急襲の魔法兵団
『監視組からの連絡は?』
アズラウスト・ブラズニア公子は模倣したばかりの通信術式をさっそく活用していた。
『異常なしとのことです』
『ハザマくんは、動いてくれるそうだ。
なんか動きがあったらすぐに報せるように。
むこう岸まで飛べる術者は何人残っている?』
『せいぜい、三十名程度かと』
『その全員に通達しておけ。
監視組からの合図があり次第、全員で転移して敵要人を誘拐ののち、離脱。
いよいよ、魔法兵のみでの実戦運用を開始する』
『御意』
魔法兵、なる兵種や概念の歴史は意外と古い。
通常、魔法兵といえば「魔法も使用する兵士」の略称でしかない。
その運用においても、「通常の兵士の中に攻撃魔法を使用できる者を混ぜて突撃させ、敵軍へむけて攻撃魔法を放たせる」といった誰にでも思いつく程度の運用しかされてこなかったという歴史があった。
まず、戦局を左右できるほどの攻撃魔法をおぼえさせるのが一苦労であり、そうして長い時間と費用をかけて育成した魔法兵を戦場の、しかも最前線に送る、ということは、つまりは消耗品扱いにするということでもある。
現実に、他の兵士たちと同様、魔法兵の生還率もあまり高くはなく、従って、「効果的な戦場での効果的な魔法の使用法」などは、なかなか蓄積しにくい状況が長く続いていた。
そもそも、魔法兵に限らず、専業の軍人そのものがまだま珍しい存在であったこの時代なのである。
特定の兵種、あるいは兵士全体の生還率をあげようと研究をする者自体が、皆無に近かった。
だが、アズラウストは生粋の「魔法オタク」であった。
「もっとエレガントな運用の仕方もあるのではないか?」
と思い、具体的な方法論を模索し、私財を投じて研究と試行錯誤を繰り返し、一種の特殊部隊を作りあげた。
まず、兵士としての訓練と魔法使いとしての熟練が両立しがたい、という問題があった
だったら、、付与魔法で一時的に身体能力をあげればよい。
アズラウストは、そのように発想する。
身体能力を底上げするタイプの付与魔法は古くから知られていたが、術式が複雑で扱う概念について学ぶのに長い時間がかかる割には、使い勝手が悪い……として、長いこと忌避されていた。
魔力を多く消耗する割には、できることが少ないのだった。
長年勉学にいそしんで、ようやくほんの少し、力が強くなったり足が速くなったとしても、それを有り難がる者は少なかった。
もっと少ない魔力でもっと派手な効果を現す魔法が数多くあるからである。
しかし、アズラウストはこの種の付与魔法に注目し、徹底的に研究した。
確かに、この種の魔法は魔力の消耗が激しく、使い勝手が悪かった。
だったら、魔力を使い切る前にすべての作戦行動を終了させてしまえばいい。
アズラウストは、そのように発想する。
……といった具合に、研究を重ねるたびにに、アズラウストの発想は「魔法兵を効果的に運用する」というより、その逆の、「鍛え上げた魔法兵を縦横に活躍させるためにはどのような戦場が必要なのか?」という方向性にむかっていった。
もともと凝り性だったこともって、アズラウストは「いくつかの限定された条件の中でならば」最強といえる魔法兵団を育てあげた。
全員が、一定レベル以上の剣術、槍術、馬術、弓術を修めている上、転移魔法と付与魔法の他、何種類かの攻撃魔法を習得し、それらの具体的な使用法についてもアズラウストが独自に開発したメソッドをおぼえさせている。
さらに今回、洞窟衆経由でもたらされた通信魔法まで周知させ、小隊としてはさらに使い勝手がよいものとなった。
あとは、この魔法兵団を実戦に投入し、どこまで使えるかどうか、見極めるだけである。
その標的として選ばれたのが、今回の敵軍であった。
牛の胴体に、年老いた男の顔。しかし、口からは牙が覗いている。四肢には、鋭い爪。それに、曲がりくねった角。
そんな外観の動物? の群れが、ハザマも目前にいた。
それらが動物であることを即座に断言できないのは、体表が青銅色をして、いかにも硬そうな質感をしているからだ。人間の顔に近い造形の顔が頭部に張りついているが、それも、実際には「顔」であるのかどうか。
