生計の目算
「一財産と、いってもねえ……」
ハザマは、ぼやく。
「……こんな人里離れた場所では、使いようもないしな」
文字通り、宝の持ち腐れだ。
ハメル金貨が何百何十枚、デラタル金貨が、デンデル銀貨が……うんぬん、の集計結果の部分は、欠伸をかみ殺しながら適当に聞き流した。
「で、ここにある金で、当面の食料は買えるの?」
「……相場的には、お釣りがくるくらいなんですけど……」
タマルと名乗った少女は、言葉を濁した。
「もうすぐ納税の季節ですし、周囲の村にも余分な穀物の備蓄は、そんなにないと思います。
むしろ、食料以外の日用雑貨品の方が集めやすいかと……」
それだって、周辺の村との交渉がスムースにいけばのはなしだ……と、タマルは心の中で付け加えた。
「金があっても、買うもの物がない、か……」
こちらの世界も、なかなか難しくできているもんだ、と、ハザマは思った。
「他に食料を買い集めることができるルートとか、あるかな?
傭兵経由とかはどれくらいあてにできる?」
「傭兵さんたちの意向や考え方については不案内なもので、わたしからはなんともいえません」
タマルはきっぱりと答える。
「それ以外の、となりますと……少し距離がありますが、馬でだいたい二十日ほどの場所に、ドン・デラという宿場町があります。
そこまでいって通りかかる商人に片っ端から声をかければ、それなりの量を買い集めることも可能かと思いますが……」
「……馬で二十日、か……。
遠いな」
馬で、というからには、整備された道をいった場合の日程だろう。
あいにくとここは、その道に出るまで数日かかる森の奥だ。移動だけでも片道一月近くかかる計算になる。
それに、一括して取引をするわけではないから、何日かその宿場町に滞在して複数の商人と交渉をおこなう必要がある。
「そっちの案は、もっと差し迫ってから考えよう」
「それが懸命かと」
ハザマがそう結論を出すと、タマルもうなずいた。
「当面は、当地での衣食住環境の向上に勤めた上で、それと平行して食料や日用品の輸入拡大をおこなうべきかと」
「ちょっと待て。
後半はともかく、衣食住環境の向上ってのは……」
いってはなんだが……ここに残っている者のほとんどは栄養不良でまともに動けないか、身重の妊婦か……とにかく、半病人も同然の連中だったはずだ。
「動けるようになった人たちから順番に、やれることをやってもらっています」
そう答えるタマルは、「なにを今更」とでもいいたげな呆れ顔だった。
「しばらくはここから動けない人が大勢いる以上、ここの居心地を良くするしか道はありません」
猪頭人がなぎ倒してきた樹を集めて建材や薪として利用する。雨露をしのげる小屋を立てる。トイレ用の穴を掘る……などの力仕事は犬頭人にやらせ、炊事や洗濯、起きあがれない者の世話などは、動ける者が当番を組んでおこなう。
その他に、エルシムなど生き残りのエルフが中心となって森に入り、食べられる果実や山菜、きのこ、根菜類の採取や、獣を捕らえるための罠の仕掛け方なども含めた「森の歩き方」を、広く教えはじめている。
「栄養状態がよくなれば優良な労働力もそれだけ増えるわけですから、環境としては、今後、よくなる一方でしょう」
採取に狩猟……石器時代レベルだな、と、そのときのハザマは思ったものだが、もちろんそんな思いを表情に出すことはなかった。
ハザマの中に、「なにより生きていることが一番の大事であり、それ以外のことはおまけ程度のことでしかない」という認識が強く刻み込まれているからだ。
「では、近場の食料になりそうなものを食い尽くす前に、まとまった食料を確保するのが……」
「……当面の大目標となりますね。
というか、それができないと、みんな仲良く飢え死です」
「……近場の村との、交渉を急ごう」
「それがよろしいかと。
今、出身村別に名簿を作っています。人事不省でまともな受け答えができない方も多いので完全なものではありませんが……」
「何人か、動けるやつが出揃った村から、さっさとはじめよう」
村人と顔見知りの女を同行するかしないかで、交渉の際の好感度もかなり違ってくるはずだった。
「基本的には同感ですが……そうはいっても、森の中を数日間歩き続けることが可能なほどに回復するまでには、それなりに時間がかかると思いますが……」
「……あっ。
そっか……そっちの都合があったか……。
……ここから人里、近場の村まで、結構あるの?」
「一番近い村で、五、六日というところですかね。
もちろん、森の中をいくわけですからもっとかかるかも知れませんし……加えて、女の足ですから……」
整備された街道を歩くとの、見通しがきかない鬱蒼とした森を抜けるのとでは、同じ距離でもかかる時間がまるで異なる。
「……うーん。
でも、それは……女の足で、ということだろ?」
「はい。
それはそうですが……」
「じゃあ……たぶん、短縮可能」
「えっと……それは、どういう……」
「自分の足で動けないのなら、足が速い連中に運ばせればいい」
「それって……まさかっ!」
「というわけで、目的の村まで犬頭人たちに運ばせようと思う。
余分に連れて行って交代交代で担がせれば、移動時間はかなり短縮できるはずだ」
「なんとなく、想像はつくのだが……。
お前様よ。
具体的に、どういう手段を使うつもりか?」
胸を張っていいつのるハザマに、エルシムが問い返す。
エルシムの他に、リンザ、ハヌン、トエスなどの娘たちが集められていた。この娘たちは、同じ村の出身だ。
「犬頭に担がせて移動する!
