反抗の兆し
「ベツメスが戦死、マイマスが一時戦線離脱、オデオツは健在、ハダットは火傷などの負傷ありの状態で目下帰投中……」
バクビェルが現在この戦場に投入されているルシアナの子らの状況を口に出して確認する。
「他には、待機中のマニュルと外出中のトグオガくらいか、あてにできるのは。
バツキヤ、いけそうか?」
「いけそう……というより、現実的に考えて、手持ちの駒でなんとかするしかないでしょう。
できれば、トグオガさんが帰ってきて、他の皆さんたちと連動して一気に動ければ望ましいところですが、幸いにして投石機を潰すことに成功できましたから、なんとかなると思います」
あんな兵器の射程範囲を気に留めながら行軍することは、なんとしても避けたいところだった。まずは足場を固めておかないと、反抗もおぼつかない。
「確認しておきますが……中央からの意向としては、あくまでこのいくさの早期終結を望んでいるのですよね?」
「それもできるだけ、連合側に有利な形でな」
バクビェルが頷く。
「おそらく、王国側が周辺諸国に情報を流したんだろうが……ルシアナ崩御の報はすでに周知されている。
山脈を囲んだ連合包囲網は今日明日にも完成しそうな勢いだ」
伝令師などという専門職を制度化しているのは連合だけだが、他の国々でも王宮に出入りするような高位の魔法使いであれば、転移魔法を使用できる。
重要な情報が伝達する速度は、意外に早いのだった。
それに、山岳民連合はこれまで長年に渡って周辺諸国と積極的に交戦してきた歴史があった。
弱体化したと知られたら、ここぞとばかりに袋叩きにされるだろう。
周辺諸国は、今、その準備に余念がないらしい。
「……連合没落のはじまりですね」
バツキヤは、ぽつりと呟く。
そのような動きが起こるだろうということはバツキヤも予想していたが、現実の事態は予想よりもずっと早く推移しているらしい。
「お前もそう思うか?」
バクビェルが、確認してくる。
「むしろ、これから連合が興隆する要素が見あたりません」
「……だな」
口をへの時型に曲げながら、バクビェルも頷く。
「これまで好き勝手やってきた報いだ。この流ればかりは、止めようがない。
おれたちはこれまで連合の中にどっぷりと浸かって生きてきたからもう少しつき合うつもりだが……バツキヤ。
お前はまだまだ若いし、連合の体制の中に組み込まれているわけでもない。
適当なところで逃げ出す算段をしておいた方がいいぞ」
「このいくさを最後まで見届けたら、そうするつもりです」
「そうか。
それならいい」
やばいやばいやばい、と連呼しながらハダットは地面に転がって、肌についた油を拭おうとしている。
べとつく油にはすでに火がついている。
もちろん熱いし、皮膚が焼けてもいるのだが、なまじベトベトと粘性があるため、一度肌についた油はなかなか皮膚から離れてくれなかった。
ハダットは自身の体と触れた物の重量を自在に操作するという珍しい能力を持っていたが、油の粘性まではどうにもできず、体を焼かれながら地道な方法で対処するより他に方法はなかった。
『二十二班甲組乙組、用意はいいか?』
『いつでも』
『予定通り、やつらの横腹を食いちぎる。
突撃するやつらは、とにかく前に出ることだけを考えろ。
この山道に密集している敵兵は、見方を変えれば逃げ場がない。
まっすぐ進んで目の前にいる敵だけを手にかけて、むこう側の森に飛び込んで逃げ切れ』
『弓兵は、突入班の動きと同期して援護。
敵と衝突する前後に矢を叩き込め』
『多大な成果を望むな。
他の場所でも同様の作戦を展開している。まずは目の前の敵に打撃を与えることだけを考えよ。
繰り返す、多大な成果を望むな……』
森の中に緊迫した調子の心話通信が行き交っている。
ファンタルが率いる洞窟衆並びにファンタルの影響下にある傭兵などが合同しての作戦が展開中だった。ファンタル自身は建造されたばかりの砦の中にいて、新領地王国軍の幕僚として意見を具申したり統合的な作戦の立案に関わったりしているらしい。
