ホームルームその二「教職員、命名」
物に名前をつけると、その名前によってその存在が固定化するという。
たとえば物言わぬ、あるかどうかもわからない、触れられない、臭いもない。
そんなものに「空気」と名付ければ、そこに空気が存在するようになる。
正義、法律、秩序、道徳……
学校や家庭で教える割には未だ完璧な答えが出ない物に対しても、とりあえず名前はついている。
■■■
職員室、ポツリと孤立した自らの席で、名簿を見る。
昭和の世代が教育期間をだいたい終えて、今の層は、平成の世の中に生まれた子どもたち。
個性に満ちたその名簿を前にして、私、花見大悟はある一つの問題に直面していた。
「……なんて読むんだ!?」
――フリガナ、ふっときゃ良かった。
国語教師が漢字を読めないなんて致命的だが、そもそも正規の読み方じゃないんだから仕方がない。
まずこれだ。
津島愛々。
つしまは分かる。分からなければ問題にならない。
だが……
「……あいあい?」
「ララちゃんですよ」
「うおっ!?」
振り返れば、羽々音のいつもの笑顔があった。武術の心得があるからか、気配を消すのが上手いうえに、女の子にして一七○超のの高身長だ。いきなりいればまず驚く。
「花見先生」
と私を呼ぶ。人の多い場所では、TPOをわきまえて彼女は「大悟さん」ではなく「花見先生」と、そう呼んだ。
――その代わり、いざ放課後となると、必要以上に「大悟さん」を強調するような……。
「これ、今日の日誌です」
「あぁ、悪いな」
「っていうか、いい加減名前覚えません? 出席も毎日とってるんだから」
「出席とかは名字だけだろ? 幸い、かぶったヤツ一人もいないし。……で、どうやったらこれがララになるんだ?」
「これはまだ簡単じゃないですか。愛でラブって読むから、それが二つ繰り返されて、ララちゃん。あたしの羽々音とおんなじです」
「読まねーよ! 暴走族かなんかか!?」
だがその津島の両親は暴走族でもなんでもなく、ごく普通の中流家庭だった気がする。
そんな家庭まで毒されているとは、世も末だ。
「じゃあこの……三零。こいつはミレイとかか?」
「違いますよ。彼はミオくんです」
「はぁ!?」
「ほら、三ってそのままさんずいに見えるじゃないですか? だから、澪で、ミオくん」
「……ちゃんと意味考えて命名してんのかな」
と言いつつ、赤ペンで判明した名前を漢字の上に。
二人分の文字を書き終えた時、羽々音が尋ねた。
「ところで、今日はどうします?」
「あぁ、オムライスが良いな」
「そうじゃなくて、ほら」
と、彼女は私に耳打ちする。
「大悟さん、そうじゃなくて、『識』の件です」
「あぁ、はいはいはい。一応報告あるから、君は部屋確保しといてくれ。他の奴らには私が会ってから言っておく」
「わかりました」ときびすを返し、部屋を出る前、くるりと、にっこりと、こちらを振り向いた。
「それじゃ、晩ご飯はオムライスにします♪」
はばからず、そう言った。
文字通り、釘を刺されるような視線が、職員室中から私の肌へと届く。
思わず身を縮ませて、名簿に顔を埋める。肩がひとりでに震える。耳も熱いから赤くなっているのかもしれない。
呼び名には気を遣ってくれるクセに、なんでこういうところは疎いんだろう?
わざとか、わざとなのか?
心の外堀の一角が、また埋められた気がした。
■■■
まぁ、羽々音は良いとして、
「ハンナミーンっ」
――このクソは。
この役者モドキ人モドキ、時には演技してくれないんだろうか?
