31話 ぬいぐるみの花と優しく降る雨5
ガラスの小瓶はヒビも入っておらず、しっかりと指輪を守ってくれていた。
「大丈夫そうだけど、さすがにガラスのことは分からないからな。途中で壊れても困るし。新しいものに変えても良いけど、この瓶を含めて、潤花音と老婆との思い出だからな。さて、どうするか」
『晴翔、それならば俺が、その小瓶を強化できるかもしれない、ちょうど良いあやかしを知っている。すぐに呼んでくるから、それまで他の作業をして待っていろ』
「本当か? シロタマ頼む!」
シロタマはすぐに窓から飛び出していった。俺は、シロタマに言われた通り、みんなと一緒に他の作業を進めながら待つことに。
そして約30分後、シロタマは一体のあやかしを連れて戻ってきた。
「初めまして」
『そなたが今、あやかしの間で噂の的になっている晴翔か』
噂の的? 俺は噂の的になっているのか? まぁ、うん。そのことについては後で聞いてみるか? 今は自己紹介して、先に小瓶を見てもらわないと。
「噂の方はちょっと分からないんですが、俺が晴翔です」
『ふむ、知らないのか。まぁ、噂になっている本人は、そのことを知らない事の方が多いからな。私は玻璃澄だ』
シロタマによると、古い硝子窓や食器、飾り棚などに宿ることもあるあやかしで、ガラスに詳しいと。
姿は若い男性の姿をしていて、髪や肌がほんのり透き通り、光を受けると虹のように輝き。ステンドグラスのような、淡い色調の破片が縫い合わされている服を着ていた。
そうして自己紹介をした俺たちは、すぐに本題に入る事に。
「それで、すみません。早速本題なのですが。このガラスの小瓶を強く? する事はできますか? 古い物なのですが、でも大切な小瓶なんです」
『ふむ。見てみよう』
ガラスの小瓶を手に取り、目を瞑る玻璃澄。しかしすぐにに目を開けると、何度か頷いた。
『終わったぞ』
「え?」
『このガラスには、思い出がたくさん残っていたからな。その思い出の力を借り、形はそのまま、衝撃や劣化に耐えられるものに変えておいた。これで当分壊れる事はないだろう』
『本当か!! 玻璃澄よ、感謝する!!』
玻璃澄のおかげで、思っていたよりも簡単に、ガラスの小瓶問題は解決してしまった。
『では、私はこれで』
あまりの速さに唖然としていた俺は、帰ろうとする玻璃澄に慌てて声をかける。
「あっ! 玻璃澄!! 今回のこと、今日は忙しくて、しっかりとお礼ができないけど。別の日に改めてお礼に行くよ!!」
『気にする事はない。では』
それだけ言うと、サッサと帰ってしまった玻璃澄。後でシロタマに玻璃澄のことを聞いて、本当にお礼に行かないとな。が、今はぬいぐるみだ。
ということで、その後はこれといった大きな問題は起こる事なく。俺たちは3日で、全てのぬいぐるみを修復する事ができた。指輪入りの小瓶もしっかりとひまわりのぬいぐるみの中へしまったぞ。そして……。
潤花音が家の前で行き倒れてから6日後。潤花音が次の場所へ行く日がやってきた。
『そろそろ次の場所へ行かなければ』
「ああ、気をつけて。何かあったら、すぐに来るんだぞ。もし俺がいなくても、ユイトとツムギが修復してくれるからな」
『絶対に来いよ!!』
『すぐ直してあげるからね』
『ありがとう。その時はよろしく頼む』
『晴翔、俺はこいつについて行って、こいつがちゃんと街から出発するか確認してくる。また倒れられたら困るからな』
「そうか?」
『ハハハハハッ、すまんな!! それでは皆、本当に助かった!! また会おう!!』
そう言い残して、屋根伝いにどんどん進んでいくシロタマと潤花音。残された俺たちは、玻璃澄の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
