第一話 無口な僕とおしゃべりな君
十一月の終わり。
急激に冷え込み始めた放課後のホームには、湿り気を帯びた冬の気配が立ち込めていた。
僕、藤井悠介は、三番線ホームの端にある自販機の横を定位置にしている。
そこは蛍光灯の明かりが少しだけ届かず、周囲の喧騒から一歩引ける場所だった。
英単語帳を盾のように顔の前に掲げ、イヤホンを深く差し込む。流しているのは音楽ではなく、ただのノイズキャンセリング。
周囲の笑い声や話し声が、遠い国の出来事のように聞こえるこの「空白」が、僕にとっては一日で唯一、息をつける時間だった。
僕は、自分の思考を言葉に変換する速度が、他人より数テンポ遅い。教室で誰かに振られた話題に対し、適切な返答が喉の奥までせり上がってくる頃には、会話はすでに次のトピックへと移っている。
いつも結局、「……そうだね」という愛想笑いを添えた、中身のない言葉を差し出すことしかできなかった。
(……寒いな)
冬の始まりを感じさせるジャブを喰らいふと顔を上げた時、視界の端に「異物」が入り込んだ。三番線のいつもの位置の近くに、クラスの熱源のような存在――岸本結衣がいた。
いつも誰かに囲まれているはずの彼女が、今日は一人、寒そうに小さく足踏みをしている。
無情にも駅のアナウンスが『上下線ともに運転見合わせ』を告げた。
それと同時に彼女の視線が、僕を捉える。
「……あ、藤井くんだよね? 同じクラスの」
不意に投げかけられた声。僕は脳内で言葉を検索するが、絞り出したのは「……あ、うん。……どうも」という、喉に引っかかったような返事だった。
しかし、彼女はそのまま僕と隣にある自販機の隙間に体を滑り込ませてきた。
「よかったー、知ってる人いて。一人で待つの、まじで無理なんだよね」
彼女は、僕の反応を待たずに喋り続けた。機関銃のような言葉の羅列。
しかし、その横顔は、教室で見せる天真爛漫な笑顔とは違い、どこか沈黙に怯えているようにも見えた。
「……岸本さん」
僕が、会話の合間に無理やり声を割り込ませた。
彼女が「ん?」と、弾かれたように言葉を止める。
「……うるさくないから。沈黙。そんなに、無理して喋らなくても。僕、別に……気まずくないから」
僕は、言葉を選びながらゆっくりと伝えた。
彼女は目を見開いて僕を凝視したあと、「……変なの」とぽつりと言い、線路の先を見た。止まっていたお喋りが消え、本当の静寂が訪れる。
その静寂はなんだか心地がいい気がした。
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