魔法兵団の初陣始末
急襲されたのはトグオガだけではなかった。他のルシアナの子らもほぼ同時に襲われている。
マイマスとハダットは頭上から網をかぶせられた上に、その網の端を地面に縫いとめられ、退路を塞がれた。その上で、対人攻撃魔法と呪詛矢を仕込んだクロスボウによる攻撃を受けた。
オデオツは網は無駄だとされ、対人攻撃魔法と呪詛矢を仕込んだクロスボウによる攻撃のみである。
呪詛矢とは、本来対凶獣用として開発された、生けとし生ける者に対する呪詛を数ヶ月、場合によっっては数年単位の時間をかけて込めた矢のことであり、この矢を受けた場所から肉体が腐食していく。
もちろん、通常ならば人間に対して使用されること決してないのだが、今回はアズラウスト公子の判断により使用されることになった。
これら三人については、その能力などがある程度判明していたので、対策が立てやすかった。
転移魔法によって攻撃対象の頭上に現れると同時に頑丈な網をかぶせ、魔法と呪詛矢を撃ち込む、という戦法は凶獣対策として「アズラウスト公子の部隊」が日頃から訓練をしている戦法であった。
具体的にいうと、網をかぶせて動きを封じる、までの行程を二人一組、あるいはもっと大勢で行い、そのあとにクロスボウによる攻撃と魔法による攻撃をする者とに別れる。網をかぶせるさいの人数は想定される敵の大きさによって変動してくるわけだが、今回は対象が「人」であったので、二人で十分だと判断された。
ルシアナの子ら五名に対して魔法兵十名というのは、それなりに根拠がある数字だったことになる。彼ら魔法兵は、普段の訓練通りに仕事を行うだけのことである。
いきなり網をかぶせられたマイマスとハダットは、それぞれの仕方で反応をした。
マイマスは、網が完全に地面に縫いとめられる前に剣を抜いて網を切り裂き、脱出を試みる。
ハダットは、マイマスよりは反応が遅れ、網が完全に地面に固定されてから、自らの能力を使用して網の戒めを難なく振り払った。
この二名の拘束は成功しなかったことになるわけだが、この間に他のルシアナの子らへの襲撃が行われているので、アズラウスト公子の魔法兵による襲撃はおおむね成功していることになる。
二人が網から脱したときには、トグオガは背中から剣で刺された上に、その剣を捻られて、大量に出血していた。これだけでも瀕死の重体というのに十分な負傷であったが、その上、正面から戦斧による一閃で首を落とされている。
ルシアナの子らは、最後まで油断できない。確実にとどめを刺せ、という指令が徹底されていたおかげであった。
マニュルは、かすかな人の気配を察知したチュシャ猫によって別の場所に転移させられ、難を逃れていた。
バツキヤは、自身がこの危機に気がつくよりも早く、傍らにいたバクビェルによって抱きすくめら、地面に押さえつけられた。
地に伏せたバツキヤは、バクビェルに抗議を行おうと顔をあげ、そこではじめて異変を察知して、顔色を無くした。
本来ならバツキヤが受ける分の攻撃を受けたバクビェルは、体の半分ほどを腐食させられた上に体内への攻撃魔法を受け、立ったまま息絶えていた。
魔法兵たちは豪腕のオデオツを攻撃する際、距離を置くことを厳命されていた。むろん、余計な被害を出さないためにである。
呪詛矢は、矢尻が体内に入らなくても効果を発する。オデオツに対しては、敵軍から徴収した携帯用の連弩が用いられ、瞬く間に二十本もの呪詛矢が腕に命中する。オデオツの発達した筋肉は、通常の矢など通さない……はずであったが、この呪詛矢は命中部分を即時に腐食させていく。
オデオツは腕を腐らしながら、同時に、心臓や頭部を内部から魔法によって攻撃され、破壊されていていた。
どの攻撃も、必殺のものであったはずだったが、それでもオデオツは動き続けた。
普段のオデオツの動きと比較すれば遙かに緩慢な動きであったというが……とにかく、もはや死者と同然のオデオツは、最後に跳躍をして、バクビェルのそばに立ち、そこで動かなくなった……という。
ちょうど、バツキヤを攻撃しようとする射線を遮る場所であった。
オデオツの反対側にはバツキヤを抱くような形でバクビェルの体があり、これも、バツキヤへの攻撃をその身で塞いでいる形になる。
辛くも戒めから逃れたマイマスは、周囲を見渡してすぐに相手が自分たち専用の装備などを周到に準備してきていることを悟った。
バクビェルは傍らにいたバツキヤを護るようにして抱いている。
オデオツは、バクビェルの元へ急行している。
