表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/26

第3話「どっちでもいい友だち」



 高校の頃からの友だち・真司には、昔から一つだけ、どうしても慣れないところがある。


「昼メシどうする? ラーメンかカレーか、どっちがいい?」


「どっちでもいいよ」


「映画さ、“アクション”と“恋愛”どっち観たい?」


「任せる」


「次の休み、遊ぶなら“ディズニー”と“家でゲーム”どっちがよくね?」


「悠斗の行きたい方でいいよ」


 ――ぜんぶ、俺任せ。


 最初は「優しいやつだな」と思ってた。

 でも付き合いが長くなるにつれて、だんだんイライラが積もってきた。


(本当はどう思ってんだよ)


 聞いても「どっちでもいい」「任せる」しか言わない。

 俺が勝手に決めると、文句も言わない。

 だからこそ、余計にモヤモヤする。


 その日も、俺たちは駅ビルのフードコートで昼メシを探していた。


「なぁ、何食う? ハンバーグとパスタ、どっちがいい?」


「うーん……悠斗、どっち食べたい?」


「……いや、真司の聞いてんの」


「俺は、どっちでもいいかな。どっちも好きだし」


 まただ。


 こっちが軽く聞いてるときは気にならない。

 でも、腹も減ってるし、人も多いし、バイトの時間も迫ってる。

 そんな中、何度も「どっちでもいい」を繰り返されると、なんだか自分だけが空回りしている気がした。


「マジでさ」


 気づいたら、少し尖った声が出ていた。


「たまには自分で決めろよ。

 “どっちでもいい”って言われると、こっちが全部責任かぶってるみたいでだるいんだけど」


 真司の足が、ぴたりと止まる。


「別に、責任とか思ってないけど」


「いや、こっちは思うんだって。

 “あれにしなきゃよかったかな”とか、気にしちゃうんだよ」


「気にしなくていいよ」


「そう言われてもさ……」


 言いながら、自分でもわかっていた。

 言い方がキツい。

 でも、ここまで溜まってくると、もう止まらなかった。


「前から思ってたけど、お前さ。

 “あんたの心がわかったらどんだけ楽か”って感じなんだよ。

 何考えてんのか、まじでわかんない」


 その瞬間、真司が少しだけ目を見開いた。


「……そうか」


 小さくそう言って、視線を逸らす。


「ごめん。じゃあ、今日はやめとくわ」


「え?」


「食欲ないや。帰る」


 真司はそれだけ言って、改札の方へ歩いていった。

 俺は引き止めるタイミングを逃して、その背中をただ見送るしかなかった。


 胸の中で、モヤモヤが今度は別の形に変わる。

 イライラと、変な罪悪感が、ごちゃごちゃに混ざった塊になって残った。



 数日後。

 俺は、真司と共通の友だち・美咲から飲みに誘われた。


「二人とも最近会ってなかったでしょ? 久しぶりに集まろ」


 居酒屋の奥のテーブル。

 唐揚げとポテトをつつきながら、他愛ない話をしていたとき、ふと美咲が切り出した。


「そういえば、この前フードコートでケンカしたんだって?」


「……誰から聞いた」


「真司からラインきた。“俺、なんかやらかしたかも”って」


 俺はグラスを回しながら、ため息をついた。


「ケンカってほどじゃないけどさ。

 あいつ、なんでも“どっちでもいい”って言うから、ついキレちゃって」


「あー……」


 美咲が、意味ありげに目を伏せる。


「なに、その“あー”って」


「いや、やっぱりねって。

 いつか誰かに言われるだろうなって思ってた」


「知ってたの? あいつがあんな優柔不断なの」


「うん。ていうか、理由も知ってる」


 俺は思わず身を乗り出す。


「理由?」


「中学のときの文化祭、聞いたことある?」


 聞いたことがない、と首を振ると、美咲はゆっくり話し始めた。


「真司、中二のとき、クラスの出し物でめちゃくちゃ張り切ったらしいんだよ。

 “脱出ゲームやろうぜ!”って、自分で企画書まで作って」


「想像つくな……」


「あいつ、アイデアマンじゃん。

 教室を牢屋みたいに暗くして、謎解き作って、みたいな」


 そこまでは、ちょっと微笑ましい話だ。


「でも、クラスの半分くらいは“普通にお化け屋敷でよくない?”って感じでさ。

 多数決したら、お化け屋敷がちょっとだけ勝ったの」


「ふつうにありそうな話だな」


「でしょ? でも、そのときの担任がさ、変に空気読まない人で」


 美咲の声が少し低くなる。


「“真司くん、そんなにやりたいなら、みんなを説得してごらんよ”って。

 クラスの前でプレゼンさせたらしいの。

 『お前のやりたいこと、ちゃんと伝えなさい』って」


 嫌な予感がした。


「それで、真司はめちゃくちゃ一生懸命話したんだって。

 でも、クラスの空気、どんどん悪くなっていって……」


 “なんでこいつ一人のために”

