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第16話「自慢ばかりする同級生」



 高校の同窓会に行くかどうか、ぎりぎりまで迷っていた。


 仕事は疲れるし、土日は寝ていたいし、

 今さら昔のクラスメイトと何を話せばいいのかもわからない。


 それでも、グループLINEで懐かしい名前が並ぶのを見ていたら、

 少しくらい顔を出してもいいかな、という気になった。


 そして当日。

 居酒屋の個室のドアを開けた瞬間、私は早速、

 会いたくなかった顔を見つけてしまった。


「おー、真央じゃん。久しぶり」


 派手めのシャツに腕時計を光らせている男。

 同級生の中村だ。


「久しぶり」


 とりあえず笑顔を作って返す。


 中村は高校の頃から、とにかく自慢話が多かった。


「この前さ、模試で学年一位だったわ」

「うちの親父さ、会社で部長だからさ」


 今思えば、可愛いものだったのかもしれない。

 でも十代の私には、それがひたすら鼻についた。


(うわぁ……まだ時計キラキラさせてる)


 心の中でため息をつきつつ、私は端の方の席に滑り込んだ。



 乾杯が終わると、あちこちで近況報告が始まった。


「結婚したんだって?」

「子ども二人いるよー」

「え、教師になったの? すご」


 そんな中、ひときわ通る声で、中村が話し出した。


「俺さ、今、外資系で営業やってんだけどさ」


 はい、始まった、と心の中でツッコミを入れる。


「この前の四半期、部署でトップだったんだよね。

 インセンティブだけでボーナス超えてさ」


「すげーな」

「やっぱ営業向いてんだな」


「いやいや、たまたまだよ。

 でもさ、うちの会社、頑張った分だけちゃんと給料に反映されるからさ。

 年収も、まあそこそこになってきたし」


 そこで一瞬、こちらに視線をよこす。


「真央は今、どこだっけ?」


「え? 私? 都内の小さな出版社」


「おお、なんかオシャレじゃん。

 本、あんま読まないけどさ」


 読まないなら言うな、と思う。


「給料は……まあ、そんなでもないよ」


「だよなー。出版社って大変って聞くもん。

 いやー、やっぱ営業で稼ぐのが一番コスパいいわ」


 コスパって言うな。


(あんたの心がわかったらどんだけ楽か)


 自分から聞いてもいない自慢話を延々聞かされるこっちの身にもなってほしい。



 二次会はカラオケだったが、私は一次会で帰ることにした。


「じゃ、私、明日も仕事だから」


「あれ、もう帰るの?」


 中村が残念そうに言う。

 その顔を見て、少しだけ罪悪感がよぎる。


「うん、早起きだから」


「そっか。じゃあまた。

 今度メシでも行こうぜ。出版社の裏話とか聞きてーし」


「気が向いたらね」


 曖昧に笑って店を出た。


 外は、少し雨が降り始めていた。



 同窓会から数日後。

 グループLINEに、中村からメッセージが届いた。


『こないだ、あんま話せなかったなー』

『仕事の話、もっと聞きたかったわ』


 個別にまでメッセージが来るとは思っていなかったので、少し驚いた。


『忙しいから、そんなに面白い話ないよ』


 とだけ返信すると、すぐに既読がついて、おとなしく会話は終わった。


(それでよし)


 そう思っていたのに。


 一週間ほど経ったある夜。

 残業を終えて会社を出たところで、またメッセージが来た。


『今、新宿?』


『え? なんで知ってるの』


『駅前で今から飲むけど、真央も近いかなーと思って』


 どうやら、別の同級生たちと集まっているらしい。

 駅前の写真が送られてきた。


 私は一瞬迷ってから、

 「帰り道だし、一杯だけなら」と返信してしまった。


(自分、何してんだ)