マニュルの姿は見えない。ということは、うまいこと逃げきれたのだろう。
ハダットは、自らにかぶせられた網を真上に吹っ飛ばしているところだったが、同時にクロスボウや魔法による攻撃も受けているようだった。
ざっと一瞥して状況を把握したマイマスは、敵を攪乱することを選択する。
いくら人数を揃え、装備を調えようとも、マイマスの速度にかなう者がそうそう居るはずがない。
実際に試みるまでは、そう信じて疑わなかった。
しかし、いざ近場にいた敵兵の元へ移動しようとすると、妙に動きが鈍い。
普段、知覚しているよりも、自分の動きがのろく感じてしまうのだ。
すぐに、マイマスは危機感をおぼえた。
すでに、やつらの術中にはまっている、と。
風を操り、マイマスの動きを阻害する魔法と、その他の呪術も組み合わせて使用されている可能性さえあった。
とにかく、敵は周到にこちらの能力を削ぎ、必殺の準備を整えている……と、判断したマイマスは、敵を攪乱することを諦めてその場から遁走することにした。
幸いなことに、敵の人数はさほど多くない。他の仲間たちがまだ健在な今、脇目もふらずに遁走すれば、自分一人くらいは助かる可能性が多い。また、わざわざ追撃してくるほど、敵が熱心だとも思えなかった。
以上のような判断のもと、マイマスはその全能力を動員してその場から逃げ出した。
ハダットが自分にかぶせられた網をはねのけたとき、バクビェルがバツキヤを地面に組み伏せ、その二人の元にオデオツが跳躍したところだった。
トグオガにいたっては、文字通り、首を取られている。
あ。
やべぇな。
とハダットは直感的に思う。
これは、助からない。
自分だけではなく、やつらも、全員だ。
目の隅に、その場から逃走するマイマスの姿が映る。
そう、それでいい。
ハダットは思った。
マイマス。お前の能力ならば、逃げきれる。
しかし、おれたちは……手遅れだ。
見ろよ、バクビェルの背中を。やつら、呪詛矢まで用意してやがる。
だが、手遅れは手遅れでも……最後の最後まで、やつらの思い通りにさせるもんか!
基本的にハダットは、あまり冷静に物事を判断できる性質ではない。
どちらかといえば、感情とかその場のノリで自分の行動を決する傾向があった。
このときも、そうだ。
やむにやまれぬ衝動に従って、仲間三人が固まっている場所へむかう。
少なくともそのうち、外を護っているバクビェルとオデオツは手遅れだろう。
しかし、二人の体に挟まれたバツキヤは、まだなんとかなるかもしれなかった。
冷静に、バツキヤをこの場から救出できる可能性はごく僅かなものだったが、考えるのが得意ではないハダットはあまり深く考えず、これみよがしに大声をあげながら、三人の元へむかう。
ハダットの大声に驚いて、マイマスを追っていたはずの敵兵までもが振り返り、その間に、マイマスが逃走のための距離を稼げたのは、予期せぬ僥倖であったが。
ハダットは三人の元に到着すると、下に腕をまわし、軽々とその体を持ちあげる。
軽佻のハダット、その異名の元となった能力を駆使してのことであった。
「バツキヤ!」
ハダットは、にやりと笑って声をかけた。
「これから、跳ぶ。
振り落とされないように、おれの腕にでもしがみついていろ!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ハダットの体が両腕に抱え込んだ荷物とともに遙か上空へと舞いあがった。
高く、高く、ひたすら高く。
むろん、敵兵たちには、追いすがる術もない。
そこでハダットは、眼下に広がる灯を見た。
川むこうに、灯火が一面に広がっている。
王国軍の野営地のものだった。
そこでは今、マニュルが放った獣と王国兵たちとの血腥い抗争が繰り広げられているはずだったが……そんなことがあまり想像できないほど、ハダットの目には、その灯火はきれいに映った。
大荷物を抱えたハダットの体は、大きな放物線を描いてゆっくりと森の中に落ちていく。
ルシアナの子らが、アズラウスト公子率いる魔法兵団に討ち取られ、あるいは逃走して姿を消すまでにかかった時間は、わずかに数十秒といったところだろう。
そのそばには、多人数の山岳民弓兵もいあわせていたわけだが……彼らは当初、なにが起きたのかも理解できず、自発的に動くことさえ忘れていた。
「……てっ……」
ようやく誰かがそう叫んだのは、すべてのことが終わってからしばらくあとのことである。
「……敵襲!
