第3話「どっちでもいい友だち」
高校の頃からの友だち・真司には、昔から一つだけ、どうしても慣れないところがある。
「昼メシどうする? ラーメンかカレーか、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ」
「映画さ、“アクション”と“恋愛”どっち観たい?」
「任せる」
「次の休み、遊ぶなら“ディズニー”と“家でゲーム”どっちがよくね?」
「悠斗の行きたい方でいいよ」
――ぜんぶ、俺任せ。
最初は「優しいやつだな」と思ってた。
でも付き合いが長くなるにつれて、だんだんイライラが積もってきた。
(本当はどう思ってんだよ)
聞いても「どっちでもいい」「任せる」しか言わない。
俺が勝手に決めると、文句も言わない。
だからこそ、余計にモヤモヤする。
その日も、俺たちは駅ビルのフードコートで昼メシを探していた。
「なぁ、何食う? ハンバーグとパスタ、どっちがいい?」
「うーん……悠斗、どっち食べたい?」
「……いや、真司の聞いてんの」
「俺は、どっちでもいいかな。どっちも好きだし」
まただ。
こっちが軽く聞いてるときは気にならない。
でも、腹も減ってるし、人も多いし、バイトの時間も迫ってる。
そんな中、何度も「どっちでもいい」を繰り返されると、なんだか自分だけが空回りしている気がした。
「マジでさ」
気づいたら、少し尖った声が出ていた。
「たまには自分で決めろよ。
“どっちでもいい”って言われると、こっちが全部責任かぶってるみたいでだるいんだけど」
真司の足が、ぴたりと止まる。
「別に、責任とか思ってないけど」
「いや、こっちは思うんだって。
“あれにしなきゃよかったかな”とか、気にしちゃうんだよ」
「気にしなくていいよ」
「そう言われてもさ……」
言いながら、自分でもわかっていた。
言い方がキツい。
でも、ここまで溜まってくると、もう止まらなかった。
「前から思ってたけど、お前さ。
“あんたの心がわかったらどんだけ楽か”って感じなんだよ。
何考えてんのか、まじでわかんない」
その瞬間、真司が少しだけ目を見開いた。
「……そうか」
小さくそう言って、視線を逸らす。
「ごめん。じゃあ、今日はやめとくわ」
「え?」
「食欲ないや。帰る」
真司はそれだけ言って、改札の方へ歩いていった。
俺は引き止めるタイミングを逃して、その背中をただ見送るしかなかった。
胸の中で、モヤモヤが今度は別の形に変わる。
イライラと、変な罪悪感が、ごちゃごちゃに混ざった塊になって残った。
◇
数日後。
俺は、真司と共通の友だち・美咲から飲みに誘われた。
「二人とも最近会ってなかったでしょ? 久しぶりに集まろ」
居酒屋の奥のテーブル。
唐揚げとポテトをつつきながら、他愛ない話をしていたとき、ふと美咲が切り出した。
「そういえば、この前フードコートでケンカしたんだって?」
「……誰から聞いた」
「真司からラインきた。“俺、なんかやらかしたかも”って」
俺はグラスを回しながら、ため息をついた。
「ケンカってほどじゃないけどさ。
あいつ、なんでも“どっちでもいい”って言うから、ついキレちゃって」
「あー……」
美咲が、意味ありげに目を伏せる。
「なに、その“あー”って」
「いや、やっぱりねって。
いつか誰かに言われるだろうなって思ってた」
「知ってたの? あいつがあんな優柔不断なの」
「うん。ていうか、理由も知ってる」
俺は思わず身を乗り出す。
「理由?」
「中学のときの文化祭、聞いたことある?」
聞いたことがない、と首を振ると、美咲はゆっくり話し始めた。
「真司、中二のとき、クラスの出し物でめちゃくちゃ張り切ったらしいんだよ。
“脱出ゲームやろうぜ!”って、自分で企画書まで作って」
「想像つくな……」
「あいつ、アイデアマンじゃん。
教室を牢屋みたいに暗くして、謎解き作って、みたいな」
そこまでは、ちょっと微笑ましい話だ。
「でも、クラスの半分くらいは“普通にお化け屋敷でよくない?”って感じでさ。
多数決したら、お化け屋敷がちょっとだけ勝ったの」
「ふつうにありそうな話だな」
「でしょ? でも、そのときの担任がさ、変に空気読まない人で」
美咲の声が少し低くなる。
「“真司くん、そんなにやりたいなら、みんなを説得してごらんよ”って。
クラスの前でプレゼンさせたらしいの。
『お前のやりたいこと、ちゃんと伝えなさい』って」
嫌な予感がした。
「それで、真司はめちゃくちゃ一生懸命話したんだって。
でも、クラスの空気、どんどん悪くなっていって……」
“なんでこいつ一人のために”
