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殺戮の男

「なんだ、あれは……」

 ガルバスは、遠眼鏡越しに異様な光景を凝っとみた。

「どれ」

 傍らにいたはぐれエルフのファンタルが、ガルバスに手のひらを向け、遠眼鏡を催促する。

 ガルバスが素直に遠眼鏡を渡し、ファンタルはそれを覗き込んだ。

「ほう。

 これは、これは……」

 確かに、遠眼鏡の先には剣呑な風景が展開されている。

「……一方的ではないか。

 しかし……達人、というわけではないようだな。

 なんらかの術者か?」

「おそらくは。

 でなければ、ああはならん」

 一人対、多数。おそらくは三十名以上。

 しかし、少数が多数を圧倒している。いや、一方的に蹂躙している。

 たった一人の奇妙な風体の男が、何故か棒立ちになったままの犬頭人たちを殺戮して回っている。

 決して洗練された動きではなく、そのぎこちなく無駄の多い身のこなしをみていれば、武器の扱いに長けていないことは瞭然としていた。

 両手にひとふりづつの古ぼけた剣を持って、その切っ先を順番に犬頭人たちの喉に突き刺していく。

 犬頭人たちは、切っ先を避けようともせず棒立ちになってなすがままにされていた。

 男が剣を振るう度に朱色の霧が吹き上がり、犬頭人たちの体が血塗れになる。

「あの男が何者かは知らぬが……先を越されたことだけは確かだな」

 黒旗傭兵団の副長という肩書きを持つガルバスが、渋い顔になった。

「うまく取り込めるとよいが……」

「あるいは、うまく殺せるとよいか、だろ?」

 そういって、ファンタルはひゃははは、と、乾いた笑い声をあげる。


 時は乱世であり、彼らは傭兵だ。

 無駄にここまで少なからぬ兵員を率いてきたわけではない。

 周辺の村から、ほぼ同時期に人が消えはじめた。それも、女ばかりが、だ。

 だとすれば、ほぼ異族の仕業と見て間違いはない。一部の異族は何故か雌が産まれる割合が低く、繁殖の為にヒト族の女を拐かす習性があった。

 また、それを放置し続ければ、あっという間にその数を増やし、周辺の集落を片っ端から襲いはじめる。

 つまり、早々にその巣を見つけて根絶やしにする必要があり、その任をたまたま近くに居合わせた黒旗傭兵団が引き受けた、というわけである。

 無論、傭兵とは無償で動くほど人の好い集団ではない。

 周辺のいくつかの村から相応の謝礼も約束され、異族どもが巣の中に貯めこんだ財宝も彼らの者にしてよい、という約定をした上で動いている。

 つまり、ようやく見つけた異族の巣で、彼ら傭兵たちよりも先に犬頭人を一方的に殺し回っているあの男は、立派な商売敵であるといえた。


「あそこまで、あとどれくらいかかる?」

 ガルバスが、エルフであるファンタルに訊ねた。

「ヒトの足だと、まだかなり、だな」

 思案顔のファンタルが答える。

 彼らは今、大振りの枝にしがみついて大樹の上にいる。

 ここから遠眼鏡が映し出すその場所まで、直線距離ならいくらでもないのだが……鬱蒼とした森に遮られていた。

 ファンタルのようなエルフならともかく、森に慣れていない他の傭兵たちでは、まだまだ相応の時間がかかるはずだった。

「……こりゃあ……こちらが到着するまでに、やつが全部片づけちゃっているかな?」

 ファンタルの口調は、笑いを含んでいた。

 ここ最近、客分として黒旗傭兵団に身を置いているが、ファンタルは元々流浪の身だ。

 この状況を面白がる余裕もある。

「降りて、急ぐぞ」

 対照的に、ガルバスの顔は渋い。

 下手をすれば……あの得体の知れない男と、正面からやり合わねばならない。


「……畜生! 畜生!」

 一方、遠くから覗き見られていたことを知る由もなかった件の男はいえば、悪態をつきながら、古ぼけた剣を振り回している。

 いちいち狙いを定めて喉を突くのは、古ぼけた剣の刃がすっかりなまくらになって切れ味が鈍っていることを承知しているからだ。

「せっかく……誰か、はなしができるかと思ったのにっ!

 なんだ、こいつらは!

 はなしはできねーわ、顔を見るなり襲ってくるわっ!」

 男がはなしているのは、このあたりではまるで聞き覚えないのない言語だったが……男がそのことに思い当たるのは、もう少し先のことになる。

 とまれ、その男は……棒立ちになった犬頭人たちに致命傷を与えながら、先へ先へと進む。

 武器を振り上げた姿勢のまま、じっと静止して動かない犬頭人たちについても、特に疑問に思っている様子はない。

 ときおり、凍りついたままの犬頭人の手から使い勝手の良さそうな武器を取り上げて持ち替えて、片っ端から喉を、頸動脈を絶ちつつ、進んでいく。

 その棒立ちを片っ端から始末していけば、いずれ、出会うべき者に出会う……と、思っているらしかった。


「……はぁ、はぁ……」

 やがて男は、洞窟の入り口にたどり着いた。

「ここが、化け物の住処か……。

 いかにも、って感じだな」

 何故か、男はニヤリとわらった。

 男の全身が、返り血にまみれている。

「……頼むぜ、相棒」

 粗末な麻布の肩掛け鞄を指で叩き、深呼吸をしてから、男は躊躇せずにその洞窟の中に入っていった。

 そこから先も、男がやるべきことは変わらない。

 動きを止めた者が敵、それ以外が、敵ではないもの。

 つまり、動いていない者を片っ端から始末していけばよい。そうしなければ自分の身があやうい……ということを、男は学んでいた。


 リンザがまだ無事でいられたのは、ただ単純にまだ自分の順番が回って来ていないだけのはなしだ。事実、同じ村から来た顔見知りの、あるいは別の村から拉致されてきた娘たちは、犬頭人に引っ立てられてこの洞窟の別のどこかへと連れ去られている。

