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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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村の一日

 翌朝、真っ先にやってきたのはリンザと中年の男、それに老人の三人組だった。

「リンザを雇いたいというのはあんたか?」

 中年男は、リンザの父親ということだった。

「ええ。

 リンザさんは、この村には居づらいだろうといったので、それなら、と……持たせたお金ではご満足いただけませんでしたか?」

「い、いや……むしろ多すぎるくらいで……」

 リンザの父親は、戸惑ったような表情をしている。

「それで、こちらはこの村の公証人なんだが、おれは文字が読めないんで、お願いして先に契約書の内容を確かめてもらった」

「曖昧な部分がなく、正確で公正な契約書でしたな」

 老人が、ハザマに会釈する。

「書いたのは、こちらのタマルさんです。

 おれも文字が読めないものでして……」

「おお、こんな若い方が」

「これでも独り立ちした行商人ですので」

 タマルも老人に軽く頭を下げる。

「もちろん、契約の魔法も使えます」

「それは、重畳」

 老人が、もっともらしくうなずく。

「……契約の魔法?」

「お互いの合意を持って結ばれる約束事が一方の都合で破られることを防止するための魔法です」

 疑問の声をあげたハザマに向かって、簡単にタマルが説明した。

「それ、約束を破るとどうなるの?」

「とても、苦しみます。

 下手をすると、死にます」

 ハザマは「うげっ」とうめいてなんともいえない顔になる。

「それでは、公証人殿。

 双方に異存がないようでしたら、さっそくリンザさんに契約の魔法をかけたいのですが……」

「ちょっと待ってくれ!」

 はなしを進めようとするタマルを、中年男がとどめた。

「……なにか?」

「実は、相談があるのだが……」


「自分で自分を、身売り……ですか?」

 リンザの父親、ハイハズの思わぬ申し出に、タマルは目を白黒させた。

「二人分の契約金を集めれば、借金もすべて返せる。

 それ以前に、リンザと離れたくないしこの村にこれ以上いたくないんだ」

 そういってハイハズは書類の束をタマルに見せた。

「……確かに、借金額は……リンザさんの契約金がわずかに届かないていどの金額ですが……」

 どうします? と、タマルはハザマに判断を仰ぐ。

 ハザマはしばらく考えたあと、

「お嬢さんから聞いているかも知れませんが、おれたちと一緒にきてもあまりいい生活はできませんよ。

 現に、みんなが飢えないようにこうして食料の買いつけにきているわけでして……将来の見通しもまったく立っていませんし……」

 と、想定されるリスクを説明しはじめる。

「確かに、娘にはいろいろと聞かされている」

 ハイハズはハザマの言葉に深くうなずいた。

「それでも……いいんだ。

 是非、頼む……」

「……そこまでいうのでしたら……」

 複雑な心境になりながら、ハザマはタマルに合図して新しい契約書を用意させた。

 男手も、あればそれなりに重宝するのであろうが……また食い扶持が増えるのはなあ……。


 金額面の交渉など細かいことはタマルに一任して契約書を整え、親子に契約金を手渡す。

「今夜か明朝にはここを発つ予定ですから、それまでに身辺を片づけておいてください。

 契約の魔法をかけるのも、出発前ということで……」

 そういうタマルを背中に聞いて、リンザ親子と公証人の老人は去っていった。

「本当にいいのかなあ……」

「雇用契約……年期奉公みたいなものだと思ってください。

 とりあえず、三年。

 場合によっては契約の延長も中断も可としておきましたが……」

「ええと……なんの契約なのかな?」

「……ええっ!」

 ハザマが軽く訊ねると、タマルが驚きの声をあげる。

「リンザから聞いてないんですか?」

「いや……詳しくは、はなしてなかったなあ……たぶん」

 かなり前に、軽くそんなはなしはしていたが……詳細については、別にはなしてはいなかった気がする。

「ハザマさん個人への奉仕契約ですよ。

 他の人たちは労働提供の契約なんですが、リンザさんは本人のご希望で……。

 てっきり、ハザマさんも承知しているものだとばかり……」


「こんなもんでも買い取ってもらえるかね?」

 刃が錆びかかった農具を持ってきた者がいた。

「……手直しすれば使えないこともないでしょう。

 あまり高くは買い取れませんが……」

「古着でもいいのかい?」

 両手に抱えるほどの衣料を持ち込む者がいた。

「歓迎します。

 破損して着れないものでも、布として買い取ります」

「釘が余っているんだが……」

 木の箱を持ち込む者がいた。

「少し錆がでていますね。

 この重量なら……」

 どんなものを持ち込まれても、タマルはてきぱきと値をつけて捌いていく。

 値段も適正なものらしく、揉めることはほとんどなかった。

 その後でハザマは集まる荷を片っ端から荷造りして犬頭人に担がせては送り出していた。箱に入れたり、紐や蔦で縛ったり、布にくるんだり……と、これはこれで忙しい。

「おれたち……確か食料の買いつけに来たんだよなあ?」

 客が途切れたとき、ハザマはタマルに確認する。

 それまでも自作農らしき客が何人か麦の袋を売りに来ていたが、圧倒的多数の者は明らかに不要なガラクタを処分しに来ているだけだった。

