獣繰りのマニュル
「おい! お前ら!」
ハザマの怒号が、周囲に響きわたる。
「なにをやってがやる!」
「お水ー」
「井戸水ー」
「汲み上げて、お馬にやるー」
ドゥ、トロワ、キャトルの三人が振り返り、「気をつけ」の姿勢になった。
三人とも、悪びれている様子はなかった。
「それで、この水浸しか……」
ハザマは、頭を抱えたくなった。
「爺さんやカレンとクリフだけでは、こいつらを抑えるのは無理か……。
おい。
誰か、トエスを呼んでこい。
あいつ、兄弟が多いとかいってたから、ガキの扱いは心得ていそうだし」
「ははあ、派手にやりましたねえ」
すっかり水浸しになった井戸周辺を一瞥するなり、トエスはため息混じりにそんなことをいった。
「それで、わたしにこの子らの面倒をみろ、と?」
「はなしが早くて助かる。
面倒を、というよりも、もっと端的にいう。
このガキどもを躾なおしてくれ」
「はいはーい」
トエスは気軽な口調でそういい、ある物体を取り出した。
以前、この三人がルアに使用した、尻叩き用の蜘蛛の脚。
「口で説明してもわからないわるい子には、体罰もしょうがないよねー?」
ドゥ、トロワ、キャトルの三人は、すがるような目つきでハザマの方へ顔をむけた。
「仕方がないな、うん」
しかし、ハザマの返答は無情だった。
「せっかく広い世間にでてきたっていうのに……最低限のルールさえ身につけられないようであれば、体罰も仕方がない」
そういってハザマはバジルの能力を発動、三人の体を動けなくする。
「多少やりすぎても、わたしやクリフがあとで回復魔法をかけに来るから」
これまで三人の悪戯に業を煮やしてきたカレニライナが、トエスに声をかけてくる。
「了解、了解。
そんじゃ、遠慮なく」
トエスは、三人の中で最年長のドゥの体を軽々と持ち上げ、尻をつきだした姿勢に変えた。そして、体に巻いてある布をまくり上げて、白い臀部を露出させる。
「叩くのはいいけど、なにが悪かったのかいい聞かせて、しっかり理解させろよ」
ハザマが、声をかける。
「はいはいー」
軽く返事をしながら、トエスは蜘蛛の脚をドゥの尻に叩きつけた。
不動のままのドゥの目尻に、涙が溜まっていく。
五度ほど叩いてから、トロワ、キャトルの二人の尻も同じように叩いた。
「あとの連中は……とりあえず着替えてから、こっちに集合してくれ。
それから、リンザでもイリーナでもいいから、ルアのやつを呼んできてくれ」
ハザマはそういって、少し広めの部屋へとむかう。
濡れた服を着替えたカレニライナとクリフ、それにルゥ・フェイに対し、ハザマは今後の山岳民連合への対処と、当面、王国軍を襲おうとする「ルシアナの子ら」へ洞窟衆が対処しなくてはならなくなった経緯を説明する。
「前者はともかく……」
一通り、ハザマの説明を聞いたあと、クリフが疑問の声をあげた。
「……後者は、断れなかったんですか?
