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トカゲといっしょ  作者: (=`ω´=)


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最初の交渉

 三日後。

「うっひゃー!」とか「うわぁー!」とかいう悲鳴が、森の中に谺していた。

 多少の個人差はあるものの、犬頭人の体格は人間に劣る。身長でいえば、成人男性の胸のあたりまでしかない。成長途中の子ども程度の体格であるが、敏捷性などの身体能力では人間をはるかに上回る。集団戦ならともかく、一対一で対決したとしたら、十中八九、人間の方が敗北するだろう。

 そんな小柄な犬頭人の背や肩に担がれて運ばれるのは、決して快適な状態とはいえない。

 ましてや、足元が悪くまともに直進できない森の中、である。

 そんな状態で馬以上の速度で進み続ける。

 上下にはねる。

 ガクガクと唐突に右に左に進路を変える。

 ……快適なわけがない。

「わははははは」

 そんな中で、ハザマ・シゲル一人だけが高笑いをあげていた。

「こいつは、いいなあ」

 ハザマは、アミューズメントパークの乗り物にでも乗っている気分でいる。

「ちっともよくなぁいっ!」

 ハヌンが、反射的にハザマの声を否定した。


 今回の、最初の交渉をするために選抜されたのは、村の出身者であるリンザ、ハヌン、エトスほか二名の回復が間に合った女たちと、それにハザマと、会計兼交渉役として名乗り出てきたタマルの七名であった。ハザマの役割は、不測の事態に対応するためのお目付役といったところか。

 敵意を持つもの、あるいは任意の相手を硬化させるバジルの能力は使い勝手がよく、そのバジルに指示を出せるハザマがいれば、たいていの危難は切り抜けられるだろうという計算があった。

 他に、護衛兼荷物持ちとして五十匹以上の犬頭人を引き連れている。

 当初の予定をはるかに越える規模となったが、これは住居など、この数日の間に洞窟周辺のインフラ整備が一段落して力仕事の需要が格段に少なくなったこと、それに、食料の減りをできるだけ少なくするための配慮でもあった。

「そっちの食い扶持は現地で調達してくれ」

 というのが、いつの間にか洞窟周辺のあの団体の中で指導者役として収まっているエルシムの申し出である。

 長寿であり、また、森の中を日常のテリトリーとしているエルフの知恵と判断力は確かに的確なものであり、エルシムが指揮を執ることにかんして異論を唱えるものはいなかった。他にもエルフの生き残りは数名存在しているのだが、出発の時点ではまだ、体力が回復していない。


 完全に日が沈み、火を起こして野営の準備をはじめる頃には、ハザマ以外の全員が息も絶え絶え、といった有様となった。途中、犬頭人を交代させるためにかなり細か目に休憩をいれていたつもりだが、それでも体力以外の部分をごっそりと削られたらしい。あまり表情を変えることがないタマルまでもが、紙のように青白い顔色をしている。

「食わねーと、体がもたねーぞ……」

 バジルが落としたばかりの蛇の頭を落としながらハザマがいったが、みな、うめくばかりでまともな返答をする気配がない。

「……ハザマさんは……よく平気でいられますね」

 リンザとかいう、村娘の一人が、ようやくそんな声を絞り出した。

「もともと、乗り物酔いには強いたちだしな」

 そんなことをいいながら、ハザマは小刀で蛇の腸を取り出し、その身をぶつ切りにした上、開きにして火の通りをよくし、適当に取った枝に刺して火にかざす。

「おい、犬頭……ん。

 この分なら明日中には到着するそうだ」

 エルシムにエンチャントしてもらった例の宝石の効用で、ハザマは犬頭人たちともそれなりに意志の疎通ができる。犬頭人たちは、ハザマや心話とやらを使うエルシム以外の者のいうこともそれなりに理解はできるのであるが、あまり知能が高くないせいか複雑な会話はできない。

 せいぜい、単純な命令を理解し、実行する程度か。

 とにかく、犬頭人たちは抽象的な概念が理解できないらしい。略奪することがあっても、戦利品を売って利益をえようという発想もできない。そもそも根本的な部分で、金銭で物品を売買する商行為といった概念が理解できない。そんなわけで、せっかく略奪してきた道具類や武器も闇雲に振り回すだけであり、手入れなどはいっさいなされていなかった。

 そのおかげで、今ではハザマたちがそれを活用し、恩恵をこうむっているわけなのだが……。

「五、六日以上かかるとかいっていたのが、たった二日に短縮だ。

 早いなあ、おい」

 複数の村との交渉が成功したら、犬頭人たちの足を利用して配送業なども起こせるのではないか? と、ハザマは思った。どれくらい需要があるのかは未知数だが、成立すれば定期収入源になるかも知れない。帰ったらエルシムと相談してみよう。

「それはいいですけど……交渉が成功したら、報酬……忘れないでくださいよ」

 青白い顔をしたタマルが、ハザマに念を押してくる。

「ああ。

 ボールペン……だったな」

 こちらの世界には存在しえない、便利で先進的なハザマの筆記用具を、タマルが欲しがったのだ。むこうの物品にあまり執着しないハザマとしては、ただであげてもいい、くらいの心積もりであったのだが……それでタマルのやる気が出るのなら、利用しない手はない。


 そんなこんなで、目的の村に到着したのは、翌日の夜半になっていた。

「どうする?

 灯も消えているみたいだし、本格的に接触するのは、明日の朝にしておくか?」

「冗談じゃない!」

 ハザマの提案を一蹴したのは、この村の村長の娘であるハヌンだった。

「ここまで来て、それはないでしょう!

