『 涙する日 』
困ったなぁ...。
パグの中野ここちゃんは、数日前から嘔吐が続いていた。
内服は、口に入れたとたんアワを噴いて不可。
検査のためのバリウムも同様で、さらに激しく抵抗して全く飲んでくれなかった。
プリンペランの注射後も吐いてしまい...。
持続点滴にしても全く効果はなかった。
当然、異物等の通過障害を疑い、内視鏡、試験切開までもしたんだけど、胃、腸など腹腔内には全く異常なし。
ただ、腸の蠕動が通常よりも弱い感じがした。
そして、手術後も同様に嘔吐が続いた。
突然、よだれを大量に出し始めたかと思うと、すごい勢いで込み上げるようにもどすんだよね。
何かの発作なのかな?
休診日も、中野さんが面会を希望したので見に来てもらった。
不運なことに、面会中にも吐いてしまった。
昨日の血液検査は、特に異常なかった。
最初少し低かったKもちゃんと補正されていたし...。
困ったなぁ...。
内服がしっかりと出来れば、もう少し薬の範囲が広がるんだけど...。
最初と比べると、元気もなくなって来てるし。
散剤は絶対に無理なので、錠剤を押し込むか。
まず、スクラルファートやってみよう。
噛まれないように、インプッターを使って一気に押し込む。
飲んだあと大暴れ。
どうか、吐きませんように...。
そのあと何度も入院室に様子を見にいく。
嘔吐なし。
2時間後、次の薬。
プロナミド。
インプッターで押し込む。
飲ませた直後は暴れて気持ち悪そうだけど、すぐ落ち着く。
その後も嘔吐なし。
最後に吐いたのが午後3時。
時計を見ると8時。
今まで、4時間以上吐かなかったことがないから...、おお、記録更新だ。
スクラルファートはtidだから、もう一度夜遅くに飲ましてみよう。
そして、0時過ぎ。
嘔吐なし。
内服。
よしよし、この調子でいってくれるといいな。
次の日の朝。
ドタバタと急いで階段を下りて、真っ先にここちゃんのいる入院室へ向かう。
ケージの中を見る。
いいぞ、もどしてない。
抵抗するけど、なんとかプロナミドを飲ます。
時間をあけて、次はスクラルファートだ。
お昼少し前、中野さんが面会にやって来た。
「薬をなんとか飲んでくれるようになりました。昨日3時頃に吐いたのを最後に、それ以来吐くのは止まっています」
これで、中野さんもちょっとほっとしてくれるかな...そう思った。
「あの、言いにくいんですけど、ここちゃんを他の病院に連れて行こうと思って」
何を言ってるの?
頭の中で何度も中野さんの言葉を反芻する。
やがて、不幸にもその意味を理解する。
分かると同時に、わたしは後頭部にけりを入れられたあと、そのまま崖から突き落とされたような気持ちになった...。
ああ、落ちてく、落ちてく...。
身体中から力が抜け、立っているのがやっとだ。
いっそ、このまま死んじゃいたいな...。
「今までの経過と、レントゲンも欲しいんですけど」
ああ...。
いったん信用を失っちゃうと、もう何を言っても無駄なんだよね。
これはもう、何が正しいかじゃなくって、何を信用するか...だものね。
ゆっくりと深呼吸して、心を落ち着かせる。
「分かりました。準備しますので、少し待っていて下さい」
そう言いながら、わたしはここちゃんの点滴のチューブを外しはじめた。
そのあと、今までの経過をカルテから写す。
そして、血液検査の結果、レントゲン、全て渡した。
なんだかさ、知らない相手から不意に抜き打ちテストを受ける気分。
初診から1週間も経ってない...。
機能的イレウスじゃ、説得力なかったか...。
そんななら、手術する前に言ってくれればよかったのに...。
どんな結末が待っているのか。
こーいうのって、どんな結末でも、わたしのことは良くは言われないだろうね。
弱肉強食のこの世界じゃ、他の病院のことを悪く言う先生が必ずいるから。
中野さんが帰ったあと、舞ちゃんがぶーぶー言いながら、ここちゃんのいた部屋を片付けてる。
治せなかったわたしが悪いんだけど...、
なんだか、最悪。
頭の上に、空からコロニーが落ちて来たって感じだよ。
ずどん!直撃...。
いろんなことが、次から次へと浮かんでくる。
混沌。
怒り。
後悔。
そして、絶望。
こころの中で、もうひとりのわたしが叫んでいる。
必死に言葉にしている。
でも、全部言い訳に聞こえる。
もう、いいや。
吐き出したいことはたくさんあるけど、もういいや。
助かってくれれば...、それでいいもの。
ああ、
これから...、
何日も何日も胸が締め付けられるような嫌な気持ちがつづくんだろうなぁ。
つらいなぁ...。
ふかいためいき、ひとつ。
ほんと、つらいことばっか。
つらいのに、
どーして、こんな仕事してんだろ?