリム・ブラズニア姫の怒声が響きわたる。

「片づけなさい! 今すぐ片づけなさい!」

「それが、その……重すぎて、誰にも持ち上げられませんものでして……」

 幕僚の一人が、おずおずとそのように説明する。

「と、いうことは……また、お兄様ですね!」

 断定する口調でメキャムリム姫はいった。

「それで、そのお兄様は、いったいどこに!」

「そちらの隅で毛布にくるまって仮眠しておいでです」

「……お兄様!」

 メキャムリム姫は驚異的な速さでその毛布の固まりまで移動すると、毛布の端を掴んで力一杯に引っ張った。

 毛布にくるまっていたアズラウスト・ブラズニア公子がごろごろーっと、毛布の中から転がり出てくる。

「……や、やあ。キャム。

 ふぁ……おはよう」

 アズラウスト公子は寝癖がついた頭を指先で掻きまわしながら、あくび混じりに挨拶してきた。

「おはよう……じゃあありません!」

 メキャムリム姫は、一喝した。

「後かたづけはきちんとなさってくださいと、あれほどいっておいたでしょう!

 あそこのおっきなハルバート、ちゃんと片づけてくださいまし!」

「……ふぁ……」

 また盛大なあくびをしてから、アズラウスト公子は答える。

「……そだね。

 おっ片づけ、お片づけ……っと」

 歌うような口調でそういってから、転がっているハルバートに近づき、早口に力を増大させる付与魔法を唱えて大きなハルバートをひょいと持ちあげるアズラウスト公子。

「お兄様!

 お外へ出るのなら、せめておぐしだけでも整えませんと!

 仮にも大貴族というものがそんな格好では、しめしがつきません!」

 そのまま陣屋の外へ行こうとする背中に、メキャムリム姫が声をかける。

 貴族の体面を保つのにも、これでなかなか苦労する人もいるようだった。


「……とまあ、これだけの材料があるから、かなり強気にいってもいいかと思います」

 朝食が済んだあとは、そのまま対策会議へと移行した。

 とはいえ、ほとんど文官が集めてきた資料をバグラニウス公子が他の大貴族たちに説明をする、という形ではあったが。

「これだけの材料があるのでしたら……」

 マヌダルク姫は、頷いた。

「それにしても、短期間の間によくぞここまでの材料を仕込んでくれたものです」

「うちの官僚たちは、優秀ですよ」

 バグラニウス公子も、頷く。

「ここで一気に山岳民連合を追い込まないと、死傷した将兵たちも浮かばれません」

「それで……具体的には、どこまで要求するおつもりですか?」

 ヒナアラウス公子は、素朴な質問を発した。

「そうですね。

 賠償金に、金貨五十億枚、それに、領地の分割といったところでしょうか」

 バグラニウス公子は、あっさりとそう答えた。

「五十億枚……ですか?」

 ヒナアラウス公子は、目を丸くする。

「五十万枚の間違いではなく?」

 金貨五十億枚。

 過去の賠償金の例からすると、桁がいくつか違う金額だった。

「山岳民は、金山をいくつか抱えています。

 分割でなら、払えない額ではないでしょう」

 バグラニウス公子は、真顔を崩さずにそういった。 

「それに、大ルシアナ亡きあと、今の山岳民連合にはもっと弱体化して貰わねばなりません」

 実際の額面は、交渉の成り行き次第で変動するはずであったが……それにしても、強気でふっかけるなあ……と、ヒナアラウス公子は思った。

「それで、バグラニウス公子。

 領土の分割について、具体案はどのようになっていますでしょうか?」

「そうですね。

 これを見てください」

 バグラニウス公子は、卓上に一枚の地図を広げた。

「……こ……」

「これは……」

 今度は、ヒナアラウス公子だけではなく、マヌダルク姫までもが瞠目し、絶句した。

「緑の街道の、トンネル出口部分まですっぽりと……」

「ええ。

 この交渉が成功すれば、われわれ王国は、もはや連合に関税を支払わずにトンネルのむこうの国々と交易をすることが可能となります」

 バグラニウス公子は、顔色ひとつかえずに答えた。

「連合にとっては大きな減収になりますね。経済的には、大打撃になるはずです」

「……山岳民たちが、黙って了承するでしょうか?」

 ヒナアラウス公子が、震える声でそういった。

 彼ら山岳民連合にしてみれば、かなり屈辱的な条件になるはずだった。

「せざるを得ないでしょう。

 まず第一に、われわれは彼らに対して軍事的な優位を得ています」

「この度のいくさにおいて、あれほどの犠牲者を出したというのにですか?」

 マヌダルク姫が、バグラニウス公子の発言に対して疑問の声をあげた。

「これまでの犠牲は、とりあえず置いておいてください」

 そういって、バグラニウス公子は紙束を卓上に置く。

「読んでください。

 アズラウスト・ブラズニア公子から提出されたばかりの報告書になります。

 昨夜、彼が率いる部隊は、ルシアナの子らを事実上壊滅に追い込んだそうです。

 以前のような輸送力を喪失し、なおかつ、異能部隊たるルシアナの子らも封じられたとするのなら……彼ら山岳民の軍事的な優位は、もはやないのもと同然とみていいでしょう」


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