空中戦闘の研究班
「ある意味では、とてもわかりやすいやつだな」
冒険者ギルドからあがって来た報告書にざっと目を通してから、ハザマはそうコメントした。
「ゴロジオ王国の王様も。
あれ、要は、このままでは森東地域くんだりにまで来た意味がないから、故郷に錦を飾れるような手柄が欲しいってところだろ」
バイラド・ゴロジオが冒険者ギルドに求めたことは、つまりは、
「おれが手柄を立てるために、お前ら全力で協力をしろ」
という意味の内容になる。
ただ、冒険者ギルドや洞窟衆にとっても、現在詳細さえ判明していない、未知の敵に対抗する手段は欲していた。
決して、バイラド・ゴロジオ個人だけに利する提案でもない。
バイラド・ゴロジオが冒険者ギルドに要求して来た内容が、実際の作業を考えるとかなり煩雑で手間を取られる事柄であったので、公正な取引といえるかどうかは、かなり微妙なところだった。
そもそも、バイラド・ゴロジオ個人を能力的に評価すると、風を操る加護を持ち、空を飛ぶことが出来る。
ただそのことだけが、突出した個性ということになる。
グライダーで空を飛ぶ空偵隊が存在する現在、その個性に、そこまで固有の価値があるわけでもない。
さらにいえば、空中での戦闘能力、それも、高い攻撃能力を持つと想定される、強襲型の飛龍に互することが出来るかどうか、極めて怪しいといえた。
洞窟衆側としては、バイラド・ゴロジオ個人をバックアップするべき、強い動機をなにも持っていないと、そう断言も出来る。
「個人的な動機はそれでいいとしましても」
リンザが確認する。
「実際の処遇は、どのようにしますか?
現場の者も、こちらの意向を確認しておきたくて、わざわざこうして報告してきているのだと思いますし」
「好きにやらせとけよ、んなの」
といいかけ、ハザマはすぐにいい直す。
「あ、いや。
発足させたばかりの空戦研究班があったな、そういえば。
なんだったら、あの王様にもそっちを紹介して、後の流れは本人の意思に任せておくか」
「ええ?」
思わず、リンザは訊き返してしまう。
「あそこにですか?
それは少し、酷なんじゃ?」
「ガチで飛竜の倒し方を研究させている場所だからな」
ハザマはいった。
「そんな中に、能力だけが突出しているアマチュアが顔を出したところで、誰にも必要とされないだろうが。
それで本人が納得して引きさがればそれでもよし、首尾よく居場所を見つけることが出来たとしら、せいぜいその事実を利用させて貰おう」
空中戦闘研究班。
通称、空戦研究班とか、もっと略して空戦と呼ばれることもある。
発足したばかりだから、その存在はまだ一部の関係者にしか知られていなかった。
空偵部隊が立て続けに被害を受け、その仮想敵に対抗する手段の模索、研究をするため、ハザマが急遽招集した者たちによって構成されている。
具体的にいうと、元飛竜乗りとか、各種の魔法研究者、洞窟衆と浅からぬ関係を持つ組織に所属する魔法兵たちなどが招聘され、飛竜か、飛竜と同等の機動力と戦闘力を空中で発揮する存在に対抗可能な戦法を研究するために、急遽作られた。
この時点では、相手の正体や居場所、背景などを突き止めることを優先しているが、いずれは、直接対決することになる。
そう予測をした上で、ハザマが思いつく限りの伝手に連絡を取り、招集した人員によって構成された組織、ということになる。
とはいえ、かなり泥縄式に急造された組織でもあるため、なにかといい加減な部分も多かったりするのだが。
「スセリセスとエセルは?」
「今日も空を飛んでいますね。
ブラズニア公爵家の方々といっしょに、訓練飛行です」
「最初のうちはかなり怖がっていましたが、今ではかなり慣れたようです」
「慣れて貰わないと、困る。
今のところ、グライダーに魔法兵を乗せるくらいしか、有効な対策は提出されていない」
「重たかったり嵩張る武器を乗せて飛べない、というのは、大きなネックになりますね」
「人を乗せて飛べるが、ただそれだけではな。
一応、軽量で扱いも容易な武器も開発を急がせてはいるようだが」
「強襲用の飛竜というやつは、グライダーよりもずっと早く飛ぶそうですから。
火薬の塊を投げつけても、間に合わないでしょう」
「思ったよりも種類が多いそうだな。
その、強襲型とは」
「火や毒気を口から吐いたり、体表がやけに硬かったり、非現実的なほどに飛ぶのが速かったりするやつも居るそうですね」
「そんなやつらに、かろうじて凧にしがみついて空を飛べているおれたちが、まともに対抗出来るもんかね?」
