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最終講「信じる、気持ち、踏み出す、大悟」

 見えざる五連の弾丸が、私を射貫く。

 正確には、弾道に生まれた真空が耳を薄く切り、弾丸そのものは髪の一部を巻き込みちぎる。

 機能を停止したエスカレーターの上りと下り、それぞれに立って銃撃と刺突の応酬を繰り返す。


「このマフラーは、我らの同胞たちの血で染め上げた布で編み上げたものだ。これに賭けても、僕は負けられない」

「そうかよ。だったら……少なくとも人の親が巻いて良いもんじゃねぇ」


 互いに磁力に導かれるように、向かい合ったまま、上へ、上へ……

 船の帆が見えるほどの高さまで来た時、空気の弾丸が背後から迫り、私の右股をかすめた。

「つっ……うっ……」

 血が、ズボンを濡らす。

 赤く糸引くそれは、徐々に私の命を削り、意識をすり減らすだろう。

 だが止血をしている余裕を、相手が与えてくれるとも思えなかった。


「花見くん」


 と、ゆっくり歩み寄りながら、重藤だったモノは言う。

「確か高校生の君には、英語を教えたはずだ。そして、戦闘技術も。どちらも素人以前の問題だった君に、ね」

 私はガラス張りの手すりにもたれかかる。

 そのひんやりとした感触を、手で確かめ、逃げ道を探して両方の手をさまよわせる。

「だが君には、もっと大事なものを教えるべきだったと、後悔しているよ」

「……目上に対する、口の聞き方か?」

「あぁ、それもあったな。だがもっとシンプルで、かつ見極めるのが難しく、そして何より我々のような家業の人間には、必須のことだ」

 こつり、と

 わざとらしく金属質な音を鳴らし、その足が止まる。

「後学のために、聞いておく」

「……後があるのかはしれないが、それは」

 右手の銃口が持ち上げられる。

 通気する場所などないこの部屋に、風がどこからともなく舞い込み、肌を冷たくさせる。


「自分の身の程というものだッ!」


 風が強まるのを感じる。

 見るまでもなく、銃口は私に向けられている。

 そして、芝居がかった演出。

 ――タイミングを掴む心構えと、かわす算段は、できていた。

 まだ力の入る左足で後のガラスを蹴り、推進し、激痛をこらえて右脚を突き出す。

「ぐっ!」

 人間としての習慣か、重藤は咄嗟に頭部を迅雷銃で庇う。

 その腕をそのまま足で銃口を外し、自分は再びその反動で後に。

 手すりに足をかけ、そのまま後へ飛ぶ。

 滞空の時間は、それほど長いはずがない。

 それでも、一秒が一分に感じる程度の長い時間に感じられた。

 自分の緊張した傷口から血の水滴が吹き出て散るさまが、ゆっくり見える。


 ――間に合え!