それらは、動くたびに、キリキリキリと関節を鳴らした。
見た目から受ける印象よりは俊敏な動きであったが、どことなく、ぎこちなさも感じる。
なんというのか……そう。
それらを前にすると、まるで、生物ではないものが無理に生物の真似をしているような、そんな違和感をおぼえるのだ。
「……実際、こいつらバジルの能力では止まらないしなあ」
ハザマは、少し距離を置いて呟く。
ルアから聞き出した、獣繰りのマニュルが扱える動物のリストの中に入っていた難物、「異界の獣、トウテツ」とは、おそらくこいつらのことだろう。少なくとも、外見的な特徴は合致している。
それら、トウテツは、キリキリキリと関節を鳴らしながらハザマを取り囲んだ。
「できれば、ルシアナの子らと直接対決をして片をつけたかったんだが……そううまくもいかんか」
やつらは、ハザマの前に姿を現すつもりはないらしい。
バジルの能力のことを知っていれば、それなりに賢明な判断なのだが。
ま、しかたがないか……と、ハザマは心中で嘆息した。
バジルの能力が効かない、ということは、こいつらは、バジルが認識する生物の範疇には入らないモノ、なのだろう。
「異界の獣」、という触れ込みを考慮すれば、生物は生物でも、炭素ではなくて他の元素をベースに身体を構成している「ナニカ」なのではないのか。
生殖による自己複製をする構造体を生物の必要条件である考えれば、炭素ではなく、他の元素をベースにした生物がいても不思議ではない。
青銅に近い質感の、こいつらの肌もそのことを裏づけているように思えた。
さて、どうするかねえ、とハザマは考える。
素手で、あるいは腰にぶら下げている剣で、こいつらの硬そうな体表に、どこまで傷をつけることができるのか。
もちろん、完全に無策というわけもなく、ハザマもここに来るまで、それなりの準備を整えているわけだが、果たしてそれが間に合うのかどうか。
ま、やるだけやってみるか、と、ハザマは他人事のように考える。
『こちら、トンネル前。
男が四名に背の高い女が一名。それに、子どもが二名います』
『現在、前線で確認された三人、瞬火のマイマスと軽佻のハダット、豪腕のオデオツらしき人物は外見から識別できますが、他の者については不明』
『他の山岳民は、トンネルの内部に避難している模様。
あ。
今、弓矢やクロスボウを携帯した兵がトンネルから出て来ました。
かなりの人数です。
数百人以上はいます』
『トンネルから出てきた兵は一列に並び、一斉に矢を放ちました。
その矢が、空中で消失』
『人為的な空間震動、観測。
大規模な転移魔法が使用された形跡があります』
『これにより、不明者のうち一人は熟練の伝令師ではないかと推測します。
おそらくは、戦闘伝令師のトグオガではないかと』
次々と、アズラウストの脳裏に川むこうに放っていた観測組から報告が入ってくる。
観測組、とは自分の気配を消すための魔法に習熟した魔法兵を斥候として使用する際の名称だった。
いうまでもなく、アズラウスト自身がそう命名した。
魔法兵であろうがなかろうが、正確な情報の収集は勝敗を決定するほどの重大事である。
音を消し、外観を周囲に馴染ませ、外から観る者の認識に干渉して自らの存在を気取られにくくする魔法は何種類もあるが、どれも必要とされる魔力はさほど多くなかった。
そこでアズラウストは、保有魔力量は低いものの、判断力や兵士としての能力、それに剛胆さなどに適性を示した者を選別して、観測組として組織することにした。保有魔力量の欠落によって派手な攻撃魔法を使用できなくても、重要な役割はいくらでもあるのであった。
ときに単身で敵地に潜入することも、あるからかなり危険な任務になる。
そのため、ことによると通常の魔法兵よりも厳しい訓練を経験した者しか任務につくことはないものとされた。
他のアズラウスト麾下の魔法兵と同様、今回が初の実戦ということになる。
『弓兵には構うな。
まずは、ルシアナの子らと推測される者たちを最優先に始末することを考えろ』
