表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

第三話 悠介と結衣

十二月に入ると、ホームを吹き抜ける風はいよいよ刃物のような鋭さを増してきた。

三番線での五分間、あるいは十分間。それは僕たちにとって、誰にも邪魔されない「聖域」のような時間になっていた。

その日の放課後、ホームに現れた彼女は、いつもより少しだけ疲れた顔をしていた。

自販機の横に来るなり、彼女は何も言わずに僕のすぐ隣に背中を預けた。

肩と肩が触れそうで触れない、そのわずかな距離から、彼女の体温が伝わってくるような気がした。


「……今日は、無理に喋らなくていいよ」


僕がぼそりと呟くと、結衣は小さく頷いて、目を閉じた。

ホームには、遠くを走る車の音と、時折響くアナウンスだけが流れている。これまでの彼女なら、この沈黙に耐えかねて何かを喋り出していたはずだ。

でも今の彼女は、僕の隣で、ただ静かに「岸本結衣」という仮面を置いて休んでいた。

ふと、結衣がマフラーに顔を埋めたまま、独り言のように言った。


「今日、教室でね。友達に『結衣、最近なんか静かになった?』って言われちゃった。……私、変かな」


僕は、自分の思考の遅さを呪った。彼女を安心させる言葉が、すぐには出てこない。  それでも、数秒の空白を置いて、僕は自分の内側から湧いてきた言葉を口にした。


「……変じゃないよ。きっと、結衣が、自分の声を聴こうとしてるだけだと思う」


結衣は目を開け、不思議そうに僕を見た。


「自分の声?」

「……誰かに届けるための言葉じゃなくて。結衣の中に、本当にある音。……それを、ここで休ませてるだけだから」


 結衣はしばらく僕の言葉を咀嚼するように黙り込んでいた。

それから、ふっと、冬の空気に溶けるような柔らかい笑みを浮かべた。


「藤井くんって、本当に私の知らない私を見つけるのが上手だね」


彼女は自販機のココアのボタンを押した。ガタン、という鈍い音が響き、温かい缶が二つ、取り出し口に転がり落ちる。彼女は一つを僕に差し出した。


「これ。いつも私の声を聴いてくれるお礼。……今日は、私が藤井くんの声を聴く番にしてもいい?」


差し出された缶の温もりが、冷え切った指先から僕の心臓へと伝わってくる。言葉の遅い僕のペースを、彼女が初めて「待とう」としてくれている。三番線の掲示板に『まもなく電車が参ります』の文字が躍った。


「……僕の話は、長くなるよ」

「いいよ。藤井君のためなら次の電車、一本遅らせてもいいくらい。あ、間違えた、悠介のためなら」


そう言って笑う結衣の瞳は、冬の夕暮れの中で、どの街灯よりも明るく澄んで見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