『 休診日 』
朝、いつものように目覚ましが鳴った。
今日は、何曜日...?
ぼーっとした頭で考える。
昨日の夜、あの番組見たから...。
今日は、木曜。
休診日だ...。
ここからまた寝られる...。ああ、しあわせ。
それから1時間ほどして、名残惜しい布団の温もりから抜け出す。
はぐちゃん、待ちくたびれてる。
ケージから出して、朝ごはん。そしてトイレ。
そのあと病院に下りて、居候のネコたちの世話をする。
この子たちに休診日はない。
動物の世話が終わると、やっとわたしの朝ごはん。
目玉焼きとサラダ、そしてミルク。
最後にコーヒー。
さて、お化粧して出かける準備をしよう。
そこで携帯が鳴った。
あれ、早いな...。
「もしもし、もう来たの?」
「ちがうちがう。ごめん、イヌの尿閉が入っちゃった」
「うそ...」
「ほんと」
「イヌじゃ、すぐに終わんないね」
ぶー!!
...ってだだこねても仕方ないか...。お互い様だものね。(T-T)
「わかった。今日はおとなしく病院の駐車場の掃除でもしてるよ。がんばってね」
携帯を切る。
ちょっとため息...。
だったら、お化粧しなくていいか。
髪をうしろで束ね、ジーンズに薄汚れたフライトジャケットって格好で外に出る。
ああ、いい天気だ。
でも、風がちょっと冷たい...。
何故かうちの駐車場には、あちこちから葉っぱが集まってくる。ゴミもよく飛んでくる。
風で押されて、波打ち際のゴミのように集まった落ち葉。
葉っぱやゴミじゃなくって、患者さんがこれくらい来てくれるといいんだけどな。
駐車場の隅や、花壇にたまった落ち葉をほうきで集める。
ほとんど桜の木の葉っぱ。
桜の木はすでに全部葉を落としてるから、葉っぱの掃除は今年はこれで最後だね。
集めた落ち葉をゴミ袋に入れる。
大きな袋がすぐにいっぱいになった。
ん~...。葉っぱがなくなったら、なんだか寒々しくなっちゃったな。
地肌があらわな花壇を見てそう思った。
そうだ、お花、植えよう。
そのままナインティに乗って、ホームセンターへ向かった。
冬だから種類がそんなにあるわけじゃないけれど、その中で小さな白い花を選んだ。
病院に戻って、花壇に植える。
ワンコにおしっこかけられないといいなぁ...。
特にくっさいおしっこかけられると、すぐに枯れちゃうんだよね。
その後、
少し遅い昼食をとりながら、はぐちゃんと遊ぶ。
昼食の後片付けが終わる頃には、もう陽が翳ってきていた。
あ、買い物行かなきゃ...。
仕事の日は買い物に行けないから、休診日にまとめて1週間分を買い出しにいくんだ。
お店で食料をあれこれカートに入れてると、知らないおばちゃんに笑われることがあるんだよね。『たっくさーん』なんて言われてさ...。
毎日買い物に行けるわけじゃないんだから、仕方ないじゃん!
そんなことを考えながら、レジ袋をいくつも持ってナインティに乗り込んだ。
たっくさん買い込んでお店を出ると、すっかり暗くなっていた。
お肉屋のおじさんが『内緒だよ』って2割引にしてくれたのはちょーラッキーだったぞ。
ナインティの後のドアを全身の力を込めて開き(なんだかさ、スペアタイヤ背負ってるからドアがちょー重いんだよね)、荷台に荷物を並べる。タマゴ割れないように気をつけなきゃ...。
そして、もう一回お店に戻って、ビールをケース買い。へへへ...。
運転席に乗り込みエンジンをかける。
すっかり冷えちゃったな。
ゆっくりと暖機する。
ナインティがやってくる前は、買い物って結構大変だった。
サンクターボじゃ、ほとんど荷物が載らないからね。
荷物置き場は、助手席とかその足下とか。
それでも足りない時は、エンジンの上にも置いてたなぁ。
きっと後の車からは、袋から顔を出した大根とかネギとがが見えてたんだよね。
まぁ、それも働く車って感じで良かったけどさ。
水温計の針が動きだした。
ブレーキを踏み、ギアをドライブに入れる。
ライトを点け、サイドブレーキを戻すと、ゆっくりと走り出した。
病院に戻って、買い込んだたくさんの食料を冷蔵庫に押し込む。
がらんとしていた小さな冷蔵庫が、おなかいっぱいになった。
溢れた分はビール用の小さな冷蔵庫に入れる。
ああ、もっと大きな冷蔵庫にしておけば良かったなぁ...っていつも思う。
そのあと、居候のネコたちのゴハン。
わたしはお昼が遅かったからまだおなか空いていない。
診察室奥のわたしの場所に行き、マックの前に座る。
イラストの続きを描こう。
フォトショップを立ち上げ、次に音楽をかける。
狭い空間を音楽が包み込み外界と遮断する。
殻に閉じこもることが出来る時間。
この時ばかりは時間の流れを感じない。
しばらくして、外界との隔壁が崩れ出したような感じがした。
なんだろ?
