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第十五講「師弟、衝突」

 立ちふさがる敵を、倒す。

 そうして、ようやく一階まで下りる。

 人は私が、『識』は雪路が抑え、羽々音がトドメを刺す。

 銃器が刀に、刀が、ナイフに、ナイフが、鉄パイプに、鉄パイプが、スコップに……

 次の敵の波が来る度に、装備は粗末になっていく。

 ――やっぱりこの計画はロクに練られていない、準備不足の急ごしらえ。

 敵ながら、その残念さには泣きたくなってくる。

 しかし、人だけは多い。

 ちらり、窓を見る。

 一メートルにも見たないすぐ近くに、高いのてっぺんが見えた。

「そろそろ、良いか」

 私が言うと、「へ?」と、雫が羽々音にしがみついたままに目を丸くし、羽々音の方は、こっちの意図を察して、強く頷く。

 彼女は腰の『識札』を一枚抜いて、すぐ横に『霹靂』を展開する。

 ただし、展開した床弩は、後ろ向き。


 射。


 壁に、触れるかどうかという至近距離から矢が放たれた。


 木屑、木片が飛散する。

 出口の開通。

 壁の屋根に飛び移るのは、容易だった。

 雪路と雫は、『雷切』の一兵に抱えられ、そのまま飛び降りた。

 羽々音が手をかざすと、壁が埋まる。


「そこは預けてやる。絶対返しにもらいにいくから、壊すんじゃねぇぞ」

 捨てゼリフとともに、私も飛び降りた。


■■■


 下に落ちると、いつぞやと同じように『雷切』の山が、私たちを受け止めた。

「いっ……!?」

 やっぱり、突起物が私の身体を痛めつける。


 その痛みに悶えるように下に転がり落ちると、すでにかすみの『識』が二台、あった。


 二台。

 ……いるのは、五人


「ここはオレに任せて先に行け!」


 唐突に、そんな覚悟を示したのは、『識』に抱えられた雪路橘平だった。

「なーんてね。男の子なら一度は言ってみたいセリフっしょ」

「お前なぁ」

 呆れる私。

 だが、雪路の笑みに、いつものような茶目っ気がないことに気がつき、彼の覚悟が本気だと気づかされる。

「オレがあいつらを食い止める。……ちゅーか、オレの足じゃ、ここまでが限界。バイクのケツに乗るにも、脚の力は必要だしさ」

「でも、お前ホテルだと小山田に連れて来られたよな? あの時はどうした?」

「あの時は少々手荒なことをいたしました」

 代わりに説明したのは、そのかすみ。

「……どんな?」

「板切れに縛りつけてバイクにて牽引させていただきました」

「少々ってレベルじゃないよな? そりゃ敵も寄ってくるよな?」

「ちゅーワケで! ……もう二度とあんな市中引き廻しはゴメンだから!」


「でっ、でも! わぶっ!?」

 反対の側で抱えられていた雫が、暴れた拍子に乱暴に落とされて、地面とキスする。

「だーいじょーぶだって! 市民ホールでもそうそう見つかんなかったっしょ。こんな町規模のかくれんぼで、負ける気しないよ!」

 足音が聞こえてくる。

 怒号も、明確な殺意も、獣の遠吠えも。

 ――不意を突けたから良かったものの、このまま拘泥するのは得策じゃない。

「……ムリはするなよ。十分な時間を稼げたらとっとと離脱しろ」

「はいはーい! ムリっていうのは、ここぞって時に、相手のハートを掴む時に使うから!」

「……やっぱり不安だ」

 顔を弾けさせて手でハートマークを作ってみせた後、彼は腰の札を数枚、抜く。

 山となっていた兵たちが、むくりむくりと起き上がる。

「うん。こっちは任せて。この先は頼んだ」

 少年に託されて、私たちは、さらに進む。


■■■


 さしたる抵抗も追撃もない。

 背には羽々音。

 かすみの方は、雫が同乗している。

 市の中心地にある敵の牙城に迫る。

 だが表門には関所のようにバリケードが設けられ、その障壁には黒い砲塔。


「大悟さん」

「あぁ、間違いなく『識』だろ」

「どうします?」

「言うまでもない! ……ブッ壊せ!」

「はいっ!!」


 ――ずいぶんとまた、嬉しそうに返す。

 『霹靂』が私の前に、ひときわ大きなものが現れる。

 砲が火を吹く。

 矢がそれを空中で迎撃する。

 私たちは羽々音の『識』の上に載り、それを踏み台にして前輪を高く持ち上げた。

 空中で、爆発を突き抜け、越える。

 第二射は、『霹靂』の方が速かった。

 背後に控えていたバリケードもろとも、その『識』を破壊する。

 門をそのまま飛び越えて、私は羽々音を抱いて伴って、バイクから飛び降りる。

 蹴り滑らせたバイクが、迫りくる敵の足をすくう。

