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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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取引の始末

「……そ、村長!」

 ひどく慌てた様子で、若い男が室内に押し入ってきた。

「ゼハスが……サンモも……ラ、ライオスたちが……」

「……どうした? ダモン」

 ハザマたちの様子を気にかけながらも、村長は舌打ちとともに乱入してきた若者に聞き返した。

「その……三名が、あっという間にやられました!

 やつら……森の中に犬頭人をたくさん、隠していたんです!」

「それはつまり……」

 ハザマは、目を細めた。

「……村長さんの命令で、うちの者が襲われかけたということなのでしょうか?

 しかし、この村では……追い剥ぎの物まねもするのですね?」

「……詳しいはなしは後だ!」

 村長は厳しい表情で立ち上がる。

「現場を見てみないことにはなんともいえん!」

「われわれも、ご一緒させていただきましょう」

 ハザマも、タマルたちに目線で合図しながら席をたつ。


 村長やハザマたちが村はずれに到着する。

 そこでは、屈強な村人たちと犬頭人たちとの睨み合いが続いていた。

 腕や腹をおさえてうずくまっている村人が三名、顔や喉に矢を受けて地に伏している犬頭人が二匹。

「……なんの騒ぎだ? これは」

 低くうなるように、ハザマがいった。

「てめぇ!」

 弩を抱えていた若者がハザマに怒鳴ろうとして、すぐそばに村長がいることに気づいて慌てて怒声を喉の奥にひっこめる。

「この人たちが、いきなり襲ってきたんです!」

 犬頭人の壁の向こうから、リンザの声がした。

「こんなの……同じ村の人たちなのに……」

「……と、うちの者はいっていますが?」

 ハザマは、ことさらゆっくりとした口調で村長に語りかける。

「うちの若いのも、三名も手傷を負っている」

 村長は、息を押し出すようにその言葉を吐いた。

「それで、相殺だ」

「相殺、相殺だって!」

 ハザマは、ことさらに声を張り上げた。

「この村では強盗して返り討ちにあった者が優遇されるのですか?

 こちらは二名も死者を出しているのですよ!」

「慣例によれば、賊への反撃はすべて、どのような結果になろうとも正当防衛と見なされます」

 タマルが冷静な声で指摘する。

「こちらに賠償の責任はありません」

「どのような法に照らし合わせても、そうなるな」

 公証人の老人も、その知識が正しいことを裏付けた。

「しかし、まあ……情けない!

 よりにもよってこの村を預かる者が、こうも公然と賊の真似事をするなど……」

「つまり、あんたらは……暴力に訴えてうちの者に近づき、配下の者二名を殺害したってわけだ」

 ハザマが冷静にこの状況をまとめた。

「配下の者だと!

 所詮、けだものではないか!」

 村長の怒声が飛んだ。

「けだものだろうがなんだろうが、今ではおれのいうことをよく聞く可愛い身内です」

 怒鳴られようが、ハザマは平静な態度を崩さない。

「うちの者たちに危害が加えられそうになったら、身を呈してでも守るよう命じていたのですが……いや、運がよかった。」

「よかった?

 今、運がよかったといったかっ!」

「ええ。

 あなたがたは、運がよかった。

 おれがこいつらに……敵対する者をすべて殺せと命じていたら、おれたちが来たときには村側の人たちは一人として生きながらえていなかったでしょうからね」

 ハザマとて……人目のある村中で、こうもあからさまに手を出してくるとは予想だにしていなかったのだ。

 こいつらが、こうまで状況が読めていないとは思わなかった。

「……公証人のご老人。

 おれたち、今回の所行を上の……しかるべき筋に訴えることはできますかね?」

「さて……。

 法の上では可能だが、実際の手続きにはかなり、手間も時間もかかるからの。

 面倒すぎるから、よしておいた方がいい。

 領主のいる城市まで出るのに一月くらいかかるし……」

「仮に、そうした訴えを実際に起こしたら、どうなりますか?」

「厳しい詮議を受けて事実関係を洗われ……ま、村長の監督不行届きということで、この村全体がまるごと領主に召し上げられることになるかの。

 そうでなくても貴族様は貪欲なことだ。普段から直轄地を増やす機会をうかがい、虎視眈々とそれらしい口実を作ろうとしている連中での……」

「それと……」

 タマルも、老人の言葉に重ねる。

「今回の件が噂として外部に出回れば、この村に行商人が寄りつかなくなります。

 だって……いつ襲われるかわからないような村で、落ち着いて取引なんてできないでしょ?」

「と、いうことですが、村長。

 この、うちの犬頭人の死体……いくらで引き取っていただけますか?」


 犬頭人二匹の値段は、麦の袋二十袋に相当することとなった。


 詳しい交渉がはじまる頃になると、騒ぎを聞きつけた村人たちが何事かと集まってきて、周囲を取り囲みはじめている。

 タマルと村長がおこっている交渉の内容を聞き、公証人の老人が逐一たった今起こった出来事を説明しはじめたため、後から集まってきた村人たちもすぐに事件の全容を知ることとなった。

 負傷した村人たちも、襲撃に加わった仲間に担がれて逃げるように姿を消していた。

 村長は、顔面を朱に染めながらも、タマルから押しつけられる不利な条件を呑まずにはいられなかった。

 タマルは交渉が成立した案件からその場で書面を起こし、公証人の老人によく確認させた上で契約を締結させていった。

 ハザマは、村長の配下に蔵まで案内させ、定められた数量の麦の袋を犬頭人たちに担がせて持ち出した。袋を背負った犬頭人たちは、そのまま森の中に消えた。


「……だからいったじゃない!