そんな私の憂鬱なんて気にもせず、雫は人の往来の多い廊下で話しかけてくる。
「で? で? 今日はアレ、あるの?」
「アレってなんだよ?」
「アレはアレよ。ほらバネちゃんとか、ユキセンパイとか」
「ああ」
『識』のことをおおっぴらにしないだけの最低限の知恵はあるらしい。だが、これで一つの問題が、私の頭に浮上する。
「今日はアラスカの山中でやることになった。悪いが先に行っててくれないか? 日帰りだから別に登山道具とか必要ないぞ」
「……ハナミンってヘタすると命に関わるウソを平気でつくよね」
「そんなウソ信じる方がどうかしてんだよ。今日もあるから授業終わったら集合な」
「りょーっかい! じゃまた後でね!」
適当にあしらった雫との入れ違いに、車椅子を押して雪路橘平が現れる。
「やっほーナミさん! どう? ヒマしてる?」
「これがヒマしてるように見えるか?」
「ところでさっき雫ちゃんとすれ違ったけど今日ってあるの? あのー」
「終わったら旧校舎集合だ。着いたら連絡しろ。迎えに行ってやるから」
「おっ! おぶってくれんの!? それともお姫様抱っこ!? 紳士だなぁ! ヤバイ、ちょっとキュンときちゃった」
「……やっぱ気が変わった。お前自分で階段上がってこい」
「あっはは! ジョーダン通じないねー! でも大丈夫だよ。オレには『雷切』あるし、階段ぐらいのぼれる。……気にかけてくれて、あんがとね」
それじゃ、とヒラヒラ手を振り、帰ってきた最古参は、呑気に廊下を過ぎて行く。
放課後、自身の『識』におぶさるだろうその背を見送り、私は先ほど浮かんだ疑問が、より確信に近づいたのを感じる。
■■■
旧校舎。
ミーティング自体は簡単に済ませられた。
議題は『黒札』に精神を封じられていた被害者の件。
『雷切』に組み込まれていた奴らも含め、撃破した数のほぼ同数が、収容されていた各病院で意識を取り戻した。
ただそれが本当に被害者なのか、どういうシチュエーションで襲われたのか、正誤定かならぬ情報の選別と処理が追いついていない状態だと付け加える。
「以上、解散」
確かにこう宣言したはずなのだが、私を含めて三人と一匹、見事に一人も抜けずに居残っている。
理由を問えば、雫曰く、
「もっと二人とお話してたいし! コーヒー飲めるし!」
雪路曰く、
「来たばっかなのに下りるのも面倒だし、久々にイバちゃんのエスプレッソいただきたいしねー」
羽々音曰く、
「大悟さんがいますし、みんなでコーヒーも飲みたいですから」
だそうだ。
「そういうハナミンはどーなのよ?」
「職員室帰っても大人の付き合いとやらがめんどくさい。タヌキどもの派閥争いにも巻き込まれたくない」
「社会人失格だね」
「一度副担の畑中佐保子と飲みに行ったがな」
そして、二度と行くかと思った。
だが、久々にゆっくりとした時間を満喫している。
小テストの採点の傍らで、『識』の情報を整理し、羽々音の差し出すエスプレッソと、 彼女の差し入れのチーズケーキを交互に口に運ぶ。
ダベる生徒にそれほど話しかけず、気の向いた時だけ、二、三言しゃべる。
窓の外、山鳩が今まで自分が何者か忘れていたかのように、突如として鳴き始めた。やっぱりここは山地だな、と思った。
優雅な午後の有閑。
もうみんな、気づいているだろうと思った。切り出すのはここしかないと思った。
「なぁ」
そして私が口火を切るのを、皆が期待していた。
「……この集まりって、なんか名前あったか?」
注目が、一様に私に集められる。
無言の中で一番顔のリアクションが大きかったのは、私の予想に違わず村雨雫だった。
「も、もぉ~なに言ってんのハナミンは!? だって最初の頃、バネちゃんのパパさんが言ってたじゃないの!」
「だからその名前を忘れた」
私はきっぱりと、包み隠さずそう言った。
雫のように、あからさまに動揺するのは見苦しいと考えたからだ。
「ほ、ほらアレだよ、アレ! プロ、プロ……プロフェッサーシニガミ!」
「なんか怪人改造手術が得意そうだな! 雪路はどうだ?」