 その隙に、羽々音を下ろした。


「ひゅおおおっ!?」

 後の雫が奇声を発し、かすみの後続機がバイクごと大地に降り立った。

 かすみはそのまま意識を手放しかけている同伴者の襟首を掴み、

「うひゃあぁあっ!?」

 私たちの足下に投げ落とした。

「お前……」

 たなびく黒髪、その奥でかすみは、わずかに顎を引く。

 何かを言わなくちゃわからないこともある。

 だがこの場合、彼女が取り囲もうとする敵の相手を引き受けたことは、誰にも明らかだった。


「死ぬなよ」


 だから私も一言だけ、手短に言い終える。

 万感の感謝と、生還の祈りを、全霊込めて。

 生み出された『霹靂』が敵のトーテムポールのような『識』の一体を破壊する。

 開けた突破口、破壊の衝撃に紛れて、私と、私に担がれた雫と、羽々音とは半包囲を抜ける。


 目指すは、体育館。

 約束の地。


■■■


「くそっ! まだ見つかんないのか!? 反応あるはずだ!」

「あるよっ! あるんだけど……多すぎるんだよっ!」

 抱えた雫が、犬を抱えて吼える。

 それを合図に飛びかかった人型の『識』を、私は羽々音から受け取った手槍のごとき大矢を投げて撃ち落とした。


 電力が通っていなかろうと、電波が妨害されていようと、携帯にバッテリーさえ残っていれば『八房』を使役する分には問題ない。

 それでも、敵の本体を見極められずにいた。


 体育館の総合玄関の口。

 船が飾られたその場所で、私たちは立ち往生していた。

 そうすることが下策と知りつつ、そうせざるを得ないことに、焦燥感を募らせる。

 下手に動けば、本来の目的地からより一層遠ざかるおそれがある。


 体育館、といっても学校の板張りで、雨の日朝礼に使うような簡単なものでもない。

 一般的なものから、武道館、トレーニングジムに、果てはキッズ用のアスレチックまで。

 射場家が多額の投資を行った、複合施設だ。

 実際この玄関だけでも、まるでショッピングセンターのように、二層、三層とフロアが重なっている。


 これだけの大きさでも参るというのに、端末に表示される無数の赤のポインタは、一律して同じくサイズで、差はない。

「……うぐぐ、これが大きさもわかるヤツだったら」

 主である雫がうなる。

「ないものねだりしてもしょうがねぇだろ。だったらそれ以外の情報から読み取れば良い」

「というと?」

「動きのないもの、それも大部屋に固定されているものに絞れ」


 私は右後ろから寄ってきた乱入者に、裏拳を突きつけた。

 人間。

 フルフェイスの奥で、自らに突きつけられた拳に対する怯えを見た。

 舌打ちし、腹にヒザを叩きつけ沈ませる。

 

「…………あ! 見つけた! け、ど!?」

 その両の瞳が喜びに満ちたのは一瞬のこと。

 途端に、表情が怪しくなり、額には脂汗を滲ませる。

 自分で確認したほうが早いから、画面を覗き込む。


 動かない指標。

 かつ、大部屋にあるもの。

 限定されている。

 ここから東突き当たり。

 イベントホールとしてメインに使われている、多目的室。

 だがその前には、素肌が見えないほどに赤い点が密集していた。

 無論、私たちの周囲にも、姿は見えずともひしめいてはいるが、もはや気にならないレベルにまでなっていて、襲ってきたら返り討ちにする。

 その繰り返しだ。


 ――あぁ、そうか……

 ここは、そういうことか……


「どうする? 遠いし、結構この先敵がいるけど」

「敵が多いってことは」

 矢が三本一列に飛び、ノミにも似た昆虫型のグロテスクな『識』を複数撃ち抜く。

「それだけ守りたいものがある、ってことかもしれませんけど、ブラフの可能性もありますね」

 と羽々音が何食わぬ顔で言った。

「……いや、間違いない」

「え?」

「間違いない。私たちの目標は、ここにある」

 自分でもひどく勝手な、決めつけ。

 だが間違っているという不安が、不思議とどこにもなかった。


「えーっ、……ハナミンの勘って、なんだかアテにならなさそう」

「お前に言われたくねぇよっ! ……じゃ、念のため二手に分かれるか。羽々音と雫は、そっちに向かう。私は、、もう一つのコレ……あぁ、この倉庫ってこともありうる。私はこっちに行ってみる」

「ハナミン、ひょっとして自分だけ楽する気?」

 雫はあくまで私の言動に懐疑的だ。

「アホか。羽々音の『霹靂』じゃないと破壊ができないだろ。だったら、私と羽々音、二手に分かれて行動したほうが良い。お前は非戦闘員だし、直接的な破壊力を持つ彼女についていった方が安心だしな」

