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『 崩れゆく日 』


 臨時休診日。

 最近は、時々こうやって臨時休診日を作るようにしているんだ。

 祝日とか病院を開けてることが多いから、その分休まないとね。


 朝、いつものように起きて動物たちの世話をする。

 継続の患者さんとの約束は12時だから、それまでに野暮用を済まさないと。

 急いで朝ごはんを食べ、慌ただしく出かけた。

 

 11時半頃病院に戻ると、留守電にメッセージが1件入っていた。

 まぁ、明日でもよさそうな内容だったけど、とりあえず電話しておく。

 そして、白衣に着替え、病院を開ける。

 補液バッグも温めておこう。

 受付のマックを起動させ、カルテを出す。

 これで、準備万端。

 しばらくして、電話が鳴った。

 留守電のメッセージが流れ、そのあと発信音が鳴る。

 「あの、12時にお願いしていた佐藤ですけど、昨日の夜、亡くなりました...」

 そこで慌てて受話器を取る。

 「もしもし...」

 「あ、佐藤です。せっかく時間とっていただいたんですけど」

 佐藤さんは涙声...。

 全然苦しまずに、眠るように亡くなったとのことだった。


 マックの電源を落とし病院を閉めたあと、はぐちゃんをケージから出した。

 大きく伸びをしたはぐちゃんは、2階への道順を辿る。

 「ごはん食べようか」

 一緒に階段を上がった。


 いつものようなお昼を過ごし、時計を見ると2時。

 次は6時か...。

 あーあ...。ずっと前から休みを決めてたのに、どーしてこーなるんだろうな...。

 2階の窓から外を見る。

 いい天気。

 道路にはたくさんの車が流れていた。

 もう一度、時計を見る。

 行けるかな?

 ちょっとだけ出かけよう。

 そう思った直後に不安感が頭を出す。

 でも、時間までに帰って来れるかな?

 途中で何かあったらどうしよう。

 こころのなかで意味のない葛藤が続く。

 そんなことばっかり考えて...、

 ほんと、バッカみたい。


 いくぞ!


 ジャケットを羽織ると、サンクに乗り込んだ。


 十分に暖機したあと、ゆっくりと走り出す。

 しばらくは細い道をおとなしく走る。

 やがて片側3車線の大きな道に出る頃には、車が軽くなってきた。

 車内に差し込む陽は暖かい。

 それでも足下は、すきま風が入るからか凍えていた。

 もう、ヒーター入れてもいいかな...。

 ヒーターのダイヤルを回す。

 出てるかどうか分からないくらいの風。

 それでもほんのり暖かい。

 いつもは左に曲がる交差点を直進する。

 しばらく走って、信号で停止。

 ギアをニュートラルにし、サイドブレーキを引く。

 そして助手席のバッグからETCカードを取り出すと器械に差し込んだ。

 今日は音楽なしで。

 古い車は、時々ちゃんと車と会話しながら走らないと、不調箇所を分かってあげられないからね。

 発進。

 左折。

 畑が広がる横の細くくねった道を進む。

 右折。

 そこから上り坂。

 2速で加速、そして3速。

 3000回転よりも落ちると一気に失速してしまう。

 こんな道での3速、3000回転以上のスピードは、わたしには精一杯。

 右に左に、カーブが続く。

 カーブがきつくなると急にハンドルが重く感じる。

 左カーブは膨らまないように、右カーブは中央に入り込まないように注意する。

 小さなトンネルを過ぎると、今度は下り。

 途中で右折。

 有料道路に入る。

 ゲートを抜け、2速、3速。

 アプローチを加速する。

 余力を残した状態で、合流。

 さらに加速。

 4速。

 前走車が迫る。

 アクセルを緩めると、一つ息をはき、からだの力を抜いた。

 回転が落ちたのに合わせて3速に入れる。

 あとは流れに乗って走ってゆく。

 今日も5速の出番はなかった。

 とん..。

 道路の継ぎ目を拾って、一瞬車がはねる。

 この感じ、わたしは嫌いじゃないんだ。

 ときどきルームミラーに目をやり、後の確認。

 こんなスピードじゃ、捕まんないか...。

 流れに合わない車がいる時だけ追い越し車線に入り、パスする。


 やがて、ほぼ直角に交わる高速道路のジャンクション。

 そのままのスピードでハンドルをゆっくりと切る。

 長いカーブ。

 カーブが深くなるに連れ、からだが横に引っ張られる。

 アクセルはそのまま。

 ハンドルが戻ろうとして重くなる。

 負けないように、からだに力を入れる。

 それでもサンクは全く姿勢を崩さず走ってゆく。


 中のわたしは、こんなに必死なのに...。


 合流すると、道はまっすぐに続く。

 そのまま加速する。

 『こうでなくっちゃ...』

 そんな言葉が車から聞こえてきそう。

 落ち着いていて、不安なく、滑るように走る。

 街中を走っている時のぎくしゃくした感じは全くない。

 普段、無理させてんだね。


 きみの棲む場所は、ここなんだ...。

 



 病院に戻って、排気ガスの匂いの付いたジャケットから白衣に着替えると、丁度約束の時間になった。

 森田さんが到着する。

 そして、しっぽと第一指を切った。


 森田さんが帰ったあと、病院を閉め後片付けをする。

 完全な休みじゃなかったけど、昼間に走りに行けたから多少気は晴れたかな...。

 診察室の明かりを消そうとしたところで電話が鳴った。

 何故か息をひそめてしまう...。

 少ししてメッセージが入った。

 「あ、原です。明日でいいので、いつもの薬をお願いします。もう、今日のもないんです」

 それで電話は切れたけど...。

 最後の一言、ああ、なんだかプレッシャー...。


 さっきまであった気力が薄らいでゆく。

 一瞬沸き上がった元気は、実はわずかな風で吹き飛んでしまう紙のようにペラペラだったわけね...。


 なんだかさ、以前はなんでもなくやり過ごせたようなことが、とっても重くのしかかるようになってきたなぁ...。

 なんでだろ?

 疲れてんのかなぁ。


 ヒトはこうして、こころを壊していくのかなぁ...。

 

 そう思い見上げた先には、何も見えなかった。

 


 



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