アズラウストは、心話通信で麾下の魔法兵にそう告げる。
リアルタイムで遠くに離れた者へ意志を伝達できるこの術式は、ひどく使い勝手がいい。
『子どもも例外ではない。
二人の子どもうち一人は、獣繰りのマニュルであるものと推測される。
少しでも躊躇っていたら、こちらがやられるぞ』
大勢いる弓兵を後回しにしたのは、弓兵よりもルシアナの子らの方が脅威度が高いからであった。
観測組が八名、その他、強襲に参加できる魔法兵が三十名ほど。
それだけの人数で、果たしてどこまで行けるか。
『繰り返す。
今回の任務の目的は、まず第一にルシアナの子らの殲滅。
次に敵要人の確保。
最後に、余裕があれば敵兵を始末していい。
くれぐれも、優先順位は間違えるな』
瞬火のマイマスと軽佻のハダット、豪腕のオデオツら、前線で存在が確認されているルシアナの子らについては、のちに「ルア文書」と呼ばれることになるルアからの聞き取り調書を参照して対策を立てさせておいた。
相手の能力についての情報さえ事前に揃えておけば、魔法兵ならばどうとでも対処ができる。単独の能力のみに特化した相手を始末することは、熟練した魔法兵ならば難しくはないはずだ。
相手の不意をつくのなら、特に。
『……ルシアナの子らを沈黙させるのに、どれほどの人数を必要とするのか?』
アズラウストは、部下にむかってあえてそう問う。
『確実を期するのであれば、まずは十名ほどを。
五名二組にわけて取り囲み、片方は魔法で、もう片方は通常に武器にて同時に攻撃をします』
魔法兵の頭に任命した兵士が、即答した。
その解答は、アズラウスト自身の想定と一致していた。
『では、対ルシアナの子らへ十名を割き、残りを二分して弓兵へむかう者たちとトンネルを強襲する者とに分けよ。
差配が終わり次第、全員で転移魔法によって打って出るぞ』
「……放て!」
戦闘伝令師のトグオガの号令の声が響き、また一斉に矢が放たれる。
それらの矢はすべて、空中で姿を消した。
そのまま……トグオガの能力によって、遠く離れたハザマの近くへと転移させられているのだった。
ハザマの能力を知ったとき、トグオガは自分の能力ならばそいつを攻撃可能なのではないかと考えた。軍師のバツキヤに相談したおりにも、「成功する確率が高い」と太鼓判を押されている。
これまでの例をみる限り、あのトカゲ男が静止できるものは生物のみに限られているようだった。少なくとも、飛来する物体をその能力を使って止めた、という報告はない。
だとしたら、生物ではない物体を使って遠くから攻撃すればよい、と、トグオガは考えた。
どんな特殊な能力を持とうが、何十、何百という矢を一斉に受けて無事にいられる人間など、そうそういまい。
今のところ、あのトカゲ男は走り回って矢を避けている。
バクビェルの千里眼を借りてハザマが逃げ回る様子を、トグオガは覗き観ていた。
確かに驚異的な脚力ではあったが、あのトカゲ男の周りをトウテツが包囲しはじめていた。
トウテツの体は金属でできている。
その集団をうまくやり過ごし、包囲網を破って逃げ出すことは至難の技だろう。
徐々に逃げ場を塞がれ、いずれは数多くの矢に貫かれて死ぬはずだった。
「……放て!」
トグオガは、ハザマを追い込むことに夢中になって、自分の周囲を警戒することを怠っていた。
いや、トグオガだけではなく、他のルシアナの子らも、山岳民たちも、自分たちが急襲される可能性というものを失念していた。
王国軍がこちらへ攻撃を仕掛けて来るにしても、それなりの前兆があるはずだと、そう思っていたのだ。
しかし彼らは、なんの前触れもなく出現した。
「……なにぃ?」
背中に異物を感じて振り返り、そこでトグオガは吐血した。
視界の隅に、自分の背中に刃物を突き立てている男がいた。
「転移魔法……だと?」
トグオガ自身の特殊能力と同等の効果を持つ魔法によって襲撃された戦闘伝令師は、目を見開き、今度は前方に転移してきた兵士によって袈裟懸けに斬りつけられた。
その兵士は転移してくる前から抜刀した剣を構え、即座に攻撃に移れるような姿勢を取っていた。




