1話 久しぶりの町と静かな始まり
「晴翔、いつまで車の窓から顔を出しているの? そろそろ中に入りなさい」
「……うん」
「何だ? 晴翔、何かあるのか? 戻るなら今だぞ」
「……なんでもない」
「まぁ、引っ越したからといって、二度とここに戻れないわけじゃない。いつでも遊びに来られるんだから、もし遊びに来たくなったら、すぐにパパに言えよ」
「……うん」
「それにしても、そのぬいぐるみ。あなたのお義父さん、本当にそっくりに作るわよね。私には絶対無理だわ。凄いわよねぇ。……そうね、向こうの生活に慣れたら、私も裁縫を習おうかしら」
「遥香がか? やめといたほうがいいんじゃないか? 熊のぬいぐるみを作ろうとして、豚のぬいぐるみを作ったんだぞ? しかも呪われてるんじゃないかってくらい、すごい姿の。親父が直してくれたから、晴翔は泣かずにすんだけど。あのまま見せてたら絶対泣いて、夜一人でトイレにも行けなくなってたぞ」
「ちょっと!! 言いすぎじゃない? もう、私だってやればできるわよ。ね、晴翔もそう思うでしょ?」
「……うん」
「晴翔まで、そんな反応なの? もう!! ……でもまあ、晴翔。大好きなシロタマちゃんのぬいぐるみを作ってもらえて良かったわね。大事にするのよ?」
「……うん」
「ほら、また窓から頭を出して、危ないからやめなさい」
「……シロタマ、バイバイ」
『……じゃあな、晴翔。元気でな。シロタマって名前、付けてくれて嬉しかったぞ!! ……悪かったな、俺に勇気がないばっかりに、お前に本当の俺を見せることができなかった。それに、ちゃんと別れの挨拶もできなくてよ。……だけど、だけどだ。もしまた会うことができたら、今度こそ本当の俺を見せるから。その時はどうか、俺のことを嫌わずに、また一緒に遊んでくれよ。な!』
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(10年後)
「じいちゃん、久しぶり」
「よく来たな、疲れたじゃろ」
「いや、ずっと寝てきたからそうでもないよ」
「なら良いが」
「じいちゃんも忙しいのに、迎えごめんな。タクシーで良かったのに」
「何言っとるんじゃ。久しぶりに晴翔が来てくれたのに、迎えにこないわけないじゃろう。それに今日からまた一緒に暮らせると思うと、楽しくてしょうがないわい。晴翔が居たいと思うだけ、いつまででも居て良いからの」
「ありがとう」
「よし、それじゃあこれから正樹の所に寄って、その後、今日の夕飯を買って帰ろう」
「うん」
家から約6時間。途中までは新幹線で移動して、後は電車に乗り、俺は祖父が暮らしている田舎へやってきた。都会と違い空気が澄み渡っていてとても美味しい。俺は深呼吸しながら、迎えに来てくれた由伸じいちゃんの車に乗り込んだ。
今日から俺はしばらくの間、どれくらいの期間になるかは、まだ分からないが、じいちゃんの住むこの町で暮らす。
実は今、俺は大学を休学中だ。理由は、まぁ、いろいろあってさ。父さんと母さんが心配してくれて、いったん休学して、落ち着くまで祖父の家でゆっくりしてきたらどうだ? って背中を押してくれたんだ。じいちゃんも、そんな俺を快く迎えてくれて。
家族みんなに心配をかけてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいだけど。あの環境から離れることができて、今はとてもホッとしている。
じいちゃんの家に来るって決まっただけで、その日から、いつもよりも寝られるようになったくらいだからな。だから父さんたちには、本当に感謝しかない。
駅から少し歩いて、商店街の入り口近くにある駐車場へ。そしてそのまま商店街通りに入ると、時刻はちょうど夕方5時ごろ。ちょうど夕飯時ってこともあって、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。
今、じいちゃんと俺が向かっているのは、俺がじいちゃんの家に住んでいる間、バイトをさせてもらうことになっている喫茶店だ。
店を経営しているのは、じいちゃんの友人の正樹さんで。じいちゃんが俺のことを話したら、それならうちでバイトすればいい、と言ってくれたらしい。だからその挨拶に行くんだ。
タダで居候するなんて、やっぱり気が引けるよ。じいちゃんは、家族なんだから気にするな、って言ってくれたけど。家族だからこそ、そういうところはちゃんとしないと。