 ここ、行き止まりの区画に閉じこめられている娘たちは、毎日のように何人かづつ乱暴に連れ去られ、何日かごとに五人、十人と増えている。連れてこられた娘の中には、驚いたことにリンザだけではなく、耳長のエルフも含まれていた。

 増えるのは、自分たちと同じように犬頭人によって集められてきた娘たちだろう。

 ここから連れ去られた娘たちには……昔から、聞かされた通りのことが起きているのだろう。

 すなわち、さんざん慰み者にされた上、ヒトではない子どもを何人も産まされるのだ。

 増減はたえずあるが、今の人数は三十名前後といったところか。

 出入り口には武装した犬頭人が数名、交代でたむろしており、無手の自分たちが束になっても脱出できるとは思わない。

 犬頭人は、ヒト族よりは小柄に出来ているとはいえ、ヒト族の成人男性よりはよほど力が強い。また、全身が分厚い毛皮に包まれていて、多少の刃物や衝撃でも傷つけることが出来ない。

 仮に、出入り口にいるやつらを首尾良く始末できたとしても、洞窟にはまだまだいくらでも犬頭人が無数に詰めているのだ。

 そのすべてをやり過ごして、無事に脱出できるとも思えない。

 食料……とはいっても、かろうじて血抜きしてあるだけの、ひどいにおいのする生肉だが……は定期的に放り込まれる。まともな状況なら喉を通らない代物だが、他に食べるものがないのだから貪るしかない。結果、連れて来られたばかりの娘は、かえって腹を下して衰弱する。体を洗うどころか飲み水さえ与えられていないし、それどころかあたりは自分たちの排泄物の匂いで充満している。

 出来ることといったら……じっと息を殺して自分の「順番」を待つしかない。

 つまり、リンザたちが現在置かれている状況を一言でいうのならば……絶望、ということになる。


 そうしたリンザたちの状況に変化が生じたのは、実に唐突だった。

 入り口に詰めていた犬頭人たちが、次々と無抵抗のまま血を吹いて倒れていく。

 変化に気づいた俘虜の娘たちが、ざわめきはじめた。

 左手に火のついた松明をかかげ、右手に大振りな鉈を手にした男が、顔をしかめてリンザたちを睥睨する。

「*******! ********!」

 男が、何事かを叫んだ。

 しかし、なにをいっているのかよくわからない。

 きちんとした音韻に聞こえるから、なにか意味のある言葉……ではあるのだろうが……リンザには、それに、エルフ族の娘たちにも……男がなにをいっているのか、まるで理解出来なかった。

「……**!」

 男が、また叫ぶ。

 意味は分からないが、「チクショウ!」と、聞こえた。

 語調から、悪態だろうということは推察できるのだが……男は、リンザたちに背を向けて、一回だけ手招きをしてから、来た道を戻りはじめた。

 リンザたちは、しばらくお互いに顔を見合わせていたが……誰はともなしに立ち上がり、男の後をついていく。

 途中、倒れた犬頭人の手から武器を奪うことも忘れなかった。

 この血塗れの男が信用できるのかどうか、それはわからない。

 しかし、これ以上ここに居続けても将来がないことも、わかっていた。

 少なくとも、この男は犬頭人の敵ではあるらしい。

 なにより、状況が今より悪くなるとは思えなかった。


 男についていったリンザたちは、異様な風景を目にすることになった。

 無数の、犬頭人の死体。

 凍りついたように動きを止めて、男に屠られるままになっている犬頭人たち。

 どういう理由でか、まるで見当がつかなかったが……この血塗れの男は、どうやら周辺の犬頭人の動きを止めることが出来るらしい。

 そうしたことが飲み込めてくると、死体から略奪した武器を手に、リンザたち捕らわれていた娘たちは、積極的に男に手を貸しはじめる。

 男を中心とした三十名前後の娘たちは、一団となって洞窟内の犬頭人たちを殺戮しはじめた。


 武器を手に、犬頭人を殺しはじめた娘たちを見て……男は、「相棒が動きを止めるのは、自分に危害を加えるおそれがあるものだけ」という推論が、どうやら間違いではないらしい、とあたりをつける。

 犬頭人に向かう娘たちの様子には鬼気迫るものがあり、犬頭人たちへの敵意を持つのは明らかであるように見える。

 男にしてみれば、これら犬頭人に特に恨みがあるわけではないのだが……自分の身に危害を及ぼす可能性がある以上、排除はしておかなければならない。

 自分もこの娘たちも、今はひどいなりだが……身なりを整えるという贅沢を満喫するのは、すべての敵を片づけてからのことだ。それからなら、どうやら同じ人間ではあるらしいこの娘たちと、なんらかの方法で意志の疎通が取れるかもしれない。

 とにかく、今は……洞窟内のすべての敵を一掃し、安全を確保するのが先決だ。 


 そうやって犬頭人を殺戮しながら進む一団は、やがて少し開けた場所に出た。

 そこで、これまで眉一つ動かさずに犬頭人を屠殺してきた男が、はじめて顔色を変えた。

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[気になる点] 初っ端から、”凝っとみた”という、ちょっと無理のある、違和感のある漢字の使い方をする作品なのだと伝わり、読むのをやめた。
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