 私は実際よりスローにしか体感できないその腕に、祈りを込めて、

 矢を、

 唯一対抗しうるその手段を、

 『識』を、

 投擲した。


 矢は私の身体が描いた軌道を、逆戻りするように飛んでいく。

 発射された空気弾と、それが、かち合う。


 爆発。


 火はない。

 硝煙もない。

 それでも、その場に生まれた暴風の渦は、そう呼ばなければ小規模な嵐と言えた。


「う、おぉぉぉぉ……ッ!」


 そのひずみは、銃ごと重藤の手を巻き込み、肩口から先を切断した。

 流血はない。

 ただ、切り落とされたその腕は、灰となってフロアの床に沈んで溶ける。

 悲痛な叫びが、人並みに痛覚が通っていることを示していた。


 直撃はしなかった重藤でさえ、その威力。

 身体が余波に巻き込まれそうになる。

 それでも懸命に、背に身体の重心を預け、後へ……

 その背に、硬い感触。

 全身が、大きく揺さぶられ、さらに出血はひどくなる。


 船。

 私の身体は落下をまぬがれ、ワイヤーに吊り下げられた巨大な船のオブジェに送られていた。

 だが所詮それはまがいもので、凝った作りであるはずがなく、実際海に浮かべれば洋に出ることすらかなわないだろう。ワイヤーも、なんだか張り具合が心許ない。

 立ち上がり、体勢を整えている寸時すらない。

 同じく重藤も、異形の脚力と忍耐力で、この船に飛び移っている。

 すかさず、猛攻が繰り出される。

 繰り出すハイキックを、両腕でガードする。

 守るのではなく、かわすために。防ぐのではなく、外していなす。

 だがこの技術を教えたのは、人間だった頃の、この組み手の相手。


 相手は手足含めて三本。私は四本。

 文字通り、手数では勝っていた。

 それでも、命を削るように激しく繰り返されるラッシュに対し、

 防戦一方だった。それも押しまくられている。

 その度に、石で殴られたような衝撃が全身に回り、感覚は痛み以外になくなっていく。

 見ているはずの私自身の手足が、まるで別人のもののように動いているさまを、客観して見ている自分がいる。

 何より、羽々音の『識』を手放した私には、この敵を倒す決定的な手段がない。

 ――本当は、あの『投槍』の一撃で、決めるはずだった。

 互いの全身を痛めつけ合いながらも、私は五感のすべてで糸口を探る。


 船が衝撃で大きく傾いた。

 瞬間、わずかな隙が生まれた。

 横に拳を振るう。

 防備のなくなった右手側。

 蹴りを繰り出すと、左手から回った守備が、それを守る。

 間を置かず私は腰をひねり、後ろ回し蹴りに移行する。

 それで距離と、時間を稼げる。少なくとも、羽々音たちが『識』を破壊するまでは。

 そう踏んでいた。

 ――いや、楽観、だった。


 ヤツはたやすくそれに対応してきた。

 すかさず右足でそれを受け止めると、今度は警戒を怠っていた脇腹と、拳に一発ずつ食らう。

 それだけで鼻血が飛び出て、軽い脳しんとうを起こしてしまう。

 だが、ここで身体を動かすことを止めれば、自身の生命活動が停止することもまた、知っていた。

 必死で拳を振るう。

 今度は、こちらの攻撃がいなされる番だった。

 それも、いとも容易く。


 大きくよろめいた身体に、大きく旋回した爪先が飛んでくる。

 咄嗟に肩をかばうように腕を立てるが、予想を上回る打点の高さで、横顔に鋭く蹴りが炸裂する。

 腕がわずかに威力を殺してくれたおかげで、全力でそれを受けるのはまぬがれたが、それでも側頭部の皮膚が裂けた。

 闇雲に繰り出した拳が、はからず相手の拳と交差する。

 クロスカウンター。

 だが、人と異形とでは、威力は段違いだった。


 拳の痛みが引く前に、私は吹き飛ばされて帆船の帆の根本に激突していた。

 薄れ行く意識。

 横向きに倒れてボヤける視界。

 おぼろげな姿の隻腕の怪人が、こちらに接近してくるのがわかる。

 寸刻すら延ばせない自分の非力さが、憎い。

 歯ぎしりし、やがてこちらに向かって敵が、トドメを刺すべく駆け出した。


 だが。


 ヤツが私の間合いに到着するよりも速く、その間に、

 矢。