 家が、すぐそこに……もうそこまで来ているのに!」

「わかった、わかった」

 ハザマは大仰にうなずいてみせた。

「じゃあ……ハヌンさん。

 お父さん、ここの村長さんだったな?

 家に帰って、簡単に事情をはなして……ここに連れてきてくれ。

 村長さんにはなしを通してくれれば、ハヌンさんは、そのままお家にかえってくれて構わない」

「わかったっ!」

 ハザマの言葉を最後まで聞かず、ハヌンは足早に駆けだしていた。

「……さて、と……」

 ハザマは犬頭人に持たせていた荷物の中から布袋を取り出して、残った村娘たちに配りだした。

「では、君たちもこれで、解散。

 あとは、打ち合わせどおりに。

 ……こちらに帰ってこないことを、祈っている」

 ずしりと重い布袋を持たされた娘たちが、軽く会釈して闇の中に消えていく。

「……どうなりますかね?」

 残ったタマルが、静かな声でつぶやく。

「あんまりいい予感はしないんだが……。

 ハヌンさんの予測した通りになるといいねえ……」

 応じたハザマの口調は、実に軽いものだった。


 村人たちが、村はずれに待っていたハザマのところに来るまで、いくらも時間を要しなかった。

「……やっぱり、こうなったか」

 ハザマが、肩をすくめる。

 村人たちは、手に手に武器や農具を持ち、お世辞にも友好的な雰囲気をまとっているとはいえない状態だった。武器を持っていない者は、松明を掲げている。

「あんたが、ハザマとかいう男か?」

 少しの距離を置き、初老の、体格のいい男が叫んだ。

「ああ、そうっす」

「どういう了見だ!

 この村に犬頭人なんざを引き込みやがって!」

「引き込み、って……やつらは、護衛兼運搬役です。

 昔はともかく、今はおとなしいもんでしょ?」

 うわぁ……やっぱり、喧嘩ごしだよぉ……と、ハザマは思った。

「ついでにいっておくと、お嬢さんを送ってきたのもおれたちですよ」

「うるせえ!

 うちの娘を誑かしたってことだろうがっ!

 そもそもの最初から、犬頭人たち使っての狂言なんじゃないのかっ!」

「そんな手間をかけるほど、おれも暇ではありませんって……」

「娘は、村の食料を狙っているっていってたぞっ!」

「余っている食料があったら買い取りたいっていったんですよっ!

 適正なお金は支払うつもりですっ! 無理強いもしませんっ!」

 このあたりで、ハザマは、……あー、面倒くせぇー……とか、思いはじめる。

 誤解されるのは別に構わないが、こうしたごちゃごちゃしたやり取りを経る過程が、実に面倒だ。

 いっそのこと、ご希望どうりにバジルや犬頭人たちを使って略奪していこうかな、などと物騒なことも、考えはじめる。

「じゃかましいっ!

 犬頭人を従える人間なんかいるわけがねーだろぉっ!」

 村長がそう叫んだ瞬間、

 どっと、唐突に何名かの村人が倒れ込んだ。

 その多くは、弓矢や石弓を構えていた者だ。

「な、なにが……」

 起きた……という途中で、村長の口も動かなくなった。

 音がした方を振り返ることもできない。

「あー、あぁー……おれに、敵対しちゃったかぁ……」

 にやにや笑いながら、ハザマがことさらゆっくりとした歩調で、硬直した村長の方に近寄っていく。

 硬直していない村人たちの間から、戸惑いの声が漏れる。

「はいはい。

 みなさん、お静かに。

 おれを攻撃しようとすると、動けなくなりまぁーす!」

 ハザマは、大声で説明した。

「ついでにいうと、森の中に何十匹もの犬頭人たちが待機していて、おれの合図一つでこっちに殺到してきますからぁ!

 ……あ、タマルさん。

 もう面倒だから、この場で交渉開始しちゃいましょう」

「はい」 

 ハザマのはるか後方に待機していたタマルが進み出てきて、あらかじめ用意していたメモを取りだして読み上げはじめる。

「われわれの要求はただ一つ、この村と平等な立場で商取引をすることのみである。

 われわれは、まず第一に食料を必要としている。次に衣服やその他日用雑貨、大工道具なども必要としている。鍛冶に使う道具などがあれば、さらによい。

 以上の品目を譲渡していただければ、適正な価格で買い取らせていただく……」

 細々とした条件を読み上げ終えると、硬直していない村人たちは戸惑った表情で顔を見合わせたりりボソボソと小声で話し合いはじめた。

「あ、あのよう……」

 おずおずとした様子で、村人の一人が片手をあげる。

「なんでしょうか?」

 タマルが、自然な表情で先をうながした。

「あんたら……本当に、略奪しに来たんじゃないんだな?」

「略奪しに来る者が、わざわざ犬頭人たちに拐かされた子たちを送り届けるでしょうか?

 問答無用で襲いかかる前に、わざわざ反撃される機会をつくると思いますか?

 村長さんにはなしを通しやすくするために、村長の娘さんを先に帰したというのに……」

 タマルが、わざとらしくため息をつく。

「もういいや、なんか面倒くさい」

 憮然とした表情で、ハザマは荷物持ちをしていた犬頭人を一匹、手招きした。

 音もなく近づいてきた犬頭人を見て村人たちはざわめいたが、それに頓着せず、ハザマは背後に回り、犬頭人が背負っていた背嚢を開いて中身を地面にぶちまける。

 じゃらじゃらと音を立てて金貨と銀貨が地面に降り積もった。

 村人たちが息を飲む。

 そこにあるのは、一生かかっても拝めないような大金だ。

「おれたちと取引をしたい人は、明日中にここに来てください。

 こちらのタマルさんが物品を査定した上で、買い取ります」

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