来るときも、そうやって移動してきたはずだしな!」
「タワケが!」
すぽーん、と、音をたててエルシムの平手がハザマの後頭部に直撃した。
「……拐かされてきたときと同じ手段で、とは……。
少しはこちらの心中を察することができぬのか、お前様はっ!」
「いや……いいたいことはわかるけどよ、エルシムさん」
片手で後頭部をさすりながら、ハザマは抗弁を試みる。
「心証をよくするのも大事でしょうが、それで飢え死しちゃあ、元も子もない。
その村はここから比較的近いってはなしだし、そこのハヌンさんは村長の娘さんってはなしだ。
最初に交渉を開始する村として、かなりいい条件だと思うし……それ以前に、時間も、もう、そんなに残されていない。
こんな大所帯なんだぜ? 食料も本気で集めにかからなけりゃ、あっという間に飢え死コースだ」
「そ……それは……」
エルシムも、口ごもった。
一刻を争う……という点に関して、反論ができないからだ。
事実、傭兵たちから分けて貰った食料は、粥となって要救護者の胃袋に消えている。採取者や狩猟もようやく今日からはじめてみたわけだが、不慣れな者がほとんどであるし、本格的な収穫をあげるようになるまでにはもう少し時間を必要とするだろう。狩りならば犬頭人たちもおこなうので、よほどのことがなければ飢え死はしないだろうが……。
保存が効き、栄養価が高く、消化のよい穀物は……喉から手が出るほど、欲しい。
「時間との戦いなんだ。
四の五のいっている場合じゃないって……」
ハザマが、重ねて念を押す。
「……当事者がいやがったら、なしにしろ」
エルシムも、不承不承ではあったが、折れた。
さて、その当事者、つまり、リンザ、ハヌン、トエスなどの村娘たちだが……。
「どうする?」
「そういわれても……」
「わたしは、帰りたい!」
強硬に村に帰りたがったのは、村長の娘であるハヌンだった。
「帰っても、あまりいいことはないと思う……」
曖昧に言葉を濁すのは、自作農の娘であるトエス。
「正直、交渉に興味はありませんが、父様にはお世話になった礼とお別れをいいたい」
妙にきっぱりと断言するのは、小作農の娘であるリンザ。
この三人は、同じ村に住んでいた。
顔見知りではあったが、同じ年頃でありながら身分が微妙に異なるため、ここに来るまであまり親しく交際した経験がなかった。
しばらくやり取りをした結果、結局、「全員で、村に帰る」という結論に達した。
ただし、自分たちもまだまだ体調が万全とはいい難い。長旅に耐えられるようになるまで、これから三日ほどを猶予として与えてくれるよう、ハザマたちに要求する。
「まあ、そんなところだろうな」
ハザマは呆気なくうなずいてくれた。
交渉の件がなくても、健康面の向上は大きな課題ではあったのだ。
栄養源さえ確保して休養すれば自然とよくなるのであろうが……そこまで持っていくのが、現状では厳しい。
動けるもの総出で食べられるものをかき集めて、どうにかなる……という状態だった。
「……なんか、森の中の動物がかなり少なくなっているような気がするんですけど……」
ひとしきり、バジルを連れて森の中を散歩してきたハザマが、エルシムに相談してみた。
「いつもより、大物が少ないっていうか……」
バジルのおかげで、最近のハザマは食料の確保に苦労したことがない。近くを通りかかっただけで、鳥獣が地面に落ちてくれるのだ。
しかし、今日の戦果は、いつもにもまして小振りなものばかりだった。
「例の猪頭人の影響であろう」
エルシムは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「ここいらのある程度育っていたものは、ほとんど食い尽くしたものとみえる」
そりゃあ……あの体を維持するには、食いまくるしかないだろうな……と、ハザマは例の猪頭人の巨体を思い浮かべる。
「なんだかんだいって、この森は肥沃だ。
もう少し時間がたてば、獲物もそれなりに育ってくるだろう」
その時間が問題なのだが……。
そうした経緯があって、各所に狩りにいかせた犬頭人たちがそれなりの成果を出して帰ってくるまでの時間は、かなり長くなった。遠出をして獲物の量を確保していたからだ。
「ところで……エルシムさん。
その格好は、わざとやっているのか?」
「なにかおかしいか?」
そういって、ハザマが渡したワイシャツのみを着たエルシムは、くるりと体を旋回してみせた。
十二、三才相応の外見をしているエルシムが裸ワイシャツでそんなことをすると、なんかいろいろとヤバい。
特に裾のあたりが。
「いやぁ……。
おれ、ロリでもペドでもないから、どうでもいいっちゃどうでもいいんすけどねぇ……」
「……馬鹿にしておるのか、それは?」
ハザマがげんなりした声をだしたので、エルシムは覿面に不機嫌になった。




