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『 苛立つ日 』


 朝、ゴミの回収の音で目が覚めた。

 少しして目覚ましが鳴る。

 寝起きはいい方だと思う。

 はぐちゃんの朝ご飯から、いつものように1日が始まる。


 9時。診察開始。

 といってもカルテが並んでいるわけでもなく、舞ちゃんと一緒に朝のコーヒーを飲む。

 カップの温もりがかじかんだ手を温めてくれる。

 冬の朝って、手がかじかんでてカルテが上手く書けない時があるんだよね。

 コーヒーを飲み終わってしばらくしたところで、最初の患者さん。

 芦原さん、薬だけか...。

 舞ちゃんが薬を用意する。

 会計が終わって病院を出た...と思ったら、また入ってきたみたい。

 すぐに舞ちゃんがやってきた。

 「芦原さん、バッテリー上がっちゃったみたいです。JAF呼びます?」

 少し考えてから。

 「機械あるからわたしがやるよ。その方が早いから」

 実は昨日、ナインティのバッテリー上がりでジャンプスターターのお世話になったんだ。

 以前、サンクターボで時々バッテリー弱らせちゃったことがあったので、車屋さんに勧められてバッテリーにつなぐ機械を買って持っていた。

 こんな時、自分だけじゃなくって患者さんの役にも立つんだね。

 「機械つなぎますから...」

 芦原さんにそう言って、診察室の窓から長いコードを外に出した。

 機械を持って裏口から駐車場に行く。

 「ボンネット開けれますか?」

 「え、あ、わたしよく分からなくて...」

 芦原さんがうろたえる。

 「じゃぁ、ちょっと失礼して...」

 ドアを開けて、運転席の下辺りを覗き込む。

 これかな?

 レバーを引っ張ると、ぼこんとボンネットが浮かび上がった。

 ボンネットに回り、持ち上げ固定する。

 「赤が先で、黒があと...」

 ぶつぶつ言いながら、バッテリーに機械をつなぐ。

 そしてコンセントをさして、スイッチオン。

 しばし待つ...。

 駐車場に別の車が入ってきた。患者さんだ。

 そのまま病院に入っていった。

 わたし、こんなことしてていいかな?

 舞ちゃんが呼びにこないからいいか...。


 「じゃぁ、エンジンかけて下さい」

 芦原さんが運転席に座り、キーをひねる。

 スターターの回る音がして、すぐにエンジンがかかった。

 「うわ、ありがとうございます」

 芦原さんが喜びの声を上げた。

 わたしは機械のスイッチを切り、「終わったら黒、赤...」と言いながら機械をバッテリーから外した。

 その直後、エンジンが止まった。

 ?

 「助かりました。ありがとうございます」

 芦原さんが手にキーを持って車から出てきた。

 ひょっとしてエンジン切った?

 「いや、あの、すぐにエンジン切っちゃうと、またかからなくなっちゃうかも」

 「え?」

 案の定、再始動しなかった。

 もう一度機械をつないで、しばし待つ。

 さっきの患者さんが病院から出てきた。

 わたしは必要なかったらしい。

 「おだいじに...」

 きっと何してんだ?って思われたことだろう...。

 しばらくして、エンジン始動。

 ああ、よかった...。

 「家、もしくは車屋さんに着くまで、絶対にエンジンを切らないで下さい」

 と念を押して芦原さんを見送った。


 病院に入り機械を片付けたところで次の患者さんがやって来て、カルテを受け取る。

 コルギーの山田さんか...。

 渡されたカルテを見て気が重くなる。

 悪いヒトじゃないんだけど...。


 わたしが診察室に行くのとほとんど同時に待合室へのドアがものすごい勢いで開いた。

 戦闘開始だ。

 山田さんよりも先に現れたのは、小学校低学年くらいのちびっ子。

 診察室に入るや否や、今度はすごい勢いで扉を閉めた。

 ばたん!

 ちびっ子は何のためらいもなくすぐさま次のターゲットへと向かう。

 横の受付への扉に手をかけ、思いっきり閉めた。

 ばし!!

 そこでやっと山田さんがコルギーを連れて診察室に入って来た。

 「じっとしてなさい!」

 そう言ってもちびっ子には全く効果なし。

 ちびっ子は山田さんと入れ替わりに待合室に移動し、今度は風除室の扉で遊びはじめた。

 「ワンちゃんはちゃんと診ますから、お子さん見ててあげて下さい」

 山田さんからコルギーを受け取り、そう言った。

 その間にも、ちびっ子は病院中を走り回っている。

 こういうのって、ほんと困る。

 病院が壊されないか気が気じゃないし、ゆっくりと診察出来たもんじゃない。

 「手をつないでてあげてください」

 舞ちゃんが待合室の山田さんに言っているのが聞こえる。

 あのちびっ子をじっとさせておくのは至難の業だね...。

 とっととワンコの治療しなきゃ。


 なんとか治療を終えて、山田さんにコルギーを渡す。

 山田さんはワンコを車に入れるために病院をいったん出た。

 それを見計らったように、ちびっ子の攻撃が再び始まる。

 風除室の扉を思いっきり開け、自動ドアに突進。手で無理矢理開ける。そして無理矢理閉める。

 自動ドアが悲鳴を上げ、その度に大きな音が響く。

 そんな行動を見ててキレそうになる。

 「舞ちゃん、自動ドア切って!」

 壊されたりしたら大変だ。

 風除室のドアだって、万が一ガラスが割れたら首切れるぞ!

