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「アルバート、少し良いか。」
アルバートはすぐに神子のところに戻るつもりだったのに、エリオットに呼び止められた。
さすがに父親を無視するわけにもいかず、素直に従う。
「姫様の様子はどうだ?
私は他の者に怖がらせることになるからとお会いすることを止められてるんだが。」
国王は相変わらず眉間にシワをよせた険しい顔をしている。
この顔を見慣れたアルバートにとっては、普段より機嫌がいいなと思うところだが、普通の女性なら会話するだけで緊張してしまうだろう。
「昨日の夜は元の世界に帰れないことでかなり憔悴していたんですが、今は落ち着いています。
陛下が姫様にお会いするのももう少し先にしましょう。
今だとお顔ではなく国王という立場自体に萎縮してしまうかと。」
「そうか…まあ魔素を降らせていただくのが最優先事項だからな。
フレドリックからお前が従者の病だと聞いたが、本当か?」
従者の病をエリオットが知っているとは思ってもいなかった。
フレドリックがどこまで言い回っているのかと不安になる。
「ええ、自分でも従者の病にかかっていると感じます。
今この瞬間も姫のそばでかしずいていたい。」
一国の王子が誰かにかしずくなんて考えられないことだが、それも神子相手に従者の病と言えば通用してしまう。
この世界は本当に神子を中心にまわっている。
「アルバート、お前には神子の従者という宿命を持たせてしまって申し訳ないと思っている。
神子の許可があれば従者としての役目を降りられるからな。」
予想外の話だった。エリオットはアルバートが従者として生きていることを哀れんでいたようだ。
今の神子に出会う前のアルバートなら喜んでいただろうが、今は従者を降りるなんて考えもしたくないことだった。
「陛下、俺はフレドリックより自分が国王に向いているとは思いませんし、伴侶を持ちたいとも思っていません。
むしろ姫に出会って従者になれたことを幸せに思っています。
病とは言いますが幸せな病ですから治すことも考えません。」
「幸せな病か…。私という他人がお前の幸せを測るべきではなかったな。
早く姫様のところに戻ってさしあげなさい。」
エリオットに一礼して謁見の間を後にした。
誰にも理解されないであろうが従者の病にかかったことでアルバートは生きる目的が出来て幸せを感じていた。
同じ年齢の人間が仕事をして、家族を持ってとステップアップしていく中でただ意味のない毎日を過ごす空虚な日々。
前回の神子がきても意味のある日々はたったの1ヶ月だけ。
それも泣く神子をひたすら慰めるだけの時間だった。
――やっと自分の人生に色がついた。
今は気を抜いたら神子の部屋に向かって走りだしそうなくらい幸せだ。
実際に走るわけにいかないので、少し早歩きで神子の部屋に戻る。
一応ノックしてメアリの返事が聞こえた瞬間にドアを開けた。
「おかえりなさい、アル。
お忙しいんですか?走ってこなくても大丈夫ですよ。」
結局息が少しあがってしまったせいで急いで帰ってきたことは見抜かれてしまった。
格好悪いがそれでも神子に気にかけてもらえたことでそれもどうでもよくなった。
「いえ、姫のお側にいたいので。」
神子は不思議そうな顔をしたが、それ以上なにか言うことはなかった。
アルバートが神子に近づくと部屋を出る前にはなかった紙が神子の前に何枚も散らばっていた。
そこにはなにかのイラストと知らない文字のようなものたくさん描かれていた。
神子が描いたのだろうかと覗き込む。
「姫がドレスのデザインを描いてくださったんです。
どれも初めて見るドレスばっかりですよ。」
メアリが楽しそうに神子が書いたデザインを見比べていた。
神子もペンを持ちながら楽しそうにしている。
「これとか可愛くないですか?男性からみたらどう思います?」
そう言われて、神子から1枚の紙を差し出される。
紙にはアルバートが今まで見たことのないデザインのドレスが描かれていた。
「…う、美しいドレスですね。」
思わず言葉に詰まった。
神子が見せてきたのは上半身の布は胸の上までしかなく、体のラインにぴったりと沿ったこちらでは見たことのないドレスのデザインだった。
腕や脇、鎖骨まで丸見えで、胸やお尻のラインが全て出ることも問題なのに、そのうえスカートには太ももの上の方から大きな切れ目が入っている。
こちらの世界でドレスといえば、首から足首まですべて隠れ、袖とスカートの部分はふんわりと膨らんで身体のラインは一切見えないものだ。
――こんなドレスを着せるわけにはいかない。
向こうの世界でこんなドレスが流行っているのか知らないが、夜会でこんなドレスを着たら、卑猥な目で神子を見る男が大量に出るだろう。
否定せずに上手く違うデザインに誘導しようにも机の上にあるデザインはどれも似たようなものだ。
「…変ですか?ハリウッドスターがレッドカーペット歩いてるときのドレスをイメージしたんです。」
神子が何を言っているのかわからなかったが、変じゃありませんよ、と神子にフォローの言葉をかける。
ただ、なんと言って諦めさせるかが浮かばず、思わずメアリに助けを求める目線を送った。
「姫、上半身はこちらのドレスにして下半身は今のドレスにするのはいかがでしょう?」
メアリは首に輪っかをつけてそこまで上半身の布が繋がっているデザインを神子に差し出した。
「たしかに、これだけスリットを入れるならビスチェにするよりハイネックの方がバランス取れるかも。」
アルバートには分からない言葉をつぶやきながら新しい紙に手をかけスルスルと書いていく。
書き上がったのは先程のデザインより胸から首元までのラインだけが隠れたデザインだった。
胸の谷間と鎖骨は隠れたが腕も隠れていないし、こちらの人間からするとまだ煽情的すぎる。
「うん、やっぱりこの方が可愛い。
本当に私のデザインのドレス作っていただけるんですか?」
「はい、もちろんです。
ただ、当日袖のないドレスは寒いと思いますので、ドレスに合わせたストールもご準備いたしますね。」
ストールを羽織れば上半身は隠れるし、身体のラインも分からなくなるかもしれない。
メアリの提案に頷いている神子を見ながら少し安心する。
あとはスカートの切れ目をどうするかだ。
「ありがとうございます、メアリ。
2ヶ月後が楽しみです。」
神子はにこにことしながら、完成したデザインを眺めている。
魔素が降る量も先程より少し増えた気がする。
メアリもそうですね、なんて言いながら問題の切れ目については何も言わなかった。
「こちらのデザイン、一旦お預かりしますね。
明日にでも業者を呼んで発注いたしましょう。」
決まったデザインと机の上に散らばる草案の紙を束ねて片付け出すメアリ。
そのまま部屋を出ようとしていたので、神子に聞こえない距離まで遠ざかってから耳打ちする。
「足の切れ目どうするんだよ、あんなドレスみたら変な男がよってくるぞ。」
「安心してください、あなたが1番変な男ですよ、殿下。
大丈夫ですから、任せてください。」
メアリには何やら解決策があるようだった。
アルバートはメアリに任せて2ヶ月後を待つことにした。