意識し出すと崩壊は急に加速する。
隔壁、消失。
その原因は、音だった。
コン、コン...。
コン...。
椅子から立ち上がり、診察室に出る。
コン、コン...。
あ、窓だ。窓をたたく音。
舞ちゃん?
そう思い、裏口から外に出た。
でも、舞ちゃんは病院の鍵を持ってる。
そう浮かんだ時にはすでに遅かった。
病院の玄関に回って見ると、そこにはヨークシャーを抱いたおばあさんが立っていた。
おーまいがー...。
目が合ってしまった。
「あの、どうしました?」
そのまま回れ右するわけにいかないので、とりあえず聞いてみた。
「朝からおなかの調子が悪いみたいで...、診ていただけないでしょうか? お休みだって知らなかったものですから」
ああ、仕方ないな...。
「病院開けますので、少し待っていて下さい」
そう言って、わたしは裏口に戻った。
休診日でも夜に明かりが漏れてると、誰かいるって分かっちゃうんだろうね。
ヨークシャーは元気そうだったので、普通のおなかの治療をして帰した。
そのあと病院を閉め、出来るだけ明かりを消して、再び診察室奥の殻にこもる。
すると電話が鳴った。
一瞬、胸がぎゅうっと締め付けられるような感じを味わう。
心拍が上がる。
いつからかな?電話の音でこんな反応をするようになったのは。
留守電のメッセージが流れ終わったところで電話は切れた。
ほっとする...。
そろそろご飯食べようかな。
そう思い、椅子から立ち上がると再び音がした。
コン、コン...。
急に全身が緊張する。
え? また...。
どーしよう。
今度はすぐに外に出るのはやめよう。
診察室から真っ暗な手術室へ回り込み、ブラインドの隙間から外を覗いてみた。
ああ、クロネコさんだ。
宅配の車が停まっていた。
裏口から外に出ると、荷物を持ったおにーさんが立っていた。
「あ、代引きです」
おにーさんがわたしに気付いて言った。
なんだ、おどかさないでよ。こころの中で、そう言う。
裏口に回ってインターホン押してくれればいいのにな。
お金を払い、荷物を受け取った。
てことは、さっきの電話もそーだったのか。
きんちょーして損した気分。
なんだか下にいると落ち着かないな。
もう、上にあがろう。
戸締まりを確認して、明かりを全部消し、はぐちゃんを連れて2階へ上がった。
いつものようにはぐちゃんを遊ばせながら夕ご飯を食べ、お風呂に入ってビールを飲む。
こうして休診日の1日は終わる。
さぁ、寝るぞ。
お酒を飲んだ夜は寝付きがいい。
わずかの時間だけど、下の世界の出来事を忘れさせてくれるのだろうね。
アルコールで眠るのは気絶してるようなもの...って言われるけど、それでも一気に眠れた方がいいや。
気が付いたらもう朝...ってのが一番いいよね。
でも、麻酔が切れるように、時々、深夜に目を覚ましてしまう。
静かな暗闇。
目が利かない分、ほんのわずかな音が気になる。
気にし出すと、どんどん色々な音が聞こえるようになる。
意識が一気に覚醒してゆく。
そんな時って、ろくなことが浮かばない。
深夜はセロトニンレベルが下がっているのかな?
不安に打ち勝つために、楽しいことを考えよう...、必死にそう思う。
でも、考えれば考えるほど、目は冴えてくる。
もういいや、眠れないなら目を開けていよう...。
ついに、諦め...。
やがて、ブラインドの隙間が明るくなってくる。
そして、いつしか眠りにつく...。