柔らかい物腰の侵略者
グフナラマス公爵家が派遣してきた船団の責任者は、ボイライト伯爵という貴族だった。
そのボイライト伯爵は、ガダイドの主要な有力者を集めさせてから、悠々と上陸して会見した。
ベズデア連合の船群がガダイド周辺の船着場を制圧した頃を見計らって、そのような場を自分で設けた形になる。
ガダイド側は、そうしたグフナラマス公爵家側の要望を容認するしかなかった。
砲撃が可能な魔法兵を含む武装した人員をたくさん積んでいるグフナラマス公爵家の船団と、それに周辺の流通路をすでに押さえているベズデア連合。
この両者が手を組んでいることが明瞭である以上、ガダイド側には、グフナラマス公爵家の意向を否認する自由はないといっていい。
この時点でガダイド側は、想定外の侵攻者たちから喉元に刃先を突きつけられたようなものだった。
ガダイドの有力者たちはグフナラマス公爵家のボイライト伯爵家を、形の上では歓迎した。
内心はともかく、これだけ優位に立っている相手に対して正面から反抗することも意味がないからだ。
相手はそれだけ、自分たちにとって有利な状況になるよう、周到に準備を整えてからこの場に来ている。
その不均衡な状況をひっくり返すためには、ガダイド側も相応の準備をするしかない。
今のままでは、ガダイド側はとってあまりにも分が悪かった。
「先に書状により伝えていた通り」
ボイライト伯爵は、ガダイドの集会に集まった人々を見渡して、そう口火を切った。
「こちらの要求することは、まず第一に先日、グフナラマス公爵領を侵そうとした者たちの追求ということになります。
ただし、当地の状況を鑑みるに、その捜索も短期間のうちに終結するとも思われない。
そのため、まずこのガダイドに捜索活動のための恒常的な拠点を設け、しかるのちに、時間をかけて周辺地域をくまなく調査しようと考えております。
ガダイドの皆様におかれましては、なにとぞご協力のほどをお願い申し上げます」
ボイライト伯爵は初老の痩せた男で、柔らかい物腰の、どちらかといえば愛想がよい人間のようだった。
武人というよりは官吏に近い雰囲気を周辺にまとわせている。
「発言、よろしいでしょうか?」
がっちりとした体格の男が片手をあげて発言し、ボイライト伯爵が頷くのを確認してから質問をした。
「ナアハナ商会の番頭、ドイオンといいます。
グフナラマス公爵家は、このガダイドではその捜索活動以外のことをするつもりはない、と、そう考えてもよろしいのでしょうか?」
「それについてもこれから、順番に説明申しあげる予定でした」
ボイライト伯爵はそういって言葉を一度区切り、それからゆっくりとした口調で説明していく。
「当家の目的は、まずはグフナラマス公爵家に敵対する勢力の捜索、その次に、その勢力の殲滅ということになります。
ただしこの目的も、完遂することは容易ではない。
そのことは、重々承知しております。
まずはこのガダイドに拠点を求めたのも、この事業の困難さを理解しているためであるといえます」
「殲滅、だと?」
「つまりは、気にくわない者を見つけ次第始末していくってことか?」
集会場に集まった人々が、小声で囁きを交わしはじめた。
「敵対、って、どこからどこまでを指して判断するんだ?」
「ええ、お静かに」
そうした反応も予想していたのか、ボイライト伯爵は少し声を大きくして注意を促す。
「まず、明言しておきたいのは、ガダイドならびに周辺地域、わたしどもは森東地域と呼んでおりますが、この広大な地域のすべてを敵に回すつもりもなく、公然とこちらに危害を加えようとする者以外に対しては、当家としても過度の干渉をするつもりはありません。
敵ばかりを増やしても、当家だけではすぐに手が回らなくなりますからな」
ボイライト伯爵はそういって周囲を見渡した。
「ただ、ここガダイドを足がかりにして、かなり広範な地域の捜索活動を行い、自領の安寧を万全なものとしたいと、そう願っております。
その目的のためには、かなりの労も厭うことはないと、そういっておきましょう。
当家がこのガダイドに求めるのは……」
ボイライト伯爵がこの場で口にした要求を簡潔にまとめると、以下の通りになる。
ガダイド内にグフナラマス公爵家の拠点を設けること。
その拠点への、関係者や物資の出入りを無条件で許可すること。
拠点の維持費は、このガダイドで負担をすること。
立地などについて求める条件はないが、かなり大量の物資や人が出入りをするため、倉庫としても兼用出来る大きな家屋が必要となること。
この捜索活動と、場合によってはこれから発生する殲滅業務に向け、目的地まで通行する人員の妨げをしないこと。