 私を守護する柱のように、突き立つ。


「お待たせしました!」


 溌剌とした少女の声が、私の意識をつなぎ止める。

「お前……っ、なんで、ここに?」

 彼女は、私たちよりもさらに上の階層、その手すりの下に床弩を張り付かせていた。

「だって言ってたじゃん。ヤバくなったら声あげるって!」

 その手すりからヒョッコリ顔を覗かせて、村雨雫がいる。

「大悟さんの戦う『声』、ちゃんと聞こえてますよ。やっぱりみんなで、終わらせましょう」

 ――まぁ、ここまでハデに暴れていたら、いつかはわかったことか。


 私は、彼女を咎めもしない。

 結局巻き込んでしまった自分の業に悩みも、苦しみもしない。

 ただ、今成すべきことする。

 向かい合うべき相手と向かい合う。


 射場重藤の失われた右腕が、その雄叫びと共に再生する。

 その手に再び迅雷銃。その先端の穴で、風が渦巻く。


 言い訳はしない。

 ふがいない己は、後で責めれば良い。


「羽々音、船のワイヤーを切れ!」

「なにっ?」

「……お前たちの力を、私に貸してくれっ!」


 羽々音は、大きなその目をさらに見開きながらも、逡巡しなかった。

 戸惑ったのは、相対するその父だった。

 強く頷き、姫将軍が横一文字に手を切れば、飛来する矢の連射が、ワイヤーを断ち切る。

 ――泳げぬ船を、空の夢見るそれを、束縛から解放する。


 瞬間、

 前髪が、ふわりと浮いた。

 腰から下に、形容しがたい浮遊感。

 次いで私と重藤の足は船の甲板から離れていた。


■■■


 下で、今まで聞いたことのないような破壊音がした。

 私は吹き抜けから落ちて、船の残骸の上に転がる。

 周囲からはモウモウと土煙や埃が立ち上り、ガラスやコンクリート片が散らばっていた。

 その破片の中から、携帯を拾い上げる。

 パッキリと真ん中から折れた携帯。その傷口をなぞり、ヒビの入ったディスプレイを見る。

 ……一歩。

 それを手に、踏み出す。


 さながらそれは、白い闇。

 一寸先も見えないどころか、自分の手足すら認識できなかった。


 ――その中から射場重藤を見つけ出すのは、至難だろう。

 騒乱の真っ直中とは思えないほど、静まりかえっていた。


 だが感じる。

 次の交錯。

 その時こそ、決着がつく。

 おそらくはこの無明の中、射場重藤もそれに気づいている。


 ……ザリ、と。

 私が船の木片を踏み、

 パキリと、

 その下に敷かれたガラスの破片が、さらに細かく砕けた。


 白い塵芥に、わずかな揺らぎを見た。

 真正面。

 そこから球体の何かが、雲のような埃を突き抜け、飛んでくるのがわかった。

 身を屈める。

 頭上を、何か引っ張られるほどの威力が通過する。

 私は、駆け出す。

 まっすぐに、

 ただ直進し、

 撃ってきたその方角へ。

 射場重藤を、捉えるべく。

 白い闇が、薄れた。

 走りながら、己の手を見る。

「うおおぉぉぉっ!」

 突っ切った先に、正拳を突き出した。


 だが、


 腕は、むなしく空を切る。


「なるほど、埃の中なら、透明な弾丸でも見分けることができる、か」


 すぐ耳元で、男の声がした。

「だがいつまでもその場所に留まっているはずがないだろう?」

 フルフェイスの怪人は、私の隣で、悠然と立っていた。

 針先のように尖った先端が、私に迫り、


「さよならだ。君の足では、僕に追いつけなかったようだ」


 ……その銃口は、私の身体を貫通した。


「バ……カ、な……?」


 大悟さん! と

 羽々音が、私を呼ぶ声が降ってくる。

 ――あぁ、何度、この呼び声に救われたことだろう、と。

 明滅する意識の中で、突然思い出した。


「バカな……ッ!?」

 繰り返す。

 そう繰り返す。


「バカな!?」

 射場重藤は、何度も驚愕の言葉を繰り返した。


 ……自らの銃が、私の小脇に挟み込まれているのを、見下ろして。

「追いつく必要なんてない。あんたに再装填の時間を与えず、直接攻撃を仕掛けてくるのを待ち構えていれば良かった。……始めから、その位置に移動するのはわかっていたからな」

