洞窟衆への心証
度重なる空偵隊の未帰還事件を洞窟衆は森東地域全域で大々的に広報した。
すでに洞窟衆が進出した地域については、通信とか新聞などの媒体を普通に運用、発行できる体制が整っていて、また現地の住人たちもそうした媒体を通じてニュースを受け取ることを自明視するような状態になっていたため、その報せはすぐに浸透する。
未帰還となった空偵隊のほとんどが年若い者で、しかもその半数以上が女性であった、という事実がなおさら人々の同情を買う要素となった。
前後して各地の冒険者ギルド支部では、この未帰還者たちを捜索するクエストが公表されていた。
このクエストは成功する目がほとんどない割にたいした報酬が出ない、おまけに成功報酬扱いで、失敗した場合にかかった費用もそのクエストに着手した冒険者の自腹、という、普通に考えるとかなり渋い案件となったが、どうした加減か大きな反響があり、実際にこの救出クエストに乗り出した者も、かなり多いようだった。
少なくとも、冒険者ギルド側が当初予想していた数の十倍以上の人間が、動きはじめた形跡がある。
成功報酬案件であり、クエストに乗り出した人数を冒険者ギルド側が正確に知る術はなかったわけだが、問い合わせ件数や遠出に必要な物資の買い付けなどを行う人数がにわかに増えており、ある程度の推測は可能だった。
なにが彼ら、現地の登録冒険者たちを駆り立てたのか、冒険者ギルドには理解出来なかったが、ともかく、現実としては当初予想していたよりも極端に多い人数が自発的に救出行動に乗り出してくれたわけであり、この事態自体は、冒険者ギルドとしても普通にありがたいと認識していた。
そうした、自発的に動きはじめた登録冒険者たちは、西へ西へと、まだ洞窟衆関係の組織が行き着いていない地域へと、進んでいく。
そうした西方の土地になんらかの伝手や土地勘がある者もそれなりに含まれていたが、大半は森東地域へ渡ってきてからまだ間もない、周辺地域の事情にあまり明るくはない者たちだった。
冒険者ギルドとしては、こうした西へと向かった人々を支援するために、通信網の敷設計画を前倒しにして、そうした西方で入手した情報を共有可能なインフラの整備を急いだ。
急いだ、といっても、そうした西方の土地の住人、特に有力者たちとの具体的な交渉はまだこれからであり、実際に成果が出るまでにはまだまだ相応の時間がかかるはずだったが。
今回の件は洞窟衆にしても想定外の事態であり、慌てて事後策を動かしているような側面も否定出来なかった。
たとえ後手に回っていても、なにも対応しないよりは遙かにマシであり、その意味で洞窟衆という組織は、こうした突発事に際しても普段通りに事後策を計画し、淡々と実行に移す。
そうした、ある種のマイペースさを持っており、組織的な体質として、どこか鈍感な側面もあった。
今回の事後策についても、未帰還者の救出クエストなどの、この件の特殊性に由来する要素を除けば、そのほとんどが既存の計画を前倒しにしているだけ、なのである。
今回の件はこれまで急ピッチで進められていた洞窟衆がプロデュースする森東地域開発計画を、さらに加速させるための起爆剤になった、という見方さえ、可能だった。
空偵隊の妨害行為をしている勢力としては、おそらくは不本意な趨勢になっているものと予想されるが、洞窟衆の側としてはそんなやつらの思惑に従わねばならない義理はどこにもない。
さらにいうと、この件について、洞窟衆以上に過敏に反応したのは、街道開発その他にすでに関わっていた、森東地域の有力者たちだった。
「西のやつらは一体なにをやらかしておるのだ!」
「やつら、これが千載一遇の好機であるということをまったく理解しておらん!」
「トカゲ野郎どもの提案に乗っておけば、まず損をすることはないというのに!」
「とにかく人をやって、やつらのやることを妨害するのを止めさせるよう、片っ端から訴えていけ!」
それぞれ、別個の有力者がそれぞれの伝手を頼って西の有力者たちへと使者を送る。
ほとんど、見境なしに、である。
内容は、これまでの洞窟衆関連のあれこれを微に入り細に入り説明し、その上でこのトカゲ野郎どもに与することがいかに膨大な利益を恒常的に生み出すものか、具体的な数字を交えて伝え、その上で、
「あのトカゲ野郎の邪魔立てをするのは自殺行為にも等しい」
