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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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夜襲の開始 

 どれほどの高度なのか。

 とにかくそこからは、眼下にある、王国軍の灯りを一望にすることができた。

「絶景ーっ!」

 といいつつ、軽佻のハダットは掲げていた大岩を真下に放り投げる。

 しかし、その直後に異変が起こった。


 ぶん、という風切り音とともに、大岩が「なにか」に横からさらわれたのだ。


「……なんだ?」

 という疑問の声が終わるか終わらないかのうちに、ハダットの体は戦闘伝令師のトグオガの能力によって地上に引き戻される。


「今の、見たか?」

 ハダットは顔をあげて、傍らにいたトグオガに問いただした。

「見た」

 トグオガは、緊張した面もちで一言だけで答える。

 千里眼のバクビェルの能力によって、そのときの様子を見ていたのだった。

 ハダットが転送された先は、緑の街道、そのトンネル入り口だった。

 他のルシアナの子らの面々も、その場に集まっている。

 彼らのその視線は、上をむいていた。


 頭上、星空を背景にして、半透明になった、巨大ないかつい老人の姿が映し出されていた。

 綺麗に撫でつけた白髪。眼光は炯々、喜悦に歪んだ表情をしている。


「くはははははっ。

 大蜘蛛の残滓どもよ。

 貴様らの攻撃はその程度のものか!」

 その老人の虚像は、大音声でそのようなことをいった。

「どうだ。

 王国の魔法使いの底力を思い知ったか。

 このような姑息な真似は、以後、禁止にさせて貰おう。

 二度とこのような真似をすれば……そのときは、今度は砂ではなくて星を降らせるぞ!」

 そういってその虚像は、振り上げていた腕を振り下げる動作をした。

 少し遅れて、ばらばらと大量の砂が、周囲に降ってくる。


「おい……バツキヤ。

 これは……」

 ハダットは、そばにいたバツキヤに尋ねてみた。

 この場にいる人間の中では、一番、その手の知識が豊富に思えたからだ。

「おそらくは……投影魔法。

 かなり古い魔法です。今では、一部の神官くらいしか使いこなせないと思っていましたが……」

 バツキヤは、早口に答える。

 周囲の環境と一体化することを目指した術式であり、具体的には、自らの五体のすべて、あるいは一部を拡大、縮小して任意の場所に投影して、なにがしかの影響を与える魔法……としか、バツキヤ自身も知らない。

 とにかく、今となっては詳細を知る者が極端に減っていて、ほとんど忘れ去られているはずの術式であった。


「わしの名は、ハメラダス・ドダメス。

 これでも、王国にこの人ありといわれた老いぼれの魔法使いだ」

 虚像の巨人は、自己紹介しながらも懐中から煙草入れを出し、その中から一本の葉巻を摘んだ。

 巨人の手の中で、葉巻の先端が勝手に切り取られ、火がつく。

 ……無詠唱の魔法、か……と、バツキヤは歯噛みする。

 さり気なくやっているが、かなりの高等技術だった。

「いいか。

 よく聞け、ガキども。

 お前らが束になってかかってくるのは構わんが、このおれが気にくわない攻撃はすべて力尽くで防がせて貰う。

 それでもよかったら……」

 ここでハメラダス・ドダメスと名乗った巨人は葉巻をくわえて深々と吸い込み、紫煙を吐き出した。

「……好きにかかってこい。

 うちの若い者が、お相手をする」


 そして、空にかかっていた虚像が、唐突に消失した。


「お、おい……」

 ハダットが、露骨に狼狽した声をあげた。

「大丈夫なのか?

 王国軍にあんな魔法使いがいるなんて、聞いていなたったぞ」

「……なに……。

 今のは、単なるハッタリですよ」

 バツキヤは、静かな声で答えた。

「あの人の実力まで否定する気はありませんが、あれほどの大魔法を用いれば、魔力の消耗も相当のものになっているはずです。

 しばらくは、まともに動くことができないでしょう。

 それよりも……マニュルさん。

 打ち合わせ道りに、次の手順をお願いします」

「……はいよっ!」

 バツキヤに声をかけられ、一瞬、はっとした表情になったマニュルが叫んだ。

「チュシャ猫、お願い!」


「……ふうっ……」

 どっかりと椅子に腰を降ろし、ハメラダス・ドダメス師は深々と葉巻の煙を吸い込んだ。

「年寄りが、無理をするもんじゃあないわなぁ……」

 ハメラダス師の全身が、汗にまみれている。

 そういいながらも、ハメラダス師は外敵を防ぐための複数の術式を展開、使節団の天幕周辺に一種の結界を作りあげていた。

 その結界の維持と、なんらかの外敵がやってきたとき、攻撃魔法として使用する分の魔力くらいは残っているのだが、しばらくは大きな術が使用不可能となった。

「……あとはまあ、若いやつらに任せることにして、ここで高見の見物を決め込むか」

 紫煙とととも、そう、吐き出した。


「歩哨八十四番より報告。

 空中を漂う物体を多数確認。

 形状などの詳細は不明!