敵襲だぁーっ!」
そこでようやく、それまで動作を凍りつかせて彼らはのろのろと動きだし、まだその場に残っていた魔法兵たちに狙いを定め、弓を引き絞る。
しかし、彼らが弓を放つ前に、弓兵たちと魔法兵との間に人影が、唐突に出現した。
兜を被り、緋色のケープをまとったその人影は……おもむろに持っていた長大なハルバートを振りかぶり、横に一閃した。
すると、最前列にいた弓兵たちの何名かはハルバートの直撃を受けてその場で絶命し、少し離れた場所にいた弓兵だちもハルバートから出現した熱い暴風に煽られて吹き飛ばされる。
弓を構えていたところにいきなり攻撃を受けた形になる彼らは、手や顔の肌に切り傷や火傷を負いながらも尻餅をついてハルバートを持った男のことを呆然と見あげた。
「我が名は、アズラウスト・ブラズニア!
王国ブラズニア家の嫡男である!」
アズラウスト公子は、大音声で名乗りをあげる。
「たった今、ルシアナの子らを討ったのはブラズニア家の魔法兵団であると知れ!」
そういうと、その人影はすぐに姿を消した。
アズラウスト・ブラズニアと名乗った人影だけではなく、その他の魔法兵の姿も見あたらなくなっていた。
活躍を終えた魔法兵たちは、転移魔法を使用してブラズニア家の野営地へ集合していた。
「……トンネルに突入した者たちの首尾は、どうだったか?」
「大規模攻撃魔法を使用しながら突入しましたが、途中で中央委員の護衛に阻まれまして。
入り口付近にいた兵士たちはともかく、要人の奪取までには至りませんでした」
「そうか。
ならいい」
副官の報告に、アズラウストはあっさりと頷く。
ハザマの前でこそ、今回の襲撃の目的として「要人の誘拐」を真っ先にあげたが、アズラウストにしてみれば子飼いの魔法兵団の有用性が証明できさえすれば、その目的はどうでもいいとさえ思っていた。
今回、ルシアナの子らをまとめて始末するという実績をあげることができたのだがら、「ブラズニア家の魔法兵」の名は、これから内外に鳴り響くことになるだろう。
「何人、欠けた?」
「負傷者はいますが、欠けた者はおりません。
その負傷者も、手当をすればすぐに戦場に復帰できる程度の軽傷です」
「そうか。
では、総員、通常の職務に復帰せよ」
アズラウストは、そう命じる。
「今の作戦で魔力はかなり消耗したと思うが、今はまだ、友軍の盟友たちは害獣に悩まされている。
そちらの手助けをしてくれたまえ。
諸君らの健闘を祈る。
以上、解散!」
魔法兵たちは無言のまま敬礼をすると、そのまま元の持ち場へと散っていった。
そして、アズラウストは総司令部と使節団の文官に提出するための報告書を書くために、ブラズニア家の陣屋に籠もる。
「……妙な空間変動があったから、その原因を取り出してみりゃあ……」
今、ハメラダス・ドダメス老師の両腕は、少女と猫の首根っこを掴んでいた。
右手に少女、左手に雉猫。
右手の少女は、いうまでもなくルシアナの子らの一員、獣繰りのマニュルであった。
「で、嬢ちゃん。
あんたがルシアナの残滓だってことは、この老いぼれにだって察しがつく。
ここはひとつ、わしのことを信じ……る、わけにはいかねえわな。
仮にも、嬢ちゃんの立場なら。
だがまあ、老いたりとはいえ、わしにだってそれなりの体面ってもんがある。
こうして捕らえたのもなにかの縁だ。
しばらくはわしの客人ということにして、他の連中には手出しを出させないようにするから……。
これまでなにがあったのか、この老いぼれに語っちゃあくれねえかい?」