 そう思いながらも、足は自然と駅前に向かっていた。



 居酒屋に入ると、同級生たちがもう何人か出来上がっていた。


「おー、真央きた」


「おつかれー」


 中村は、思っていたより酒が入っているようで、

 目が少し赤い。


 適当に話を合わせながら一時間ほど過ごしたころ、

 友人たちが一人また一人と帰っていき、

 気づけばテーブルには私と中村だけが残っていた。


「悪い、付き合わせちゃって」


「いや、私も帰るつもりだったから」


「もう一杯だけいい?」


 そう言って、彼はハイボールを注文した。


 私はウーロン茶の氷をストローでつつきながら、

 帰るタイミングを探していた。


「なぁ、真央」


 ふいに、真面目な声で名前を呼ばれる。


「ん?」


「この前、同窓会でさ。

 なんか、ちょっと避けてた?」


 図星だった。


「避けてたっていうか……

 中村の話、聞いてるだけでお腹いっぱいになるから」


「辛辣だな」


「自覚あるでしょ。

 自分の年収とか、インセンティブとか、全部話したがるじゃん」


「だって、せっかく頑張ってるんだからさ」


「それはわかるけど。

 こっちは仕事でいっぱいいっぱいで、

 “年収”とか“成果”とか、比べられたくないときもあるんだよ」


 言いながら、

 自分が少し子どもっぽいことを言っている気もした。


「“比べてないよ”って言いたいところだけど、

 多分、多少は比べてるんだろうな」


 中村は、珍しくあっさり認めた。


「高校のときからさ。

 “誰より点取りたい”“誰より評価されたい”って思ってた」


「知ってる」


「で、自慢するとさ。

 “すげーな”って言ってもらえるじゃん」


「言ってた人もいたね」


「それが、気持ちよかったんだよな、多分」


 彼は、ハイボールのグラスをじっと見つめた。


「でもさ」


 少し間をおいて続ける。


「“自慢ばっかりだな”って思われてるのも、薄々わかってた」


「……そうなんだ」


「俺、バカじゃないからさ」


 自分で言うな、と思う。


「“また始まった”って顔、何回も見てきた。

 けど、自分でも止められなかった」


「なんで?」


 そこで中村は、一瞬だけ笑って、

 すぐにその笑顔を引っ込めた。


「誰かに、ちゃんと褒められたこと、あんまりないからかもな」


「え?」


「親に」


 その言葉は、思っていたより重かった。



「うちの親父、ずっと自営業でさ」


 中村は、言葉を選ぶように続けた。


「景気良かったときは、“稼いでなんぼだ”って感じで、

 金さえ家に入れてればあとはどうでもいいみたいな人だった」


「うん」


「でも、不景気になって、店がうまくいかなくなって。

 売上落ち始めたあたりから、家の空気がずっとギスギスしてた」


 中村の指が、グラスの縁をなぞる。


「そんな中で、テストでいい点取ってもさ。

 “こんなんじゃ食っていけないぞ”しか言われなかった」


「“すごいな”とか、“頑張ったな”とかは?」


「言われたこと、ないかも」


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か――

 今、彼の心の奥にある穴の形が、少しだけ見えた気がした。


「親父、いつも自分の自慢はしてたんだよ。

 “昔はこんだけ売上あった”“この取引先をまとめたのは俺だ”って。

 でも、目の前で頑張ってる俺には、“まだまだだ”“そんなの普通だ”しか言わない」


「……」


「だからかな。

 誰かに、“すげーじゃん”って言われると、

 異常にうれしくてさ」


 中村は、苦笑した。


「高校で模試の結果貼り出されたとき、

 お前、“一位なんだ、すごいね”って普通に言っただろ」


「言った気がする」


「それが、めちゃくちゃうれしかった。

 家で一回も言われなかったやつ、初めてちゃんと言われた感じがした」


「……そんな記憶、こっちはすっかり抜けてたよ」


「俺は覚えてる」


 そう言って、照れくさそうに笑った。


「そっから、“自分の頑張り”を誰かに見てほしくて、

 余計に自慢っぽくなったんだと思う」



「だからってさ」


 私は、小さく息を吸って言った。


「全部“自慢モード”で来られると、

 こっちはやっぱ疲れるよ」


「だよな」


「“すげーじゃん”って言いたいときもあるけど、

 こっちがボロボロのときに、キラキラ年収の話聞かされると、

 “あー、私、全然ダメだな”って落ち込むんだよ」


「それは、わかる」


「中村の“嬉しさ”のために、

 私の“しんどさ”を差し出し続けるのは、さすがにきつい」


 自分で言いながら、

 少しだけ胸がチクっとした。


「……ごめん」


 中村は、素直に頭を下げた。


「“自慢”ってさ。

 “自分を誇りたい”のと同時に、“誰かに認めてほしい”なんだと思う」


「うん」


「でも、認めてもらうために、

 相手の心を削ってたら、本末転倒だよな」


「ようやく気づきましたか、って感じではあるけど」


 二人で、少し笑った。



「たださ」


 中村が、グラスを置いて言う。


「真央にだけは、たまに“聞いてほしい”って思ってた」


「なんで?」


「高校のとき、真央ってさ。

 “すごいね”って言うとき、本当にそう思ってる感じだったから」


 そう言われて、なんだかむずがゆい気持ちになる。


「俺の中で、“ちゃんと褒めてくれた人リスト”の上位なんだよ、お前」


「そんなリスト、あるんだ……」


「ある」


 即答だった。


「だから、同窓会で会ったとき、“また真央にすげーって言われたいな”って、

 調子に乗って年収の話ばっかしちゃった」


「うん、すごいって思う前に、うるさいって思った」


「だろうな」


 中村は、自分の額を軽く指で叩いた。


「じゃあさ。

 条件付きでお願いしてもいい?」


「なに」


「年に一回くらい、“ちゃんと頑張った話”を聞いてくれない?」


「年一?」


「うん。

 その代わり、それ以外のときはあんまり自慢しないようにする。

 “ここぞ”だけにする」


「……考え方は悪くないかも」


 私は、少しだけ悩んでから言った。


「じゃあ、こっちも条件つけていい?」


「どうぞ」


「“頑張った話”だけじゃなくて、“しんどかった話”もセットで話すこと」


「しんどかった話?」


「うん。

 “こんだけの成績出すまで、こんなに失敗した”とかさ。

 “これが怖かった”とか」


「なんで?」


「中村の話って、“結果だけ”聞かされると、自分と比べちゃうんだよ。

 プロセスも一緒に聞けたら、

 “ああ、そこまでやってるなら、そりゃそうだよな”って納得できるかもしれない」


「……なるほど」


「“すごさ”だけじゃなくて、“人間くささ”も一緒にしてくれたら、

 多分、前より聞きやすい」


「難しい注文するな」


「お互い様でしょ」


 二人でまた笑った。



 その夜、家に帰ってから、

 私はベッドに寝転びながら天井を見上げた。


 自慢ばかりする同級生。

 うるさいだけの存在だと思っていたけれど――


 その裏には、

 「誰かにちゃんと褒められた記憶の少なさ」と、

「自分の価値を確かめたい必死さ」が、

 ぐちゃぐちゃに絡まっていた。


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か。

 全部を理解することは、多分できない。


 それでも、「なんでそんなに自慢したがるのか」を少しだけ聞いてみたら、

 “うるさい自慢男”のラベルは、

 “褒められたくて仕方ない不器用なやつ”に変わった。


 その不器用さに、どこまで付き合うかは、きっとこれから自分で決めていく。


(年に一回くらいなら、まあ……聞いてやってもいいか)


 そんなふうに思えた自分の心の変化を、

 少しだけ面白がりながら目を閉じた。

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