と結論するものだった。
「あのトカゲ野郎どもの動きに乗れる者と乗り切れない者、その両者の明暗がはっきりと分かたれる時代が到来しつつある」
お前らが乗らないことを選択するのは別に構わんが、おれたちとトカゲ野郎どものやることの邪魔だけはしないでくれ。
と、暗にそういう含みを持たせた文面だった。
現実問題として、この時点で洞窟衆が進出した地域に関していえば、社会体制が丸ごと変換するような変化が起こっている。
洞窟衆の進出は、便利な道具や仕組みの普及、人や情報の出入りが極端に増え、大小様々な新規の概念や知識が毎日のようにもたらされる。
そうした地域は、そんな変化に晒されている最中だった。
経済的な利益だけの問題ではなく、そうした変化は、元からそうした地域に居住していた住人たちの意識をも大きく変容させようとしている。
そうした変化を好まない者もそれなりに存在していたが、大半の住人たちはそうした洞窟衆がもたらす変化を歓迎していた。
日々の生活や仕事が便利になり、知識が増え、金回りがよくなる。
実利を伴う変化だったから。
族長や村長など、この時点で洞窟衆と協力関係にある有力者たちは、権力を持つ者特有の現実主義者としての側面も持っていた。
洞窟衆関連のあれこれに関して、個人としてどう思おうとも、立場上、無視することは出来ない。
「あのトカゲ野郎どもの動きに乗れる者と乗り切れない者、その両者の明暗がはっきりと分かたれる時代が到来しつつある」
という一節は、誰かを説得するための方便などではなく、紛れもなく彼らの本音だった。
トカゲ野郎どもの動きに乗り遅れること。
これを恐れているのは、実際には、洞窟衆と協力する立場の地元有力者たちなのである。
彼らの西方有力者にあてた書簡も、実質的には勧誘みたいな内容になってしまっていたが、これは今となっては洞窟衆から離れることが出来ない、彼ら自身が内心に秘めた恐怖心をそのまま書いているようなものだった。
彼ら、洞窟衆の協力者たちは、トカゲ野郎どもの影響力を誰よりも認めつつ、そのトカゲ野郎どもに依存するしかない自分たちの足元の不確かさを、実のところかなり強く認識してもいる。
彼らがトカゲ野郎どもを必要としているほどには、トカゲ野郎どもの方は森東地域の諸勢力を必要としていない。
そうした現状認識を、誰もが持っていたからだった。
トカゲ野郎どもの側は、特別どこかの勢力を贔屓するということもなく、待遇に差をつけず、どこの勢力とも分け隔てなく対応する。
公正といえば公正な態度だったが、それは裏を返すと、トカゲ野郎どもがこの森東地域内に序列を作り、確固たる権力基盤を作る意思を持っていない、ということも意味している。
扱いに差をつけない、ということは、つまりはトカゲ野郎どもにとって、この地の権力者たちは軒並み単なる取引相手でしかない。
ということを意味する。
そうした地元の諸勢力の未来に対しても、トカゲ野郎どもは責任を持ってくれるわけでもない。
公正ではあるが同時に冷淡でもあり、トカゲ野郎どもは、どういう観点から考えても、この地に覇を唱える意思を持ち合わせているようには見えなかった。
つまりは、誰かを召し抱えたり庇護したりするするつもりはない、ということであり、だとすれば、この森東地域において、この時点でそれなりの権力を持つ者たちも、自分たちの未来は自分たちの力量と見識で切り拓いていくしかない。
トカゲ野郎どもは、物資から計画案まで、多種多様な商品を売ってくれる。
が、それ以上のことは、決してしてくれない。
森東地域内の誰かが滅ぼうが繁栄をしようが、そのことに関してトカゲ野郎どもが興味を持つ理由は、どこにもなかった。
強大な力を持ちながら、トカゲ野郎どもは、その力で権力を求めることはせず、他の権力者たちの動向にもあまり関心を持っているようには見えなかった。
まだ洞窟衆が進出していない、西方の勢力に対して執拗に仲間に入るように誘っていることも、そうした洞窟衆に協力的な権力者たちが持つ、彼らの洞窟衆に対する両義的な心理を如実に反映していた。
彼らは洞窟衆のことを、頼りにしている。
それと同じくらいに、恐れてもいる。
この二つの感情は、一見矛盾しているようだったが、同時に並列して共存することが可能でもあった。




