第11話「ドタキャンばかりする友だち」
大学の頃からの友だち・美雪は、昔から「ドタキャン魔」だ。
「来週の土曜、久しぶりに映画行かない?」
『行く行く! 絶対行く!』
ノリはいい。返事も早い。スタンプもやたら可愛い。
なのに、当日の朝になると――
『ごめん、ちょっと体調悪くて…また今度でもいい?』
このパターンを、何回繰り返したかわからない。
最初のうちは心配もしていた。
「大丈夫? 無理して来なくていいからね」
でも三回、四回と続くうちに、
だんだん別の感情が顔を出してくる。
(もしかして、私ってその程度?)
同じサークルの飲み会には普通に顔を出す。
インスタには、別の友だちと遊んでいる写真も上がっている。
なのに、私との約束のときだけ、当日キャンセルが多い。
(あんたの心がわかったらどんだけ楽か)
そうつぶやきたくなるくらい、モヤモヤが溜まっていった。
◇
社会人になって、互いの予定も合いにくくなった。
それでも、久しぶりに二人の休みが重なって、
大好きなバンドのライブに行くことになった。
「この日だけは絶対空ける!」
美雪の目は本気だったし、私も同じくらい楽しみにしていた。
チケットもホテルも取って、
スケジュール帳には大きく赤丸をつけた。
そして当日。
新幹線に乗る一時間前。
スマホが震えた。
『本当にごめん。行けなくなっちゃった』
画面の文字が、一瞬で血の気を引かせる。
『え? なんで』
震える指で打ち込むと、少し間を置いて返信が来た。
『ちょっといろいろあって…
ほんと、ごめん』
「ちょっと」「いろいろ」。
中身のない言葉だけが並ぶ。
駅に向かう足は止まっていた。
(これにもドタキャンするんだ)
胸の奥で、何かがぷつんと切れた。
『そっか。
もういいよ。疲れた』
気づいたら、そう打って送っていた。
既読がついても、しばらく返信は来なかった。
◇
結局、私はひとりでライブに行った。
席に座っても、開演しても、
ステージの光と一緒に、美雪の影ばかり探してしまう。
(ここで一緒に騒ぐはずだったのに)
アンコールのとき、ふいに涙が出てきて、
自分でも驚いた。
ライブが終わってホテルに戻っても、
美雪からのメッセージはなかった。
(ああ、これで終わりかもしれないな)
大学のときからの、十年近い付き合い。
その終わり方が「ドタキャン」と「既読スルー」かと思うと、
情けなくて、悔しくて、また泣きそうになる。
◇
東京から戻って数日後。
共通の友だちの紗耶から連絡が来た。
『今度の金曜、ちょっと会えない?』
カフェで向かい合うと、
紗耶は少し言いづらそうな顔をしていた。
「美雪のことなんだけどさ」
「……うん」
「この前のライブ、行けなかった件で、だよね?」
「そう。
あいつ、かなり落ち込んでたよ」
「え、なんで? ドタキャンしたの、美雪でしょ」
「それな」
紗耶は苦い顔をした。
「なんでか、聞いてないの?」
「“いろいろあって”としか」
「……あー、やっぱり言ってないか」
その言い方が、妙に引っかかった。
「なにそれ。紗耶は知ってるの?」
「全部じゃないけどね」
紗耶は、ホットコーヒーのカップを両手で包みながら続けた。
「美雪さ、去年あたりから、
人が多いところに行くと、急に苦しくなることがあるんだって」
「苦しくなる?」
「人混みとか、音が大きい場所とか。
電車の中とかショッピングモールとかで、
急に息がうまく吸えなくなったり、
手が震えたりすることがあるらしい」
それって、と言いかけた言葉を飲み込む。
「病院には?」
「一応行ったみたいだけど、“ストレスでしょうね”って言われて、
薬飲みながら様子見てるって」
胸の中で、何かが音を立てる。
「でもさ、私との約束、前からドタキャン多かったよ」
「それ、多分ね」
紗耶が静かに言う。
「行きたかったからだと思うよ」
「……は?」
「最初から“行けないかも”って断るの、
美雪、すごく苦手じゃん。
“ごめん、今ちょっと人混み無理でさ”って言えばいいのに、
言ったら“弱い人”って思われる気がして、ギリギリまで頑張っちゃうんだと思う」
あんたの心がわかったらどんだけ楽か――
それは、多分その子も同じだったのかもしれない。
「この前もさ、ライブのこと、すごい楽しみにしてたよ。
“絶対行く。今度こそ絶対”って」
「“今度こそ”?」
「前にも別のライブ、途中で具合悪くなって帰ったことがあったんだって。
それから、“また倒れたらどうしよう”って怖くて、
チケット取っても、当日になると不安が爆発するみたい」
「それならそれで、早めに言ってくれればよくない?」
思わず、少し強い声が出た。
「こっちはホテルも取って、新幹線も取って。
キャンセル料だってこっち持ちだよ?」
「それはそう。
怒って当然だと思う」
紗耶ははっきり言った。
「たださ、“早めに言えばいいじゃん”って、
落ち着いてる人の言葉なんだよね」
「どういうこと?」
「不安が大きくなってるときって、
“行く”と“行かない”の間で、
ずっとぐるぐるしてるらしいんだよ」
紗耶は、テーブルの上で指をくるくる回して見せた。
「“このまま頑張って行けるかも”“でも倒れたら迷惑かける”
“でも約束したし”“でも怖い”“でも”“でも”って。
で、そのループから抜けられないまま、当日になって、
