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第七話 冬休みと約束

休みも一週間ほど過ぎ去り、中盤に差し掛かったある日の夕暮れ。

僕はたまらず、最寄り駅へと向かっていた。

会えるはずがない、とは分かっている。連絡先も知らない、待ち合わせもしていない。それでも、あの自販機の唸り声を聴かなければ、自分が今、何を考えているのかさえ見失ってしまいそうだった。

冷え切った階段を下り、三番線ホームへと降り立つ。

冬の低い陽光が斜めに差し込むホームの端、いつもの自販機の横に、信じられない影があった。

赤いマフラー。冷え切った両手をポケットに深く突っ込み、小さく肩を震わせながら、彼女はそこに立っていた。


「……結衣?」


僕の掠れた声に、彼女の背中がびくりと跳ねた。

ゆっくりと振り返った結衣の顔は、寒さのせいか、それとも別の理由か、鼻の先まで真っ赤に染まっていた。彼女は僕の姿を捉えると、安堵よりも先に、怒ったような、泣きそうな顔で唇を尖らせた。


「……遅い」


その一言に、心臓が握りつぶされるような衝撃を受けた。


「……え?」

「遅いよ、悠介。私、冬休みに入ってから、毎日ここに来てたんだよ。悠介なら、絶対すぐに寂しくなって、ここに来るだろうなって思って……」


結衣の声は震えていた。


「三日待っても来ないし、五日待っても来ないし。……私、あの単語帳だけ持たされて、悠介に捨てられたのかと思った」


彼女はバッグから、あのボロボロの単語帳を取り出した。

それは僕が預けた時よりもずっと、端のほうが柔らかくなっていた。彼女がこの数日間、どれほど何度もこれに触れ、ここで僕を待っていたかが、その傷み具合だけで痛いほど伝わってくる。


「……ごめん。……本当に、ごめん」


僕は自分の思考の遅さを、これほど呪ったことはない。彼女が毎日ここで待っているなんて、想像すらしていなかった。


「……バカ悠介。言葉だけじゃなくて、来るのも遅いんだから」


結衣は一歩踏み出し、僕の胸元に、ごん、と額をぶつけた。

マフラー越しに、彼女の冷え切った体温が伝わってくる。

僕は、彼女の手から溢れそうになっていた単語帳ごと、その小さな体を抱きしめた。


「……もう、どこにも行かない。……約束する」

「……当たり前だよ。……はい、これ。人質、返す」


 差し出された単語帳を受け取ると、最後のページに、僕の知らない新しい文字が並んでいた。


『明日も、ここで待ってる。早く来てね。あと私の連絡先登録しといて』


何度も書き直されたような、筆圧の強いその文字は、どんな長い手紙よりも、結衣の本当の声を伝えていた。

こうして英単語帳は彼女の連絡先と共に僕の元へ帰って来た。

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