 “めんどくさ”

 “お化け屋敷でいいじゃん、普通に”


 そんな言葉が、あちこちから飛んだらしい。


「結局、“やっぱ多数決通り、お化け屋敷で”ってなって。

 そのあとずっと、“真司のせいで揉めた”って空気になって…」


「……」


「『自分の意見通そうとすると、場を壊す』って、あいつ本気で思い込んじゃったっぽくてさ。

 高校入ってからも、“どっちでもいい”ばっかり言うようになったの、それからなんだよ」


 知らなかった。

 同じ高校で、毎日のように一緒にいても、そんな話、一度も聞いたことがなかった。


「そんな話、本人から聞いたの?」


「ううん。卒業アルバムの寄せ書きに、ちょろっとね。

 “中学の文化祭でごめん”って書いてあったの見て、なんとなくわかった」


「ごめんって、誰に」


「“自分のクラスに”だって。

 面倒なやつだよね」


 美咲は苦笑した。


「でもさ、真司にとっては、それくらいショックだったんだと思う。

 “自分の意見を言う=場を乱す”って、どっかで繋がっちゃったんだろうね」


 その言葉で、こないだのフードコートの光景が、別の色に見え始める。


(たまには自分で決めろよ)

(全部責任かぶってるみたいでだるい)


 あれは、真司にとって、あのときの教室の再現だったのかもしれない。


「でもさ」


 美咲が、少しだけ笑った。


「真司、本当はちゃんと考えてるよ。

 この前も言ってた。“悠斗、最近仕事大変そうだから、混んでない店の方がいいかな”とか」


「それ、どこで言ってた」


「私に。

 “あいつさ、遠慮して言わねえけど、疲れてると声のトーン落ちるんだよな”って」


 そんな細かいところ、いつの間に見ていたんだ。


「だから、多分ね。

 “どこでもいい”ってのは、“お前が楽な方でいいよ”って意味なんだと思う。

 あいつなりの、“場を壊さない”努力」


 胸の奥で、なにかがカチッとハマる音がした気がした。


 意味がわかった途端、ずっと引っかかっていたトゲが、少し丸くなっていく。



 翌週。

 俺は、真司をファミレスに呼び出した。


「この前は、ごめん」


 ドリンクバーのコーラを一口飲んでから、ストレートに切り出す。


「フードコートのとき。

 お前のこと、何も知らないくせに、好き勝手言った」


「……別に。俺も、急に帰って悪かったし」


 真司はいつもの調子で笑った。

 その笑いが、どこか少しだけ、疲れたように見えた。


「さ。今日は何食べる?」


 メニューを手に取りながら、俺は深く息を吸った。


「ハンバーグとパスタ、どっちがいい?」


「どっちでも――」


「“どっちかと言えば”でいいから。

 “ちょっとだけこっちがマシ”くらいで」


 真司がぽかんとした顔で俺を見る。


「なんだよ、それ」


「お前に全部決められると、俺も緊張するからさ。

 だから、半分こしよう。

 “俺が決めるとき”と、“お前が決めるとき”」


 沈黙。

 ファミレスのざわめきが、妙にうるさく感じる。


 やがて、真司が小さく笑った。


「……じゃあ」


 メニューの写真を指でなぞってから、


「“どっちかと言えば”ハンバーグ」


「お、出た。貴重な“どっちかと言えば”」


「うるせぇ」


 笑いながら、胸の奥で小さな達成感が灯る。


「ありがとな」


「なんでお前が礼言うんだよ」


「いや……なんか、“自分の意見言わせちゃって悪いかな”って思ってたから」


「逆だろそれ」


 真司は、呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑った。


「なぁ」


「ん?」


「俺、お前の心、ぜんぶわかってるわけじゃないけどさ」


 目の前の水を一口飲んでから、言葉を探す。


「“何も考えてないやつ”って思ってたのは、ちょっと撤回するわ」


「なんだよそれ」


「たぶん俺、今まで、“自分が決めるのが怖い”くせに、“決めてくれない真司”にイライラしてただけなんだと思う」


「……それはそれでめんどくせぇな」


「お互い様だろ」


 二人で笑う。

 その笑いに、前より少しだけ、素直さが混ざっている気がした。


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か――そう思っていた。

 でも、本当に必要だったのは、「全部わかること」じゃなくて。


 “わからないなりに、聞いてみること”と、

 “ちょっとだけ本音を出してみること”だったのかもしれない。


 店員が注文を取りに来る。


「ご注文お決まりですか?」


「ハンバーグセットひとつ」


 真司が、はっきりとそう言う。

 その声は、小さいけれど、ちゃんと自分で選んだ人の声だった。


 なんでもかんでも「どっちでもいい」としか言わない友だち。

 理由がわかった今は、それが少しだけ、誇らしくも思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