おはなしを聞く限り、抵抗もせずにすんなりと上からの意向を受け止めたように聞こえますけど……」
「この場合、断っても意味がない」
ハザマは即答した。
「相手が大貴族だからってのもあるけど……それ以上に、やつら、ルシアナの子らに恨まれているのは、このおれだからだ。
仮に、大貴族たちの命令を受けなかったとしても、今後おれがつけ狙われることは確定しているわけで、だとしたら素直に命令をうけて大貴族の心証をよくしておいた方が利口だ」
「……なるほど」
説明され、クリフはすぐに頷く。
「どちらにしろ、つけ狙われるのなら……ということですね?」
年齢の割には、利発な子だよな、と、ハザマはクリフのことを評価する。
「それはいいけど……その、十万からの王国軍を一掃したとかいうやつ、あんたなんかが相手にできるの?」
今度はカレニライナが、疑問の声を投げかけてくる。
「そいつは、実際にやってみなけりゃわからない。
なにしろ、相手の情報が少なすぎるからな。なんとも判断がつかない状態だ」
ハザマは、率直なところを答えた。
「ただ、ルシアナよりは格下なはずだから、なんとでもなるだろう……とは、予測している。
それに、十万といっても、そのすべてをそいつが始末したとも思っていない。
敵軍兵士は、ほかにもいたはずだろう?」
「薄弱な根拠ね」
カレニライナの返答は、素っ気ないものだった。
「希望的観測ってやつでないといいけど」
クリフとは別の意味で、このカレニライナも頭が回る方だろう。
なにより、無闇に楽観的にならない傾向がいい。
「でも……どうしてぼくたちにそういうことを報せてくれるんですか?」
クリフが、そんなことをいってくる。
「お前は、一応おれの侍従見習いってことだからな。
まだまだ危険な場所へ連れて行ってはやれないが、おれがなにをやろうとしているのか、その程度のことくらいは報せておかないと」
そういって、ハザマは肩をすくめる。
「せっかく身柄を預かった意味がないだろう」
おそらく現在のハザマの境遇は、この世界ではかなり異常なものであり、この子たちの将来にどれほど参考になるのか、ハザマ自身もかなり疑問に思ってはいる。
しかし同時に、余裕があるのなら、伝えられるだけのことは伝えておきたいとも、思うのだった。
「基本的な方針としては、以上なわけだが……。
で、ここからが、むしろ本題だ。
ルア。
あんたは、ルシアナの子らについての情報を一通り持っているはずだ。
今現在、ここに来ている山岳民の軍に組していそうなルシアナの子らについて、洗いざらい吐いて貰おうか。
特に、十万からの兵士を壊滅させたとかいうやつのことについて聞きたい」
「……知っていることはすべて、トエスさんにもおはなししましたし、それ以上のことはなにもいえないのですが……」
ルアは、おどおどとした様子で答えはじめる。
「この調書にまとめられている内容ですね」
イリーナが、分厚い紙の束をリンザに手渡す。
イリーナ自身は、ハザマと同じく、読み書きができなかった。
「……ええっと……」
紙の束に手にしたリンザは、その表面にざっと視線を走らせた。
「確実に、敵軍中にいるはずのルシアナの子ら、その一員は、一人だけ。
軍師のバツキヤという方だそうです」
「能力は?」
「記憶力を強化されているようで。
次世代の、ルシアナの器? とかいうものに目されていたそうです」
「……なんなんだ。
その、器とかいうのは?」
「わたしと同じ役割、ルシアナのパートナーとなるべき人材のことを指します」
ハザマがあげた疑問の声に、ルアが答えた。
「……なるほど。
あの大蜘蛛は、自分専用の、都合のいい人材を作っていたってわけか。
しかし、記憶力に特化、ね。
それはそれで、使いようによっては恐ろしいのかも知れないが……少なくとも、十万人を相手にしたやつではなさそうだな」
「そのことについても聞かれましたが、そこまで戦闘能力に特化したルシアナの子らは、数えるほどしかいません」
ルアは、きっぱりとそう断言した。
「そうなのか?」
意外そうな調子で、ハザマは疑問の声をあげる。
「多くのルシアナの子らは、安全保障の意味もあって、単機能な能力のみを与えられています。
それをうまく使いこなせば、潜在的には攻撃能力に転化できるのかも知れませんが……」
そういえば、水妖使いたちといいあの伝令師とかいうおっさんといい、ハザマが見かけたことがあるルシアナの子らは、すべて一芸にのみ秀でているタイプだった。
「安全保障、ねえ」
ハザマは、失笑する。