ギリギリで“無理だ”ってところに振り切れる」
その様子が、妙にリアルに想像できてしまって、
私は黙り込んだ。
「もちろん、それで当日ドタキャンされた方はたまったもんじゃないよ。
だから、凛が怒るのは全然間違ってない」
「……でも?」
「でも、“軽んじられてた”ってのは、
多分違うんじゃないかなって思ってる」
あんたの心がわかったらどんだけ楽か。
それは、私の心でもあり、美雪の心でもある。
◇
その晩、部屋でひとりになってから、
私は何度もスマホを開いては閉じた。
(謝るの、美雪の方でしょ)
そう思うもう一人の自分と、
「ちゃんと聞きたい」という自分が、
頭の中で行ったり来たりする。
結局、私はこんなメッセージを送った。
『この前は怒ってごめん。
まだモヤモヤしてるけど、一回ちゃんと話したい。
もしよかったら、今度電話しない?』
送信ボタンを押してから、
心臓の音がうるさくて仕方がなかった。
しばらくして、
ぽん、と返信が届く。
『こっちこそ、ごめん。
話したい。電話、お願いしてもいい?』
◇
通話ボタンを押すと、
少し間を置いて、美雪の声が聞こえた。
「もしもし」
「もしもし」
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは、美雪の方だった。
「ライブ、本当にごめん」
「うん」
「行きたかった。
でも、怖かった」
その言葉が、まっすぐ胸に刺さる。
「怖いって、何が?」
「人が多いとこ。
音がどーんってくるとこ。
前みたいに、急に息できなくなったらどうしようとか、
凛の前で倒れたらどうしようとか」
「倒れたって、いつ?」
「……二年前。
別の友だちとフェス行ったとき」
美雪は、ぽつりぽつりと話し始めた。
人混みの中で気分が悪くなって、
救護テントに運ばれたこと。
そのとき一緒にいた友だちに、
「なんで言ってくれなかったの」と泣かれて、
それ以来、その子と距離ができてしまったこと。
「それがずっと怖くて。
“また同じことになったらどうしよう”って。
凛にも、あんな思いさせたくなかった」
「でも結局、別の意味で同じようなことになってるよ」
自分で言いながら、
少し苦笑いしそうになる。
「うん。
わかってたんだけどね」
美雪の声は、ひどく小さかった。
「ギリギリまで、“行く”方に振り切ろうとしてた。
なんなら、駅までは行こうとしてた。
でも、乗り換えのこととか、会場の人の多さとか想像してたら、
足が動かなくなって、駅前で泣きそうになった」
「そこで、“今無理だ”って言えばよかったのに」
「言えたら苦労しないよ」
半分泣き笑いみたいな声だった。
「“怖いから行けない”って言ったら、
“じゃあ最初から約束しないでよ”って言われるかもしれないし。
“弱い人”って思われるかもしれないし」
「そんなふうに思わないけど」
「凛はそう言ってくれるかもしれないけど、
私の頭の中では、そうじゃない声がすごく大きくなるんだよ」
あんたの心がわかったらどんだけ楽か。
でも、本人ですら、自分の心の中の声に振り回されている。
◇
「だからさ」
美雪が、言いにくそうに続けた。
「もし、まだ友だちでいてくれるならなんだけど」
「うん」
「“キャンセル前提の約束”ってできない?」
「キャンセル前提?」
「“行けたらラッキー、行けなくても怒らない”みたいなやつ」
あまりに都合のよすぎる提案に、
思わず噴き出しそうになる。
「それ、成立する?」
「しないかな……」
美雪も苦笑した。
「でも、正直に言うと、
“絶対行く”って約束、今の私にはちょっと重い。
“行きたいけど、もしかしたら無理かも”って言えたら、
もう少しマシになりそうな気がして」
少し考えてから、私は言った。
「じゃあさ」
「うん」
「大きなイベントは、“ひとりでも行ける前提”にするのはどう?」
「ひとりでも?」
「ライブもフェスも、
“どっちかが行けなくなっても、もう片方は行く”。
チケットも、それぞれ自分の分は自分で払う。
“行けたら一緒に楽しめてラッキー”、
“無理なら現地で合流なし”」
「……それなら、少し気が楽かも」
「こっちも、“全部キャンセルされるかも”って前提なら、
勝手に期待しすぎないで済むし」
沈黙のあと、美雪がふっと笑った。
「なんかさ、それって」
「なに」
「“仲がいいから一緒に行かなきゃ”じゃなくて、
“仲がいいから、それぞれのペースを許せる”って感じがして、
ちょっと救われる」
「うまいこと言ったつもり?」
「半分ね」
二人で、少し笑った。
◇
電話を切ったあと、私は天井を見上げた。
ドタキャンばかりする友だち。
軽く見られているのだと思っていたけれど――
その裏側には、
「約束を守れない自分を一番嫌っている本人」と、
「それでも誰かと一緒にいたい気持ち」が、
ぐちゃぐちゃに絡まっていた。
あんたの心がわかったらどんだけ楽か。
全部を理解することは、多分できない。
でも、「なんでそうしちゃうの?」と一歩だけ踏み込んで聞いてみたら、
“ドタキャン魔”のラベルは、
少しだけ違う形に見えてきた。
これからも、美雪はきっと、何度か約束を破るだろう。
私も、何度かは怒るだろう。
それでも、
「キャンセル前提でもつながっていたい」と思える相手がいることは、
悪くない、と今は思える。