「その具体的な方法を研究するのが、われわれの使命ではないですか。
それに、そんなに極端な特徴を持つ飛竜は個体数自体がかなり少ないそうですし、中には、活動時間が数年に一日程度とか、極端に限られている種類も居るそうですし」
「そこまで突出した空飛ぶ戦力が普通にうじゃうじゃいたら、このあたりも今頃は、そんな飛竜を抱えた連中に征服されているだろうしな」
「数が少なかったり、活動可能な時間が限られたりしているから、今のバランスで安定しているってことだろうな」
「今回の空の敵も、ほんの何体か始末すれば、当面の平穏は保てるだろうと予想されています。
つまり、その敵が、われわれが想定している通りに、本当に飛竜であったとすれば、ですが」
「そうでない可能性、か」
「われわれだって、このグライダーが広まるまでは、人間が空を飛ぶなんて夢物語だと思っていました。
空偵部隊の邪魔をしている連中が、なにか別の手段で空を飛ぶ方法を編み出したということも、想定出来ます」
「可能性としては、そんなに大きくはないがな」
「連中の背景その他については、別の連中が大勢動員されて、目下調査中とのことだ。
そいつが何者であれ、空中で退治可能な方法を早々に開発する。
それが、今のわれわれの仕事になるわな」
「今のところ、攻撃魔法を使用可能な魔法兵をグライダーに乗せるのが一番確実だろうといわれているが」
「それでも、詠唱時間が必要となる。
飛竜の機動力に対抗可能かどうか、実際にやってみないことにはなんともいえん」
「エセルと同等かそれ以上の能力を持つ精霊使いを、もっと確保出来ればいいのですが」
「根気よく探せば、何人かは見つかるかも知れないがな。
ただ、そういう者たちがこちらのいう通りに、作戦行動に参加してくれる筋合いは別にない」
「ごもっとも。
なにせ、命懸けの作戦だ」
「それ以前に、空を飛ぶ必要がある。
その条件を出された時点で、普通の人間ならば尻込みをする」
「後は、グライダーに乗りながらでも使用可能な連弩も開発しているとのことだが、こちらは仮に間に合ったとしても、実際の効果のほどは疑問視されているな。
高速で動く相手に命中させること自体が難しいのだが、仮に命中したとしても、軽量の連弩が持つ程度の貫通力では、飛竜に対しては非力に過ぎるようだ」
「なに、なにも手がないよりは遙かにマシだ。
攻撃としては意味がなくても、牽制くらいには使えるかも知れん」
「毒物や火薬などを利用した手段も検討されてはいるのだが、硬い体表を破って毒物を敵の体内に送る方法とか、敵の機動力が問題となって、どれも確実な手段にはなりそうにもない」
「実際には、使えそうな手段を全部用意して、片っ端から試していくしかない、か」
「なんとも、迂遠なことだ」
「すべてが初めての試みになるのだから、なにかにつけて手探りになるのは仕方がない」
「そもそも、空中で飛竜を相手に戦うなど、真面目に考えた者などこれまでに居なかったはずであるしな」
「ここか!
空中での戦闘を研究しているとかいう場所は!」
研究所の中に、案内も乞わずにずかずかと乗り込んで来た者が居た。
「このおれが来たからには、もう安心してもいい!
相手が誰であろうとも、このおれが成敗してくれる!」
「おや、誰かと思えば」
その中で議論に参加していたアズラウスト・ブラズニア公爵が立ちあがり、時ならぬ乱入者に対応した。
「ゴロジオ王国の王様ではありませんか。
こちらに来ていると聞いていましたが、こんなマニアックな場所にまで、なに用で?」
「さっきもいった通り、貴様らが難儀しているとかいう、空中の、正体がわからん敵とやらをこのおれが討伐してやろうというのだ!」
バイラド・ゴロジオは胸を張って断言した。
「せいぜい、ありがたく思え!」
「お志は、ありがたく」
そういって、アズラウストは軽く首を捻る。
「して、ゴロジオ国王様は、どれほどのことが出来るというのでしょうか?
空に居る未知に敵に対して、いかような手段で対抗するおつもりですか?」
「見つけて、追いかけて、叩く!」
バイラド・ゴロジオは声を張りあげる。
「それ以外に、方法があるのか!」
「見つけて、追いかけて、叩く」
アズラウストは、思案顔になってバイラド・ゴロジオの言葉を繰り返した。
「その三種の行動、すべてに対して、われらはまともな有効策を見つけるに至っておりません。
相手を見つけること。
追いかけること。
叩くこと。
その三種について、すべてに、です。
ゴロジオ国王様は、そのすべてを単身で実行出来ると、そうおっしゃるのですか?」




