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第11話「ドタキャンばかりする友だち」



 大学の頃からの友だち・美雪は、昔から「ドタキャン魔」だ。


「来週の土曜、久しぶりに映画行かない?」

『行く行く! 絶対行く!』


 ノリはいい。返事も早い。スタンプもやたら可愛い。


 なのに、当日の朝になると――


『ごめん、ちょっと体調悪くて…また今度でもいい?』


 このパターンを、何回繰り返したかわからない。


 最初のうちは心配もしていた。


「大丈夫? 無理して来なくていいからね」


 でも三回、四回と続くうちに、

 だんだん別の感情が顔を出してくる。


(もしかして、私ってその程度?)


 同じサークルの飲み会には普通に顔を出す。

 インスタには、別の友だちと遊んでいる写真も上がっている。


 なのに、私との約束のときだけ、当日キャンセルが多い。


(あんたの心がわかったらどんだけ楽か)


 そうつぶやきたくなるくらい、モヤモヤが溜まっていった。



 社会人になって、互いの予定も合いにくくなった。


 それでも、久しぶりに二人の休みが重なって、

 大好きなバンドのライブに行くことになった。


「この日だけは絶対空ける!」


 美雪の目は本気だったし、私も同じくらい楽しみにしていた。


 チケットもホテルも取って、

 スケジュール帳には大きく赤丸をつけた。


 そして当日。

 新幹線に乗る一時間前。


 スマホが震えた。


『本当にごめん。行けなくなっちゃった』


 画面の文字が、一瞬で血の気を引かせる。


『え? なんで』


 震える指で打ち込むと、少し間を置いて返信が来た。


『ちょっといろいろあって…

 ほんと、ごめん』


 「ちょっと」「いろいろ」。

 中身のない言葉だけが並ぶ。


 駅に向かう足は止まっていた。


(これにもドタキャンするんだ)


 胸の奥で、何かがぷつんと切れた。


『そっか。

 もういいよ。疲れた』


 気づいたら、そう打って送っていた。


 既読がついても、しばらく返信は来なかった。



 結局、私はひとりでライブに行った。


 席に座っても、開演しても、

 ステージの光と一緒に、美雪の影ばかり探してしまう。


(ここで一緒に騒ぐはずだったのに)


 アンコールのとき、ふいに涙が出てきて、

 自分でも驚いた。


 ライブが終わってホテルに戻っても、

 美雪からのメッセージはなかった。


(ああ、これで終わりかもしれないな)


 大学のときからの、十年近い付き合い。

 その終わり方が「ドタキャン」と「既読スルー」かと思うと、

 情けなくて、悔しくて、また泣きそうになる。



 東京から戻って数日後。

 共通の友だちの紗耶から連絡が来た。


『今度の金曜、ちょっと会えない?』


 カフェで向かい合うと、

 紗耶は少し言いづらそうな顔をしていた。


「美雪のことなんだけどさ」


「……うん」


「この前のライブ、行けなかった件で、だよね?」


「そう。

 あいつ、かなり落ち込んでたよ」


「え、なんで? ドタキャンしたの、美雪でしょ」


「それな」


 紗耶は苦い顔をした。


「なんでか、聞いてないの?」


「“いろいろあって”としか」


「……あー、やっぱり言ってないか」


 その言い方が、妙に引っかかった。


「なにそれ。紗耶は知ってるの?」


「全部じゃないけどね」


 紗耶は、ホットコーヒーのカップを両手で包みながら続けた。


「美雪さ、去年あたりから、

 人が多いところに行くと、急に苦しくなることがあるんだって」


「苦しくなる?」


「人混みとか、音が大きい場所とか。

 電車の中とかショッピングモールとかで、

 急に息がうまく吸えなくなったり、

 手が震えたりすることがあるらしい」


 それって、と言いかけた言葉を飲み込む。


「病院には?」


「一応行ったみたいだけど、“ストレスでしょうね”って言われて、

 薬飲みながら様子見てるって」


 胸の中で、何かが音を立てる。


「でもさ、私との約束、前からドタキャン多かったよ」


「それ、多分ね」


 紗耶が静かに言う。


「行きたかったからだと思うよ」


「……は?」


「最初から“行けないかも”って断るの、

 美雪、すごく苦手じゃん。

 “ごめん、今ちょっと人混み無理でさ”って言えばいいのに、

 言ったら“弱い人”って思われる気がして、ギリギリまで頑張っちゃうんだと思う」


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か――

 それは、多分その子も同じだったのかもしれない。


「この前もさ、ライブのこと、すごい楽しみにしてたよ。

 “絶対行く。今度こそ絶対”って」


「“今度こそ”?」


「前にも別のライブ、途中で具合悪くなって帰ったことがあったんだって。

 それから、“また倒れたらどうしよう”って怖くて、

 チケット取っても、当日になると不安が爆発するみたい」


「それならそれで、早めに言ってくれればよくない?」


 思わず、少し強い声が出た。


「こっちはホテルも取って、新幹線も取って。

 キャンセル料だってこっち持ちだよ?」


「それはそう。

 怒って当然だと思う」


 紗耶ははっきり言った。


「たださ、“早めに言えばいいじゃん”って、

 落ち着いてる人の言葉なんだよね」


「どういうこと?」


「不安が大きくなってるときって、

 “行く”と“行かない”の間で、

 ずっとぐるぐるしてるらしいんだよ」


 紗耶は、テーブルの上で指をくるくる回して見せた。


「“このまま頑張って行けるかも”“でも倒れたら迷惑かける”