「何故だ……何故……っ!?」

「言っただろッ! ……『お前たち』の、力を貸してくれ、と」

 その先読みのための道具を、私は既に手にしていたのだから。


 携帯。


 私のではなく、村雨雫の。

 『八房』が発動している、その携帯を。

「……地面に落ちたのは知っていた、だが、壊れていたはずだ!」

「壊れたんじゃない。壊したんだよ。あんたの娘が、落ちる前に、『霹靂』でな」

 メットの奥で、男は必要ない呼吸を無理矢理していた。


 破壊の裏にある、再生の力。


 共に過ごした年月がもっとも長いこの男が、羽々音の、娘の能力を最後まで知り切れていなかった、ということになる。

「そんな、そんな分が悪い賭けが、通るはずがないッッ!」

「賭けじゃない! 信じたんだ!」


 彼女たちを

 『カフェ・シャレード』を

 命を預けるに足る、仲間たちを


「さん」

 と私がカウントすれば、

「にっ!」

 と雫が大声で、

「いち!」

 羽々音が、覚悟を込めた一言で、


 ……薄れた闇を晴らす、一矢が、一閃。

 私は、重藤を解放し、その胸を足で叩いて後退する。

 のけぞった怪物に、


 ずぶり、


 矢が、その身に撃ち込まれた。

装甲を貫いた美しい銀色の鏃が、私の前にさらされる。

「あ、あ、……あぁぁぁぁあッ!」

 断末魔。

 血を吐くような、

 ここに積まれた死者の慟哭を重ねたような

 咆吼。


 矢が、私の足下に突き立つ。

 それを引き抜き、私は再び疾駆する。

 引導を渡すために。

 振りかざされた腕。

 身をひねってかわし、私は刺さった矢を掴んで引き抜く。

 手の内で回転させ、矢先を向け、私は二本の刃で斬撃を叩きつける。

 八の字、V、Ⅱ、X……

 ありとあらゆる象形を描き、叩き込む。


 右手で薙ぎ、左手で振り下ろす。


 十字を、刻む。



 銃が、

 武器が、戦闘意欲とともに重藤の手からこぼれ落ちて、灰となって崩れる。

 その灰の上に、男は膝をついた。

 わずかに横顔を、階下へ向かう羽々音に向けて、彼女に聞かせるでもなく、一人言う。

「まったく、ままならないものだな……」

「当たり前だろ」

 私は言った。


「あんたを見て育ったんだからな。私も、あの娘も」


 ……父は、微笑した。

 声もない。それらしい様子もない。

 それでも、わかる。

 それでも、喜んでいた。

 娘の勝利と、

 今まで知り得なかった、彼女の成長とを。


「……まったく……しかたない……」


 羽々音が私たちのいる下層まで来た時には、すでに、射場重藤の魂は解放された後だった。


 倒れそうになる私の身体が地に落ちる前に、羽々音の手が差し込まれ、すくいとられるようにして支えられた。

「……ありがとう」

「いえ」

 と、彼女は少し微笑んだ。

 その微笑に、ちくりと胸が痛む。

 ――ひょっとして彼女は、あの『識』が射場重藤だと知っていたんじゃないだろうか、と。


 それを問う無神経さは、私にはなかった。


 携帯を雫に突き返す。

「お前もな」

 それをもぎとるように受け取った雫は、その端末をすぐさま弄り始めた。

「もー、なんかデータ吹っ飛んでないよねー?」

「心配すんのそこかよ」

「いーじゃん。ハナミン、象が踏んだって死なないんだから!」

「筆箱か私は!? っていうか、昭和のギャグマンガから飛び出たようなお前にだけは言われたくねぇよっ! ……あいててて」

 叫ぶと、傷口に障る。

 羽々音が、それとなく身を寄せる。まるで男女が逆転したような強引さに、思わずたじろぐ。

「つーか、そんなに大切なら投げなきゃよかったんだ」

「何よ、結局それで助かったクセに! っていうか、投げたのわたしじゃないし!」

「……なに?」

「あ、それあたしです」

 片手で、誇らしげに名乗り出たのは他でもない、射場羽々音だった。

「そうそう! いきなりケータイとられて下に投げられたかと思ったら矢で撃ち抜かれてさ。あの時頭が真っ白になって、よく覚えてないんだよねー」


「……」

 私は、まだ状況の全容を把握しきれていないような雫のマヌケ面にに呆れの視線を向け、

「?」

 可愛らしく小首を傾げるが、再生できるとは言え、断りもためらいもなく友人の私物を破壊できる羽々音の蛮行に対し、若干引き気味の視線を送る。


 ――なんだか、カッコつけた私がバカみたいに思えてくる。


 だが、不思議とおかしみと親しみも覚える。