これからも潤花音は、老婆との約束を守って、いろいろな場所を回っていくのだろう。どうかその風景が、ひまわりのぬいぐるみを通して、老婆とその旦那さんに届きますように。
じいちゃんの家に、俺がどれくらい居ることになるのかは、今はまだ分からない。けれど、俺がいる間に潤花音が訪ねてきたら、またしっかりとぬいぐるみを修復しよう。潤花音と、老婆の思い出のために。
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『それで、俺に話しがあるように思ったんだが?』
俺は、晴翔たちの姿が完全に見えなくなってから、潤花音に話しかけた。
『気づいてくれたか』
『あれだけ見られていたんじゃな。それで話しってのは?』
『いやな。お前さん、晴翔殿と暮らしているんだろう? 家族なのか?』
『……どうだろうな。昔は友達で。再開した時も友達だったが。そろそろ家族になりたいとは思っているぞ』
『そうか。……覚悟はあるのか? どうしたって、我々あやかしと人間とでは、寿命があまりにも違いすぎる。長くいればいるほど、お互いを思う気持ちが強ければ強いほど、晴翔殿が逝った時、辛い思いをするのはお主だぞ。そして残していくお前を思い、晴翔も辛い思いをするかもしれん』
『……』
『私はほんの数年で、とてつもない悲しみを味わった。そして喪失感を味わった。お前が晴翔の家族になりたいと思っているのは分かったが、そういった覚悟はできているのか?』
『……その時は俺も一緒に逝くつもりだ。子供の頃と変わっていなかった晴翔に、どれだけ俺が嬉しかったか。そしてまだ少しだけだが、ここで共に暮らす事ができて、それだけ幸せか。お前に言われるまでない。もし家族でなく、ずっと友達だったとしても、俺はその時がきたら、晴翔と共に逝くつもりだ』
『……そうか。もう決めていたか。何も考えずに、このままずるずるいっては、問題だと思って、話しをしようと思ったのだが。その顔、本当に決めているようだな。それならばもう何も言わん』
『ああ。心配をかけたみたいで、悪かったな』
『いや、そんなことはない。話しができて良かった。では、これからもしっかりと、あやかしから晴翔を守れ。玻璃澄が言っていたが、我も晴翔の話を聞いて、ここまで来たのだからな。あやかしの中には、人間と共にいられない者もいる』
『……』
『だからこそ、守れるのはお前たちあやかしたちだ。幸い、晴翔の周りには、それなりに力を持ったあやかしが集まっているようだからな。その者たちと共に、晴翔を守れ』
『……ああ。分かってる!」
耳が痛い。この前は酒を飲んでいたせいで、晴翔を危険な目に合わせてしまったからな。これからは気をつけなければ。こいつのように行き倒れを装って、襲ってくるあやかしもいるかもしれないし。
『さて見送りはこの辺でいいぞ』
話しているうちに、街の端までやってきていた。
『それじゃあな』
『ああ、これからは前よりも花たちを元気にし、あの者に新たな景色を見せる事ができるだろう!! 晴翔殿にもう1度御礼を言っておいてくれ』
『ああ』
『それでは!!』
そう言い、走り去る潤花音。俺はそれを見送ると、すぐに家に向かって走り始める。
潤花音の話し、そして俺が言ったこと。あれは俺の本当の気持ちだ。俺にとって晴翔はそれだけの存在なんだ。だからもし、晴翔がこの街を離れる事になっても、無理矢理でもついて行くし、そして晴翔が逝く時は……。
逝くまでも、逝った後も、俺は晴翔の側にいて、晴翔と楽しく幸せでいるつもりだ。それは誰にも邪魔させないぞ。
さて、急いで晴翔の所へ帰ろう。そうだ! 帰ったら、晴翔にゆっくり撫でてもらって。その後は2人で、高級和菓子を食べよう! そのためにも家にいる連中を、サッサと追い出さないとな。さて、どうやって追い出すか?