 数が……とにかく多いようです!」

「歩哨百二十二番より報告。

 カマキリが……子犬ほどの大きさのカマキリが多数、どこからともなく現れて……緑の街道を埋め尽くしているそうです」

「歩哨二十三番より報告。

 緑の街道方面にブラズニアの魔法兵が急行しています」

「歩哨七十二番より報告。

 馬よりも大きな猪が数十体、暴走しているそうです。

 人や天幕を薙ぎ倒しながら西南の方向に進行中」

「歩哨三十四番より報告。

 熊です。熊がでました。

 何体かの大熊が現れて人を襲っています!」

「歩哨二百五十六番より報告。

 蟹です。見あげるほどに大きな蟹が多数出現。

 天幕を壊したり人を襲ったりしているそうです!」


 新領地、砦の内部に開設された管制所はにわかに騒然となった。

「はじまったか」

 ファンタルは短くそういい、そのあと、

「洞窟衆を出せ!」

 と指示を出した。

 この場合の洞窟衆、とは、犬頭人とイリーナをはじめとした古参の、従ってファンタルによってしごかれた経験を持つ、以前、ハザマが内心で密かに「不機嫌な女たち」と呼んでいた洞窟衆の女たち、それに、アジャスやモトラスをはじめとするガグラダ族によって構成されている。

 犬頭人だけでも五百匹以上はいるし、それに狩りに慣れたガグラダ族も加えれば、相当な成果を期待できるだろう。

 ファンタルもムヒライヒ・アルマヌニアも、今となってはこの砦が襲撃される可能性は少ないと見ていた。それでも、アルマヌニア公軍の人員と傭兵とを合わせれば、まだまだ相当な人数が残されている。 

 山道での衝突で出た負傷者の大半は、まだこの砦に収容されていることもあって、まるっきり無防備するわけにもいかなかったのだ。


「ですが……予想よりも敵の総数が多い気がします」

 ムヒライヒ・アルマヌニアは平坦な口調でファンタルにそう問いただした。

「大丈夫でしょうか?」

「実際にやってみなければなんともいえんが……」

 ファンタルは、軽く肩をすくめてみせた。

「それをいうのなら、野営地にいる王国軍の総数だって相当なものだろう。

 やつらだって、むざむざと自分がやられるまで座視するとも思えん。

 自分でなんとかするだろうよ」

 そうでなくては困る、と、ファンタルは思った。

 事前に警告を発し、手持ちの情報も渡しているのだ。

「とにかくこの砦は、このまま現状を維持することに注力します」

 ムヒライヒは、静かな口調でそう告げた。

 砦を空けることで確実にこの危機を打破できるのであれば躊躇なくそうするのであろうが、この場合は、あまり事態は変わらない。

 なにせ相手は……興奮して暴れ回る野生動物だ。

 今頃、野営地の者たちも、勝手が違ってさぞかし困惑していることだろうな……と、ムヒライヒは思った。


 地上三メートルほどのあたりにクラゲ状の物体が密集して漂っていた。

 たかがクラゲ、とはいっても、その触手は優に二メートルを越えており、つまりは、地面にかなり近い場所までだらんと垂れている。

 これら、不可解なクラゲ状の物体は積極的に人を襲うということはなかったものの、その触手に少しでも触れるとその部分の感覚がなくなり、少し時間が経つと酷く腫れあがった。