 “でも約束したし”“でも怖い”“でも”“でも”って。

 で、そのループから抜けられないまま、当日になって、

 ギリギリで“無理だ”ってところに振り切れる」


 その様子が、妙にリアルに想像できてしまって、

 私は黙り込んだ。


「もちろん、それで当日ドタキャンされた方はたまったもんじゃないよ。

 だから、凛が怒るのは全然間違ってない」


「……でも?」


「でも、“軽んじられてた”ってのは、

 多分違うんじゃないかなって思ってる」


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か。

 それは、私の心でもあり、美雪の心でもある。



 その晩、部屋でひとりになってから、

 私は何度もスマホを開いては閉じた。


(謝るの、美雪の方でしょ)


 そう思うもう一人の自分と、

 「ちゃんと聞きたい」という自分が、

 頭の中で行ったり来たりする。


 結局、私はこんなメッセージを送った。


『この前は怒ってごめん。

 まだモヤモヤしてるけど、一回ちゃんと話したい。

 もしよかったら、今度電話しない?』


 送信ボタンを押してから、

 心臓の音がうるさくて仕方がなかった。


 しばらくして、

 ぽん、と返信が届く。


『こっちこそ、ごめん。

 話したい。電話、お願いしてもいい?』



 通話ボタンを押すと、

 少し間を置いて、美雪の声が聞こえた。


「もしもし」


「もしもし」


 数秒の沈黙。


 先に口を開いたのは、美雪の方だった。


「ライブ、本当にごめん」


「うん」


「行きたかった。

 でも、怖かった」


 その言葉が、まっすぐ胸に刺さる。


「怖いって、何が?」


「人が多いとこ。

 音がどーんってくるとこ。

 前みたいに、急に息できなくなったらどうしようとか、

 凛の前で倒れたらどうしようとか」


「倒れたって、いつ?」


「……二年前。

 別の友だちとフェス行ったとき」


 美雪は、ぽつりぽつりと話し始めた。


 人混みの中で気分が悪くなって、

 救護テントに運ばれたこと。

 そのとき一緒にいた友だちに、

 「なんで言ってくれなかったの」と泣かれて、

 それ以来、その子と距離ができてしまったこと。


「それがずっと怖くて。

 “また同じことになったらどうしよう”って。

 凛にも、あんな思いさせたくなかった」


「でも結局、別の意味で同じようなことになってるよ」


 自分で言いながら、

 少し苦笑いしそうになる。


「うん。

 わかってたんだけどね」


 美雪の声は、ひどく小さかった。


「ギリギリまで、“行く”方に振り切ろうとしてた。

 なんなら、駅までは行こうとしてた。

 でも、乗り換えのこととか、会場の人の多さとか想像してたら、

 足が動かなくなって、駅前で泣きそうになった」


「そこで、“今無理だ”って言えばよかったのに」


「言えたら苦労しないよ」


 半分泣き笑いみたいな声だった。


「“怖いから行けない”って言ったら、

 “じゃあ最初から約束しないでよ”って言われるかもしれないし。

 “弱い人”って思われるかもしれないし」


「そんなふうに思わないけど」


「凛はそう言ってくれるかもしれないけど、

 私の頭の中では、そうじゃない声がすごく大きくなるんだよ」


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か。

 でも、本人ですら、自分の心の中の声に振り回されている。



「だからさ」


 美雪が、言いにくそうに続けた。


「もし、まだ友だちでいてくれるならなんだけど」


「うん」


「“キャンセル前提の約束”ってできない?」


「キャンセル前提?」


「“行けたらラッキー、行けなくても怒らない”みたいなやつ」


 あまりに都合のよすぎる提案に、

 思わず噴き出しそうになる。


「それ、成立する?」


「しないかな……」


 美雪も苦笑した。


「でも、正直に言うと、

 “絶対行く”って約束、今の私にはちょっと重い。

 “行きたいけど、もしかしたら無理かも”って言えたら、

 もう少しマシになりそうな気がして」


 少し考えてから、私は言った。


「じゃあさ」


「うん」


「大きなイベントは、“ひとりでも行ける前提”にするのはどう?」


「ひとりでも?」


「ライブもフェスも、

 “どっちかが行けなくなっても、もう片方は行く”。

 チケットも、それぞれ自分の分は自分で払う。

 “行けたら一緒に楽しめてラッキー”、

 “無理なら現地で合流なし”」


「……それなら、少し気が楽かも」


「こっちも、“全部キャンセルされるかも”って前提なら、

 勝手に期待しすぎないで済むし」


 沈黙のあと、美雪がふっと笑った。


「なんかさ、それって」


「なに」


「“仲がいいから一緒に行かなきゃ”じゃなくて、

 “仲がいいから、それぞれのペースを許せる”って感じがして、

 ちょっと救われる」


「うまいこと言ったつもり?」


「半分ね」


 二人で、少し笑った。



 電話を切ったあと、私は天井を見上げた。


 ドタキャンばかりする友だち。

 軽く見られているのだと思っていたけれど――


 その裏側には、

 「約束を守れない自分を一番嫌っている本人」と、

 「それでも誰かと一緒にいたい気持ち」が、

 ぐちゃぐちゃに絡まっていた。


 あんたの心がわかったらどんだけ楽か。

 全部を理解することは、多分できない。


 でも、「なんでそうしちゃうの?」と一歩だけ踏み込んで聞いてみたら、

 “ドタキャン魔”のラベルは、

 少しだけ違う形に見えてきた。


 これからも、美雪はきっと、何度か約束を破るだろう。

 私も、何度かは怒るだろう。


 それでも、

 「キャンセル前提でもつながっていたい」と思える相手がいることは、

 悪くない、と今は思える。

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