3話 玄関先に置かれた不思議で気になるぬいぐるみ
それは、手にちょこんと乗るくらいとても小さく、しかもかなりいびつでぼろぼろな、ネコのぬいぐるみだった。
「誰だ? こんな所に置いたのは? まさかじいちゃんか神谷さんが、何かの理由で持ち歩いていて、その時落としたとか?」
いや、まさかな。修復するぬいぐるみは、工房とその周りでしか扱わない。修復を頼まれるぬいぐるみは、新しいものから何十年も昔に作られた、とても古い物までいろいろだが。
古ければ古いほど、壊れやすくなっているのは当たり前で。例えば普通に触っただけでも、腕がとれてしまったり、生地が余計に破けてしまったりと、想定外のことが起こりやすいんだ。
そのため、送られてきたぬいぐるみは、箱に入ったまま工房に運ぶし、なるべく移動は最低限にして、できるだけ工房かその周りで終わらせるようにしている。
だからじいちゃんと神谷さんが、家の方にぬいぐるみを持ってくることはまずない。それなら、誰がここに?
それにこのネコのぬいぐるみ、不思議なことはまだ他にもある。どうにもこのいびつな感じと、この顔つきに、俺は見覚えがあったんだ。
「う~ん、これ、あの時のやつにそっくりだよな。でもなぁ、まさかそんな事、あるわけないよな。あれももう何年も前、俺がここで暮らしてた時のだし。似過ぎてるってだけだよな?」
思わず声に出てしまった。が、声に出して否定したけれど、どうにも心に引っかかるものがあって。こう、すっきりしない感じだ。
まぁでも、ここで考えていてもしょうがない。もしかしたらじいちゃんたちなら、何か知ってるかもしれないし、と思った俺は。見つけた鍵で家に入ると、玄関に荷物を置いて、すぐに工房へ戻った。
「じいちゃん」
「ん? どうした晴翔」
「玄関先に、このぬいぐるみが置いてあったんだ。もしかして今日、誰かぬいぐるみを持ってくる日だった? それにしては直で、玄関先に置いてあったんだけど」
「いや、今日は何もなかったはずじゃが。神谷、どうだったかの?」
「今日は何もないですよ。どれ、どのぬいぐるみだ?」
俺はすぐに、ネコのぬいぐるみを見せた。
「なんだ、ずいぶんぼろぼろだな。それに……、言っちゃ悪いがずいぶんいびつな姿だな」
「でも、顔は可愛いですよ」
「そうか? まぁ、それにしてもだ。こんな感じの依頼なんてあったか? それに直に玄関に置いてあったって言ったよな」
「はい」
「普通依頼のぬいぐるみは、宅急便で送ってもらう事になっているし、必ず日にちを守ってもらっているから、これは違うだろう。もしかして近所の誰かが置いて行ったか? いや、それにしても玄関に直にはな」
「ふむ……」
じっと、ぬいぐるみを見るじいちゃん。
「じいちゃん、何か知ってる?」
「……いや、わしも分からんのう。じゃが、置いてあったという事は、修復してほしいという事じゃろう。ふむ、そうじゃ、このぬいぐるみは晴翔、お前が修復してやりなさい。そしてまた玄関に置いておいてあげなさい」
「え?」
「師匠、誰のぬいぐるみかも分からないんですよ。それに依頼かどうかも分からないのに、勝手に修復は」
「そうだよ! それに、もしも本当に修復の依頼だったとしても、素人の俺が修復なんて。ちゃんとじいちゃんか神谷さんが修復しないと」
「晴翔の腕前なら、この子はきちんと治せるじゃろ。それに、わしらは他の依頼で忙しいし、しっかり依頼を受けたわけではないからのう。ここは晴翔に任せるぞい。なに、もしもこれを取りにくる者がいて、文句を言ってきたら、わしがしっかりと言い聞かせるから大丈夫だ」
「いや、でも」
「まぁ、そうか。これならお前でも修復できるだろう。お前が見つけたんだし、お前が修復してやれ。で、文句を言われたら、俺もそいつに話してやるから大丈夫だ」
「神谷さんまで、俺は職人じゃないんだよ?」
それからも、断ろうとした俺。どれだけ話していただろうか? だけど結局、最後には押し切られてしまい、俺が修復をする事になってしまったんだ。なんで素人の俺が……。
修復作業は、明日はバイトがあるため、明後日から行う事にした。はぁ、本当に俺で大丈夫なのか? 不安しかないよ。何でじいちゃんは、俺に任せるなんて言ったのか。はぁ……。