30話 ぬいぐるみの花と優しく降る雨4
俺は向こうで、ツムギとユイトにぬいぐるみの修復について習っている潤花音を呼んだ。
「潤花音、ちょっと聞きたいんだが」
『何だ?』
「いや、このひまわりなんだが。持ったら中から、カチャン、カラカラって感じの音が鳴ったんだけど。この中に鈴みたいな物を入れてるのか?」
『ああ、そうそう。今回の修復なのだが、このひまわりは特別でな。特に丈夫に修復を頼もうと思っていたのだ』
「そうなのか?」
『ああ、確か名前は指輪と言ったか? このひまわりのぬいぐるみの中には、指輪が入っている』
「指輪? 指輪ってこれか?」
俺はファッション用の、自分用の指輪をケースから取り出し潤花音に見せた。
『そうそう、形は違うが、これと同じ物だ』
「そうか、指輪か。……なんで指輪がひまわりの中に?」
『実はな、指輪はこのぬいぐるみを作ってくれた老婆と、その旦那の物でな。小瓶に入れて、ぬいぐるみに入れてあるのだ。……あやつの旦那はな、写真という物を見せてもらったのだが、人間にしては、まぁまぁ格好の良い男だった』
潤花音が老婆に出会った時にはすでに、老婆の旦那は天に旅立っていたようで。しかもそれは、かなり若い頃のことだったらしい。二人の思い出はとても少ないと、老婆は語ったそうだ。
それでも、その少ない思い出を大切に、どこへも行くことはなく、二人で暮らしていた家で、ずっと一人で暮らしてきた老婆。そんな老婆の元に、潤花音は行き倒れて、助けられたと。
久しぶりの出会いに、そしてただの出会いではなく、あやかしという特別な存在との出会いに、潤花音と出会えてとても嬉しいと、老婆はよく言っていたらしい。
それから潤花音は各地を回り、老婆の家に戻ってくるたびに。どこへも行ったことのない老婆のために、自分が訪れた場所の話をたくさん聞かせていたようだ。
そうして数年後。ついにその時が訪れた。老婆が亡くなる少し前に、老婆の元へ戻ってきた潤花音。老婆はすでにほとんど動けなくなっており、布団に静かに横になっていて。
そしてその枕元には、老婆が潤花音のために、最後に作ったひまわりのぬいぐるみが置かれていた。
「そろそろ、お別れみたいね。残り少ない時を、あなたと過ごすことができて、とても楽しかったわ。ありがとう」
『逝くのか?』
「そろそろあの人が迎えに来てくれるみたいなの。あなたとのお別れは寂しいけれど、でも、あの人に久しぶりに会えるから、楽しみなのよ」
『そうか』
それからも、今までの話をして、楽しく過ごした老婆と潤花音。
そうして、話題はひまわりのぬいぐるみに移っていった。
「実はね、あなたに最後のお願いがあるの」
『なんだ? 私にできる事ならば』
「このぬいぐるみにはね……」
老婆の願い、それは……。このひまわりのぬいぐるみに、いろいろな風景を見せてほしい、というものだった。
結婚した頃、旦那さんといろいろな場所を訪れて、たくさんの思い出を作ろう、と約束した老婆。しかし、若くして旦那さんと別れることになり、2人は結局、どこへも行くことができず……。
だから老婆は、2人の思い出の指輪をひまわりのぬいぐるみの中へ入れ、それを各地を回る潤花音に持ってもらい。
指輪を自分たちだと思って、自分たちでは見ることができなかった風景を、見せてやってほしいと。それが、老婆の願いだった。
『別に断る理由はなかったからな。もちろん、私はその願いを受け取った。それから間もなくして、老婆は旅立っていった……。そして私は、それからずっと行く先々で。ひまわりだけでなく、他の花のぬいぐるみにも、たくさんの風景を見せているのだ』
「そうか、そうだったのか」
『しかしな、他はワタを入れ替え縫えば良いが。その中の指輪をなくすわけないはいかぬからな。だから特別しっかりと、修復してほしいのだ』
「……分かった、任せろ!」
俺はそっと、ひまわりのぬいぐるみの糸を解いていく。そしてワタを取り出し確認すると、ガラスの小瓶に入っている指輪が出てきた。
『これが2人の……。これからも潤花音に、たくさんの景色を見せてもらえるように、しっかりと修復します』
指輪に老婆の面影を重ねているのか、潤花音の表情が優しくなる。潤花音のためにも、老婆のためにも、しっかり修復しないとな。