「えぇ~? オレにフるの? ……そうだなぁ……だいぶ前のことだし……たしかー、プロデュースヨロシク!」
「なんか芸能の営業みたいだな!」
「そーゆーナミさんはどーよ? なんか思い出せた?」
「そうだなぁ。お前達のおかげで薄々と……あっ、プラスチックシクラメン!」
「……」
「……」
「……」
「んー、やっぱ雫ちゃんの最初のヤツが一番かな」
「まっ、こういうお題系の宿命だな」
「うほほーい! やったー! 座布団いちまーい!」
両手を挙げ、即興大喜利の勝者は満面の笑顔で勝利を誇る。
その裏、羽々音は私たちに背を向けて、五十万円の業務用エスプレッソマシンを操作していたが、
「……『プロジェクト・シキガミ』ですよ……?」
――今まで聞いたことのない、恐ろしく低い声だった。
普段温和な人物がにわかに発した低音は、間違いなく場の空気を五度ほど下げて、四キロぐらい重くさせた。
「そ、そーだったよねェハナミン! あ、あははははっ! わたしたち、何言ってたんだろーねー!?」
「そそ、そうだな! プロジェクトだったな! プロジェクト!」
「あっ、じゃあ次のお題イバちゃん出してよ」
「空気をっ!」
「読んでよセンパイ!」
振り向いた羽々音は、いつもと変わらない穏やかな表情だった。
その両手には、白磁のカップ。コーヒーのおかわりが注がれている。
「でも、なんで『シキガミ』なんだ? 『識』とか『識札』は耳慣れてるが」
「じゃ、次ソレお題で」
「だーから蒸し返すな!」
「元々は『識』も『識札』も『シキガミ』で総称される予定でしたから」
「そうなのか?」
「はい」
私のデスクにエスプレッソが置かれ、新しい薫りが花開く。
砂糖は多めに、量は少なく、私好みの配分だ。
「正式には『通札簡易形成型特異事案用式神』。ただこの名前を出すにあたり、『白札』とかの開発に協力してくれた陰陽師さんが反対しまして。『系統も術式もルーツも用途も異なるもの式神と名付けるなんてナンセンスだ。読みは良いとしてもせめて字は変えろ』って」
「……なんかそいつ、よく協力したな」
「『自分はもう陰陽師と言えないほどの邪道だが、自分が何者かと問われるとそう答えるしかないし、何よりウケが良い』だそうです」
よほどのクセモノらしい。
羽々音は苦笑し、両肩をすぼめた。
「誰にとっても聞き覚えがあるからね。陰陽師って」
「あぁ、だからロクにこちらの世界の事情に詳しくない奴ら、いわゆる対外交渉に回されることが多い。要するに百地に対する依頼の一般窓口だ。だが、そのせいでまともに修行して力を得る者は、数や有名具合と反比例するように少ないと聞いた」
しみじみと、雪路が言い、私がそれに答えた。
「ん? ってことは、この名前って、あんまし正しくないってこと? バネちゃん」
「そういうことになるかも」
「っていうかあのオヤジ、ネーミングセンスないよな」
「ははぁ、っちゅーことは、ナミさんは自信アリ?」
「人間否定するだけならタダなんだよ」
「こいつ割とサイアクなこと言ってる!」
「でも、どうせ活動するなら全員が納得する名前が良いかもしれないですよ?」
「というわけでぇッ!」
雪路が、どこからともなくボール箱を取り出し、私たちの中央に置いた。そして『識札』程度の大きさの紙切れを、トランプの要領で私たちに一枚ずつ、鼻歌交じりで配って行く。
「各自一コずつ考える! んで、この箱に入れてクジで順々引いてって、その中からいっちゃんイカすのを選ぶ! どーよ!?」
「いや、どーよって言われてもだな」
「……て言うか準備良いですね、キッペー先輩」
「っていうか書けって言われてそうカンタンには」
呆れる私たちの横で、
「はい書けたよセンパイー!」
雫がすぐさま手を挙げる。
「ハハハ、ほんとにこいつはどうしようもねぇアホだなぁ」
「ハナミン聞こえてるから! ってゆーか隠す気ないでしょ!?」
いそいそとそれを受け取り箱の中にしまってしまう雪路を見る。
私はその様子を見ながら思った。
――どうせ全員発表するんだし、四人分しかないんだから、箱要らないんじゃないのか?