これ以降、グフナラマス公爵家が関係する船舶は、このガダイドの港を優先的に使用出来るように手配をすること。
……など、であった。
一見して穏当に思えるが、かなり大規模な拠点の維持費をガダイド側が負担し、その上、港の使用について、優先権までを要求している。
前者の負担も、経済的に見ればかなり大きいのだが、後者の、港の使用を優先する、という項目は、多くの地元民の注意を引いた。
なんといっても港町は、その港を中心に回っている。
その何割かをグフナラマス公爵家が常に使用するとなると、その分、地元住民が割を食う形になるわけで。
ボイライト伯爵はあくまで平静な口調で説明していたが、その内容はガダイドの住民にとってかなり負担が重いものであった。
グフナラマス公爵家は、直接的にガダイドの住人に税などの金銭的な負担を求めているわけではない。
だが、地元住民にのしかかる負担の大きさでいったら、かなりのものといえる。
さらにいえば、グフナラマス公爵家は、このガダイドを丸々占領下におく意向を示していない。
つまり、このガダイドに対して、防衛面その他、グフナラマス公爵家はなんの義務も負っておらず、一方的に負担を押しつけている形になる。
ボイライト伯爵の言葉や物腰は、表面上、柔和であった。
が、要求した内容はかなり厳しいものに思える。
「お前らは、このガダイドを足がかりにして内陸部に侵攻しようって腹だろ!」
集会場に集まった人々、その中の誰かが大きな声をあげた。
「そうでなけりゃ、ベズデア連合の連中も川沿いを制圧したりしていねえ!」
大勢の人間が居る場で、いきなりあがった声だったので、誰の発言なのかはすぐにはわからなかった。
しかし、この場にいたガダイドの地元住民の内心を代弁した内容であったことは、確かだった。
「ええ、先ほどもご説明申しあげましたように」
ボイライト伯爵は、そうした罵声にも怯む様子もなく、それまでと同じような柔らかい物腰で続けた。
「当家の目的はあくまで敵対勢力の捜索と特定、しかるのちに、その勢力を殲滅することになります。
そうした活動に従事をしていない、無辜の人々にまでは危害を加える意思は持たないと、どうかそのようにご理解をしていただきたい。
その上で、ご協力をお願いします」
その会見は、ボイライト伯爵が一方的にグフナラマス公爵家側の要求を開陳するだけで終わった。
ことが大きすぎて、その場では返答をしかねる。
という理由で、ガダイド側の有力者たちがその場で返答をしないままに解散したからであった。
ボイライト伯爵はそうした態度についても不満そうな様子を見せず、そのまま湾内に停泊している船舶へ戻っていった。
「予想していた以上に図々しい連中だな」
ボイライト伯爵が帰った後、ガダイドの人々はそんなことをいい合った。
「占領もせず、それでいて敵対者は見つけ次第殺すつもりだとよ」
「その上、誰を敵対者として認めるかは、連中の腹ひとつと来た」
「都合のいい口実以外の何物でもないな」
そもそも、一定の規模以上の武装勢力を自領の外に派遣すること自体が、極めて異例のことであった。
そうして派遣されてきた武装勢力をそのまま駐留していたら、外部からは完全に占領されたと判断されても不思議ではない。
今回のグフナラマス公爵家の申し出は、ガダイドの住人にとってはなんらメリットがなく、それどころか極めて不名誉でデメリットばかりが多い内容といえた。
「あんな申し出をそのまま受けたら、今後の取引に影響するぞ」
誰かが、そう口にした。
本拠地から遠く離れた場所で物品を売買する外洋交易をする者にとって、そうした沽券は単なるプライドだけの問題では済まない面があった。
舐められたら商品を買い叩かれ、場合によっては略奪の標的にされる。
広い洋上では、自分の身を守るのは自分自身しかない。
具体的な財力や武力以外にも、世間的な風評もまた、こうした防衛能力に影を落とす。
ガダイドの商人として活動するのと、グフナラマス公爵家にいいように踏みにじられているガダイドの商人として活動するのとでは、様々な面で難易度が大きく違ってくる。
その、はずであった。
そして、その外洋交易により多くの収益を得ているグフナラマス公爵家が、その程度の事情を弁えていないはずもない。
今回の件は、その上で、あえてガダイドの住人になんら益がない、不利な条件をおしつけて来ている形となる。
悪辣、といってもよかった。
あるいは、故意に非常識な条件をつきつけて、ガダイドの住人が暴発するよう、誘導しているのかも知れない。
そうなれば、グフナラマス公爵家にしても、公然とこのガダイドを占領するいい口実が出来るわけだった。