 こみ上げる笑みを二人に隠さないまま、私は二人に担がれ、奥へと向かう。

 ――かつて一人の男と交わした、約束の場所へ。


■■■


 ヘリのホバリング音が聞こえる。

 こんな状況下で動くものなど、知れている。

 十神……であるはずがない。

 ヘリなんて持っていたら、それこそもっと使い道があっただろうに。

 ということは、百地本隊が到着したんだろう。


 事実、館内は混乱していた。

 なけなしの装備で身を固め、入り口へ向かう者。

 連絡がつかない仲間、あるいはリーダーに、応答を求める者。

 悲哀と怒号が混じり合う中、誰の抵抗を受けるまでもなく、私たちは身を隠し隠し、奥へと進む。


 急ぐ必要が出てきたが、一定の速度を維持することしかできない。

 ほんの少しもどかしかったが、妙なことに心は落ち着き払っている。


 そこにたどり着くのに、大して時間は感じなかった。

 入った瞬間、銃が突きつけられる。

 人数は意外と少ない。

 ……いや、もっと言えば正気でいる人間は、少ない、ということだ。

 メットのかぶって倒れている人間は、数知れない。

 自決……じゃないようだ。

 おそらく、中央に設置されたその巨大な『識』に、奴らも例外なく当てられ、『識』に組み込まれたのだろう。

 私は羽々音から離れて身構えたが、彼女自身は涼やかな目で、彼らを流し見ていた


「皆さん初めまして」


 と、まるで転校生のあいさつのように、晴れ晴れとした調子で、名乗る。

「射場羽々音です。この時点において既に射場家は取り潰しが決まったも同然ですが、敗北し、意識をなくした父、重藤の代行として、父の言葉を伝えます」

 彼女が息を吸い、薄い胸が前後する。


「生きろ」


 しん……と。

 現在進行形で死ぬ可能性だってある彼女が「生きろ」と口にしたせいで、状況は硬直していた。

「父は敗北する寸前、そう言ってくれるようあたしに頼みました。……だから、逃げてください。助けたい友人がいるなら、彼らを担いで、なるべく遠くへ。事は破れた。もう同胞を無駄に失うことはない。そう、父は言っていました。お願いします。逃げてください」


 ぼとり


 鈍い音を立てて、銃器が転がる。

「うぅ……うう、うわぁぁぁぁぁ!」

 泣いたのは、恐怖故か。

 まともな会話らしい会話もなく、残された数人は散り散りになって去っていく。

 あるいは単身で、あるいは羽々音の助言どおり、倒れた仲間に肩を貸して。


 残されたのは、倒れた奴と、私たち。

「……バネちゃん、名演技だね」

 半ば呆れたように、雫が苦笑した。

「そうかな?」

 当の本人は、無邪気な顔して、肩をすぼめて見せる。

「多分父さんがいても、同じこと言うと思う」

「そうか?」

「……多分父は、止めようにも止められなかったんだと思います。自分の志も、彼らの懇願も。だから、大悟さんもあんまり気負わなくて、いいんですよ?」

「……そうかな」

 私は羽々音に言われて、気持ちをなんとかリセットする。


 そう、最後の問題は、まだ残っている。

 巨大『識』。

 全長四メートル超。

 幅は……広大なこの体育館の三分の一は占めているだろう。

 ツヤ消しを全体に塗りたくったような鈍い黒色のボディは流線的で、天高く先を突き上げている。

 さながら、秘密基地のミサイルのようだった。

 あるいは、宇宙船。

 誰しも憧れる、見果てぬ星に行くための、船。


 ――デジャヴュというのか。

 出会ったばかりだというのに、奇妙な親しみを、私はこれに抱いていた。    

それでもこれが、幾多の人間の人々の精神を吸い取っているのだと、忘れちゃいない。

「羽々音」

 私は少女の名を呼んだ。

 取り出された白札から、一基、二基と弩の砲が生まれてそれを取り囲む。


「約束、果たしに来た」


 私は一人ごちるように呟いた。

「もうこれっきりだ。私が約束を守るのはな。……これからは、好きにやらせてもらう。……良いよな?」

 だが、その許可をくれる人間は、もういない。

 だから、自分の足で踏み出すしかない。


「やってくれ」


 私は一言だけ口にした。

 羽々音が微笑でそれに返す。


 私自ら、手を振りかざす。

 船を沈める最後の作業が、完了した瞬間だった。

 そして日は昇り切り、新しい日常と喜びが生まれる。

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