と。
■■■
そんなこんなで各自回答を済ませ、箱に詰められる。
果たしてどれだけ無駄なスペースがこの箱に空いているのか、若干それが気になりつつ。
「さーて、それじゃやってきますか! ハイ、よろしくナミさん!」
「お前いつになくテンション高いな。つか、やっても良いがなんで私だ?」
「そこはほら、三十路超えた年長者として?」
「超えてないっつーの!」
怒鳴りつつ、そのスッカラカンの箱の中をまさぐる。
しかし掴む対象が小さいうえに少ないせいで、苦労した。
「これだ!」
やっとのことで掴んだそれは、きれいに四つ折りにされている。
それを開いて答えを読み上げようとしたとき、
「あ、それ……っ」
雫がおもむろに声をあげる。見れば、何かを期待するようにこちらに目を輝かせている。
……
私は一瞬の逡巡の後、
「ハイ次」
その紙切れを開くことなく床に放り投げた。
「ちょっとォ!? 進行役なんだからちゃんと見なさいってば!」
「うっせ! お前のなんざ見なくても人倫的に許されるんだよ! どうせ 『シッキー★ヤッキーナイトクラブ』とかだろ?」
「……あ、それいただき」
「ほらぁ! そんな腐ったセンスになにを期待しろって!?」
なおもわめくそれを無視し、二枚目を引き当てる。
開く。
『プラカードシキシマ』
「雪路ィ!」
「わっ、なんでバレたの!?」
「消去法でお前しかいねぇんだよ! 発案者が第二回大喜利大会一人で開催すんなや!」
「うーん、みんなそこは空気読んでくれると思ったのに」
「空気読めてないのはお前だよッ!」
っていうか、貴重な四枚中二枚が死に票ってなんなんだ!?
「と言うことは」
「あたしと大悟さんの、二人っきり、ですね」
「いや、あの……一騎打ち、だな。こういう場合は」
妙に嬉しそうに声を弾ませて言う教え子に、私は懇願するような弱々しさで返した。
そして残り二枚、面倒なので一気に取り出し、机に並べ置く。
まずは左のメモを開く。
『カフェ』。
――そうある。
左に詰めて書かれていて、右に不自然な空きスペースがある。裏返しても答えらしきものはないから、それで完結なのだろうか。
私が書いたものじゃない。
とすれば、
私は目で羽々音に問う。
「すみません。そこまでしか考えつきませんでした」
あははと笑い、肩をすぼめる。
「いや、まぁそんなことだろうと思ったが、どうしてカフェ?」
ホラと彼女が示した先に、棚がある。
各種コーヒーに対応したこだわりのマシン達、まるで宝石のように陳列された豆袋。
なるほど確かにこの一画だけ切り取って見れば、カフェというほかない。
「どうでしょうか?」
「着眼点は悪くないが、いかんせん 『店名』がないとな」
「むっふっふ」
不気味な笑い声が、室内の清澄な空気を見事に乱す。
見れば雫の手の中に、私が捨てたあの紙切れがあった。
「とうとうこれが役立つ時が来てしまった」
感慨深げにそう呟いた雫はデスクの上にそれを置く。
「カフェの下にこれ付ければ、ひょっとして最強なんじゃない!?」
一同凝視する中、私だけが、引いた距離で、冷めた目で、それを目撃した。
『ふんぬらば! シキシキ☆女学院』
……一同、わずかにあった期待の光が、みるみるうちに瞳から消えていくのが見てとれた。
得意げにドヤ顔しているのは、雫一人だ。
「……えーと、その、なんだ。……とりあえず死ね」
「問答無用!?」
「なんなんだよ!? ふんぬらばって!?」
「わかってないなぁ! こういうのはオノマトペっちゅーか、フィーリングとインパクトが大事なんだよ!」
「じゃあ、シキシキ☆は」
「『識』と『識札』の略。☆は、書く勢いだとわたしの本能が囁いた!」
「あと女学院って、オレとナミさんオトコなんだけど?」
「ハナミンは最初から勘定に入れてない。ユキセンパイはハナミンラブの乙女でしょ?」
