2話 新しい生活が始まって約3週間
「それじゃあ失礼します、お疲れ様でした!!」
「お疲れ様! 由伸によろしく!」
「はい!!」
じいちゃんの家で暮らし始めて3週間。なにしろ、ここに住んでいたのは小学3年生までで、それ以降は遊びにも来られなかったから。町も人も、俺の記憶とはずいぶん変わってしまっていて。
なんだかんだと、慣れるまでに3週間かかってしまい、やっと普通の生活できるようになった。
初めてのバイトも、今のところ失敗はしていない。じいちゃんや正樹さんが言った通り、みな優しい人ばかりで。最初はかなり緊張していたけれど、今は少しだけだが、世間話もできるようになった。
もちろん、きちんと修行をしていない、俺にできることなんて限られているけど。それでも作業時間の短縮になって、ほかの仕事に集中できると。神谷さんに、泣きながらお礼を言われた。……うん、そう、本当に泣きながら。
聞くと、予約は半年以上待ちと聞いていたが、俺が来るまでにさらに増え、今では約1年待ちになっているらしい。
テレビでぬいぐるみの修復師のことを放送したらしく。それでそれを調べた人たちが、たまたまじいちゃんの事を知り、一気に予約が増えたようだ。今は一時的に依頼を停止していると。
まぁ、修復するには時間がかかるからな。もちろん物によっては簡単に修復する事もできる。
だけど、じいちゃんも神谷さんも、ぬいぐるみに込められた、依頼者の想いや思い出を大切にしているから。だからこそ、修復は1つ1つ丁寧に、時間をかけて行うため、どうしても他より時間がかかってしまうのは、仕方がないことなんだ。
ただ、それでも……。
「どんなに時間がかかっても、丁寧にしっかりと修復せんと。皆の想いと思い出が、そのぬいぐるみにどれだけ詰まっていることか。そんな大切なぬいぐるみを、適当に修復することなどできん。皆には笑顔でいてほしいんじゃ」
そう、じいちゃんは言ってたよ。神谷さんも同じような事を言っていた。
そして修復が終わり、依頼者のもとにぬいぐるみを返すと、必ずその人たちから電話や手紙が届く。どれも、じいちゃんたちへの感謝の言葉であふれていて。
その時の電話を聞かせてもらったし、手紙も見せてもらったけど。みんな本当に幸せそうだったよ。そして、その時のじいちゃんたちの表情も、とても幸せそうだった。
じいちゃんたちはこんなにも、人とぬいぐるみを幸せにできるんだ、と改めてじいちゃんたちの凄さを知って。俺の手伝いも、少しはみんなを幸せにできていればなって思う。
「晴翔お帰り!!」
「ただいま!!」
「悪い! 井戸から水を汲んできてくれるか!?」
「分かった!!」
家に着いて庭に自転車を置いていたら、家の隣にあるぬいぐるみ修復の工房の窓から、神谷さんに声をかけられた。俺はすぐに井戸に向かう。
じいちゃんの家には井戸があるんだ。今でもしっかり使える井戸で、飲み水として使うこともできる。作業にはいつもこの井戸水を使うんだ。なんでも、普通の水よりも綺麗にぬいぐるみを仕上げることができるらしい。
「多めに汲んできたよ」
「悪いな」
「じいちゃん、ただいま」
「お帰り晴翔。バイトはどうじゃった?」
「今日もなんとか失敗せずに済んだよ」
「そうか。それは良かった」
「どうしようか、俺、こっちを手伝った方が良い? それとも夕飯の支度してきて良いかな?」
「今日はもうすぐ終わるから、手伝いは大丈夫だ。夕飯を頼めるかの」
「分かった! 今日は肉じゃがとハンバーグだよ」
じいちゃんと、まだまだ30代前半の神谷さん。それに俺だからな。みんな食べ物の好みが違うからさ。いろいろ作るんだ。
「晴翔のご飯は美味しいからな。ハンバーグも楽しみだ。大きめで頼む」
「もちろん!」
そう言って、俺はすぐに家の方へ。そして鍵を開けようと、カバンの中を鍵をガサゴソ探している時だった。
「ん? なんだ? なんでこんな所に?」
荷物をたくさん持っていたから、最初は気づかなかったんだけど。なぜか玄関の前に、ぬいぐるみがちょこんと置かれていたんだ。