という事で、喫茶店で働かせてもらって、そのバイト代の一部をじいちゃんに渡し。残りは自分のために使う事にした。
それから他にも、じいちゃんの手伝いをする予定だ。実は俺のじいちゃんは、ただのじいちゃんじゃない。凄い人なんだよ。
日本でも数えるほどしかいない、ぬいぐるみの修復師のひとりで、どんな状態のぬいぐるみでも完璧に修復してしまう。どんなに古くボロボロになったぬいぐるみでもな。
だからじいちゃんの元には全国から、思い出の詰まった大切なぬいぐるみを修復してもらおうと、たくさんのぬいぐるみが送られてくる。そうたくさん過ぎて、今では半年以上待ちらしい。
唯一の弟子である神谷さんが、一緒に働いてくれているけれど、それでも手が足りず。だから、せめて世話になっている間だけでも、俺もじいちゃんの手伝いができればと思ったんだ。
実は小学3年生まで、俺たち家族はじいちゃんと一緒に暮らしていて。それで、小学2年生の時に、じいちゃんにぬいぐるみの作り方を教えてもらって以来、ぬいぐるみ作りが大好きになり。今でもずっと、ぬいぐるみを作り続けている。
だから少しは、じいちゃんたちの手伝いができると思うんだよ。
「さぁ、ここじゃよ。正樹、来たぞ」
「ああ、君が晴翔君か。よく来たね。正樹だ、よろしく」
「よろしくお願いします」
商店街の中にある喫茶店『うさぎ』には、すぐに着いた。じいちゃんの家からも自転車なら30分くらいで着くから、ちょうど良い距離って感じだ。
時間も時間なので、軽く自己紹介を済ませた後は、これからのことや働き始める日を決めて、話はあっさりと終わった。週3日、午前10時から午後3時まで働くことになったよ。
「バイトは初めてなので、上手くできるか分かりませんが、一生懸命頑張ります。これからよろしくお願いします」
「なに、そんなに心配せんでも大丈夫じゃ。どうせ、そんなに客はこんのじゃからな」
「おいおい、その言い方はないだろ。これでも昼時は結構忙しいんだぞ? まったく……。まぁ、由伸じゃないけど、ここのみんなは優しい人たちばかりから、そんなに緊張しなくていいし、いろいろとゆっくり覚えていけば大丈夫だよ。何事も、ほどほどにな。これからよろしく」
「はい!!」
「よし、今日はもう帰るぞ。なにしろ、久しぶりの孫との時間じゃからな。当分は酒も控えるぞ」
「……本当に飲まないでいられるのかねぇ」
正樹さんとの関係を聞いたら、どうやら飲み友達らしい。週4日も一緒に飲んでるとか。……飲みすぎじゃないか? じいちゃんもいい歳なんだから、ちゃんと体には気をつけてもらわないと。
「じゃあの」
「失礼します」
「ああ、それじゃあ、来週」
こうして喫茶店を出た俺とじいちゃんは、商店街で夕ご飯を買った後、じいちゃんの家に向かった。
少し不安もあるけれど、これからまた、ここでの生活が始まるんだ。そう思いながら、窓から外を眺める。すると路地にネコたちが集まっているのが見えた。
そういえば昔ここに住んでいる時、遊んでいたドラネコのシロタマ。俺が引っ越してから、どうしただろう? 後でじいちゃんに聞いてみるかな。
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『……帰ってきたのか、……そうか』
『何だ? 何か言ったか?』
『いや、何でもない。……よし、今度こそ、晴翔に俺のことを話すぞ。それで本当の俺と、また遊んでもらうんだ。……いや、やっぱり少し様子を見るか? いきなりじゃ、やっぱり驚いて、2度と遊んでくれなくなるかもしれないからな。うん、そうだ、様子を見てからにしよう』
『おい、さっきからブツブツなんだよ?』
『いや、ちょっとな。あ~、ドキドキする。とりあえず酒を飲んでから、これからの予定をきちんと考えよう。いやいや、考えるよりも先に、晴翔の顔を見にいくだけ見にいくか?』
『おい、さっきから煩いぞ!』
『悪い、今日はもう帰る。じゃあな!』
『あ、おい、シロタマ!!』
久しぶりだな、晴翔。元気にしてたか? 俺は元気だぞ。お前に会えるのを、ずっと楽しみにしてたんだ。今度こそ、俺は勇気を出すからな。待っていてくれ。
……でもその前に。やっぱりまずは、お前の顔を見に行こう!!
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