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『 休息の日 』


 「あ、今から出ます」

 「気を付けて」

 「そうだ。先生とこ、雪大丈夫?」

 「大丈夫だよ。高原先生とこは降ってるの?」

 「降ってないけど、ちょーでら寒い」

 

 大晦日の夜。

 居候たちの世話をしたあと、ナインティにはぐちゃんを乗せた。

 それにしても...、

 いったいいつまでわたしは『高原先生』なんだろ?

 ま、ずっとそう呼ばれてたから仕方ないけどさ...。

 あ、わたしもいまだに『先生』か...。

 助手席にバッグを放り投げると、運転席によじ上った。



 日付けと、さらに年まで変わって...。

 元旦の朝。

 石津先生の実家で妹さん夫妻も交えてみんなで食事。

 妹さんとこのちっこい娘の将来の夢は、獣医さんになることらしい。

 「やめといたほうがいいよ...」と、純白な気持ちに泥をかけるようなアドバイスをしてあげた。

 まぁ、ほんとになりたいなら、誰がなんて言おうとなるでしょ...。


 そして、お昼すぎに石津先生の病院に戻った。

 ケージの中で留守番してたはぐちゃんをトイレに出す。

 「こいつ、おりこうだね。もえちゃんなんて、ひとりで留守番させるとよくちびってたぞ」

 「はは、わたしが育てると、こんなものよ」

 フードとお水をあげて、またケージに入ってもらう。

 「今日はごめんね」

 そして、いつものフード入りコングのナイラボーン詰めをケージの中に入れた。

 「ねぇ、初詣は、いつもどこいくの?」

 わたしはケージから振り返り、石津先生に聞いた。

 「行くとしたら、近所の神社かな」

 「じゃぁ、今から行こう。そうだ、お墓参りも行きたい」

 「なんつー組み合わせだよ」

 「だって、わたし、暮れにお墓参りしてないもの」

 石津先生はちょっと呆れた顔をしてうなずいた。

 「きっと元旦でもやってるお店あると思うから、そこでお花買うね。そうだ、ジープで行こう」

 「ジープなんて、寒いよ」

 「大丈夫、大丈夫。服たくさん持って来たから」

 わたしはそのままナインティに行き、防寒具一式を取り出した。

 

 十分に暖機をした吹きっさらしのジープに乗り込む。

 わたしはジャケットの上にコート。さらにマフラーに手袋。

 着膨れしてもこもこの体にバケットシートはちょっと窮屈だった。

 「あれ?シートベルトつけられない...」

 太った体に4点式のシートベルトが届かなくなっていた。

 「なんだか、笑える...」

 石津先生は、そう言いながらベルトを調節してくれた。

 うう、シートに貼付けられた気分...。

 石津先生は運転席に乗り込むと、自分もベルトを締め、そしてジープを走らせた。

 ぐるぐるに巻いたマフラーからちょっとだけ出た頬に、冷たい風があたる。

 「寒くない?」

 石津先生が聞く。

 「大丈夫だって!」

 ヒーターの風が、足下をほんのり暖かくしてくれていた。

 

 神社に着く。

 お参りに来るヒトはまばら。

 きっと新年を迎える時間にはたくさんのヒトが集まっていたのだろう。広場には大きなたき火のあとと、イベント用のテントがあった。

 お賽銭を投げ、お参りをする。

 あれこれ高望みはしない。

 元気で過ごせればいい。


 次に、少し離れたお墓へ向かう。

 途中で見つけた花屋さんで、お花を買った。

 しばらく走って、大きな霊園の中に続く道へと入る。

 さすがに元旦からお墓参りに来るヒトはいないか...。

 誰もいない。

 駐車場でジープを降り階段を登ると、遠くに雪をかぶった山が見えた。

 水を入れた手桶を持った石津先生のあとについて、お墓に向かう。

 お墓に供えられたお花はまだ新しかった。

 「換えてもいいよ」と先生は言ったけど、まだきれいなのに換えちゃうのはかわいそうだよね。

 痛んでるのだけ抜いて、新しいのと混ぜよう。

 石津先生が墓石にお水をかける。

 冷たそう...。

 「なんだかさ、こんな時期にお水かけられちゃって、おとうさん寒いって怒んない?」

 「そだね。おいらなら怒るかも」

 そう言いながらも、先生は水をかけ続けた。


 新しいのと混ぜたお花を供える。

 豪華になったぞ。

 石津先生は水をかけ終わったあと、線香に火をつけようとがんばっている。

 風があるので、ライターの火がすぐに消えてしまうみたい。

 「手伝って」

 そう言って、石津先生はライターに火を付けた。そして、炎に触れそうなくらいに手のひらで包み込んだ。

 手の隙間から線香を入れる。

 「ありゃ、消えた...」

 「もう一回」

 がんばれ、炎!

 一瞬、風が止んだ。

 「あ、ついた」

 線香の煙と香りが一気に広がった。


 線香を立て、そして手を合わせた。


 「ねぇ、先生とおとうさんって似てるの?」

 帰りの準備をしながら石津先生に聞いてみた。

 「似てない。似てたら禿げる...」

 「あはは。禿げても隠さなくていいからね」


 冬は昼が短い。

 太陽の位置は、もう低くなっていた。

 そろそろ帰らなきゃ...。




 自分の病院に着いた頃には、すっかり暗くなっていた。

 20時間近く病院を空けてしまったぞ。

 病院に入ると、入院室から居候たちの大きな鳴き声が聞こえて来た。

 ごめん、ごめん、おなか空いたねぇ...。

 はぐちゃんのトイレを済ませたあと、みんなの世話をする。

 終わったところでコーヒーをドリップ。

 出来上がるまで、ちょっとネットにダイブ。

 徐々にコーヒーのいい香りがしてくる。

 サイフォンの音がしなくなったところでカップにコーヒーを注ぐ。

 一口飲んでカップを置くと、ポストから持って来た年賀状を手に取った。

 コーヒーをすすりながら、一枚一枚見ていく。


 あ、このヒト、新しい子が来たんだ。

 またワクチンうちに行きますって...。

 去年、チワワを亡くした患者さんだった。


 亮子ちゃん...。

 ガキ、でっかくなったなぁ...。

 って、みっつめいるじゃん。


 真紀ちゃんは、病院建ててるんだよね。

 いよいよ引っ越しか...。


 森先生。

 え...、結婚するんだ。

 うそ、相手のヒトって...。

 全然知らなかったよ。


 みんな、しあわせそうだ。


 一通り見たあと、年賀状を出したヒトと出していないヒトとを分け、テーブルのすみに置いた。

 

 荷物を持って2階に上がる。

 明かりを点ける。

 冷えきった部屋。


 バッグを置く。

 そして、ハンガーにコートをかける。

 一瞬、線香の匂いがした。

 動きが止まる。 


 昼間のことが、すごく昔のことのように思い出された...。

 

 


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