いずれにせよ、心話通信がある限りは必要がありさえすればいつでも連絡が取れるので、どこにいようとも支障はないともいえる。
今回の作戦も、ファンタルが立案したものだった。
「敵軍が何万いようとも、目の前の敵の数は変わらない。
ましてや、地形の関係で自由に身動きができない場所であるのならば、か……」
「理屈はわかるが、ここまで爆弾から逃げまわる一方だったからなあ」
「敵の疲弊を待っていたということもあるんだろうよ」
『二十二班、これより突入を開始する。
繰り返す。
二十二班、これより突入を開始する。
合図を開始。
……三、二、一、突入せよ。
二十二班、突入せよ』
雄叫びをあげ、犬頭人と傭兵の群が山岳民兵に襲いかかる。
その群の頭上を矢の雨が通過し、襲いかかる直前の敵兵に打撃を与える。
敵兵が驚く間もなく、まず犬頭人が道を切り開き、そのあとに続く傭兵たちが敵陣に開いた傷口を広げていく。
山道の両側から、ほぼ同時に突入してきた兵士たちは、山岳民兵を薙ぎ倒しながら、あっという間に走り去って森の中に姿を消した。
あとに残るのは、累々たる死体と負傷者。両者を合わせれば、その被害は確実に三桁にものぼる惨状だった。
負傷した者を助けようと、損害を受けた部位の前後から山岳民兵が駆け寄りはじめる。
そうした救援者が集まってきたところを見計らって、再び降りしきる矢の雨。
健在な山岳民兵は矢や爆弾で応戦しようとしたが、どちらも周囲と動き同期をしようとはせず、自発的かつ散発的なものであったため、森の中に潜んでいる王国軍側に深刻な打撃を与えることはなかった。
それどころか、慌てて投擲爆弾の扱いを間違って自爆したり、爆弾を投擲する前に狙撃を受け、味方の至近距離で爆発させたりといった誤爆が立て続けに起こり、かえって被害を増した。
王国軍を追って森の中に入った者たちは、罠にかかったか狙い撃ちにされたか、とにかくそのほとんどが帰ってこなかった。
こうした攻撃を、一回二回ではなく、十数カ所で前後して受けたため、山岳民側の士気は面白いように下がった。
いつ、どこが襲われるのか予測ができないという事実。
細長い山道の中で行軍中でもあり、友軍と自由に意見を交換することができないということも、兵士たちの不安に拍車をかけることになった。
前後は友軍の兵士たちでぎっしりと埋め尽くされており、物理的にも逃げ場がない。かといって、どうすればいいという妙案を指示してくれる者がいるわけでもなし。
これらの襲撃に対して有効な対処法を誰も教えてくれないことが、山岳民兵士たちの神経を疲弊させる。
オデオツやハダットらの働きにより、今回の目的である投石機の破壊は成功させたものの、兵士たちの心中は不安を増すばかりであり、決して晴れることはなかった。
「うおおおお……」
そうした王国軍側のゲリラ戦も、もちろん毎回成功するというわけではない。
たまたま帰投途中の豪腕のオデオツがその場にいた場合など、強襲部隊はしたたかな反撃を受けることになった。
オデオツは筋力強化型のルシアナの子らである。速度に特化したのが瞬火のマイマスであるように、力だけを極端に強化した個体であった。
そして、戦場のような変化の激しい環境にあっては、そうしたシンプルな能力の方が得して役に立つ。
オデオツの硬く引き締まった筋肉には通常の矢は刺さらなかった。発達した筋肉そのものが鎧の役割を果たしているのである。眼球や股間など、鍛えようがない急所はそのままであったが、それらを重点的に庇う動作は長年の修練によりその身に染み着いている。
刃物や鈍器に対しては、矢よりも注意が必要であったが、たとえ傷を負ったとして普通の人間よりよほど早く傷が塞がる。通常の人間と比べ、オデオツは代謝も極端に激しい体質であった。