「大悟さん」

 と、羽々音が私を呼ぶ。

 笑顔が消えている。鋭い目が、私を射貫く。


「……大丈夫だ」

 と私は少しだけ手を伸ばして彼女の頭を撫でた。

 しっとりとした感触はないものの、さらさらとした髪質が手に優しい。

「三十分経ったら迎えに行く。もし何か変なことがあっても、すぐそっちへ向かう。これで良いか?」

「じゃ、ハナミンはどうすんのよ?」

「ヤバくなったら声でもあげるさ」

「……痴漢じゃないんだから」


 端末を見れば、一体、さらに『識』がここに迫っている。

 それを除けば他は、追跡の手が遠のいているようにも見える。

 守るべき要所に集まり守りを固めている。そんな気がした。

 それでも、雪路が、かすみが、奮戦している分こちらが本来請け負うはずの負担が軽くなっている。それは肌にひしひしと実感できた。

 手を離す。

 羽々音は、気恥ずかしそうに、少し首を傾けるようにして表情をほころばせた。

 手渡された矢に、彼女の熱を感じる。


 彼らの好意、彼らに託されたものをきっちり背負いきるためにも、私は背を張り、力の限り声を飛ばした。

「さぁ、行け。思う存分暴れてこい!」


 ――そしておそらくこれが、今日最後の指示になるだろう。


■■■


 小さくなっていく足音。

 既にない姿。

「さて、と……」

 それらが完全に消えるのを見届けてから、私は船のオブジェの影に立つ。


「いるんだろ? 出てこいよ」

 自分で出したにしては、控えめな声だった。。

 返事はない。

 だが、二階の手すりから、そいつは一息に、階段も使わず下りてくる。

 狙撃のタイミングを逃したらしい。

 黒いヘルメット型の顔面、

 鎧の如き皮膚、

 ふわりと端が浮き上がる、赤いマフラー。

 射場重藤の『識』。

 狙撃をしようとしていたところを、私に認められ、諦めたらしい。


 感情の一切が表に出ないその異形の周囲、間合いをはかるように時計回りに動き、警戒しながら私は話す。

「羽々音たちはもうあの場所に向かわせたぞ。あんたが出てくるって知ると、そこに拘泥しちまうからな。あの娘、温和なフリして意外と感情的だしな」

「……」

「……そう。かつてあの場所は死体置き場だった。百地との戦いの戦死者の保管場所として、かつてあの場所が選ばれた。あんたがそこで亡者どもに誓ったって言ってたのをさっき思い出して、ピンときてな。その盟約を果たすのも、またあそこだろう、と。あそこじゃなければ、いけないんだろう、と」

「……」

「おい」

 と私は彼を呼ぶ。


「人形のフリすんな。……意識あるんだろ? 射場重藤」


「…………気づいていたかい」

 ヘルメットの奥で、声が反響している。

 ビブラートが聞いたその声が、首のあたりの肌膚をビリビリと痺れさせた。

「まぁな。粗末な装備で、そしてリーダーを失っているにもかかわらず、奴らの攻撃は正確だった。それに百地一族なら、自作の代物を御せないはずがない。例えあんたでもな」

「おいおい、推理にしろ勘働きにしろ、いちいちイヤミを言わなきゃ気が済まないのか?」

 そう言って、『識』、いや射場重藤のなれの果ては笑う。

 虚しく、空っぽの笑声だけを響かせる。


「……奇妙なものだ」


 そしてその語気に、私への怨恨、憎悪の類はない。

 旧友を懐かしむかのように、穏やかで、しみじみとした声だった。


「かつて娘を生き残らせようとした僕が、今こうして十神のために娘を殺そうとしている」

「十神のためにと、結果としてあんたの娘を殺してしまった私が、今、十神を潰すために、あんたの娘を守るために、ここにいる」


「おかしな巡り合わせもあったものだね」

 私は首を振る。

「どうだろうな。なるべくしてそうなったと思う。あの時、私は知った。あんたは忘れなかった。……うまいこと言えないけど、そういうことだと思う」

 巨船を見上げる。

 以前見た時は真新しく、塗料もみずみずしかった。

 しかし今は船底を覗き見るだけでも、劣化しているのが、剥げ具合で分かる。


 ――思えば、

 あの約束がなかったとしても、私は同じ道をたどっていた気もする。

 どうすべきか考え抜いた末、同じ答えにたどり着いていた、と。

 十神戒音はそんな私の最深にある願望を見抜き、その背を押してくれたのかもしれない。


「『異端の力が人の営みに影響してはならない』……あんたは一族として超えてはいけない領域を侵した。そして、あんたが羽々音たちに行った仕打ちが許せない」

「……それでどうする? 僕を殺すか?」

「償ってもらう。生きたままにな」


 まるでそれが互いに必要だと、そう思わせるような一寸の間の呼吸。

 刹那、

 互いに足で地を叩く。

 迫り、異形の銃口と、私の矢先とが激突する。

 隅まで鳴り渡る金属音。

皮肉にも、この瞬間に、どれだけ会話をしても理解し合えなかったこの男と、ようやくわかり合えた気がした。

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