『 夢を追う日 』
お風呂から出る。
髪を乾かす。
それにしても...、
なんだろ? この緊張感は。
なんだか、このところ、いっつも緊張してるような。
てか、緊張していないのって、どんな感じだったっけ?
絶えず緊張してるのが当たり前になって来てるんだ。
もう、こんな緊張感から逃れることは出来ないのかなぁ...。
毎日、毎日、どんどん締め付けられてく...。
こんなんじゃなかったはずなのに。
どこでどう違っちゃったのだろう。
これから、どーなるのかな?
ま、わたしがどーなろうと、どーでもいいんだろうけど。
そんなわたしって、いったいなんなんだろう...。
そもそも、
今、ここにいるわたしって、正解なのかな?
そんなこと...、
自分でも分からないし、誰も教えてくれない。
でも、それが正解だったとしたら、なんなの?
だからって、今の生活に満足できるの?
安心できるの?
たくさんの緊張感から解放されるの?
よく分かんないや。
なんだか、袋小路のラビリンスって気がして来たぞ...。
冷蔵庫からビールを出し、グラスに注いで一口飲むと携帯を持った。
発信。
「あ、何してた?」
「電話待ってた...」
「うそばっか」
「はは..」
「なんだかさぁ、色々考え過ぎちゃって、お疲れモード...」
「言いたいことあれば、全部出しちゃえば。楽になるよ」
「うん、そだね...。じゃぁ、勝手に聞いてて」
わたしの頭の中は混沌としてるんだ。
それが整理できるようなものなら、苦労はないよね。
だから、そのまま一度ぜーんぶ放り出しちゃえ。
浮かんだ言葉をそのままどんどん口にする。
こんなにもちっぽけな病院なのに、守っていくの、大変だね。
ほんと、いろんなヒトがいるから、みんなに十分接しようとすると疲れちゃう。
この街が好きだったからこの場所を選んだけど、なんだかどんどん変わっていくようで...、
そんな変化にわたしがついていけてないのかな?
わたしは決して競い合いたいと思っているわけじゃないのに、いつしか知らず知らずのうちにそんな中に放り込まれてるんだよね。
合わないんだ、わたしには、そーいうの...。
なんだかさ、いっつも緊張してるのに疲れちゃった。
だから、
だからさ...、
「もう辞めようかな...」
結局、これか...。
わたしはそこで話を止めた。
沈黙...。
ゆっくりと、緊張した時が流れる...。
わたしは、彼からの答えを待ってる?
だとしたら、いったいどんな答えを待ってるの?
『もう少しがんばれ』
それとも、
『やめていいよ』
その答えを聞いたら、楽になれる?
さあ、その答えは?
少しして、
いつもと変わらない声が聞こえる。
「好きにすれば...」
おっと、そーきたか...。
予想外だった。
「今まで十分がんばって来たのなら、その選択には誰も口出しは出来ない。そでしょ?」
わたしは、十分がんばってきたかな?
グラスのビールは、とっくに空になっていた。
「今日は、もうひとつ、いいかな」
「どーぞ...」
継続は力なり...って言うけど、ただ単に続ければいいってもんじゃないよね。
ずっと今まで、がんばってればやがてなんとかなるって思ってた。
でも、自分に向いてないことを無理に続けてても意味がないよね。
そーならば、どこかできっぱりと見切りをつけることも必要なのかもって思えてきた。
「ねぇ、先生の夢は獣医になることだったの?」
「どうかな。動物が好きなだけだったのかもしれない...」
「わたしの夢は...」
そう言ったとたんに、獣医になってからの色々な出来事が頭いっぱいに思い出されてきた。
楽しかったこと。
つらかったこと。
つらかったこと。
つらかったこと...。
「せっかく叶った夢なのに、それがつらいものじゃ、悲しくなっちゃうよ」
「ある意味、叶ってしまうようなものなら、ほんとの夢じゃなかったのかもな」
「そうか、そうなのかな? そうなのかもしれないね」
ああ、わたしの今までの苦労はなんだったのか...。
出口が見えない。
やっぱりここは袋小路だ。
五里霧中...。
話す気力もなくなってしまった。
意気消沈...。
撃沈...。
電話を持つ手が痺れてきた。もう、限界なのかな?
「だったら...」
なに? 痺れた手に力を込めた。
「だったら、ほんとの夢を探すことがまだ出来るんだって考えてみたら?」
まだ出来る...?
言われた言葉が何度も頭の中で繰り返される。
いや、繰り返してみる。
あれ?
なんだか霧が晴れてゆくぞ...。
三里霧中くらいになってきたかも。
「ああ、それ、いいかも。そだね、まだ途中なんだ」
ほんと、ものは考えようだ。
これは、言葉のマジックか?
「こんな歳こいて情けないけど、今の生活だって、ほんとに自分のものなのか、まだ分からないんだよな。
だから、もしももっと自分らしい生活があるとしたら、今の生活をとっとと捨てちゃうかもしれない。
まだまだ、先はあるんだよ。そー思わなきゃ」
なるほど...。
「お互い、とっとといっこく橋を辞めちゃったものね。一か所に長いこと留まっていられない性格なのかもしれない...」
「とかなんとか言ってて、何年か先、寒さに凍えながら二人して段ボールにくるまってたりして」
「あはは、居候の動物たちと一緒にね...」
なんだかさ、
紙切れみたく吹けば飛ぶような気力じゃなくって、少しの風くらいには耐えられそうな力が湧いた気がするぞ。
電話を切った。
携帯をずっと持っていて冷たくなってしまった手を、グーパー、グーパーした。
小さいころから動物が好きだった。
いつしか獣医になることがわたしの夢になった。
そして、その夢は叶った。
でも、そんな気がしてただけ...。
ほんの途中だっただけ...。
それはまだほんとの夢を追いかけてる過程に過ぎなかったんだね。
だから、獣医や開業が最終目的だなんて考えなくていい。
そう思ったら気が楽になった。
ほんとの夢を探して、
とびっきりの夢に向かって、
また進んでいけばいい。
夢に向かって進む過程につらさは付きものだ。
だから、今はまだつらくてもいいのだ。
グラスに残っているビールを飲み干す。
もうひとつ飲みたくなった。
今の生活に落ち着くことが出来ないとか、
なにか疑問や不満を持ってしまうってことを、
まだわたしの先には道があるんだって、ポジティブに考えてみようかなと思った。
今が終着点じゃない...ってね。
戸惑い編 終了
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。感謝です...。
この続きで、いずれまたお会いできますように・・・。