その分、普段から大量の食料を必要とするという欠点はあったが……常人よりも強く素早く、頑丈なオデオツの体は、兵士としての理想型であるといっても過言ではない。
そのオデオツが、たまたま遭遇した王国軍の強襲部隊を一蹴している。
手足が届く範囲内にいた敵軍兵士たちは、なにが起こったのかを悟る前に弾き飛ばされた。
あるいは、敵兵の手足を掴まえて振り回し、それで敵兵を薙ぎ払うこともあった。
戦場に出るとき、オデオツは、基本的にはなにも持たない。武器を使用してもオデオツの力に耐えきれず、すぐに壊れてしまうのだ。
オデオツが武器を必要とするときは、その現場で調達して使い捨てにすることにしていた。
本気を出したときのオデオツは、兵士とか人間とかいうよりも凶暴な颱風とでもいうべき存在と化す。
近寄ればそれだけで傷つき、吹き飛ばされるのだった。
「そのオデオツさえも、逃げなければならないとはな……」
バクビェルが呟く。
「突出した戦闘能力を持った個体の長所を生かすためには、現実には相応の環境を整えるなどの準備をしなくては、その性能を十全に生かしきれない」
バツキヤは冷静に指摘した。
「先ほども、オデオツ、ハダット両名の能力を目の当たりにしながら、過度に恐れることなく冷静に対処しようとしていた敵軍指揮官がいた。
油と火矢を用意させた者は、どうやら別にいるようだが……。
冷静に対処されると、どんな能力も威力は半減するし、場合によっては短所を突かれてなんの特殊能力も持たない者に破れることさえあり得る」
バツキヤは、バクビェルの能力によって山道での戦いの様子を見ていた。
「やられたベツメスがいい例だが、能力そのものの威力よりもその能力を目の当たりして相手が勝手にビビってくれる効果の方が大きかったりするしな。
今度の敵軍は、冷静なのが揃っているってわけか?」
「少なくとも、山道に居る人たちに関しては」
バツキヤはそう告げる。
「ことによると橋にいた敵の本隊よりも、手強いかも知れない」
名は知らないが、真っ先にオデオツとハダットに矢を集中させた現場指揮官。
それが通用しないと知るや、すぐに油と火矢を用意させた者。
それに、投石機と特殊弾道を用意して遠距離からこちらの本陣を直接狙うことを構想し、実現化した者。
このうちあとの二人は同一人物かも知れないが……二名ないしは三名ほど、敵軍中に警戒しなければならない者が存在するということだった。
「正直……気が重い……」
バツキヤは、その強敵たちを、たった一人だけで相手にしなければならない立場にある。
「だが……少なくとも援軍は、来たようだぜ」
目を瞑っていたバクビェルが、そう口に出していった。
こうしているときのバクビェルは、たいてい千里眼の能力を使用している。
「揃いの黒備えの具足で固めた万単位の軍勢が、トンネルから出てくるところだ。
先頭に、お前がお守りしていた若様の旗印も掲げてある」
「来ましたか」
バツキヤは、呟く。
「……黒旗傭兵団」
数ある傭兵団の中でも、規模の大きさと精強さで知られた集団だった。
これで、少なくとも兵力の不足分はかなり補填できる。
「……ああ!
なんだこりゃあ!」
バクビェルやバツキヤは知るよしもなかったが、ほぼ同時刻に、すっかり焼け野原となった山岳民連合の本陣があった場所に、不意に出現したいくつかの人影があった。
「人がちょいと中央のお偉いさんを迎えにいった間に、すっかりやられちまっているじゃねーかぁ!
負けたのか! おれが席を外した隙にすっかり負けちまったのかっ!」
叫び声をあげたのは、戦闘伝令師のトグオガだった。
「これ、トグオガ殿」
輿の上から、貴人が声をかけてきた。
「まだそうと決まったわけではなし、もう少し様子を探ってから決めてもよいのではないか?
それに、負けたにしては、敵兵の姿も見えないようだが……」
その貴人が乗る輿を担いでいる屈強な男たちは、名目上、バツキヤが仕えていることになっている「若様」のものと同じ旗印を掲げていた。