“めんどくさ”
“お化け屋敷でいいじゃん、普通に”
そんな言葉が、あちこちから飛んだらしい。
「結局、“やっぱ多数決通り、お化け屋敷で”ってなって。
そのあとずっと、“真司のせいで揉めた”って空気になって…」
「……」
「『自分の意見通そうとすると、場を壊す』って、あいつ本気で思い込んじゃったっぽくてさ。
高校入ってからも、“どっちでもいい”ばっかり言うようになったの、それからなんだよ」
知らなかった。
同じ高校で、毎日のように一緒にいても、そんな話、一度も聞いたことがなかった。
「そんな話、本人から聞いたの?」
「ううん。卒業アルバムの寄せ書きに、ちょろっとね。
“中学の文化祭でごめん”って書いてあったの見て、なんとなくわかった」
「ごめんって、誰に」
「“自分のクラスに”だって。
面倒なやつだよね」
美咲は苦笑した。
「でもさ、真司にとっては、それくらいショックだったんだと思う。
“自分の意見を言う=場を乱す”って、どっかで繋がっちゃったんだろうね」
その言葉で、こないだのフードコートの光景が、別の色に見え始める。
(たまには自分で決めろよ)
(全部責任かぶってるみたいでだるい)
あれは、真司にとって、あのときの教室の再現だったのかもしれない。
「でもさ」
美咲が、少しだけ笑った。
「真司、本当はちゃんと考えてるよ。
この前も言ってた。“悠斗、最近仕事大変そうだから、混んでない店の方がいいかな”とか」
「それ、どこで言ってた」
「私に。
“あいつさ、遠慮して言わねえけど、疲れてると声のトーン落ちるんだよな”って」
そんな細かいところ、いつの間に見ていたんだ。
「だから、多分ね。
“どこでもいい”ってのは、“お前が楽な方でいいよ”って意味なんだと思う。
あいつなりの、“場を壊さない”努力」
胸の奥で、なにかがカチッとハマる音がした気がした。
意味がわかった途端、ずっと引っかかっていたトゲが、少し丸くなっていく。
◇
翌週。
俺は、真司をファミレスに呼び出した。
「この前は、ごめん」
ドリンクバーのコーラを一口飲んでから、ストレートに切り出す。
「フードコートのとき。
お前のこと、何も知らないくせに、好き勝手言った」
「……別に。俺も、急に帰って悪かったし」
真司はいつもの調子で笑った。
その笑いが、どこか少しだけ、疲れたように見えた。
「さ。今日は何食べる?」
メニューを手に取りながら、俺は深く息を吸った。
「ハンバーグとパスタ、どっちがいい?」
「どっちでも――」
「“どっちかと言えば”でいいから。
“ちょっとだけこっちがマシ”くらいで」
真司がぽかんとした顔で俺を見る。
「なんだよ、それ」
「お前に全部決められると、俺も緊張するからさ。
だから、半分こしよう。
“俺が決めるとき”と、“お前が決めるとき”」
沈黙。
ファミレスのざわめきが、妙にうるさく感じる。
やがて、真司が小さく笑った。
「……じゃあ」
メニューの写真を指でなぞってから、
「“どっちかと言えば”ハンバーグ」
「お、出た。貴重な“どっちかと言えば”」
「うるせぇ」
笑いながら、胸の奥で小さな達成感が灯る。
「ありがとな」
「なんでお前が礼言うんだよ」
「いや……なんか、“自分の意見言わせちゃって悪いかな”って思ってたから」
「逆だろそれ」
真司は、呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑った。
「なぁ」
「ん?」
「俺、お前の心、ぜんぶわかってるわけじゃないけどさ」
目の前の水を一口飲んでから、言葉を探す。
「“何も考えてないやつ”って思ってたのは、ちょっと撤回するわ」
「なんだよそれ」
「たぶん俺、今まで、“自分が決めるのが怖い”くせに、“決めてくれない真司”にイライラしてただけなんだと思う」
「……それはそれでめんどくせぇな」
「お互い様だろ」
二人で笑う。
その笑いに、前より少しだけ、素直さが混ざっている気がした。
あんたの心がわかったらどんだけ楽か――そう思っていた。
でも、本当に必要だったのは、「全部わかること」じゃなくて。
“わからないなりに、聞いてみること”と、
“ちょっとだけ本音を出してみること”だったのかもしれない。
店員が注文を取りに来る。
「ご注文お決まりですか?」
「ハンバーグセットひとつ」
真司が、はっきりとそう言う。
その声は、小さいけれど、ちゃんと自分で選んだ人の声だった。
なんでもかんでも「どっちでもいい」としか言わない友だち。
理由がわかった今は、それが少しだけ、誇らしくも思えた。