 そんなものでも洞窟の方に持っていけばなにがしかの役にはたつから、買い取りをすること自体には反対しようとは思わないのだが……。

「本番はこれからですよ。

 今は、わたしたちが商売相手として信用できるという事を証明している段階です。

 それに、買い取り用の資金が潤沢にあるのでやり甲斐があります」

 商人の血が騒ぐのか、タマルは溌剌とした笑顔で答えてくれた。


 昼過ぎくらいから前後して、トエスたち洞窟からこちらにやってきた女たちが大きな手荷物を抱えてやってきた。家族との別れをすませ、契約金を置いてきたという。

「やっぱり、予想通りでした」

 トエスの言葉が彼女ら自作農の娘たちの心情を代弁していた。

「異族に汚された娘はいらない、って……。

 事実なんかどうでもよくって、さらわれた時点で嫁のもらい手もなくなるし、って……。

 やっかい払いできてせいせいするって、顔に書いてありました。

 もうこの村には来たくありません」

 タマルは帰ってきた女たちに順番に契約の魔法をかけていく。

 契約が終わった女たちは、そのままハザマと一緒に荷造りをしはじめる。


 夕方にリンザとハイハズの親子がやってきた。やはり、大きな手荷物を携えている。それと、公証人の老人も同行していた。

「……借金の整理がすみました」

 ハイハズがハザマにいった。

「もうこの村に未練はありません。

 契約をお願いします」

 親子の契約魔法を終結するのには、これまでのものより長い時間が必要となった。また、トエスたちのときとは違い、ハザマにまでなんらかの魔法がかけられる。

「心配することはないさ、お若いの」

 公証人の老人が、ハザマに声をかけた。

「覚悟を決めてかかれば、どうということもない」

 ……なんだか外堀を埋められているような気がするのは気のせいだろうか?


 それからしばらくして、客足が途絶えた頃……顔中を腫らした女が、訪ねてきた。

「来て」

 ハンヌだった。

「父さんが、村長が呼んでる」

 ハイハズに公証人の老人を呼んで貰い、それからハザマ、タマル、老人の三人で村長の屋敷に向かう。

「先代はよい方だったんだがな」

 途中、公証人の老人は、世間話を装ってそんなことをいった。

「今の村長は、少々やり口が阿漕すぎる」

 この村の村長は、大地主でもあるそうだ。自分の土地を持っている自作農はともかく、小作農はかなり絞られているらしい。

 娘であるハンヌは、表面上は老人の言葉になんの反応も示さず、ハザマらを先導していた。


「来たか、けだもの使いが!」

 村長直々に門前まで出迎えられ、屋敷の中に案内された。

 屋敷は全体に質素であるが頑丈そうな造りで、その中の天井の高い部屋に通される。

「おれたちが呼ばれたということは、なにかを売っていただけるということで?」

 さっさと用件をすませたかったハザマは、単刀直入に切り出した。

「前置きもなしに用件を切り出すか、この無粋者が!」

「……なにぶん、余所者でして、ご無礼のほどは平にご容赦のほどを」

 面倒くせー……とか思いつつ、ハザマは軽く頭をさげてみせる。

「われわれは今夜にでもこの村を発つつもりです。

 ご用件をお早くお聞かせください」

 ハザマの不機嫌ぶりを敏感に察知したタマルが割り込んできた。

「よかろう。

 余っている麦を売ってやる。一袋金貨二枚はだして貰おう」

「金貨二枚……ですか?

 それは、かなり上等な麦なのですね?

 値段の交渉は、現物を検めさせていただいてから……」

「黙ってこちらのいい値で買えばいいのだっ!

 お前らが十分な金を持っているのはわかっているんだぞ!」

 いきなり、村長がテーブルを叩いて身を乗り出した。

「馬鹿らしい」

 ハザマが席を立つ。

「帰ろう。

 村長さんは、おれたちとまともに取引をしてくださるつもりがないらしい」

 食糧不足の解消にあまり役立たなかったが……こういう結末もある程度予想はしていたのだ。

「ふふん。

 そううまくいくかな?」

 ハザマが立ち去ろうとしても、村長は余裕がある様子を崩さない。

「若造!

 身動きを封じるあの技は、お前だけが使えるのであろう?

 ならば……今頃、お前たちの仲間がどうなっているのか……ふふ。

 楽しみだなあ!」

「……………はぁ?」

 ハザマはたっぷり数秒考えた後、間の抜けた声を出した。

 なにいっているんだ、このおっさん……。

「……分断工作のつもりなんですよ、きっと……。

 リンザさんたち、残してきた人たちを人質にするか傷つけるかして……」

 タマルに耳元で囁かれて、ハザマはゲタゲタと大声で笑い出した。

 唖然とした表情でそんなハザマを見つめる村長。

「……ああ、苦しい……。

 余分な人死を出さないように気をつけてきたのに……ばっかじゃねーのぉっ!」

 珍しく、ハザマが叫んだ。

「おい、おっさん。

 おれはなあ、命を粗末にするやつが一番嫌いなんだ!

 子飼いの手下を何人差し向けたか知らないが……そいつら、今頃無事じゃあすんでいねーぞっ!」


 残してきたリンザたちの護衛に、まだたっぷり三十匹以上の犬頭人を残してきている。無用な刺激を与えないよう、森の中に身を潜ませておいたから村の人々は犬頭人の全体数を把握できていないはずだった。

 村の規模から考えても、昨夜集まってきた人数から予測しても……この村に、三十匹以上の犬頭人を即座に制圧できるほどの戦力があるとも思えなかった。

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