 わたしはカルテを書くことをやめ、診察室を出た。

 「やめなさい!」

 無理矢理閉めようとしている風除室のドアに手をかけやめさせると、わたしはちびっ子をにらみ付けた。

 「...」

 ちびっ子はドアから手を離すと、外に出ていった。

 『もう、来なくていいから...』今度同じようなことになったら、そう言おうと心に決めた。



 そのあと少し診察して、気が付くともう12時だった。

 なんだか疲れた午前の診療だった...。

 さぁ、お昼にしよう。

 留守電にして2階へ上る。

 最近、電話料金の押し売り電話が多いんだよね。何度も何度もかかってくるから、アッタマくる。だからもう、診察時間が終わったらすぐに留守電。

 

 昼食のあと、仕事の予定は何もないので舞ちゃんはいったん家へ帰った。

 わたしははぐちゃんと遊んだり、洗濯したり。

 すると、電話が鳴った。

 どうやらメッセージが入った様子。

 下に聞きに行く。

 はぐちゃんが一緒について来た。

 来なくていいのに...。

 メッセージを再生すると、何か聞きたいことがあるってことだった。

 電話してみる。

 

 単なる相談だった...。


 留守電で、『緊急の場合は...』って言ってるのに。

 相談は、せめて時間内にして欲しいな。



 朝は天気が良かったのに、夕方にかけて空はどんよりと曇り、急に冷え込んで来た。

 山の方向の空はさらに黒く、きっと雪でも降っているのだろうな。

 夜の診察時間が始まってすぐに日は落ち、一気に夜になった。

 さらに冷え込みがきつくなる。

 暇だからとじっと座っていると、足がどんどん冷たくなって行くのが分かる。

 時折やってくる患者さんは、誰もが「寒いですね」と口にした。

 薬をとりに来た飼い主さんの中には、寒さで手がかじかんで財布から小銭が上手く出せないヒトもいたらしい。

 

 診察時間が終わり病院の玄関を閉める時、少しドアを開けて外の様子を探ってみた。

 うわ、こりゃ寒いや...。

 すぐにドアを閉め、鍵をかった。

 ブラインドを降ろし、風除室の鍵も閉める。

 「さっむいよ、外」

 日計をしている舞ちゃんに声をかけた。

 「雪降るみたいって患者さん言ってましたよ」

 「ほんと、そんな寒さだね」

 こんな夜は、早く終わろう...。

 

 病院の明かりを消して2階に上がろうとしたところで電話が鳴った。

 あ、留守電にしてなかった。

 出てみると、今から診察をしてほしいとのことだった。

 「救急ということでよければ、診させていただきますけど」

 「料金が変わるのなら、結構です」

 商談不成立...。

 電話を置く。

 出なきゃよかった...。

 飼い主さんにしてみれば、普通に診てくれたっていいじゃない...って思うのだろう。

 だったら、診察時間というものは何のためにあるのかな。

 ちゃんと診察時間を守ってきている患者さんの気持ちはどうなるのかな。


 たとえば営業時間の終わったラーメン屋さんに行った時...、

 すでに厨房の火を消したラーメン屋さんは、ラーメンを作ってくれるだろうか。


 ちょっと、ちがうか...。


 でもさ、ある時はサービス業の扱い、ある時は医療の扱い...。

 動物病院て、コウモリみたい。


 寒さが身にしみるぞ...。



 ちょー寒くても、はぐちゃんは元気だ。

 2階に上がり、わたしが寒さに震えながらご飯の準備をしている時も、いつものようにバスターキューブを転がしていた。


 ちょっと長目にお風呂に浸かり体を温めたあと、冷蔵庫からビールを出す。そして携帯を手に取った。

 今日は愚痴になっちゃうかな...。

 

 で、結局やっぱりほとんど愚痴でひと缶終わってしまい、電話を切った。

 携帯を置き、続いてすぐに次を開ける。

 こーいう季節だとかえって脱水しちゃうのかな? 喉が渇いてる。

 お気に入りのテレビを見て、2つ目が空になる頃にはちょっと酔ってきた。

 これくらいで、やっと体の緊張がとれてく気がする。

 自分に戻れたような感じ...。


 急に電話が鳴る。


 心臓が一気に収縮し、ありったけの血液が全身に発散された感じ。

 神経を鈍感にしていたアルコールは瞬く間に全身から追い出され、からだは再び緊張する。


 3回ほど呼び出しが鳴って、電話は切れた。


 ああ、びっくりした...。

 夜は留守電切ってあるから、別に出なきゃいいんだけど...。

 よかった、切れてくれて...。


 でも、一度全身を駆け巡った緊張感はそう簡単には抜けてくれない。

 まだ、心臓がドキドキしてる...。


 Rebootして...、

 飲み直そ...。

 

 


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