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第20話「なんでも『冗談だよ』で済ませる友人」



 大学の友人・遼は、なんでも「冗談だよ」で済ませる。


「お前さ、また太った? その服パツパツじゃん」

「……うるさい」

「冗談だよ、そんな真顔になるなって」


「その企画、ちょっと“センス昭和”じゃね?」

「え、マジでそう思う?」

「冗談だって。気にすんなって」


 言葉はいつも、一歩だけ踏み込みすぎている。

 こっちが「ん?」と思うところまで刺してきて、

 こわごわ反応した瞬間に、「冗談」で全部リセットする。


(いや、冗談って言えば何でも許されるわけじゃないからな)


 そう心の中でツッコミながらも、

 その場の空気を壊したくなくて、結局笑って飲み込んでしまう。


 社会人になっても、関係は続いていた。


 飲みに行けば、「お前ほんと仕事似合わないよな」と笑い、

 恋バナになれば、「お前と付き合う人、忍耐力すごそう」と笑う。


 どれも、冗談のつもりなのだろう。

 実際、一緒にいて楽しい瞬間も多い。


 でも帰りの電車でふとスマホを眺めていると、

 さっき言われた言葉だけが、心の中でやたら反芻される。


(あんたの心がわかったらどんだけ楽か)


 なんでそこまで踏み込んで言えるのか。

 なんでそんなふうに笑えるのか。


 わからないまま、「冗談だから」で片づけられていく。



 決定的にしんどくなったのは、

 私の転職が決まったときだった。


「来月から、デザイン事務所に移ることになった」


 いつもの居酒屋でそう言うと、

 遼はメニューをめくりながら「まじ?」とだけ返した。


「今の会社、ブラックだったしさ。

 前から言ってた事務所、たまたま募集出てて」


「ふーん」


 そこまで話して、しばらく間があいてから、

 遼はぽつりと言った。


「よく受かったな」


「……は?」


「いや、デザイン事務所ってさ。

 もっと“センス尖ってます!”みたいな人じゃないと無理だと思ってたから」


「どういう意味」


「そのまんま。

 真帆(私)って、“普通に感じいい”系じゃん。

 なんか、そういうとこのイメージなかった」


 胸の奥が、きゅっとなる。


「一応、ポートフォリオもちゃんと作ったんだけど」


「はいはい、怒るなって。冗談だよ」


 遼は、すぐに笑って言う。


「すげーよ。うん、おめでとう。……生中二つで」


 話題は、そのまま流された。


 でも、「よく受かったな」の一言は、

 帰り道までずっと胸に刺さったままだった。



 それからしばらく、私は遼から少し距離を置いた。


 LINEが来ても、返事を遅らせる。

 「飲みに行こうぜ」と誘われても、「最近忙しくて」でかわした。


(めんどくさいやつだな、私)


 自分でわかってはいるけれど、

 会ってまた何か言われたら、今度こそ笑えない自信があった。


 結局、転職して一ヶ月ほど経ったころ、

 遼から長めのメッセージが届いた。


『最近、避けてる?』

『なんかやらかしたなら言って』


 画面を見つめながら、しばらく悩む。


(言わなくてもいい。

 このままフェードアウトすれば楽かもしれない)