 いわゆる、神経毒に近い組成の物質がその触手から分泌されているらしかった。

 この空中クラゲは、あの海に浮いているクラゲ類とまったく同じではないのだろうが、似たような生態を持っているらしい。

 しかし、この場で重要なのは、こうした空中クラゲが広範囲に漂っていると、人の交通が著しく制限されるということだった。

 直接触れるのは危ない、ということを早々学んだ王国軍兵士たちは、まず槍で、次に弓矢で対処しようと試みた。

 槍は、ひとつふたつを相手にする分には問題はなかった。穂先でつつけば、空中クラゲの笠の部分はたやすく破けて落下をする。

 しかし、なにぶん、数が多すぎた。

 この空中クラゲ、一時は王国軍野営地の半分ほどを占拠していたのだ。

 槍の次に試した弓矢も同じことで、うまく命中すれば打ち落とすことも可能ではあったが、これだけ膨大な数の空中クラゲを相手にすることは、おおよそ非現実的であるように思えた。

 だが、どうにかして駆逐しないと、身動きが取れない。

 こうしている間にも、クラゲが占拠している場所もそうでない場所も、別の獣が出現して猛威を振るっている。遠くから近くから、なにかの吼え声や断末魔の叫びが聞こえてくる。

 あるとき、一人の兵士が、

「……火矢を試してはどうか?」

 と、いい出した。

 みれば、空中クラゲたちは篝火を避けるような動きをしていた。

 駄目で元々、試してみるか……と、天幕の中で火矢を用意し、射かけてみた。

 なにしろ外を出ることも満足にできない状況にあったので、クラゲを避けて天幕の中でしか行動できなかったのだ。

 天幕の中から、二本、三本……と、立て続けに火矢を射かけてみる。

 何本かはクラゲをすり抜けて地面に落ちたが、何本かはクラゲの笠の部分に命中した。

 そして、笠から、しゅーとなにか気体が抜ける音がしたかと思うと、唐突に小さな爆発を起こす。

 一度爆発が起こると、周囲のクラゲにも引火して次々と連鎖的に小さな爆発が起こるようになった。

 どうやら、そのクラゲたちの笠の中には、火が着きやすい気体が充満していたらしい。


「……クラゲには、火矢が有効!」

 その情景を見ていた兵士の一人が、大声で叫んだ。

「クラゲには火矢!」

「火矢を射ろ!」

 その声には、次々に伝播していき、一時は王国軍の半数を足止めしていた空中クラゲたちはあっさりと駆逐されることになった。


 あとから考えれば、空中クラゲが野営地上空に漂っていられたのはごく短い間でしかなかったのだったが、事実上、王国軍の半数の動きを麻痺させ初動を遅らせていたことと、それに、たまたまそのクラゲたちが出現していた際、外に出ていた者が毒に当てられて行動不能となった。

 この中には連絡係として歩哨に立っていた洞窟衆の者たちも多数含まれており、このことが原因となって、広大な王国軍野営地のうち約半分を占めるベレンティア公軍がいた場所に充分な連絡が届かなくなる、という問題が立ち上がった。

 そして、ベレンティア公軍の統制を欠いた反撃がはじまる。


 ほぼ同時に大量のカマキリに襲われた場所もあった。

 カマキリたちは緑の街道を北上してから東西に展開したので、クラゲとカマキリの両方に襲来された地区も少なからぬ存在する。こうした場所ではクラゲのせいで天幕の外に逃げることもできず、天幕の布地などものともせず突き破って進むカマキリたちの格好の餌食となった。

 これらカマキリたちは、全長一メートル未満、小さいといえば小さく、一体一体を相手にするのであれば、棒きれを持った子どもだて鼻歌交じりに対処できるはずだったが、なにしろ数が多い。

 絨毯がそのままこちらに向かってくるような様子で移動するものだから、そのうちの少しばかりを叩き潰したところで大勢にはあまり影響しなかった。

 もちろん、カマキリが移動するに途上いた動物はすべて鎌で切りつけられ、咬まれ、体中を食い荒らされて絶命することになる。いうまでもなく、カマキリは肉食である。自分の体よりも大きな獲物を好んで襲うということはないはずだったが、目前に食べやすい肉片が転がっていれば躊躇なく食い荒らすだろう。

 こうしたカマキリとクラゲの二重襲撃を受けた地域では、錯乱した兵士が篝火を倒すなどをして火災が起こることも珍しくはなかった。

 燃えやすいものはせいぜい天幕くらい、しかも、戦地であり兵士や馬、荷物を移動させることを考慮して天幕と天幕の間には充分な距離が空いていたので、結果的には広く延焼するということはほとんどなかったが、消火活動をするほどの余裕がある者もほとんど存在せず、散発的に発生した火災の犠牲者もまた少なくはなかった。


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