 あの人たちは、悪い人じゃないって!」

 ハザマが村はずれに帰ってくると、ハヌンの叫び声が聞こえた。

「拐かされて絶望して、助けられて……ようやく家に帰ってきたと思ったら殴られて、罵られて……。

 嫌いよ! この村もお父様も!

 わたしのこと、さんざん汚されたとかいってる癖に……お父様やっていることの方がよっぽど汚いじゃないっ!」

 ハヌンは、リンザやトエスたちがなだめようとするのにも構わず、延々と村長へを罵り続ける。

 村長は、うつむいて娘の罵倒を聞いていた。

「もういいわっ!

 わたしも、この村を出る!

 タマル!

 なんとかって契約をすれば、あの洞窟に帰れるんでしょ!」

「それは、可能ですが……」

 タマルは、戸惑った様子でハザマの顔をみた。

「……もう少し落ち着いて考えた方がいいんじゃないですか? ハヌンさん」

 ため息をついてから、しかたはなしに、ハザマが声をかけた。

「あの洞窟での生活は、正直なはなし、まだまだ貧しくて苦しい。

 多少居心地が悪くとも、この村の方が不自由なく生活できると思いますよ」

「わたしが、イヤなの!

 タマル! トエスたちと同じ条件で、わたしを買い取って!」

「は……はあ……」

 タマルの視線を受けて、ハザマは「しかたがない」とでもいうように、ゆっくりと首を振った。

「では……そのように」

 タマルは素早く書類を作成すると公証人の老人に確認させ、契約を成立させる。

 次に犬頭人に背負わせていた木箱の中から金貨を数えながら取り出し、ハヌンに手渡した。

 ハヌンは、その金貨を村長に叩きつける。

 村長の体に当たって跳ね返った金貨が、ばらばらと音をたてて地面に転がった。


「これで、この村での取引はすべて終わったかな?」

「ええ。

 今回の取引は」

 タマルに確認した後、ハザマは公証人の老人に、多めに謝礼を渡した。

「このたびは、お世話になりました」

「もう、いくのか?

 この夜更けに?」

「ええ。

 おれたちは、その……森の中でも夜でも、あまり関係ないので」

「それに、この村から早めに遠ざかりたいだろうしの」

「はは。

 またの機会がありましたら、そのときはお願いします」

「また……が、あるのか?」

「あと、二、三度は。

 洞窟には、回復を待っているこの村の人たちがまだ残っていますので……」

「そうか。

 次こそは……もっと気持ちがよい取引ができるといいの」

「まったくです」


 こうしてハザマたちの一行は、村から姿を消した。


 犬頭人に担がれ、村からかなり離れてから、休憩を取った。

 犬頭人の大部分を荷の搬送に振り分けているため、人間を運ぶための交代要員に不足している。そのため、帰りは往路ほどの強行軍ではなく、もっと多めに休憩を挟んでゆっくりと進む予定だった。

 火を起こし、野営の準備を終えた後、とりあえずハザマは、約束していたボールペンをタマルに渡した。

 タマルは、「大切に使わせて貰います」といいつつ、ボールペンを大事そうにしまいこんだ。

 ボールペンについては、以前、タマルに乞われて簡単に原理などを説明したことがある。タマルはこちらの技術で複製できないだろうかと考えたこともあったらしいが、細かい機構がなんとかなっても中に詰めるインクをなんとかする目途がたちそうもないので断念したそうだ。

「今回は、商人としてもとてもいい経験を積ませていただきました」

 そんなタマルは、今回の取引にかなり満足しているようだった。

「肝心の食料が、思ったよりも集まらなかったけどな」

 ハザマは、いまひとつ浮かない顔をしている。

 取引の内容よりも、村長とハヌンのやりとりを間近に見て、この男なりになにやら思うところがあるらしかった。

「まあ、あくまで彼女の問題ですから」

 タマルはそういって、肩をすくめる。

「確かに、おれたちがどうこういうこっちゃないんだろうけどな」

 そのハヌンは、泣き疲れたのか樹の幹に背中を預け、すでに寝息をたてていた。


 翌朝、先発して荷を洞窟に届けた犬頭人たちが空身で引き返してきて、ハザマたちと合流した。

 そして一行は、日が落ちる前に全員無事に洞窟に帰り着いた。

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