 でも、それをやるには、

 私たちは長く付き合いすぎていた。


『この前の「よく受かったな」ってやつ、

 正直、結構グサッときてた』


 そう打ち込んで、送信ボタンを押した。



 返事はすぐに来た。


『あー……あれか』

『悪かった。冗談のつもりだった』


 やっぱり「冗談」が出てくる。


『その“冗談”で、けっこう傷ついてることある』


 と追い打ちで送ると、

 しばらく既読のまま止まった。


 数分後、短い一行が届く。


『会って話していい?』



 日曜の夕方、

 駅前のファミレスで向かい合った。


「でかい顔して来たな」


「お互い様でしょ」


 そんな軽口で始まったのに、

 空気はすぐに重くなった。


「この前のやつさ」


 遼が、ストローをいじりながら言う。


「“よく受かったな”って言ったのは、ほんとに冗談のつもりだった」


「うん、メッセージでもそう言ってた」


「“意外だな”って意味で言った。

 悪い意味じゃなくて、“思ってたよりすげーな”ってやつ」


「それ、本気でそう思ってたとしてもさ」


 私は、冷めかけたドリアを見ながら言った。


「“よく受かったな”って言葉だけ切り取られると、

 “お前にそんな実力ないだろ”って聞こえるよ」


「……だよな」


「今までのもそう。

 “太った?”とか“センス昭和”とか。

 フォローで“冗談だよ”って言われても、

 最初の一発が痛すぎると、全然中和されない」


 遼は、黙って聞いていた。


「“冗談だよ”って言えば笑ってもらえるの、

 高校までだよ」


「きついな」


「大人になってまでやられると、素で距離置きたくなる」


 言葉にしてしまうと、思っていた以上に鋭い。

 自分でも少し言い過ぎたかと思った。


 でも、遼は反論しなかった。


「……それ、前にも言われた」


「誰に?」


「元カノに」


 不意に出てきた単語に、私は顔を上げた。



「大学のとき付き合ってた子、いたじゃん」


「ああ、いたね。

 “優等生っぽい子”」


「そう、その優等生っぽい子」


 遼は、少し苦笑する。


「最後の方、だんだんケンカ増えてさ。

 別れるときに、“遼くん、なんでも“冗談だよ”って逃げるよね”って言われた」


「“逃げる”?」


「“冗談にしてる間は、本当の話しなくていいと思ってるでしょ”って」


 その言葉は、妙に胸に残る響きがあった。


「そのときは、“は? なにそれ”って思ってたけど」


 遼は、テーブルに視線を落とした。


「今は、半分くらいわかる気がする」


「半分?」


「半分は、“相手を試してた”んだと思う」


 そう言って、自分で顔をしかめる。


「うざいでしょ」


「まあ、うざいね」


「はっきり言うじゃん」


 でも、遼も笑った。



「試すって、どういうこと」


 私は、少し声を落として聞いた。


「本気の本音言うの、怖いんだよ」


「本音?」


「“すげーじゃん”“うらやましい”“置いていかれそうで怖い”とかさ」


 不意を突かれたような感覚がした。


「真帆さ、行動力あるじゃん。

 思い立ったら、ちゃんと動く感じ」


「そうでもないよ」


「そういうとこ、昔からちょっと眩しかった」


 そんなふうに言われたのは初めてで、戸惑う。


「でも、“眩しい”とか“うらやましい”って素直に言うの、

 なんか負けた気がしてさ」


「……負け?」


「“かっこいいな”って認めたら、

 自分のダサさ全部バレる気がする」


 遼は、ストローの氷をカラカラ鳴らした。


「だから、“太った?”とか“センス昭和”とか、

 ちょっと下げること言って、“それでも一緒に笑ってくれるか”試してたんだと思う」


「そんな理由?」


「うん。

 クソみたいな理由」


 自虐っぽく笑う顔に、

 高校のときの遼が少し重なった。



 思い出したのは、文化祭の打ち上げの夜だ。


 あの頃から遼は、少し場をいじる役をしていた。

 誰かの失敗をネタにして笑いを取ったり、

 教師のモノマネで盛り上げたり。


 でも、その打ち上げが終わったあと。

 帰り道の暗い校舎裏で、

 遼が一人で座っているのを、私は見つけてしまった。


「どうしたの?」


「……いや、なんでもない」


 そう言って笑った顔が、

 どこか苦しそうだったのを覚えている。


 でもそのとき、私は「なんでもない」の向こうを聞こうとしなかった。


 遼も、「冗談だよ」で全部流してきた。


 積もり積もってきたものの行き先が、

 ようやく今、こちらに流れ込んできている。



「もう半分は?」


 私は聞いた。


「さっき“半分は試してた”って言ってたけど。

 もう半分は?」


「……もう半分は、“うちの家の感じ”だな」


「家?」


「うちはさ。

 親父が、ガチで怒るタイプなんだよ」


