『 休肝日 』
あっという間にお正月は過去の出来事となり、そんな余韻も残さないままいつもの生活に戻った。
そんな日の午後、慌ただしくネコのSpayを済まし、約束の時間を待つ。
時間きっかりにトラックがやって来た。
新しいエコーの到着だ...っていっても中古だけどね。
診察室に運ばれ、荷を解かれた姿は、わたしにしてみれば中古に思えないくらいきれいなもの。
ちょっとうれしい...。
入れ替わりに、古いエコーが運び出される。
さっき、記念に写真を撮っておいたんだ。
もう、骨董品のようなものだから、きっと潰されちゃうんだろうな。
今まで活躍してくれてありがとう。
ほんとに、ありがとう。
ちょっと、涙が出た...。
さて、いざと言う時に慌てないように、とりあえず最低限の使い方はマスターしておかないと。
取説片手にひとつひとつ機能を確認していく。
「よし、舞ちゃん、誰でもいいからネコ連れて来て」
舞ちゃんがおとなしそうな居候を見繕って連れて来た。
バリカンでおなかの毛を刈って、プローブをあてる。
「ちょ、ちょっと、うごかないでよ」
だめだ、動き回って落ち着いて見れない。
「じゃぁさ、はぐちゃんにして」
今度ははぐちゃんが診察台に上がった。
はぐちゃんははぐちゃんで、エコーが気になってやっぱりじっとしててくれない。
ったく、うちにはおとなしくエコーをあてさせてくれる子はいないの?
もういいや。
自分のおなかにあてるか。
でも、何か見つかると嫌だからやめておこう...。
午後の診察が始まりやって来たのは、後足がおかしいというMixのチホちゃんだった。
診察してみる。
どうやら直接後足がおかしいんじゃなさそう。
陰部の腫脹、腹部の膨満。
子宮じゃないの?
エコーの出番だ。なんだか緊張するな。
「最近おなかが張ってるような感じはしないですか?」
「そーいえば、ちょっと大きいかも」
「エコーでおなかを診させてもらいますね」
そう言って、おなかの毛を刈り、ゼリーをたっぷり塗ったプローブを当てた。
間違いなさそう...。子宮だ。
え?でも、なんだ?これ?
もっとシャープに出てもよさそうなんだけど...。
フォーカス変えたり、ゲインを変えたりしても同じ...。
どーしてこんな写り方するんだろ?
この子のおなかがおかしいのか...。
新しいエコーがおかしいのか...。
こんななら、古いのとってけばよかったなぁ。
でも、子宮蓄膿症には間違いない。
あとでゆっくり見直すために動画をとっておこう。
フリーズボタンを押した。
「子宮蓄膿症ですね。そのためにかなりおなかが張ってますから、それで歩き方がおかしくなってた可能性がありますよ」
採血して結果が出たあと、飼い主さんに一通り説明して、手術を勧めた。
飼い主さんは「相談してみます」と言って帰って行った。
さて、さっきの画像、もう一度見てみよう。
なにげに、フリーズボタンを押す。
あ...。
ふえぇ~...、消しちゃったよぉ...。
ボタンを間違えて、メモリー上の動画を消してしまった。
プリントアウトもしてないよ...。(T-T)
なんてこったい...。
次の日。
午前の診察が終わり、昼食の用意のために2階に上がったところで電話が鳴った。
しばらくして舞ちゃんがやって来た。
「昨日の松原さん、なんだか様子がおかしいので手術して下さいってことですけど」
蓄膿症のチホちゃんだ。
電話を受け取り、通話ボタンを押す。
「もしもし、どんな様子ですか?」
「朝から震え出して、ゴハンも全く食べないんです」
ひょっとして、膿が漏れ出したか?
「分かりました。すぐ来て下さい」
朝からおかしいなら、朝来てよ...と、電話を切ってから言ってみた。
すぐに手術が出来るように、一応準備をしておこう。
しばらくしてやって来たチホちゃんは、思ったよりも元気そうだった。
でも、ちょっとおなか痛そうかな?
漏れてなきゃいいけど。
飼い主さんはすぐにでも手術をしてほしいとのことだったので、そのまま預かって始めることにした。
昨日の血液検査では、心配するような異常値はなかった。
留置して、導入。挿管後手術室へ運ぶ。
手術台で仰向けに寝かせると、そのおなかの大きさがさらに目立った。
それにしても大きい...。
子宮以外にも何かあるのかな?
昨日のエコーの写り方が気になった。
お臍の直下から大きく切開する。
皮下を剥離して、白線を出す。
結構脂肪があるね。
そして腹壁を開けると、少し濁った腹水が漏れ出した。
その奥に、蓄膿症特有の姿をした子宮の一部が見える。
白線の切開をさらに広げる。
そして子宮を引っ張り出す。
あれ、出ない...。
腹壁を広げ、おなかの中を覗いてみる。
うわ、卵巣だ。
小さな嚢胞がいくつも集まってぶどうの房状になった卵巣。
ひょっとして、これ...。
引っ張っても出ないので、さらに上へ切開をひろげた。
そしてもう一度子宮を引っ張る。
巨大な卵巣が、ズボッと言う音とともに姿を現した。
うわぁ...、でっかい...。
反対の子宮角を引っ張る。
さらに同じくらいの大きさの卵巣が出て来た。
こんな大きなの初めて見た。
おなかの中のほとんどのスペースを左右の卵巣が占めていた状態だった。
これが写ってたんだ。
こんなに細かい房状のものが大きく集まっていたら、あんな写り方をしても当然だね。
変な写り方をしてたんじゃなくって、むしろしっかりと映し出してくれてたんだ。
わたしの見る目がなかったんだね。
それにしても...、
こんなおっきなのが入ってて、おなか痛かったろうな。
膿が漏れてるのを心配したけど、一部腸管が充血しているところがあっただけで、腹膜炎を起こしている様子はなかった。
摘出後、念のため洗浄をして閉じることにした。
まぁ、大きく開かなきゃ出なかったから仕方ないんだけど...、縫うの大変。
連続でやると簡単なんでしょうけど、万が一切れたりしたら不安なんだよね...。
なので、腹壁と皮下は結節で、がんばって縫う。
「舞ちゃん、ホチキス出して...」
皮膚を縫う時には、もう疲れ果てていた...。
暇な夜の診察が終わり、いつものようにはぐちゃんと2階へ上がる。
今日は、休肝日か...。
何故か健康に気を使って、お酒を飲まない日を決めている。
いつも不摂生してるのに笑っちゃうけどね。
飲めない日は、ちょっと...いや、かなりさみしい。
そんな日は、夜がとても長い。
やることないから、いつもよりも早くベッドに入る。
でも、なかなか眠れない。
飲まない日は、いつもそう。
市販の睡眠導入剤を飲んでみたことあるけど、寝たい時間に効かなくて、次の日に効いてたなぁ...。
花粉症の薬が合わなかったから、そもそもわたしに抗ヒスタミン剤は向いてないんだろうね。
眠れないけどアルコール抜きと、眠れるけどアルコール摂取...、
どっちが健康に良いのだろ?
まぁ、そんなこと考えてるうちに、そのうち寝ちゃうんだけどさ。