「ルシアナの子らの誰かが強くなりすぎても、ルシアナとか山岳民連合とかが困るわけだ」
「そういうことですね」
ルアは、固い表情で頷く。
「それで肝心の、昨日、王国軍を襲った者なのですが、おそらくは……獣繰りのマニュルであると思います。
巨大な鳥を扱える能力者は、わたしが知る限りあの子しかいません」
「獣繰り……ビーストテイマーってやつか?」
「俗ないいかたをするのなら」
また、ルアが頷く。
「あの子、マニュルは、言語を介在しない共感能力を与えられた子です。獣を手懐ける術に長けています」
「ルシアナの魅了に似たような能力だな」
「似て非なるもの、ですね。
魅了は、手懐けるというよりは、対象の判断能力を奪い、意のままに動かすような能力ですから。
マニュルの場合は、相手のことを理解し、こうして欲しいとお願いができるだけです」
「能力的にみると、さしずめ下位互換、縮小版、ってことろか」
「ただ……相手の判断力まで奪わないので、手懐けられた獣たちは、マニュルの意を受けたうえで、自分の裁量で動きます。
その分、動きが予測できない部分も……」
「……なるほどなあ」
ハザマは、渋い顔になった。
「それじゃあ今度は……そのマニュルってやつが操れる獣について、知っていることを洗いざらい吐いて貰おう」
細かい説明を受けている最中に、トエスに率いられてドゥ、トロワ、キャトルの三人が合流してくる。
トエスいわく、
「わたしの回復魔法だけでは間に合わなくなってきまして」
ということらしい。
「ちゃんと、なにが悪いのか理解させたか?」
「そうりゃあ、もう。
懇々と、説明しました」
確認してから、ハザマはカレニライナとクリフに、三人を治療するように指示する。
三人が回復魔法を受けている間、リンザやイリーナがトエスにこれまでの打ち合わせの内容をかい摘んで説明をする。
「やるー」
「がんばるー」
「ぶっころすー」
横でその説明を聞いていた水妖使いの三人が、そんな声をあげはじめる。
「……お前らなあ……」
ハザマは、こめかみをマッサージしはじめた。
「お前らはそんなことに首を突っ込むよりも先に、一刻も早く常識ってもんを身につけろよ」
「でもー」
「そういうのー」
「一番、得意だしー」
「遠くのー」
「素早く対応ー」
「みつけ次第、攻撃ー」
「……ああー。
確かにお前ら、そういうの得意なのかも知れないけど……」
「……やらせてみてはどうでしょうか?」
渋るハザマに、トエスが声をかけてきた。
「なんだったら、わたしがこの子たちの監督をしてもいいでけど」
「……できるのか? トエス」
ハザマは、訊き直す。
「こいつらに、ちゃんということをきかせられるのか?」
「小さい子の面倒をみるのには慣れていますから」
トエスあっさりとそういった。
「それに、この子たちも誰かの役にたちたいとは思っているんですよ。
これまで、ほとんど他人と接してきた経験がないようなので」
「そうはいっても……どうやら今回の相手であるらしいマニュルってやつは、こいつらと同類のルシアナの子らだ。
そのことの意味とか、こいつら理解できているんかなぁ……」
「理解できていないと、なにか不都合がありますか?」
ハザマの言葉に、トエスが首を傾げている。
「あとで今回の事態を理解できるようになってから、同類を殺し合わせたって恨まれるのもぞっとしない」
「……ハザマさんは、そんなことには頓着しない人だと思っていましたが」
「気にするか気にしないか、っていったら、おれ自身はまったく気にしない」
ハザマは、そういい放つ。
「だけど、こいつらの内心は、また別の問題だ。
それが原因で変にひねくれられでもしたら、持っている能力が能力だ。
まわりが、持て余す」
「ああ、なるほど」
ようやくハザマがなにを恐れているのか理解したトエスは、一人、頷く。
「この子たちにそこまで複雑な心理が今後、育つかのどうか、かなり微妙なところだと思いますが……。
そのあたりの事情は、これからこの子たちに、わたしが詳しく説明します」
「……トエス。
ずいぶんとまた、やる気になっているじゃないか」
普段、あまり自分の意見を主張しないトエスが、ここまで粘ること自体、かなり珍しい。
「やる気になっているというか……この子たちの居場所をはやく作ってあげたいんですよ。
いつまでも厄介になる一方では、この子たちも肩身が狭いでしょう」
結局その件については、トエスが申しでた通り、
「トエスが水妖使いたちに自分たちの立場やルシアナの子らについて説明させ、理解させた上で、改めて検討する」
ということになった。