 遼は、少し表情を硬くした。


「“お前は何やっても中途半端だ”とか、

 “そんなことしても意味ない”とか。

 そういうの、普通に面と向かって言われる家庭」


 私の胸の奥で、何かがカチッと噛み合った。


「でも、そのくせ、最後に必ず言うんだよ。

 “冗談だよ。お前のこと、一番期待してるから”って」


「……」


「それ聞いて、“ああ、冗談だったんだ”って思おうとするんだけど。

 先に刺さった方が、抜けないんだよな」


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か――

 そう何度も思ってきたけれど。


 今、遼の「冗談だよ」が、

 別の言葉のコピーに見えてしまう。


「“冗談だよ”って言えば、

 きついこと言っても許されるって、どっかで覚えちゃったんだと思う」


「親父さんの真似?」


「多分な」


 遼は、しょっぱいものを噛みしめるみたいな顔をした。



「……それ、さ」


 私は、少しだけ息を吸って言った。


「“親父さんと同じことしてる”って、気づいてた?」


「うっすら」


「うっすらじゃなくて、がっつりだよ」


「だよな」


 遼は、額を指で押さえた。


「真帆には、言われたくなかったな、それ」


「でも、私が言わなかったら、多分ずっと気づかないでしょ」


「否定できない」


 二人で、乾いた笑いを漏らした。



「じゃあさ」


 私は、テーブルの上の紙ナプキンをいじりながら言った。


「“冗談だよ”禁止にしない?」


「いきなり?」


「いきなり」


「無理じゃね?」


「“冗談だよ”って言う代わりに、

 “今の、言い過ぎたかも”って言って」


「余計きつくない?」


「いや、“言い過ぎた”って自覚してるだけ、だいぶマシ」


 遼は、しばらく考えてから肩をすくめた。


「……やってみる」


「それと」


「まだあるの?」


「“思ってるよりすげーな”って思ったときは、

 素直に“すげーな”って言って」


「それ、一番むずいな」


「“負け”とかじゃないから。

 勝ち負けじゃないとこで仲良くしたいんだけど」


 そう言うと、遼は苦笑した。


「なにそれ。

 今まで、“勝てそうなライン”探しながら友達やってたみたいじゃん」


「そう聞こえるよ」


「……耳痛い」


 でも、遼の顔はどこかすっきりしていた。



「じゃあ、試しに今、言ってみてよ」


「なにを」


「私の転職。

 どう思ってたか」


「めんどくさいテストするな」


「さっき“試されてた”って言ったのお互い様だからね」


 遼は、大きくため息をついてから、こちらを見た。


「……正直に言うと」


「うん」


「ほんとに、すげーなと思った」


 まっすぐな言葉だった。


「俺、怖くて動けなかったからさ。

 “いつかそういうとこ行けたらな”って言ってるだけで。

 だから、真帆が先に行っちゃう気がして、

 ちょっとだけ置いてかれたくなかった」


「“ちょっとだけ”かな?」


「だいぶかも」


 二人で笑う。


「でも、本当は、

 “それでも友達でいてくれるかな”っていうのを、

 “太った?”とか“よく受かったな”とかで、

 変なふうに試してたんだと思う」


「面倒くさい男だな」


「自覚はある」



 ファミレスを出るころには、

 空はすっかり暗くなっていた。


 駅までの道を並んで歩きながら、

 遼がぽつりと言った。


「これからも、たまに言っちゃうかもしれない」


「なにを」


「“冗談だよ”」


「そのときは?」


「“今の、本気で傷ついた?”って聞くから、

 ちゃんと“傷ついた”って言ってくれ」


「めんどくさいな」


「それぐらい付き合えよ。

 こっちも、“すげーな”ってたまには素直に言うから」


「たまには、ね」


 そんなやりとりをしながら、

 改札の前で別れた。



 あんたの心がわかったらどんだけ楽か――

 ずっとそう思っていたけれど。


 “なんでも『冗談だよ』で済ませる友人”の正体は、

 「本音を言うのが怖くて、

  “試すための冗談”に逃げていた人」であり、

 「親から受け取った癖を、無意識にトレースしていた人」だった。


 全部を理解することは、多分できない。

 でも、「なんでそんな冗談の形を選んでしまうのか」を知ったことで、

 刺さっていた言葉のトゲは、少し丸くなった。


 これからもきっと、

 遼はたまに、余計な一言を言うだろう。


 そのたびに私は、

 「今の、冗談でも笑えないやつ」と、ちゃんと返してやろうと思う。


 “あんたの心”と“自分の心”、

 どちらもごまかさないでいられる関係を、

 少しずつ練習していくつもりだ。

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