「うん」
「ナチュラルに肯定すんな!」
まさかウケ狙いの雪路より酷いのが出るとは思わなかった。
分かる言語で解説されているのに、こいつの言っている意味が微塵も理解できない。
この生き物とコミュニケーションをとることがこんなにも困難だとは思わなかった。
「もう良いよ。お前だけ『カフェふんぬらば! シキシキ☆女学院』を名乗ってろ」
「そ、そんな孤高のヒーローみたいな!?」
「どこがだ!?」
私が怒鳴ると、雫は羽々音に泣きついた。
「ふぇー! バネちゃん! バネちゃんはこの名前の良さ、わかってくれるよね? ね!?」
「うんうん。わかってるよ。わかってるから…………はやく座って?」
その時の彼女の笑顔は、例えるならば春一番。
雰囲気は柔らかいのに、その風当たりは強く、冬風よりも、冷たい。
「……はい」
血の気の引いた雫の顔色は紙のようであり、妙な大人しさで椅子へと戻っていった。
「さすが羽々音ちゃんだな」
私がそう言い苦笑すると、羽々音はむっと頬を膨らませた。
「だってあたしが言わないと止めようがないじゃないですか。先輩は煽るだろうし、大悟さんはヒートアップするだろうし」
「別に好きでヒートアップしてるわけじゃないんだが」
「でも、くっつけるってアイデアは良いと思いますよ」
「くっつけるって」
雪路か、それとも私のものか。
……と問うまでもなく、選択肢は他になかった。
私は折りもせずに裏返しにされたままの、自分のカードをひっくり返す。
「『シャレード』……」
そこに書かれた流した横文字を、すらっと羽々音は読んだ。
「どういう意味なんですか?」
「『身振り手振り』って意味だよ。ほら、君が『識』を使う時によく手動かしてるだろ? あれでちょっと……な」
「そうでしたか」
そう言って羽々音ははにかんだ。
「あれ、『シャレード』って映画でもあったよね?」
言わなくても良いことを、意外な人物、村雨雫の口から聞いた。
「……ずいぶん古い映画知ってんな」
「うん。ママから昔勉強で借りたんだ。ヘップバーンの作品はあらかた見たよ」
「勉強って、ニンゲンのマネのか?」
「や・く・しゃ・の! ……ひょっとして元ネタって、その映画から?」
「違うっつーの」
ため息をつきながら、私は彼女らに背を向ける。
雫は嫌いだ。
うっとうしくて青臭いのも嫌いだが、何より、時に羽々音よりもこちらの核心を突いてくる。
――そう。正しい意味は映画の方。
担当科目が英語だった彼女、射場梓が、教材として見せてくれた。
『絵の描かれた紙切れ』を追う者たちだから。
「でも、『カフェ・シャレード』……カッコいい名前じゃない?」
「……まっ、わたしの方が百万倍良い名前だと思うけど?」
「それじゃ大悟さん、この名前、いただいて良いですか?」
若者たちの視線が、一斉に、何かを期待するかのように、私に注がれる。
私はそのまぶしさから顔を背けたままに、
「勝手にしろ」
そう言う。
――姉からもらったその名前を、妹に返すのもまた一興、か。
「よぅし、それじゃシキガミ倶楽部『カフェ・シャレード』! ここから仕切り直しで行くぞ!」
雪路の音頭と共に、「おー!」という二色の高い声音がよく響く。
私はそれを眺めながら、カップを手に取る。
飲み干された底から、沈んだ砂糖が現れた。
コーヒーをよく染み込ませたその極上のデザートを、備え付けのスプーンで少しずつすくって食べていく。
――名前の由来は、もうひとつある。
シャレード。
最後の最後までウソと欺瞞で満ちた映画。裏切られてもなお、主人公はその中で、最後にも、
幸福らしきものを得ていた。
どうか君らには、そんな大人たちに振り回されても、自分らしさを貫いて欲しい。
欺かれて、傷ついても、いつか真実にたどり着けると、
そう信じているからこその名前。